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第二章第一話 ~論功行賞~

第二章のタイトルにつき、感想でご指摘いただいた意見を受けまして、当初前話後書きで予告しておりましたものからは変更しております。

「ギュ、ギュギュギュギュギュンター!」

「カール様。そんなに何度も確認されずとも、服装も髪型も整っておりますぞ」

「よよよよよよよし」


 帝都の中心である宮城きゅうじょう、その控えの間では、俺を含めた多くの子爵・男爵家の者たちが思い思いに、先の王国との戦いの論功行賞の始まりを待っている。


 長い歴史の中で山のようにありふれている国境紛争。今回の侵攻は、その中の一つが理由だったらしい。

 で、王国側が、あの国にしては控えめな動員規模にする代わりに徹底的に秘匿ひとくしたらしく、初動で置いていかれてうちの家も単独で王国軍と向き合うことになった。

 ギュンター曰く、いつものように・・・・・・・大きな戦いを一度して講和の流れが予想される中で、少しでも広い占領地があれば王国側が有利に交渉を進める材料になるらしくて、そこが狙いだったんだろうとのこと。

 結果として、敵本隊と別働隊が合流して十分な正面戦力が集まる前に各個撃破したことで、こっちがいくらかの賠償金を取る方向で戦後処理は順調に進んでいるらしい。


 そして俺は、ここまでの人生で最大の恐怖と戦っていた。


 ギュンターの呆れ顔とか、同じ部屋の中に居る他家のご当主さんやお付きの人たちの温かい目とか気にしてる場合じゃない。

 こんなところに呼ばれるとか、色々とすっ飛ばしすぎなんだよ!

 西方諸侯のまとめ役であるマイセン辺境伯の主催パーティーに祖父の後ろにくっついて三回ほど参加した以外、フォーマルな場に出た経験なんて皆無だ。


 それがどうしたことか、戦いに参加した諸侯は全員論功行賞に参加せよって呼び出しが来て、当主のおじいさまがもう少し安静にって診察されたうえに「なお、マントイフェル男爵家嫡男カールは必ず参加せよ」って念押しされて、当主代行として参加が決定だよ。

 皇帝陛下や有力諸侯も列席する大イベントに、付き人のギュンターの助けもなく、一人で出ろってなんだよ。

 お蔭で、焼き払った城下町の再建資金とか、再建中の領民たちの生活をどうするかとか、そんな戦後問題をおじいさまの家臣団に全部任せて帝都にくることになってしまった。


「ハハ。緊張してるみたいだね、カール」

「あ、義兄上!?」


 やっときた! 俺の唯一の救い来た!


 控えの間に入ってすぐに俺のところへ来てくれた二十代半ばの筋肉質ながらも細身でさわやかな男性は、ゴーテ子爵。

 姉上が大恋愛の末に嫁いだ男性であり、俺が領民達の避難先として選んだ地の領主である。


「そりゃ緊張しますよ。だって、皇帝陛下の居る場で失礼があったら……」

「カールなら大丈夫さ、しっかりしてるし。それに、式典に参加してる新聞記者たちの前で、まだ成人前の英雄様の小さな失敗で激怒するような狭量なことはなされないって」

「……英雄?」

「おや、まだ知らないのかい? その辺にある備え付けの新聞を読んでみなよ」


 訳も分からないまま、テーブルの上に置かれていた新聞をいくつか取って目を通したんだけど、思いもよらない記事に驚きだよ。


「あの、どれも二面とか三面辺りにどこかで聞いたような話がってるんですけど……?」

「そりゃあ、カール自身がやったことだからね」


 いやいや、おかしいって。

 どれも、一面はし絵付きで皇帝陛下の大勝利を褒めたたえてる。これは良い。

 ただし、二面三面辺りに載ってる記事の一部がおかし過ぎる。


 どれも、『マントイフェル男爵家の嫡男が、二百人にも満たない寡兵かへいで三万人の王国兵と戦い抜いた』って流れは同じ。ここはまあ良い。

 まず一紙目。挿し絵のカール君がイケメンすぎる。誰だか分からん。

 次に二紙目。挿し絵だけ見ると、正面対決をして俺一人で三万人を斬り殺してる図にしか見えない。残念ながら、俺はどっかのゲームに出てくるようなキャラたちみたいなことはできません。

 そして三紙目。俺が皇帝陛下の名前を出して一喝したら、敵がビビって何日も動けなかったらしい。もはや、何も言うまい。


「てか、全体的に俺がイケメン超人すぎません!? あと、誰も俺のところに取材なしなんですけど!?」

「まあ、僕らの地元に近いところには僕らが帝都に出る段階では戦いについて帝都からの開示情報が届いてなかったから、地元紙はまだ来てないんだね。帝都の新聞は、開示情報はすぐに得たんだろうけど、肝心のカールがド田舎在住じゃあ、遠すぎて取材にわざわざ行けないさ。それに、帝都に来て話を聞いてからじゃ、他紙の後追いになっちゃうし。『マントイフェル男爵家嫡男の率いる領軍二百名弱が、本隊の決戦中、別働隊三万を押しとどめた』って公開情報があるから、そこから記事にしたんだよ」


 新聞記者として、それで良いのだろうか……。


「皆さま、お時間でございます」


 そうこうしてる間に、ついに来てしまった……。

 ギュンターに見送られ、義兄上と共に謁見の間へと向かう。


 中へ入れば、そこには文武百官がそろい踏み。

 今から入る俺たちを入れて、数百人は居るように見える。それが、中央を空けて左右にずらりと並ぶのだ。

 前方の右すみ辺りに雰囲気の違う集団が居るけど、あれが新聞記者や挿し絵の絵師なんだろう。記事にして大々的に報じるために参加を認められてるんだとか。


 てか、うちの城の謁見の間がただの物置に見えてくるくらいに部屋が豪勢で広い。

 先に入って前列に並ぶのは、公爵だの伯爵だのって俺たちより爵位が上だったり、お偉い軍人や官僚だったりだっけ。皇帝陛下にお目通りする場所を偉い人から選べるようにするって考え方で、皇帝陛下への謁見には上位者から入場して、最後に皇帝陛下がくるんだとか聞いた気がする。

 まあ、昔はともかく、今では場所は事務方で事前に決まってて担当者が誘導することになってて、しきたりとして形だけ残ってるらしいけど。


 そんなこの国で一番格式の高い式典で、あなただけが頼りです、お義兄様!


「じゃあ、後でね」

「……へ?」


 気付けば、担当者に誘導されるままに義兄上とは離れた場所へと立たされる。

 しまった! 偉い人から前なら、子爵家当主と男爵家当主代行が近くなるわけないじゃないか!

 うぐぉ……一番後ろの列になったけど、周りに知らない人しか居ない……。


 ひ、一人で式典を戦い抜くのか……!


「皇帝陛下の、おなーりー!」


 勝手に心の中で動揺してる間に式典が始まる。

 司会らしき人物の声に続いてラッパの演奏が始まり、一人の男が入ってくる。


 遠目にしか見えないけど、『圧』が凄い。

 あれが、この国の頂点に立つ人物。後天的か先天的かは知らないが、離れていても分かるほど、肩書にふさわしい貫禄を備えていた。


 そして、式典が始まる。


 司会が名前を呼んで、呼ばれた方が皇帝の前に出て、司会が功績を読み上げて、皇帝が褒美を与える。

 聞いてみれば、勲功第一位の人は、両軍ともに攻めきれない中で率いる連隊と共に敵に突撃を敢行し、自ら最前線に立って突破口を切りひらき勝利を導いた。勲功第二位の人は、三日間の戦いの二日目に味方が不利になったときに奮戦して、味方が立て直す時間を稼いだそうだ。


 にしても、居心地が悪い。


 最後列で誰にも注目されてるわけじゃないんだろうけど、皇帝陛下まで参加する場で気を抜いて何か問題になったりしたらどうなるか分かったもんじゃない。

 ああ、もう。早く終わらないかな……。


「勲功第三位! マントイフェル男爵家当主代行カール!」

「……え? ……あ、はい!」


 危なかったぁ……。

 もう少しで呼び出しを無視するところだった。

 この場での司会の呼び出しは、皇帝陛下からの呼び出しに等しい。無視したらどうなることか。


 そんな心配をよそに、今の俺は、ついに注目される立場である。

 最後列に立つ俺は中央の皇帝陛下のところへと向かって進むために中央の空白地帯に立ったわけなんだけど、部屋中の視線が一気に集まっている。


 許しなく目上の皇帝陛下を直視するわけにもいかず少し顔を伏せながら進むんだけど、それでも、俺の足音だけが響く中で周囲の無言の視線が痛い。


 そんな中でもとにかく失礼があってはいけないと必死にやるべきことを思い出しながら進み、所定の場所で顔を伏せたままにひざまずく。


「陛下、マントイフェル男爵家当主代行カール、御前ごぜんに」

「うむ。おもてを上げよ」


 体の芯まで響いてくる重低音の声に従って顔を上げ、そして後悔した。


 筋肉質な巨体に、白いものが混じった黒い短髪でひげが整えられていかめしい顔。

 老齢に片足突っ込んでるような見た目なのに、その目を見た瞬間にまれるほどの力強さ。

 これが、専制君主として国を引っ張ってきた男。

 民主主義だ普通選挙だなんて時代に生きた記憶がある俺には引っかかるところもあるけど、間違いなく『支配者』としての役割をまっとうしてきた男なんだと理解した。


「この者、四百の兵を率いて王国軍別働隊先鋒せんぽう一万を撃退し、百五十の兵と共に撃退した先鋒を含む三万に戦いを挑み、よって決戦へと遅参ちさんさせた功績により、勲功第三位とする!」

「はっ! ありがたき幸せ」


 司会の声を受けて軽く頭を下げる。

 小難しい古い言い回しとかを長ったらしくしなくても良いのは助かる限りだ。


 確か、次は皇帝陛下から褒美について直接声を掛けられるんだったか。


「カールよ。なんじの働きに対し、マントイフェル男爵家にズデスレンの地を与える」

「はっ、ありがたき幸せ」


 領地を加増するとの言葉に、後ろに居る人たちの一部がざわついている。

 功績に対して、加増は相場よりも貰いすぎ?

 いや、直接は見れてないけど、それにしてはざわつきがばらつきすぎな気がする。

 誰も注意しないからざわつくくらいは注意されるほどじゃないけど、みっともないからって静かにしてる人も居るだけ? それとも、ズデスレンって場所に何かがある?


 ズデスレンは、うちの男爵家の山を下った先にある皇帝直轄領だ。

 山奥の男爵領と違って農地に向いた場所が多く、巨大な湖に面した河川を経て南方の海までつながる湖上貿易の拠点となる港もある場所だ。

 でも、特別裕福ってほどの場所じゃないし、王国との陸上交易ルートと繋がって大盛況の湖西回り航路でなく、さびれている東回り航路にあって、港は漁民くらいしか使ってないはずなんだけど。

 やっぱり、土地そのものにはあまり意味がないような。

 てか、ゴーテ子爵方面とは違って、ズデスレンへの道は「中央に伺いを立ててくれ」って歴代の代官に言われて管轄問題によって整備できないまま、荒れてるんだよなぁ。道も古くて細いから、港まで輸送しやすいように拡幅工事すれば材木とか小規模ながら出る鉱山資源の販売経路に使える?

 まあ、城下町の再建費用すらない状況で考えるようなことじゃないんだけど。


「ところで、最初の戦いにおいて、敵を打ち倒すために城下町を焼き払ったそうだな」

「は、はい! 敵の意表を突くために、他に思いつきませんでしたもので……」


 いやいやいや、聞いてない。

 皇帝陛下から質問されるとか聞いてないんだけど!?

 礼儀作法を習った時、皇帝陛下のいうご褒美にありがとうございますって言うだけって聞いたよ!?

 言葉遣いとか、大丈夫だったか?


「うむ。自らの領地を焼き払ってまで戦ったその意気に対し、百億ゲルドを与える」

「はっ……は?」

「なんだ、不服か?」

「い、いえ! 滅相もない! あまりにもありがたいお言葉に、我を忘れて感激してしまっただけでございます!」


 不服なんてとんでもない!

 これまでのウチの領地は、城外の集落も含めた約二千の領民が居て、そこからの全領地収入が約四十億ゲルド。六割は上納金で取られるので、使えるのは約十四億ゲルド。

 千ゲルドあればそこそこ良い昼定食が食べられるような物価で、うちの領地で使える金が約十四億ゲルドで、百億ゲルドくれるって言われたんだ。


 荒れてない新領地の収入も合わせて考えれば、ここで貰った金も再建と投資に回して、むしろ戦いで荒れる前よりも領地を発展させられるか?


 新聞記者たちのいる場で太っ腹なところでも見せようとしたのか、中央でははした金なのか。どっちでもいいけど、領地でお金の問題に頭を抱える人たちに良い報告ができるな。


 でも、それより気になるのは、今回は後ろの人たちの反応が薄い。

 てか、ない。

 うーん……やっぱり、領地の時だけ反応されたのは、何かあるのか? それとも、本当にはした金なのか。


 と考えながらも、ここで俺の出番は終わり。

 不測の事態もなく礼法に従って元の場所に帰り、思いもしなかった臨時収入の使い道に思いをせているうちに式典は無事終了するのだった。





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