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第十話 ~ラウジッツ城包囲戦~

前話後半の会議終了後

ギュンター「……会議から帰ってこられてからずっと、カール様に割り当てられたお部屋の端っこで座り込んで、何をなさってるんです?」

カール「い、今になって、ふ、震えてきやがったぜ……あぶぶぶぶぶbbb」





「で、なんでこんな状態になってるかはお分かりですね、アラン様?」

「うーん……心当たりがありすぎて何とも……」

「心当たりがあるなら、生活態度を改めて下さい!」


 帝国南西部の要衝ようしょう、ラウジッツ城。

 約一万の帝国兵が籠城ろうじょうするその城を囲む二万を超える王国軍の総司令官であるアラン・オブ・アルベマールの天幕では、世にも珍しい光景が繰り広げられていた。


「生活態度以前に、公爵家の三男坊が体中を縄で徹底的に縛られて床に転がされて、そのお付きメイドのカレンが見下ろしてるって状況を改めるべきじゃないかなぁって……」

「こっちの視線らしてる間に逃げ出したり、縄抜けしたり、これまで色々となされてきた積み重ねの結果ですよ? 今回も、公爵家のお方が一兵卒に混じって娼婦漁りなんてしてくるから、こんなことになるんです!」


 満面の笑みでカレンが答えるところまで含めて、この包囲戦の中で何度も繰り返されてきた光景である。


 身分制度を正面から殴り倒すような無礼が当然のように行われている天幕内では、アランの守り役で普段はじいやと呼ばれている老将のミルナーも居るのだが、天幕付近の人払いを行った後、天幕の隅で必死に気配を消していた。

 カレンのように主家筋に対して振る舞うような、一般的に見てあまりにも失礼で命知らずなことは出来ない。

 かと言って、優秀なのは確かだとは思うが問題行動を反省する気配すら見せないアランに対し、ガツンと言っているのを止めるのは心情に反する。

 結果として、目撃者を減らすことで出来るだけアランの名誉を守りつつ、目の前の光景を黙認するのが、アランの守り役として出来る精一杯であった。


 そんな自らの守り役の心中を知ってか知らずか、屈辱的なはずの状況をあまり気にする様子のないアランに、呆れたようなカレンの言葉が降りかかっていった。


「本当に、いい加減にしてください。その……わ、私がお相手してるんですし、欲求不満ってことはないですよね?」

「いや。それはそれ、これはこれ――」

「うん?」

「ひっ……!? 何でもないです、はい!」


 満面の笑みで見下ろすメイドに対し、縛られて地面に転がされたままに青くなって謝る主人。

 あ、これは絶対にまた同じことをそのうち繰り返す流れだ――などと守り役の老将が心の中で考える中、必死に弁解するようにアランが言葉を続けている。


「それはそれとしてさ! ラウジッツ城を攻め落とす方法を考えたんだよね! ちゃんと仕事もしてるんだよ!」

「へぇ……」

「本当なんだって。ほらそこ、そこの机の上の書類を見てみなって」


 カレンが言われた通りに見てみれば、そこには書類の山があった。

 あの束をまとめてぶん殴れば相手の首を痛めるくらいは余裕で出来そうだと思いながら、カレンはその一番上にあった書類を手に取った。


「……わ、わあ。すごく字が細かいですねぇ~」

「そして、籠城する帝国軍への『嫌がらせとしては』すごく良く出来てる」

「あれ? でもこれ、アランさまの字じゃないですよね?」

「うん。シャールモント子爵の提出してきたものだからね」


 軍事的知識はほとんど持ち合わせていないメイドにはその有効性が理解できなかったが、筆跡は何年も見続けていただけに、アランのものではないことが分かる。

 そこで問えば悪びれもせずに自作ではないと答えられ、自然とカレンの視線は冷たくなっていった。


「いやいや。それ全部ボツだから。僕はね、嫌がらせなんてやる気はないんだ。――ラウジッツ城を落とす。軍団長に任じられた分の仕事はしないとね」


 その鋭い眼光(ただし、縄でぐるぐる巻きにされて床に転がされてる)にカレンが思わず気圧けおされる中、アランはさらに、より熱を込めて言葉を続けた。


「正直、手間がかかる割に絶対に上手くいくなんて間違っても言えない程度の策だ。それでも、僕は上手くいかせるために全力を尽くしたい。でもね、その策では一番重要な部分を僕がやることは出来ない」

「その重要な部分を任せるのが、そのシャールモント子爵ですか?」

「正確には、その候補だね。部隊の動きを見たけど、一番うまく城を攻めていた領軍だったね。会ってみてからになるけど、結構期待してるよ」


 やる気にあふれる――むしろ、あふれすぎている主人を見て、カレンは胸に一抹いちまつの違和感を覚え、考えるよりも先に口から言葉がれていた。


「アラン様。何をそんなにあせっているんです?」

「焦る? いやいや、そんなことはないよ。軍団長として、当然の仕事だよ。今は・・僕らに有利な戦況だけど、同時に状況は緩慢かんまんだ。戦争全体を見るならば、いつまでも優勢が続くなんて保証はない。特に、帝国西方のマイセン辺境伯の管区から突き崩すつもりだった陛下たちは、帝国軍が消耗しきる前に整然と後退を始めて困ってるみたいだしね。お兄さんが居るって聞いていつかはこういう手に出てくると思ってたけど、こんなに早く諸侯軍を説得しきれるなんて思ってなかったよ! いや、切り捨てた? ああ、遠すぎてその辺りがよく分からないんだよね。思ってたよりも長期戦になりそうだけど、王国軍は血を流しすぎててそれに対応する余裕は――」

「陛下と共に向こうの戦線に――カール・フォン・マントイフェルと戦えるところに行きたかったですか?」


 アランの顔から一瞬だけ表情が消えた。

 だがしかし、次の瞬間にはさっきまでの熱気も無表情も嘘のように、いつものような笑みを浮かべて、言葉がはなたれた。


「今向こうに行ったら僕が何をしても陛下の功績になるしかないからね。僕だけの功績をさっさと稼いで文句なく陛下が重用できるようにしてこいってことでしょう? 特に何もしなくても、二万以上の軍勢を大過なく動かしたってだけで誇れる功績だし、そのレベルの軍の運用はやれるって見込んでくれたわけだ。王国の将来のためにも、僕の将来のためにも、僕がここに配置されたのは最高の決断だと思うよ」


 明るい口調ではあったが、カレンにはどこか寂しそうな、そして悔しそうな言葉に聞こえた。

 まるで、自分自身を納得させるために語られたようにも聞こえた言葉に、カレンがそれ以上掘り下げることはなかった。


「で、その王国の将来を左右する大作戦の重要な部分を任せるシャールモント子爵ってどのような方なんです? 攻め手が上手いというと、副連隊長さんみたいな方なんです?」


 気を遣って話を逸らしたカレンだが、軍の知り合いなど分野違いなのでほとんどいない。

 そんな彼女が最初に思い浮かべたのは、いつもアランと共に居て軍人以外の側面のイメージの強いアランの守り役でなく、今もアランが率いている連隊の副連隊長だった。


「うちの副連隊長のゴドフリーみたいに、前線で個人の武勇をもって引っ張るタイプじゃないよ。幼いころの病の後遺症で左足の動きが悪いらしいし。むしろ、大人になって当主になっても病気がちで線が細いらしくてね。ガリエテ平原で総大将として派閥長のリュクプール公が敗死して派閥も大変なはずの今でも冷遇されてるんだって。大きな戦に連れてってもらえなかったせいでもうすぐ四十歳なのに目立つ功績もなし。そのお蔭でガリエテ平原の敗北に巻き込まれずに領軍を維持できてるのはラッキーかな?」

「じゃあ、あのすごく賢そうな連隊付き士官さんみたいな人なんです?」

「うちのパーシーみたいに、理詰めで全部計算し尽くしてるタイプでもなさそうだったよ。部隊の動きを見る限りはね」


 もうネタが出尽くして困るカレンを見て小さく笑いつつ、アランは素直に解答を述べることにした。


「一言で表すなら、目付きが怖い」

「目付き……目付き?」


 それが何に関係するのだろうかと困惑するカレンをよそに、アランは言葉をどんどんと続けていく。


「いつも杖を持ち歩くくらいには左足の動きは悪いし、病弱で線も細い。なのに、本能的に恐怖を覚えるくらいに目付きが怖いんだってさ。その威圧感で何となく逆らえなくて、兵たちが良く言うことを聞く。つまり、統率がすごく取れてるんだよね。だから、シャールモント子爵の用兵自体は特に見るべきところは感じなかったけど、基本に忠実な用兵を、かなり高い精度でやり遂げるんだよ。期待できる用兵ではないけど、すごく安心できる用兵ってところかな?」

「何と言うかその、目付きがどうとか、まるで見てきたようですね?」

「見てきた人たちに聞いて来たからね。いやぁ、一兵卒の装備借りて戦場まで出稼ぎの娼婦探してたら、子爵のところの兵士たちと偶然知り合っちゃってさ。まさか、あんな劇的な出会い方をするとは思わなかったよ、うん」


「失礼します。アラン・オブ・アルベマール様の天幕で間違いないでしょうか?」

「そうだよ。どうぞ、入って入って」


 仕事の役には一応役に立ったとはいえ、身分不相応の遊びを改めて注意すべきかとカレンが悩む間に、素性も聞かずに主人が招き入れたことに驚いてとっさに入口を見たカレンとミルナーの動きは素早かった。


「坊ちゃま、お下がりください!」

「アラン様! 私の後ろへ!」


 その男の眼光は、見つめるだけで本能的な恐怖をき立てるものだった。

 気配を消すのをやめるタイミングを逃し続けて分からなくなっていた守り役のミルナーも、一応は護衛の名目で戦場までついてきているカレンも、その目を見た瞬間には主人を守ろうと動き出していた。


「まあまあ、二人とも落ち着きなよ。ようこそ、シャールモント子爵歓迎するよ」


 はて、どこかで聞いた名だと客人と主人の間に立つ二人が考えれば、目付きの悪さに、今になって目に入った杖を見て、この男がさっきまで話題になっていた男だと、ようやく気付いた。

 慌てて二人が謝罪するが、「気にせずとも。慣れているので」との本当に手慣れた様子の言葉が、逆に二人の心をえぐる結果となった。


「まあ、座ってよ。お茶で良いかな?」

「はい」


 わずかな時間の間に縄抜けをしていたアランが、そう言って手早く準備を整える。

 今度こそ完ぺきだったはずなのに、とまたもや拘束を抜け出されたショックからカレンが戻る前にもてなしの準備は終わり、いきなり本題から話題は始まっていた。


「病気がちだって聞いたけど、大丈夫なの?」

「昔はそうでしたが、すでに解決しています! 現に、私は今回の遠征中、無事に兵たちの指揮を執り続けています!」

「うんうん。それだけ叫べるなら、大丈夫だね」

「……失礼しました」


 見た目の線の細さからは想像の付かない声の大きさで、なるほど見た目よりは元気そうだ、と言うのは子爵以外の三人の共通した感想だった。

 それでもなお、彼の雰囲気全体が、その体調がつい心配になるような様子なのは変わらなかったが。


 そうして問いへの答えが返ってきて次にアランがどうしたかと言うと、おもむろに立ち上がり、ずっしりと重い紙束を持ち上げた。

 そして、その子爵からの大量の上申書を床へと投げ捨てた。


「な……!? 軍団長、これは一体!?」

「これは全部ボツだ。そして喜べ。総大将命令だ。この世で最も誇り高い地獄に放り込んでやろう」

「? それは、どういう意味でしょうか?」

「城を落とすために野戦をするから先陣をくれてやる、と言ってるんだよ。――派閥の違いも何も関係なく、遠征先で累計何百枚も上申書を出し続けるくらいには『野心』があるんだろう? 嫌とは言わないよね?」


 シャールモント子爵は息を飲んだ。

 それは、思わぬ大きな話に混乱し、同時に喜んだ反応だったのだが、その目が一段と鋭くなったことでカレンとミルナーが本能的に再び動きかけてなんとか押さえ込んでいた。


「城を落とす、ですか。あの堅城を前に、大きく出られましたな」

「いやいや。そこで驚かれても困るね。僕らは最終的に、帝都まで進むつもりなんだから」

「帝都……帝都!?」


 目の前の城をすら落とせる気配もないのに出た言葉に驚いたアラン以外の三人は、極めて正常な反応だったといえるだろう。


「別に、攻め落とせる必要はないし、それどころかたどり着く必要もない。ラウジッツ城を攻め落として、王国軍がこの山地だらけの帝国南西部から帝都まで届きうる補給路を確保したってだけで、帝国側の戦争全体にかかる圧力はすごく大きくなる。この戦いが始まるまでに血を流しすぎた僕らが勝つために、これが最善だと僕は信じているよ」


 その言葉に、カレンとミルナーは絶句する。

 二ヵ月も攻め落とせない城を越えて、まさかそんな先の話まで出て来るとは思っていなかったのだ。


「そのお話、もう少し詳しくお聞かせ願いたい」


 ただ、そう言って迷わず体を乗り出すシャールモント子爵のぎらつく目に、アランは獰猛どうもうな笑みで答えていた。





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