第六話 ~手負いの獅子~
「やっほー、リア! 鉄砲できた?」
「げぇっ!? ……あ、げふんげふん。そのカール様、なんだ……です?」
扉を開けて目に入った顔へとあいさつすると、随分と濃い隈を目の下に作ったリアの、驚きやら気まずさやらの百面相が繰り広げられた。
俺は今、マントイフェル城近郊の男爵家のお抱え工房へと顔を出していた。
西方はマイセン城へとエレーナ師団が訪れると、王国側の動きに呼応する形でマイセン辺境伯を筆頭とした西方諸侯軍二万は出陣した後だった。
そこから王国との国境地帯へと向かったマイセン辺境伯を追いかけることとなったところで、俺が一時的な別行動を申し出たってわけだ。
領地に寄るのは遠回りだが、一万人が通常の道を進むことと比べれば、俺と少数の護衛が遠回りする方がずっと早いから問題はない。
師団はヴィッテ子爵に、俺の指揮する連隊はギュンターに放り投げてまでやってきたのは他でもなかった。
今回の戦いについに秘密兵器たる『鉄砲』を投入する! ――って訳ではなく、なぜか最近報告書を送ってこなくなった工房へと、時間が作れそうだったので顔を出したってわけだ。
「で、正直なところ、鉄砲はどうよ?」
「あー、その……少々、問題が……」
言いにくそうに語られるところによると、とにかく弾が的に当たらないらしい。
「そんなに酷いのか?」
「『前の方』には飛びます、はい……」
前の方。つまり、横や後ろには飛びません、程度にしか精度を保証できないってか?
報告書も止まってるってのは、きっと、ここしばらく何も進展がないのか。
うーむ……鉄砲と命中率って、何か聞いたことがあるような……そうだ!
「なあ、リア。それじゃ試しに、銃身の内側に溝を掘るってのはどうだろうか?」
「ああ、それなぁ……あっ、です。その、それも案で出て試作はしましたです、はい」
リアの普段使い慣れてないのが丸わかりのトンチキ敬語が耳に入らないくらいに、その答えは衝撃的なものだった。
え? いやなんで、それで命中率問題が解決してないの?
「やってみたら、溝にしっかりかかるような大きさの弾を詰めようと思うと押し込むのに力と時間がかかりすぎて、ちょっとこれは使い物にならないなぁと、です」
そういって渡された銃に弾込めをしてみれば、リアの言う通りだった。
……いやもうこれ、お手上げだよ?
マジで、前世の過去の人はどうやってこれ解決したの?
ネット環境が本気で恋しくなってくる中、どうにかせねばと考えるも、銃器にそこまで特別な興味のなかった前世の知識では、これ以上どうしようもなかった。
「えっと、威力の方はどうなった?」
「火薬の改良をテオドールさんの方がやってくれて、かなり上がりましたです、はい。えっと、重装歩兵の鎧も、長槍の射程の三倍くらいのところから粉砕できましたです。ただ、製造費がまた上がったんで、その、当家だけでは百とか、あんまりたくさん編成すると破産しちゃうかなぁ、って……」
身に着ければ歩行なんてほぼできなくなるような重装備を相手にそれだけできるなら、威力は上々か。
……ああ、あったじゃないか。使える前世知識。
「構わん。もう、命中精度は『前の方に飛ぶ』で最終調整に入ってくれ」
「え? でも当たらないと意味がないぞ……です」
「近くまで引き付ければ良いし、数で誤魔化す。『敵の誰か』に当たれば、戦争では十分だからな」
「え? でも、予算は……」
「……さ、最初は五十人くらい……いや、三十もいれば、運用しようもあるし。うん、きっと」
我が家じゃ、おじいさまに頼んでも無い袖は振れないだろうしなぁ……。
エレーナ師団の予算じゃ、多額のお金を使途不明なんて荒業を中央の金でやったら、政治的に介入される余地を作るだけ。
まあ、どこかで実績を作って、ただの高価な珍品じゃなくて大金を投じる価値のある兵器なんだってマイセン辺境伯あたりに売り込んでスポンサーにでもなってもらうか。うん。
最終調整の時間とこれからの戦いを思えば、少なくともこの戦争にどこかで何かの一区切りが来てから部隊編成かな、などと考えながら、俺の工房訪問は終わったのだった。
「お久しゅうございます、エレーナ皇女殿下。この度は援軍に来てくださり、誠にありがとうございます」
「うむ、苦しゅうない」
王国との国境沿いにあるケンネル要塞内で、その形ばかりの儀式は一瞬で終わった。
一応はお前の部下もいるのだからと、祖父から孫娘へと礼がとられているのだが、堂々としている祖父に対し、孫娘は慣れない状況にそわそわしていた。
これでは、どちらが上位者なんだか、分かったもんじゃない。
西方諸侯軍と無事に要塞において合流したエレーナ師団の首脳陣は、先に到着していたマイセン辺境伯から報告を受けるため、非公式の会議を行おうとしているところなのだ。
参加者は、エレーナ様、俺、ヴィッテ子爵、ナターリエ、アンナ、ソフィア殿下、後はエレーナ様の護衛との名目でフィーネとハンナ。加えて、報告をするマイセン辺境伯とその直属の部下数名である。
……いや、もう一人いたな。
「その、私がこのような場にいるのは……」
「なに、気にするでない。お前の孫や、いつの間にやら第二皇女殿下も出るのだから、『どんな話が飛び出すにしても』、一緒に、しっかりと聞いていくとよいぞ。うむ」
そう言うマイセン辺境伯に背中をバシバシ叩かれる、我がおじいさま。
絶対にここに来る必要ないよな? てか、いつの間にか、やけに親しげじゃないですかね?
「さて、では王国側のこれまでの動きじゃったか」
さっきまでニコニコしていたのがウソのように、真剣な表情で語り始めるマイセン辺境伯。
その切り替えの早さに、こっちもつられて真剣に聞き入った。
「王国の動きは、それはもう簡単につかめた。国王親征と、随分とまあ派手に宣伝しておったのでな。約六万との数も、最初は向こうの宣伝で知ったくらいじゃ」
政治的な意図があってのことであろうが、大々的に宣伝して回っている軍の動きに対し、もちろん何もしないわけにはいかない。
マイセン辺境伯は、先鋒として国境地帯へと招集した西方諸侯軍約二万三千とともに向かい、当初はもっと国境から遠いところに陣を敷いて敵の出方を伺っていた。
「しかし、急に王国側の動きが鈍りおった」
「具体的には?」
「国境に近づくと、進軍が目に見えて遅くなりおった。様子見を兼ねてこのケンネル要塞まで部隊を進めてみたが、ここから一日ほどの距離で陣を張り、王国側はこの何日も動きを見せん。他の国境沿いの城に増派した守備隊も何も言ってこぬ。平和なものじゃ」
俺の問いへの答えは、確かに奇妙なものだった。
城攻めも包囲もしないなら、兵を動かす意味がない。何より、派手に宣伝したのに何もしませんでは、むしろ親征を取り仕切る国王の権威に関わる大問題になりかねない。
「考えられるなら、野戦を誘っている、ですかな?」
少し苦しい気もするが、このヴィッテ子爵の意見が一番納得いくか?
その答えに対し、すぐさまマイセン辺境伯が口を開いた。
「正直、いつまでも相手の目的が分からぬままにこちらの戦力を釘付けにされるのは恐ろしい。そこで、援軍も来た今、城を出てとりあえず一当てしてみたいのじゃが」
「失礼。私は領地も北にあれば、かつて師団長に任じられた後も派遣されるのは北の戦線ばかりで、西方の事情には詳しくない。しかし、先のガリエテ平原では、勝利こそはしたが、一般的に見れば西方諸侯のほとんどが大損害を受けたと聞きます。戦えるので?」
「ヴィッテ子爵の心配は尤も。数は多少誤魔化せたが、質は戦前の水準にはまだ及ばぬ家が多い。しかし、向こうはそれ以上に損害を受けておった。王国軍の中で派閥単位では唯一精鋭と呼ばれる練度を維持しているアルベマール派の部隊は多数居れど、比率にすれば半数にも遠く満たん。しっかりと近隣の哨戒を行うことを前提とすれば、歯が立たなかったり、大やけどをすることはなかろう」
老人二人のやり取りは、軍事的知識が足りなかったり、恐れ多すぎて発言できなかった様子の若手たちもおおむね賛同し、とりあえずはこちらから状況を動かしてみる方向で話が進むこととなった。
急報が入ったのは、野戦の準備に入ってしばらくしてのことだった。
「バトラー城方面に、王国軍多数出現! およそ五万ほどに包囲されています! 降伏勧告の書面では、総大将はアルベマール公とのこと! 至急来援を乞う!」
急いで地図を確認する。
ケンネル要塞から南方に位置するバトラー城を抜ければ、敵の進軍を遅らせるためにあえて放置されている西方の貧弱な道路網をたどっても、簡単にケンネル要塞の後背を取ることができた。




