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第三話 ~歴史は再び動き出す~

※書き足した部分は、後書きにて説明しています。

 皇帝陛下から謎の鍵を預けられ、しばらくの時間が経過していた。


 帝都中心部、陸軍参謀本部の大会議室では、陸軍参謀総長と参謀次長、参謀本部指揮下の十二の師団の師団長に参謀長。そして、元帥直下ということで特殊な立場にあり、部隊番号でなく指揮官の名前をかんすることが許された十三個目の中央軍師団『エレーナ師団』の師団長及び参謀長――要は、エレーナ様と俺が集まっている。


 各地の守備隊や、ナターリエの率いる魔法騎兵中隊のように諸事情で特殊な扱いを受けている部隊に、傭兵団のような臨時戦力など、皇帝の命令によって直接動かせる戦力は他にも居ないではない。だが、ここに集まる顔ぶれが、皇帝直下の中央軍の中核であるのは、疑いようもなかった。

 まあ、エレーナ様と俺以外の全員が三大派閥系というあたり、最近は逆に安心感すら覚えるようになっていた。


「つまりだ。りもせず、またもや北、南、西からの三国同時侵攻が開始されようとしている兆候が見られる。本日早朝の御前会議においてすでに必要な勅令は発されているので、第一から第十二までの各師団は動員を開始せよ。常に完全動員状態で居ることが認められているエレーナ師団に関しましては、すぐにマイセン辺境伯率いる西方諸侯軍と合流し、その管轄地域の防衛指揮をっていただきたい」


 一年だ。

 平和は一年も続かず、向こうから一方的に終焉しゅうえんを迎えた。

 大方の予想では、各国の政治事情なんかも考慮した上で、少なくとも二年、場合によっては帝国に攻め寄せた三国の協力関係の破壊によるさらに安定した平和も狙えるとして、外務省を中心に動いていたはずだ。

 部外者の立場だった俺は頭を抱えたくなる話だが、他の参加者は三大派閥系だけあって以前から経過を聞いていたのだろう。一見したところ、俺たち二人以外に動揺したりしてる様子の人間はいなかった。


 そもそも、帝国唯一の元帥が蚊帳かやの外ってのもおかしいんだけどな。

 御前会議だって、軍の階級は関係なく役職で参加者が選別されるけど、だからって現役の部隊指揮官をしている元帥の席がないってのは、先例的にも普通じゃない。

 その辺を突いて戦う選択肢も一応あるけど、政治力も伴わないのにそんな伏魔殿の奥底みたいなところに乗り込むとか、リスク以外の何があると言うのか。


「なあカール? どうするんだ?」


 そんなこんなで頭を抱えていると、エレーナ様にそうささやかれる。

 気付けば、部屋中の視線が俺に集まっていた。


 あ、うん。みんな繋がってるからこそ話が通ってて、後は俺たちの陣営の出方次第なのね。

 宮廷内の繋がりがほとんどないって、怖いわ。


「参謀総長閣下。西方へと攻め寄せてくる敵についての情報と、味方の援軍について。現時点の参謀本部の見立てを教えていただけませんか?」


 典型的な中年太り体型の参謀総長に聞けば、答えはすぐに帰ってきた。


「そうか、そうだな、カール殿。確かに重要な情報だ。敵について、王国側の動員規模は不明。味方に付いては、まずは中央軍の動員を行い、その後、全戦線の戦況の推移を慎重に分析し、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することになるだろう」


 情報も援軍もアテにするな、ってことね。

 貼り付けたような笑みをわざわざ浮かべてくれなくても、わざとそんな結局は何も言ってない言い回ししてるんだってのは分かるってんだよ、まったく。

 この男は、ガリエテ平原の戦いの後に、少なくとも表立って発言していた中では一番強硬に攻勢を主張していたはずだ。ただの無能では派閥の力があろうと参謀総長なんてなれるはずもなく、帝国の安寧のためにはここで無理をしてでもさらに敵に出血を強いねば国防に責任を持てず、更なる戦乱を招くとの自らの主張が、今回は最悪の形で証明され、何を思うのか。

 流石に、こんな決定事項を伝達するだけの場ではなく、意思決定のための重要な場ではしっかり方針を示しているだろう参謀総長だけど、意外に、何も与えないけど邪魔もしないから好きにやれって、政治的制約がある中での最大限の好意かもしれない。

 まあ、そうじゃなくても、与えられた環境で全力を尽くすしかないんだけど。


 元帥直卒師団は参謀本部の命令は突っぱねられるけど、どうせ勅令って形で逆らえない命令にされるだけ。むしろ、御前会議ですでにエレーナ師団についての勅令が発された可能性すらある。

 それを前提にすれば、ホームと言える西方に送られるのは悪くない。

 この場合、北や南のアウェー地域に送られて使い潰される可能性も考えられたんだけど、そんな余裕のないほどに事態を重く見てるのか、それとも、三大派閥のホームに皇女で元帥なエレーナ様を入れてしまってその権威で色々とかき回されることを嫌がったか。


「うむ! それでいいぞ」


 俺の耳打ちによって発されたエレーナ様のこの言葉によって参謀本部での軍議は終了し、それぞれがそれぞれの仕事を果たすために駆け出して行った。


 俺とエレーナ様も、そんな流れに一歩遅れて乗り、大会議室を出て参謀本部内を歩いていた。


「おや、エレーナ殿下に、カール殿。お互いに忙しい時に、奇遇ですな」


 そうして廊下で出会ったのは、軍人らしくなく研究者のような雰囲気を漂わせる中年男、戦史研究部長だった。


「うむ、久しいな」

「はい、殿下。いやしかし、これはちょうど良かった。実は、至急渡しておかねばならない書類がありましてな。少し戦史研究部までお越し願えませんか?」


 エレーナ様が俺を見るが、すぐさま頷き、二人で彼の先導に続く。

 研究メインの戦史研究部から、戦争間近なタイミングで慌てて渡さねばならない書類などあるはずがない。

 それでも『お互い忙しい時に』などと言いながらわざわざこっちを招いたんだ。何かがあるはず。


 短い道中は、和やかなものだった。

 くだらない雑談に興じつつ鬼気迫る表情で人々が行きかう参謀本部内を歩く様は、それはもう浮いていたことだろう。


「さて、では本題に入りましょうか」


 そうして部長さんの雰囲気が切り替わったのは、戦史研究部内の応接室で三人で向き合った時である。


「まず、エレーナ師団はどのように動くことになりましたか?」

「マイセン辺境伯と合流し、その担当官区である西方防衛の指揮をれと」

「西方……なるほど、やはりそうきましたか」


 俺の返答で何かを納得した様子の部長さんは、一人で何ごとかをつぶやいた後で、俺たちに向かって語り始める。


「今回の侵攻、以前のものとは違い、北の連合王国や南の南洋連合の動きはにぶいです。一方、王国ではかなり派手だ。どのような動きが裏であったのかは知りませんが、先の王国軍が一気に崩れて他の戦線にも影響したことを受けて何らかの条件が付いたか、単にやる気の差か、少なくとも序盤最大の激戦は王国国境のどこかになるでしょう」

「だから、参謀本部、いや三大派閥としては、こちらで様子を探ってこいと」

「おそらく。王国は、国王親征がなされる可能性も高い。エレーナ殿下に一方的に叩き潰されたばかりですし、気合の入りようも全然違うでしょう」

「大丈夫だ! 何が来ようと、カールが居るからな!」


 そんな上司の言葉に「そうですね」と答えつつ、部長さんと目を見合わせて互いに苦笑した。


「いい上司に恵まれましたな」

「ええ」


 苦労も多いけど、ここまで期待され信頼されるのは悪くない。

 ただちょっと、分からないからってこっちに丸投げする書類の量をちょっとでも減らしてくれたり、手合せだって練兵場に引きずり出す回数をちょっとでも減らしてくれたり、良い感じに編集・脚色して俺が聞いても面白くなった俺の武勇伝を隙あらば語って回るのをちょっとでも減らしてくれたりしたらもっと幸せになれるんだけどね、うん。


 しかし、良い情報が手に入った。

 敵の本気を知って胃が痛むのが早まったお蔭で、少なくとも心の準備をする時間は増えたからな。


「そしてもう一つ、お伝えしておきたいことが」


 そう言って、部長さんはそっと一部の新聞を差し出してきた。

 どうやら王国のものらしいそれをエレーナ様と共に覗き込む。

 エレーナ様がおもしろそうに読むのに対し、俺は絶句してしまう。

 最初に勧誘されたときも歴史上の戦争関係の物語を熱く語ってたのでこういう話は好きだろうが、俺としてはそれどころじゃない。


「今回の王国の予想外の早期侵攻を実現したのは、小国連合との王国西方における国境紛争が誰もが予想しなかった早さで終結したからです。この数十年間、国境地帯の小国連合が守る要塞はどれも落ちたことがなかった。だが、今回は落ちた。戦略・戦術的にはほとんど価値のない要塞線の外れのものが一つ落城しただけでしたが、難攻不落の要塞線が絶対ではなくなったとの政治的なインパクトは大きく、王国有利での早期の講和となってしまった」

「で、その余剰となった王国西方の部隊を動員し、数を揃え、国王の威信をかけた一大反攻作戦に繋げた。なるほど、今の王国にとって実利的にも、宣伝材料としても最高の『英雄』ですね」

「王国での動員の動きに合わせて大々的に宣伝されてますし、今回もどこかで出てくるでしょう。親征をする国王の側に侍るか、主戦場とするには大軍の通過に適しない帝国北西管区や南西管区の牽制けんせいをする軍団の形だけでも指揮官にでもするか。――いずれにしろ、このアラン・オブ・アルベマールは、どこかには出てきますよ。黒龍紅旗への矢文の因縁なんて、アランの動かし方によっては王国がガリエテ平原の雪辱を果たしたとの宣伝にも使いうる。彼の動向を気にしておくべきかと」





 ……もう疲れ果てたよ。

 あのフーニィでお兄さんなんて俺を呼んできたガキは、本能的に関わり合いになりたくない。直感的にも、ここまでやってきたこと的にも、絶対にヤバいもん。

 なんかむしろ物語みたいな状況にテンション上がってる皇女殿下が居るけど、出来れば出てこなければいいのにとしか思えない。


 そうして帝都の城壁の外、エレーナ師団の駐屯地内司令部の建物に近付くと、アンナが慌てて駆け寄ってくる。


「エ、エレーナ様! やっとお戻りになられましたか! 何でも良いので、とにかくお早くこちらへ!」

「へ? な、なんだ!?」


 戦史研究部からこっちに回されて以来、いつも余裕も持って笑みを浮かべながらエレーナ様の直卒連隊の副連隊長という実質的な連隊長の仕事をコツコツこなしてきた彼女が、始めて見るような慌てようだ。

 相手が相手なので不敬を問われかねないのだが、そんなことを気にしてる間もないとばかりに司令室へとエレーナ様の手を引いていく。


「こ、こちらです」


 司令室の扉が開かれると、まずはこちらを認めて膝をつく少女と、その斜め後ろについて慌てて膝をつく少女に似た女性。

 そして、師団司令部および元帥府結成時の顔合わせ飲み会に出席した幹部たちが揃って困惑しながら壁際に立っていた。


「我らが帝国唯一の元帥であらせられるエレーナ皇女殿下。この度は、私と母の身柄を殿下に保護していただきたく参上した次第でございます」

「あ、姉上!? ちょっ!? 顔を上げて、いや立ってください!」


 そうして自らも膝をつきつつエレーナ様が立ち上がらせようとしている少女は、間違いなく皇帝陛下に鍵を預けられる前に出会った少女であった。





前書きで触れた書き足し部分は、カール君の質問への(まるで某食器さんのような)参謀総長の返答後に、参謀総長のガリエテ平原後の立ち位置や、そこからのカール君による真意の推測を足しました。

感想欄を見ていてちょっと必要かと思って付け足しました。

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