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第十三話 ~イセリース丘陵の戦い~

「報告。敵軍の先頭が間もなく来ます。エレーナ連隊・・各員、いつでもいけます」

「ご苦労、アンナ。合図があるまでそのまま待機。奇襲前に見つかるなよ。――で、よろしいですか? エレーナ様」

「ん? ああ、カールに任せるぞ」


 獰猛どうもうな笑みを浮かべたまま、見るからに殺気立ちながら返された返事に、俺とアンナは思わず顔を見合わせて軽く笑みを浮かべる。

 すぐにアンナは副連隊長としての職務を果たしに行き、緊張感ただよう親衛隊の先頭でひたすらに眼下の街道を見つめ続けるエレーナ様の横に控えていた。


 王国軍の後方補給基地を潰すことで確かに、奴らを決戦へと引きずり込むお膳立ぜんだては整った。

 だが、動いた王国軍は約四万で、俺たちは約一万。マイセン辺境伯ら西方諸侯軍は前線でにらみ合ってるアルベマール公率いる王国軍約六万以上の対処をしてもらわねばならないし、もう一度アレギア山脈を越えて兵力を送り込むなんて自殺行為だ。


 そんな数的劣勢の中で選んだ戦場は、イセリース丘陵きゅうりょう

 起伏の多い地形と木々により、奇策を用いるにはもってこいの場所。

 国王直卒の四万が、俺たちの攻め落としたヴァレンシア城へと向かうための最短経路の通る場所。


「来た」


 最初にそうつぶやいたのは、エレーナ様だった。

 王国軍の先頭を見て飛び出すのではないかと思って身構えるが、特に動きはない。

 同じくとっさに構えたフィーネと互いに頷き合ってもう大丈夫だろうと認識を共有し、俺は敵の観察に集中する。


 大きな街道上の重要な拠点を落とされ、補給はもちろん、退路すらおびやかされている割には、落ち着いているのだろうか。

 慌てて一部を先行させたりすることはなく、無理に行軍を早めることもなく、一丸となって普通に行軍している。

 兵力を分けたり、無理な速度で行軍して疲弊ひへいしてくれてたりすれば楽だったんだけど、そこまで求めるのは虫が良すぎるか。


「エレーナ様。そろそろなので段取りを――」

「問題ない。この日のために、ずっとずっと、何度も読み返してきた。全部頭に叩き込んである」

「――分かりました」


 今回は信用できる。

 何せ、彼女のやるべきことに関しては、エレーナ様ごのみだろう策だ。それこそ、ずっとわくわくしていた様子からしても、ここまで来てやることを忘れたなんてことはないだろう。


「アンナ。弓兵、投石兵、魔法兵、いずれも射撃戦用意。エレーナ様の合図で始めるぞ」

「了解しました」


 そうして、荒鷲の旗が――王族がそこに居るあかしである、王家の紋章が見えてくる。

 あの旗を目指して攻撃を仕掛ける? ……いや、それは危なすぎる。その少し前の連中を狙うか。


「エレーナ様行きましょう」

「ああ、それを待っていた」


 深呼吸を一つ。

 エレーナ様の、全身全霊を込めた叫びが戦場へと響き渡る。


はなてぇぇぇぇええええ!!!!!!!」


 矢と石と魔法が、眼下の街道を進んでいた王国軍に殺到する。

 それがわずか一斉射でやむと、帝室一門の証たる黒龍紅旗が俺たちの隠れていた木々から立ち上り、それを背景にエレーナ様の言葉が続く。


「我こそは! 帝国第三皇女にして陸軍元帥! エレーナである! 私はぁぁぁあああ!!!! ここにいるぞぉぉぉおおおおおお!!!!!!」


「「「「「第三皇女殿下、万歳! 我らが唯一の陸軍元帥、万歳! ガリエテ平原の英雄、万歳! エレーナ様、ばんざぁぁぁああああい!!!!!」」」」」


「総員、突撃ぃぃぃいいいいいい!!!!!!!」


 連隊総員約三千名の声に答えるようになされたエレーナ様の命令に、射撃部隊は第二射を叩き込み、エレーナ様を先頭とした白兵部隊が斜面を駆け下りて、射撃で戦列を乱す敵陣に斬り込んでいく。


「絶対にエレーナ様を孤立させるなよ! 突っ込めぇ!」


 そう命令を出しながら、俺自身も必死にエレーナ様を追いかける。


 そして、エレーナ様に向かって行った敵兵たちが、また物言わぬ肉塊にくかいへと加工されていく。


 エレーナ様の攻撃は『重い』が、別に筋力が特別あるわけではないと気付いたのは、日々手合せに引っ張り出される中でのことだ。

 この重さは、力の込め方、体重の乗せ方などの、技術の産物。

 そんな、脳筋思考な割に器用なエレーナ様は、戦い方も極めて技巧的である。

 力で敵を押し込むようなことはしない。そのキレのある重い一撃を、敵の防御をすり抜けて届かせるのだ。

 そんな、ほとんどの人間にはついていくことも出来ない、天性としか言いようのない華麗な戦い方。


 つまり何が言いたいかと言うと――


「お前ら、遅れてんじゃねぇよ!」

「そう言うカール様もでしょう!? 親衛隊長としては、『エレーナここにありと存分に示してください』なんて言った参謀長閣下に責任を取っていただきたく!」

「待ってよぉ! フィーネちゃん! カール様ぁ!」


 親衛隊長と副隊長、そして師団参謀長たる俺たちも、ついていくだけで必死だった。


 いやだって、ほどほどに手を抜いて下さいとか何とか、そんな難しいことを伝えたら、パニックになってむしろ余計危険なんだもん。

 俺たちの皇女殿下が、手加減とか何とかそんな難しいことを考えながら何かやれるほどに賢いわけないだろうが!


 うん? 技巧的戦い方?

 あんなん、絶対に本人はそこまで考えてない。本能とか何となくとか、そんな次元でやってることだぞ。


 しかし、そろそろ本格的にマズイ。

 予想通り・・・・、初撃は混乱で傷が開くも、奇襲に対して確実に体勢を立て直しつつある。

 これ以上は危険だな。


「エレーナ様! そろそろ撤退です! 約束通り、言うことを聞いて下さい!」

「まだまだぁ! まだまだやれるぞ、カールぅぅぅぅううううう!!!!」


 ……ほほう。そっちがその気なら、こっちにも考えがある。


「そんな約束も守れないエレーナ様には、二度とエレーナ様が前線に出られるような策は考えてあげませんからね!」

「撤退だ! 全軍、全力で撤退せよぉぉぉぉおおお!!!!!」


 そうして予定通り、スムーズ(?)に撤退へと移行する。

 身を潜めていた丘を回り込むように進み、広い・・街道沿いの空間から、その外れへと進んでいく。


 後方からは、敵の追撃。

 わずか三千で補足されれば全滅に近い損害は予期されるところで、そうならないように必死に駆け抜ける。


 きっと、この策は上手くいく。


 俺より年上だが、一国の指導者としてはまだまだ若すぎる王。歴史的な大敗によって足元が揺らぎ、今また敵地のど真ん中で後方を押さえられて退路も確保しきれておらず、危機の最中。

 そんな中で、その首一つとってしまえば、そのまま軍をすべて引き上げても政治的にお釣りの来る『ガリエテに散った軍勢のかたき』たるエレーナを前に、それを討ち取る千載一遇のチャンスをぶら下げられて色めき立つ諸侯や部下を抑えられる余裕があるのか?

 失態続きの王がここで『怖気おじけづいて』しまって、国に帰った後にどれだけの諸侯が王に従う?

 飛び込まずして好機を失い、後からこれが罠だったのだと言ってどれだけの者たちが耳を貸す?


 だから――

「お前たちは自ら、この死地に飛び込む以外の選択をできない」


 右手を上げると、それに合わせてエレーナ様の号令が下る。


「合図を出すんだ! 鐘を鳴らせ! 反転せよ!」


 鐘の音と共に、敵右翼方面の斜面に隠れていたヴィッテ子爵の部隊が襲い掛かる。


 二方面からの攻撃に浮足立つ敵に、更にラッパを吹き鳴らすと、敵左翼方面の斜面に潜んでいたナターリエに臨時に預けている部隊が斬り込む。


 そうしてとどめ、第三陣のギュンターに預けた俺の連隊の斬り込みよって、仕込みは最後。


 十面ならぬ、三面埋伏陣ってか? もしくは、釣り野伏かな?

 最初の攻撃から合わせて、四段階の奇襲作戦の完成である。


 指揮官不足で、思わぬうちに俺の手元での人質的な扱いだったナターリエも、今回ばかりは外聞やらを気にせず、貴重な正規の士官教育を受けた将として部隊を預けた。


「今度は、もっと無茶なことをおっしゃられてもよろしいんですよ?」


 とか言われたんだけど、たぶん山越えの途中の無茶ぶりどうのの延長の話なのは分かるんだが、ヴィッテ子爵と俺の連隊から抽出した臨時部隊を急に率いて奇襲を仕掛けることは、ナターリエには無茶ぶりではないのか……?


 と、余裕たっぷりに余計なことを考えていた俺だが、状況はそこまで上手くは動かないらしい。


「カール様、他は大体蹴散らしたんですけど、近衛兵団がまったく崩れる様子がなく……」

「で、後方を押さえていたギュンターは、押さえ込むのは限界なので退路を開ける、と」


 流石は国王直々に率いる最精鋭だけあって、国王の周りを固める近衛兵団一万五千が崩しきれない。

 ここまで上手くいけば、国王の首も頂いたも同然だと思っていたんだけど、そこまでは上手くいかないか。


「オットー」

「戦いの顛末をマイセン辺境伯にご報告。他の王国軍たちにも伝わるように情報を流す。他にはいかがいたします?」

「それで良い――いや待て。どうせやるなら派手に行こう。国王戦死とか、前線に残る王国軍を自分が助かるためにおとりにしてさっさと逃げだしたとか。整合性とかどうでもいいから、それこそ噂好きの連中が喜びそうな感じで頼む」

「なるほどなるほど。お任せください、得意分野です」


 そうして一瞬だけ視線を交わらせた俺とオットーは、互いにそれはそれは悪い笑みを浮かべていたことだろう。

 それはもう生き生きと去っていくオットーを背に、俺は次のために思考を動かす。



 やることはやったし、さて追撃戦の段取りでも、と思っていると、思わぬものが目に入った。


「……あの、エレーナ様? それは?」

「矢文だぞ」

「それをどうなさるので?」

「ガリエテ平原ではお見事、と礼を伝えておいてもらおうかと、届けに行くところだ」


 そこで、アランの奴が黒龍紅旗の心臓を射程外から打ち抜いた件を思い出した。


「いや、前線はもうなしって――」

「だから、前線には出ないぞ?」


 そんなことを言いながら陣内を進むエレーナ様。

 連隊指揮は副連隊長のアンナが上手くやると判断して俺もついていくと、取り押さえ要員と思われる十人ほどを連れて親衛隊長のフィーネがついて来る。

 ただ、フィーネたちは俺の様子をうかがっており、俺の号令なくは動く気はない様だ。戦いの後に変にまたねられても面倒臭いんで、勝手に動かないのはありがたい。


 取りあえずはエレーナ様の周りを盾で回りを固めさせようとも思うが、敵も必死でまだ後列に居るエレーナ様に気付ける状況ではないし、居場所を教えることになるかもと迷っている間に、足が止まった。


「これくらいで良いか」


 その目線の先を辿ると、荒鷲の旗。

 その下には多数の盾が掲げられ、国王その人が居るだろうことが推察される。


「ここって普通に射程外ですし、あの盾を越えて国王を撃つのは無茶ですよ?」

「そんなことをして何になるんだ? 言っただろう? 礼を伝えておいてもらいたいだけだ」


 そうして構えられた矢が放たれる。

 それは、今まさに死闘が繰り広げられている兵士たちの頭上を飛び越え――荒鷲の眉間みけんへと吸い込まれていった。


 ……え? 何で見るからに射程外から矢が届くの? そもそも、なんで当たり前みたいにあんなところに当ててんの?


「よーし、じゃあ戻るぞカール。いやー、今日は良い日だった!」

「ソ、ソウッスネ……」





◎イセリース丘陵の戦い


第一次世界大戦後期、帝国西方イセリース丘陵で帝国軍約一万と王国軍約四万が衝突した戦い。

エレーナ師団による誘引策により、帝国軍が勝利した。


決戦を徹底的に避け、数に任せて消耗戦を仕掛けた王国軍に対し、エレーナの軍師であったカールが戦争全体を操って思惑を打ち破った一連の策略の集大成として評価されている。


ただ、現在では一般にも知られる高い知名度を持つが、当時から有名であった第一次世界大戦前期のガリエテ平原の戦いとは違い注目されたのは近年のことである。勝利ではあるものの、戦場における戦果の質も量もガリエテ平原の戦いなどと比べて地味であったことが原因だったのではないか、と分析されている。

実際、大陸歴千九百年代に入ったころにようやく、研究者たちの間でその戦略的観点から評価されはじめた。そして、大陸歴千九百二十三年の艦隊決戦至上主義全盛であった当時の旧制海軍兵学校における基礎教本の大改訂に際し、陸戦でありながら、決戦を避ける敵を艦隊決戦に引きずり出すための参考事例の一つとして採用されたことで話題となり、後に一般にも知られるようになった(ただし、その後、航空戦力の登場などによる海軍の運用思想の変化に伴い、削除された)。


帝国史用語辞典(帝国歴史保存協会、第九版、大陸歴千九百九十七年)の同項目より抜粋



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