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第十二話 ~地獄への道先案内~

「ヴァレンシア城……やっぱり落城してるよなぁ……」


 山脈越えからの一夜での攻城戦が終わり、すでに三日ほどがっていた。

 俺は城内の広場のような空間で、目の前を駆けずり回るビアンカの部下たちを何となく見ていた。


 軍勢が通行できる道など整備されていないアレギア山脈を越え、こっちの領内へと引きずり込んだ王国軍の後背こうはいに攻め込む。

 王国軍が本国からの補給の重要拠点とすると予想されたというか、むしろ短期間に補給路を確保したいなら他に選択肢がない拠点であるヴァレンシア城を攻め落としたことは、この先を考えればもちろん良いことだ。


 ただ、エレーナ様と俺の連隊の合わせて六千ほどの攻撃で、一夜にして落ちたのが未だに信じられない。


「そっちは今の人員に任せて下さい! こっちに来て、私と一緒に焼いて下さい!」


 ビアンカには、城内に残されていた物資のうち、うちの師団で管理しきれない大半のものを焼き払わせていた。

 マントイフェル男爵領で多数の工事現場に派遣して、途中からは同じ魔法兵の部下もつけた経験が生きたのか、現場を指揮する姿は中々に頼れるものである。

 もったいないが、欲張って運ぶと行軍速度が落ちるし、残しておいて取り戻される危険を残すわけにもいかないのだ。


 そもそも、攻め落とせるなんて場合も一応考えてはいたが、時間も兵力も足りないと見込んでいたのだ。

 そろそろ合流するはずのギュンターに任せた俺の連隊を合わせても、ようやっと一万程度の戦力だ。それなりに堅い守りを誇るヴァレンシア城を短期間に落とせるなんて、本気で期待する方がどうかしてるってのは、幹部陣の共通認識だった。

 本命は、ヴァレンシア城に一当てして、その先の王国の動きを誘導すること。ヴィッテ子爵から受けてきた講義の中で補給について色々と苦労話を聞いたからこそ、可能であると判断して策を組んだのだ。

 まあ、城が落ちたおかげでこの先が楽にはなったけど、奇襲効果ってやつを舐めてたのかもしれない。

 自分がやられたときのためにも、気を付けることにしよう。


「カール様。王国の動きをご報告に参りました」

「ああ、オットー。ご苦労さま」


 いつの間にか横に立っている諜報担当の責任者から、必要な情報をまとめたメモ書きを受け取って目を通す。

 最初は目に見えて驚いていたが、短い期間でも毎日のようにされていれば最近はこの登場にも慣れてくるってものだ。心の中はともかく、見た目だけ・・は誤魔化せるさ。


 普通に登場しろって言ったこともあるが、


「すいません。職業病のようなもので。ハハハ」


 と答えられた。

 絶対に嘘だがな!


 怪しまれないこと第一の連中なのに、こんな明らかに怪しい近付き方しか出来ない訳ねぇだろ!

 こっち驚かせて面白がってやがるぞ、これ。


「で、どうなさいますか、カール様?」

「え? あ、ああ。そうだな」


 オットーの言葉に、横にれていた思考を戻す。


「……へぇ。国王陛下が、直々に四万引き連れてこっちを取り戻しに来るのか。で、アルベマール公が前線に残ってマイセン辺境伯の率いる主力を押さえる。動きが速い」

「それはもちろん、カール様のご指示通り、ヴァレンシア城が落ちたことを派手に宣伝しておきましたので。それこそ、王国軍が余計な動きをする前に、最善手・・・を打てるように」

「うん。これなら、第三プランだ。軍議を開いて、斥候を出して、後はマイセン辺境伯にも伝令を送らなきゃな」


 そう言って歩き出した俺に、何も言わず、当然のようにオットーがついて来る。


「あ、そう言えばさ」

「どうかなさいましたか?」


 ふと疑問が浮かび、歩きながら問いかける。

 今まで気付かなかったことに内心冷や汗が浮かぶような事項だったが、あえて何気なにげない問いかけをよそおって問うた。


「一々こっちで斥候とか出して確認してからでないと、そっちの集めた情報に合わせて最終的に動いてないけどさ。実力疑われてるみたいで嫌じゃないか?」

「……へ?」

「……うん?」


 色々と反応は予測していたが、まさかの素で呆けたような顔をされ、思わずこっちも呆けてしまう。

 慌てて表情をつくろって、オットーはいつもの余裕を感じさせる笑みを浮かべるが、絶対に今のは素だった。

 むしろ、これが素じゃなかったら人間不信になるぞ、おい。


「実力を、ですか。フフ……」

「あの、オットー?」

「いや失礼。まさかそんな変なことを言われるとは思いませんでしたので」

「変……変?」


 何か変なこと言ったか?

 プロに対して、当然の気遣いな気もするんだけど……?


「出会ってすぐに信用される方が怖いですよ。それになにより、帝国の正規組織だった時に比べて、色々と限界もありますからね。お優しい方なのは分かったので、ぜひこれからも疑ってかかって情報の裏取りをして下さる方が、こちらも安心です」

「お、おう。そんなもんか」


 どこまで本心だか知らないが、一応は安心しておくことにする。

 念願の情報組織だ。大切にこき使われてもらわないといけないからな。


「そもそも、しっかりと実権を確保している上司にそんな問いを投げかけられて、不服を申し立てられるような人が居るのなら、むしろ会ってみたいと思いますけどね」


 そんなオットーの正論に答えられないまま、何とも言えない気持ちで、エレーナ様に軍議を招集してもらうこととなった。





「良いんだな? 本当だな!?」


 ヴァレンシア城での、当初の計画に照らしてこれからの動きを確認するだけの軍議の席。

 それはもう、エレーナ様のテンションは高かった。


「本当なんで、至近距離でつばを飛ばすのをやめて下さい」

「うむ!」


 素直に離れてくれる辺り、今日はまだ扱いやすい方だ。

 そりゃ、エレーナ様にとっては待ちに待った時だし、機嫌が良いからな。


「この日のために、剣も槍も鎧も弓も、全部手入れは念入りにしてきたのだ! 任せとけ!」

「あの、今回は山越えのせいで馬がないんですし、ほどほどに――」

「ああ、カール! 分かってる分かってる!」


 絶対に分かってないだろう上司を前に、目線をその親衛隊長へと向けると、ばっちり目が合った。

 フィーネがそのまま静かに一回頷き、俺も同じように返した。


 我らが上司が暴走したら親衛隊が押さえてくれると信じて、事前に用意していた事項を確認し、ごく短期間で軍議は終わった。


 そして、すぐに軍は接収した余剰物資の焼却作業を中止。

 ヴァレンシア城を即日出立しゅったつしたのだった。





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