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第四話 ~進むべき道~

※2017/11/19 13:25頃

描写不足を感じた部分があったので、加筆しています。

加筆箇所は、ネタバレ防止も含めて後書きに書きます。

 「この緊急を要する情勢下、エレーナ殿下にはわざわざお時間を作っていただき、このソフィア、後ろに控えます母共々感謝にえません」

「う、うむ……」


 エレーナ様とその姉だと言うソフィア第二皇女殿下による、どちらが目下として振る舞うかの争いは、今は戦時で時間がないとの点と、こんな自分でも・・・・・・・姉だと思ってくれるのならばその意思を尊重してほしいとの二点で押し切られたエレーナ様の敗北だった。

 その結果、簡易の謁見の間のようになっている司令室の壁際に俺たちエレーナ陣営の幹部が並び、居心地悪そうにイスに腰掛けるエレーナ様の前で、第二皇女殿下とその母親だと言う女性が膝をついていた。


「それで、今日はどのような……あ、いや、どんな要件で?」

「最初に申しました通り、私たち親子について、その身柄を保護していただきたく参りました」


 エレーナ様、そんなこっちをチラチラ見られましても、こっちだって訳が分かってないんでフォローできないです。

 そんな主従間の無言の意思疎通がなされている中で、ソフィア殿下の語りは続いた。


「皇帝陛下の意識が戻られない状況の続く現在、戦時が重なってしまったこの危機的状況にあるからこそ――」

「待って! いや、待て待て待て待て。皇帝陛下が、意識不明!?」


 皇女殿下相手に滅茶苦茶な言葉遣いをしてしまうほど、とんでもない話だった。

 周りを見ても、同じ皇女のエレーナ様を含め、みんなが呆然としている。


 それになにより――


「だって、今日も御前会議が開かれていた。勅令も出たぞ?」

玉璽ぎょくじがあり、御前会議の参加者たちが口裏を合わせれば、問題なく誤魔化せますわね。事実上の停戦状態の中で講和交渉が行われていたようですので、陛下が御倒れになられたなどと公表できず、戦時となってしまって完全にタイミングを失ったのでしょう」


 よし、落ち着け。落ち着くんだ。

 俺の指摘への返事としてはまあ、筋は通ってる。

 ここで気になる最大の問題だ。


「ソフィア殿下、そのお話、どこでお聞きになられたのです?」

「もっとも確実に情報を持っているところ。帝都最大の実力者たる三大派閥の長に、それぞれ聞いてきましたの」


 よりにもよって、エレーナ陣営の最大の敵との繋がりをあっさり明言され、それはもう気の抜けた顔をしていたのだろう。

 ソフィア殿下は俺の顔を見て小さく笑うと、さらに言葉を続けた。


「流石に、宮廷政治を長年生き抜いてきた派閥長達相手に聞いても、何の反応も引き出せませんでしたけど。ですが、最近急に私の護衛やメイドたちの交代や増員が続き、身元を調べればやってきたのは三大派閥系の貴族や準貴族の血筋ばかりでしたの。それで何もないということはないだろうと、派閥長達相手に出会えるようなパーティなどへと出席するために積み上げてきた人脈を辿り、相手によって褒めちぎったり、鎌をかけたり、色々と反応を見ながら判断しましたの。動かぬ証拠を示せるようなことではありませんが、まず間違いないと保証いたしますわ」


 政治は、例え敵であっても――むしろ、敵であるからこそ付き合う価値がある世界だ。

 ソフィア殿下の言う方法であれば、殿下が三大派閥の味方でなくとも知り得たとは言える。

 だけど、確かめようのない情報を示されただけでは、どうしようもないんだよなぁ。


「……そうですわね。でしたら、もう一つ私の情報収集能力をお示ししましょうか。例えば、ヴィッテ子爵の元に近くナルデン辺境伯から届くだろうお手紙の内容について、何ていかがでしょう? もしくは、すでに届いているかもしれませんわね」

「あっ、ああ……」


 ソフィア殿下の言葉に、ヴィッテ子爵は思わずというような声を上げ、特に何の表情も浮かべることなく懐から手紙が入っているのだろう封筒を取り出した。


「今朝、我が家の帝都屋敷に届いたもので、一段落してからご報告しようかと持ったのですが……」


 ヴィッテ子爵からの「どうして知っているのだ?」と言うような鋭い眼光を向けられても、ソフィア殿下は気にする様子もない。


「ナルデン辺境伯の甥を含む五人が自裁、三人が謹慎との冤罪事件の首謀者たちの処遇と、ヴィッテ家の名誉回復。そして、役職などは特に提示せず事実上の現状追認、ですわね」

「確かに、ソフィア殿下のおっしゃられる通りです」


 数か月経っての処断は、ナルデン辺境伯に近い親族も絡んでいることがあってややこしいことになっていたのかもしれない。正直、内々のことなので予想しか出来ないんだけど。

 それでも厳しい処分を下したのは、親族の逆恨みを買ってでも、自分もいつヴィッテ子爵のような目に合うか分からないと疑心暗鬼になっているだろう派閥全体の引き締めを図ったのだろう。連携を欠いたまま戦争など、俺でも御免こうむるしな。

 決断が遅いと言えばそれまでだけど、大きく強いというのはそれだけのしがらみを背負ってるってことなんだと示す例なのかもしれない。


 ヴィッテ子爵の名誉回復は、当然の措置で、首謀者の範囲・・・・・・や処遇を決められなかったことで遅れただけだろう。

 師団長をクビになったヴィッテ子爵に代わりの役職を提示しなかった辺りは、今更戻って来るとは思ってないってことか。


「このように私は、宮廷政治という深く狭い世界に限ってならば、エレーナ殿下のお力になれるかと思います。特に、日常業務の中でも、政治面で貴族以上の血筋を持つ人材が必要だと思われる場面はあるのでは?」

「そうなのか?」


 ソフィア殿下の言葉に、エレーナ様は俺たち幹部陣に漠然と問いかける。

 政治面と言うからにはと、元帥府と師団の事務処理全部を任せてるビアンカちゃんと、エレーナ様の副官として事務方を支えるハンナの二人を見るが、反応は対照的だった。


「いえ、別に」

「あー、正直なところ、こちらとしてはご指摘の通りです。軍務省や参謀本部はそうでもないんですけれど、元帥に任じられてから増えた宮城で処理するような案件だと、平民や準貴族では書類を受け取ってもらえなかったりってこともありまして……」


 ビアンカちゃんは内部的処理がメインで、ハンナは外とのやり取りも多いことが関係してるのだろうか。もしくは、ビアンカちゃんは魔法学院卒って特殊な学歴があるのが関係してるのかもしれない。

 思えば、皇帝陛下に謎の鍵を預けられた日も、「親衛隊が持っていくとちょっと」なんて言われて、貴族の血を引く俺が、参謀長職で忙しい中を宮城までお使いさせられてたんだった。


「それ以外にも、エレーナ様が即位なされた際には、カール殿の立場をはっきりさせるためにも私を妻としてお与えになり、一門衆としてマントイフェル家を迎えることも出来ます。むしろ、そうなされるのがよろしいかと」

「つ、妻……!? カ、カールのか? いやでも、半分とはいえ血を分けた兄弟たちと争ってまで皇帝になるつもりはないし」

「エレーナ殿下。その認識は、直ちに正されることをお勧めします。――あなたの意思は、もはや関係ないのです。次期皇帝か死か。そうお考え下さい」


 顔を真っ赤にして慌てるエレーナ様に、冷たい声でソフィア殿下が語る。

 急な様子の変化にエレーナ様は戸惑うが、ソフィア殿下はそのまま言葉を続けた。


「三大派閥は、合わせれば帝国の半分を押さえられます。逆に言えば、三つの派閥が集まって、やっと半分。そもそもが、かつて栄華を誇ったマイセン辺境伯の派閥を追い落とし、その後の欠員を補充して政治空白を作らないために追い込まれて結成された同盟ですもの。どこの派閥の血筋を引く皇子・皇女を立太子するかすら決められずに十五年ほど経過してしまうほどに、分かりやすい問題を掛けておりますわ。だからこそ、陛下がたわむれに愛人にした孤児院出身の修道女の娘の『平民皇女』などと呼ばれる私すら、後ろ盾がないからこそ誰にでも祭り上げられてしまうと三大派閥に警戒されてしまうのです」


 そうか、なるほど。

 ここまで説明されれば、大体分かる。


「ですから、宿敵たるマイセン辺境伯の血を引く『英雄』など、共存のしようがないのですわ。確かに、中央軍の実務を担う者たちを中心に、エレーナ殿下と協力して周辺国への牽制にしようとの意見もあるようですし、今回もそのような者たちの働きかけもあってエレーナ様への助力も協力もなしになったと聞きました。ですが、いつまでもそのように考えられるものではありません。仮に帝位を辞退なされて他の方に決まったとして、その皇帝は常に時の皇帝以上に実績を残してきた親族に怯えることになり、いつまでも耐えられるものではありませんもの。混乱を嫌うのでしたら、自ら命をたれるか、英雄性を打ち消しきるようなみじめな大敗北をするか、でしょうか」


 自死? 大敗北? どっちも出来る訳がない。

 エレーナ様が死んでやる理由はないし、エレーナ様がすべてを失うことは、彼女の願いである西方の復権を諦めること。どっちもありえない。

 だが、ソフィア殿下の言うことはどうしようもなく納得できてしまった。

 それでも、エレーナ様はまだ飲み込めないでいるらしい。


「で、でも、向こうにも利を示して交渉するとか。やりようはあるだろう?」

「ヴィッテ子爵の冤罪を晴らした件、公にはならずとも、ナルデン辺境伯の派閥内部の問題に首を突っ込んでしまっています。謀略にしてもお行儀が良いとは言えませんし、今回の件で自裁することになった者たちの親族の理屈を超えた反発もありましょう。他の中小派閥ならともかく、三大派閥にとっては、長年やってきた分、信頼も信用もないエレーナ殿下ではなく、信頼はなくとも信用できる互いを選ぶと思われます。分の悪い賭け、と申し上げておきますわ」


 目を泳がせながら、必死に考えるエレーナ様。

 途中でこっちを見たが、黙って首を横に振ることしか出来なかった。

 それでもまだ、ソフィア殿下の手は緩まなかった。


「エレーナ殿下は、当の三大派閥自身が先にやってしまったと思われる『水晶宮事件』の惨劇に匹敵する報復を永遠になさないと、『彼ら彼女らが』納得する方法で証明するすべをお持ちですの?」

「……それでも、無用な争いはしたくない」

「そうですわね。『無用な』争いは、避けて当然かと」


 ソフィア殿下の方を見ることも出来ず、目を逸らしたままなされたエレーナ様の言葉に、ソフィア様が言葉を返され、しばしの沈黙が訪れた。


「と、とにかく、姉上とその母君の保護だったか。それについては――」

「エレーナ様、一つよろしいでしょうか?」

「ん、カール? 何だ?」

「本日は一度、ソフィア殿下とお母上様にはご帰宅いただき、後日改めてじっくりと話し合う場を設けるべきではないかと」


 「えっ」との声が聞こえたので顔を向けると、そこには先ほどまでと同じように、膝をついて平然とエレーナ様と向き合う少女の姿が。

 しかし、一筋の汗が伝っていくのを、俺が見逃すことはなかった。


「エレーナ殿下。私たち母娘おやこは、先ほども申しましたように、館の人員が三大派閥系の人間に置き換えられるなどの締め付けが強まる中で、そう遠くないうちに生じるであろう帝位争いを見越してここにやってまいりました。戦時へと移行する混乱を利用して今回は参りましたが、『次』はないと思われます。その辺りもご考慮なされた上で、寛大な判断をして下さいますことを伏してお願い申し上げます」


 見たところもしゃべり方も、先ほどと代わりはない。

 それこそ、ソフィア殿下が焦っているように見えるのは自分の偏見のせいだとしか思えないほどに、だ。


「そうか。ならば、時間がない。姉上たちはこちらで保護するということでいいか?」

「いいえ。お考え直し下さい」


 驚くエレーナ様だが、ここばかりは仕方ない。

 服の下に隠すように首からげられた『鍵』を意識しながら、はっきりと言い切る。


 この鍵を下賜かしされたのは、当時は名前も知らなかったソフィア殿下の誘導に従ってのこと。

 よく考えなくても、母が孤児故に母方の親族を考慮しなくていい代わりに後ろ盾のない『平民皇女』と、周囲の誰もが何かしらのヒモ付きで信頼できる人材の限られる皇帝陛下。互いに中々利害の一致する組み合わせではなかろうか。


 となれば、皇帝陛下の思惑が見えない上、ガリエテ平原前夜の降嫁騒動のように場合によっては利害が対立する以上、その手先である疑いのあるソフィア殿下を簡単に受け入れるのは怖いんだよなぁ。

 説明しようにも、こんな狙ったように変な鍵を渡されたことは守秘義務を課せられてるし、変な術式掛けられてるんだよなぁ。

 術式とかただの脅しだって判断するにしても、エレーナ様が鍵のこと知ったら、うずうずそわそわして隠し通路のところまでこっそり様子を見に行って、不審者扱いされるところまで見えるんだよ……。


 単に言われた通りに行ったら陛下が居たってだけじゃはかったにしては弱いし、何か守秘義務守った上で怪しまれたりせずに上手く説明する方法を考えたいんだけど、時間がない。だから、時間を稼ぎたいんだよ。


「カール、一体何が問題だ?」

「あまりにも急すぎます。一度落ち着かれるべきかと」

「私は冷静だ!」

「それは冷静とは言いません」

「なんだと!?」


「あ、あのー!」


 突然の介入に、部屋中の視線が声の主に集中する。

 視線の集まったアンナは、引きつった笑みで言葉を続ける。


「その、一度、帝都のどこかの高級宿にご宿泊いただくのはいかがでしょうか? 誰もが敵を抱える貴人が利用することから出来るだけ中立を旨とし、高級宿は、政治的な理由での身柄引き渡しには決して応じません。実際、過去の事例でも、そうして難を逃れた方々はたくさんいたと、戦史研究部のころに記録で見ました。ですから、エレーナ様とカール様、双方のご意見に沿えるのではないかと」


 こっちにとっては、願ってもない話だ。


「却下だ」


 しかし、そのエレーナ様の言葉に、俺だけでなく、一度は安心したのか息を吐いたソフィア殿下も息を飲む。


「なあ、カール。妹が、助けを求める姉を助けて、何が悪いのだ?」


 言われ、答えられない。

 その目は、自らの主張を押し通そうとする頑固者の目ではない。

 寒空の下、飢えと寒さに震える捨て犬のような悲しい目をしていた。

 かつて、俺が手を差し伸べるまで助けを求めた手を祖父にすら払いのけられていた少女は、今度は自分が払いのける側になることを恐れているようにも見えた。


 絶対に、決して、例え世界がひっくり返ろうともエレーナ様はそこまで考えてないだろうが、圧倒的に手駒の足りないエレーナ陣営としては、頼られて力になったという実績は、役に立つ。

 変な連中も使える連中も、とにかくこちらへと近づいてきてもらわなければ、何もかも足りないのだ。

 環境が違いすぎて、経歴も学歴もうちの地元じゃ応募してこないような連中が雑魚扱いされる魔境帝都は、本当の意味で何もできない奴なんてなかなか居ない。みんな『大企業』に行きたがって、うちみたいな『新興中小』なんて中央ではほぼ絶滅してる西方系の人材以外からは誰にも見向きもされないのが現状だけどな。


 なにより、明確に敵とは言えない皇帝陛下と繋がっている『かもしれない』と守秘義務も何も無視して伝えたとして、根本にある西方を救いたいとの思いからして情だけでここまで来たエレーナ様が、すんなり納得するとは思えない。

 何か大嘘を吹き込む?

 そんなことして、その嘘が連鎖的に他のところで変な化学変化とかされたら大惨事だ。

 それが世界史にも残るレベルで良い方にも悪い方にも転んだことのある国での記憶を持つ身では、怖すぎて出来ない。


「ええ、そうです。何も、悪くないと思います」


 これからすぐにでも出立せねばならないので、ソフィア殿下たちの処遇が決まった後は、みんながすぐさま司令室を飛び出していった。


「カール殿、お待ちになって!」


 俺もそうして飛び出した一人だったが、司令室の近くの廊下でソフィア殿下に呼び止められた。

 向こうも向こうでエレーナ様の屋敷にかくまわれることになり、その打ち合わせと、恐らくは副官としてハンナと共にエレーナ様を支える相談などがあって向こうも忙しいはずだが、どうしたのだろうか。


「これからもよろしくお願いしますわね」

「ええ、よろしく」


 精一杯にこやかに答えてやれば、特にそれ以上は何のないようで、立ち去っていく。

 何も確証はないが、実際に人材としては使い道があるし、油断しない程度でとりあえずは大丈夫だろう。


「もう少し扱いやすい方だと思ってましたのに……」


 一人を除いて誰も居ないどこか遠くで、近い将来に発されるその言葉が、俺の耳に届くことはなかった。





加筆①:ソフィア殿下がエレーナに帝位狙うしかないぞと説明するシーン(今話終盤)、エレーナの最後    の答えの前に、ソフィア殿下が水晶宮事件を持ち出して最後の説明。

加筆②:加筆①の直後、折衷案もはねのけられてから、最後にカールが折れるまでの部分に、断続的に加    筆。

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