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第十四話 ~カンナバル急襲~

「状況は相変わらずです。我々はイセリース丘陵で敗走した王国軍に立て直す時間を与えずに攻勢を掛け、敵の殿しんがりを打ち破り続けてついに国王自らを引きずり出しました。そこから交代しつつ一日中攻め立て続けて、現在は僕の父――ヴィッテ子爵の連隊が攻撃を担当しています」

「報告ご苦労、ナターリエ。それなら、特に相談する事項はなしだな。そろそろ昼だし、少ししたら俺も師団司令部に戻るよ。それまではエレーナ様を頼む」

「ええ、僕にお任せください」


 良い笑顔で出ていくナターリエを見送り、休憩に使っていた天幕内に俺一人だけが残された。


 イセリース丘陵での勝利の後、兵力約一万のこちらに対し、なんだかんだとまだ二万以上の兵力を有していた王国軍は、立て直せぬままに逃げ続けている。

 西方にある国境を越えて王国領内へと撤退しようとしていたようだが、そんな簡単に逃がしはしなかった。せめて攻めて攻め続け、真っ直ぐ西へは行かせず、南西方面へとかなりの遠回りをいている。南西方面のラウジッツ辺境伯の管轄地域が目と鼻の先にあるところまで来ていた。

 半月以上の追撃戦を続けていることで流石さすがに王国国境もかなり近づいているので、かなり消耗しているはずの王国軍に何かを仕掛けるならばこのカンナバル平原が最後だな。


 まだ数の優位があった王国軍が逆襲のできるほどには立て直せない理由は、推測になるが、精神的なものだろう。

 大きな戦いで負けが続き、今回も補給拠点と退路を奪われての奇襲で敗北。兵たちにすれば、ここで踏ん張るために信じられるものもないだろう。

 まあ、それでも撤退戦はなんだかんだと続けられる王国の近衛兵団は、その精鋭たる所以ゆえんを見せつけてくれていると言えるだろう。


 とまあ、ほぼ消化試合でどこまで勝ち切るかという戦いのことを考えるのが一段落すると、思考はかつての会話へと戻る。

 それは、イセリース丘陵の勝利後、ギュンターをねぎらった時のことだ。


「お、ギュンター。お疲れ。よくやりきってくれたな!」

「ありがとうございます、カール様……」

「どうしたんだ、ギュンター? もしかして、勝手に部隊を動かして敵を逃がしたことを気にしてるのか? あれなら、むしろ無為に兵を失わなくて済んだんだから、良い判断だったぞ」


 難しい顔をするギュンターに笑顔でそう声を掛けるが、そのまま黙り込んでしまう。

 何かあったのかと心配しながら黙って待っていると、周囲でこちらに聞き耳を立てている者が居ないことを確認してから、ぽつりとギュンターが口を開いた。


「あの判断は、私がしたのではないのです」

「うんうん……うん?」

「ホルガ―ですよ」


 その言葉の意味を飲み込めた時、まさかという言葉と、やっぱりという言葉が同時に頭に浮かんだ。


「つまりなんだ。副連隊長のギュンターの頭越しにホルガ―が指示を出したと?」

「いえ。見込みがありそうな若者を何人か選抜して、それぞれにいくつか中隊を与えて前線指揮を任せているのです」


 後進の育成のためのそのシステムにシェムール川の戦いでの戦術眼を見込まれて前線指揮を任せるうちの一人に選抜されたのが、ホルガ―だったそうだ。

 今回もそうして前線に出していたところ、もうそろそろ限界かと敵を通してやるようにギュンターが命令を出そうとしたところ、前線のホルガ―から先んじて敵に退路を与えるとの伝令が来たらしい。


 結果、味方にほとんど被害を出さずに管轄外の中隊も援護しながら敵を通して見せ、しっかりと逃げていく王国軍の側方から嫌がらせをすることも忘れずにやっていたそうな。


挙句あげくが、戦後に連隊司令部に出頭し、『独断と判断されるならば首を飛ばしてくれても構わない』と……」

「おい、まさか……!?」

「与えた権限の範囲内です。前線で当初の作戦とは違う緊急の必要が生じ、少なくとも適切に処理していたのに、処罰など出来ませんので」


 しかし、本当にホルガ―って何者なんだか。

 前は調べきれなかったけど、オットーたち元諜報部の力なら――


「いやあ、本当にホルガ―って存在は、何者なんですかね~」

「おい、オットー? いい加減に――」

「いやいや、気配を消して近づくのは申し訳なく思ってるんですがね。アッハッハ」


 俺の白い目を気にすることもなく、オットーは話を続けた。


「どう考えても、貧民街のチンピラと農家の五男坊って生まれからは、あの戦術眼は身に付くはずがない。かと言って、貧民街以前の経歴にもたどり着けない」

「なんだ、もう調べてたのか」

「ええ、カール様。こちらの陣営にお世話になる前から、色々と下調べはしておりましたので。正直なところ、元三大派閥系のヴィッテ親子よりも警戒は強くしているのですが、怪しい動きはなし。諜報関係にしては貧民街に何年も前から仕込んでいく理由がないですし、敵か味方かの判定に限れば白とみて、良い拾いものをした幸運を喜べばいいと思いますよ」


 能力と経歴がみ合わないのが怪しいとするなら、ただの田舎貴族の子どもじゃない発想しかしないカール様の首を真っ先にはねないといけませんし――なんてオットーの言葉に適当に言葉を返して、半月ほど前の会話は終わった。


 まあ、どれだけ考えても糸口すらない中でどうすることも出来ないとのいつもの答えにたどり着くだけ。

 いい加減にエレーナ様のところに参上しようかと天幕を出ると、今まで記憶の中で登場していた男がやってきた。


「カール様、ご報告したいことが」

「どうした? なんだか、焦ってるみたいに見えるけど」


 いつも余裕のある笑みを浮かべてる男のおかしな様子を指摘するも、それを気にする余裕すらないのか、いきなり本題を話し始めた。


「南方、ラウジッツ城戦線から先ほど報告が。城の周りが封鎖され、近づけなくなったと。商人だろうと、娼婦だろうと、その他も含め例外なく締め出されているようです」

「締め出し……何か見られたくないこと? それはいつからだ?」

「半月ほど前からです。申し訳ありません。人員不足から、大きな動きはないだろうあちらの戦線の人員を削っており、王国側の動きに対応しきれず遅くなりました……」

「人的だろうと物的だろうと、資源は有限だ。仕方ないさ」


 報告について考えながら、すぐそこの師団司令部へと足を向ける。

 ラウジッツ城を封鎖して、何をする? 王国軍にとって一番は攻め落とすことだろうけど、難攻不落であると歴史によって証明されている城がそんな簡単に落ちるとも思えないし、落せるとも思ってないだろうしな。


 そうして考えつつ司令部へと足を踏み入れると、最初に入ってきたのは緊張感あふれる人々の顔だった。


「良かった、ちょうど人をやろうと思っていたところです」

「なんだ、ナターリエ。どうかしたか?」


 あの・・エレーナ様ですら難しい顔をするほどの何かがあったにしては、司令部以外の陣内が静かなことが少し気になっていると、ナターリエの口から思わぬ言葉が語られた。


「敵に増援です。アルベマールの旗印を掲げていたと」

「……いやいやいや。アルベマール公って、今はマイセン辺境伯たち西方諸侯軍の追撃で手一杯のはずだろ?」


 オットーたちが好き勝手に噂を流すのを頑張ったお蔭もあり、戦意の低い王国軍相手の追撃は順調だったはず。ここにどうやって来ると言うのか。


「それと、先陣の旗印はこれらしいのですが、見覚えはございませんか?」


 ナターリエに渡された紙を見るが、さっぱり分からない。

 そんなことよりも、アルベマール公の軍勢がどうやってここまで来たのか考えていると、「あっ」という思わず漏れたのだろう言葉が聞こえた。


「どうしたオットー」

「ナターリエ殿。この軍勢は、南方から来ているのでは?」

「ええ、はい。そうですが」

「やっぱり……敵の先陣は、シャールモント子爵。ラウジッツ攻めに居た軍勢です。増援に現れたのは、ラウジッツ城を攻めていたアラン・オブ・アルベマールの軍勢かと思われます」


 南方? そんなまず想定してない方面からの来襲だから、人材不足のオットーたちも情報を把握しきれず、斥候も情報を得るのが遅かった?

 いや待て……そんなことよりも、ちょっと待て。


「ラウジッツ城には、一万近い軍勢が居て、王国軍は二万そこそこだぞ? そう簡単に城が落ちたとも考えにくいし、包囲を解いてこっちに来るったって、ベテランのラウジッツ辺境伯が黙って見逃すわけがない!」

「参謀長閣下。今はそれより、近付いてくる敵増援への対処を」


 フィーネの言葉に、少しだけ頭の血が降りる。

 そうだ、そうだな。

 理由なら、ここで考えるよりも後で確かめる方が確実だし、この場での敵への対応には不要な話だ。


 今は、ここを生き延びる方法を考えるんだ。


「エレーナ様。国王及び近衛兵団の動きはヴィッテ子爵に押さえてもらいましょう。残りの休憩中の部隊を叩き起こし、敵増援にとりあえずは正面からぶつけて、初撃をしのぎましょう」

「ああ、任せる」


 異議は出なかった。

 そして、すぐさま陣内は新たな敵に対処するべく慌ただしくなっていった。





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