第七章最終話 ~直卒師団編成~
「本日、司会を務めさせていただきます、カール・フォン・マントイフェルです。早速ですが、エレーナ元帥閣下直卒師団幹部顔合わせ飲み会を開催させていただきます。では、エレーナ様。乾杯の音頭を」
「うむ! かんぱーい!」
帝都近郊の城壁の外、エレーナ様の正式な元帥叙任式典に合わせて与えられた直卒師団及び元帥府の本部の一室で、この飲み会は行われていた。
軍事法廷場外乱闘事件とかいう物騒な何かがあったそうだが、俺たちは何も知らない。
そういうことで決着が着いたし、ヴィッテ子爵の冤罪の件を含めて事件が公になることはない。
恐らくは色々と表に出したくはないナルデン辺境伯らが動いた結果だろう、顛末のすべてである。
そんなこんなで次へと進まねばならない俺たちだが、それぞれの部署での顔合わせなどはそれぞれでやってもらうとして、エレーナ様と直接関わることの多い幹部連中だけを厳選して集めた。
まあ、元帥府の方は書類上のアレコレの都合でエレーナ様の部下が籍を置いておく以上の役割はほとんどなくて、本体は直卒師団だから、元帥府の役職兼任か、直卒師団の専属しか居ないけど。
「えー、では。師団参謀長の私、カール・フォン・マントイフェルより、簡単に皆様の紹介をさせていただきます」
そう、参謀長だ。
エレーナ様の右腕として司令部をまとめる役割。
どう考えても必要な経験を欠片も積んでないんだからやれるわけないだろう、との俺の意見は片っ端からみんなに無視され、むしろ、お前以外に誰がやるんだよ的な対応までされて押し付けられた役職である。
ついでに、師団戦力の中核となる三個連隊のうちの一つの第二連隊長も兼務だ。
格として十分なものを持つ人間を三人集められず、見込みのあるのを連隊長に抜擢するのは政治的に面倒臭いので、第一連隊のエレーナ様と共に名目上の連隊長となったのだ。
結局のところ、俺の率いる形となった第二連隊は俺の私兵団が中核なこともあり、その中核連中を率いるのに慣れてるギュンターに副連隊長を任せることになったんだけど。
三千人も面倒見れないとか何とか言ってたけど、こちとら、いきなり一万人ほどの面倒を実質的に見なきゃならなくなったんだ。三千人くらいは何とかしてもらおう、うん。
連隊幹部に、私兵団のまとめ役で、戦況盗み聞いただけでどうすべきか分かる自称農家の五男坊ホルガ―を、能力を評価して放り込んでおいたので一緒に頑張るだろう。
「それでは、中央軍中将にして副師団長、第三連隊長のヴィッテ子爵です」
「冤罪の件ではお世話になりました。これからよろしく」
なんだかんだと即日結審で無罪となったヴィッテ子爵だが、エレーナ様の元帥叙任式典のために帝都に残ってたマイセン辺境伯やおじいさまにも相談した上で、エレーナ様の部下として引き抜くこととなった。
無罪の証拠を集めてる時は、こっちとしては絶対に引けないってほどではない事情で巻き込むのは忍びなかったので頼らなかったが、今回はヤバいところは終わってたので遠慮なく頼らせてもらった。
ただなぁ……元帥叙任式典後のマイセン辺境伯の控室になぜかおじいさまも居たからまとめて相談したんだけど、二人の間でのやり取りはいつの間にかタメ口だし、何があったのやら……。
いくらプライベートでも家格的に恐ろしすぎる光景で、用が済んだら逃げるように飛び出したけど、聞けばよかったかな?
まあ、そこは疑問だが直近の問題ではない。
問題は、今回の副師団長人事である。
ヴィッテ子爵との人事の相談はエレーナ様も入れて三人でやったんだが、出だしから思わぬ流れになってしまった。
「え? ヴィッテ子爵は、戦時には師団司令部に入らず、連隊司令部に入る?」
「ええ、カール殿。外様であるのにカール殿よりも爵位も軍歴も上の私が一緒に居ては、良いことはないだろう? それに、師団規模の部隊である以上、別働隊の指揮や、いざという時に指揮を引き継ぐ副師団長を戦時には師団司令部と別のところに置かねばならないが、私とカール殿以外に出来る者が居ると?」
俺が師団長経験者のあんたと同格だとか過大評価だと言ってやったりもしたが、無駄な抵抗だった。
ヴィッテ子爵と俺、どっちを側に置きたいかとの質問がエレーナ様に飛んだ時点で、勝ち目はなかったのだ。
だから、どうしてこう、一万人ほどをまとめるための必要な経験をしてない若造に、安心して仕事を押し付けられるのか。これが分からない。
会議などには出てくるし、加えて、何とか師団運営などの勉強の面倒を見てくれるように言質は取ったけど、そのときの彼の言葉にも苦笑いしか出なかった。
「私のような融通の利かない老人の教えなどすぐに要らなくなるだろうが、よろしく」
そう、胸元にジャラジャラと勲章を光らせながら言う姿は、嫌味かとも思ったが、本気みたい何だよなぁ。
俺は初陣で大々的に扱われはしたが、嫌がらせ以上の何物でもない戦い方は、戦略的に意味が大きくとも敵を打ち倒すことこそ最上のこの国この時代では、絶妙にどの勲章の要件も満たさず、俺の勲章保有数は未だにゼロなのだ。
ヴィッテ子爵に人事の相談をする前、彼個人の努力として、少しでも早くエレーナ様のところのやり方になじむため、右腕扱いでエレーナ様の初陣以降のすべてに付き従う俺の初陣からの戦歴やら参戦者の話やらを集めてたらしいけど、原因はそこらしいとは、娘のナターリエ嬢の証言である。
ともかくこれで、戦争になっても俺より偉いベテランに丸投げすればどうとでもなる計画は、始まる前に終わったのだ。
「すっげえ知恵袋が来たぞ!」との俺の喜びは粉みじんに砕かれ、枕を濡らしたりもしたが、ここしばらく胃に大穴を空けながらも頑張って生き延びてきた俺は、すでに二の矢を放っていたのだ!
「では次に、師団司令部直卒の魔法騎兵中隊長にして、師団副参謀長、ナターリエ・フォン・ヴィッテ中央軍中佐」
「僕の無茶なお願いを聞いて父を救っていただき、ありがとうございました。全力でエレーナ様のために尽くさせていただきますので、よろしくお願いします」
父がダメなら、娘の方だ。
師団参謀として研修も経て、中央軍で佐官をやるくらいには教育を受けているのだ。これだけは逃がすまいと、それはそれは頑張った。
あれやこれやと屁理屈を吹っかけまくってエレーナ様をオーバーヒートさせ、とにかく頷かせ、書類にサインさせて既成事実を積み切ったのだ。
「僕は構わないのですが、中隊の方はどうします?」
「副長に任せろ。お前が戦場に出るのは、師団長の許可があるときだ。後は師団司令部で副参謀長として働くように」
「そうですか……ありがとうございます!」
師団長の許可、つまりは、胃が痛くなることの方が多い事実ではあるが、実質的に俺の許可がなければ、副参謀長として俺のために知恵を出し続けねばならないのだ! ――と満面の笑みでナターリエに宣告しに行けば、なぜか返ってきたのは、満面の笑みに敬礼と、感謝の言葉。
そのままさっさと去ったので、理由を聞くタイミングを逸したが、まあ、次善と言える知恵袋は手に入ったので問題はない。
「そして、エレーナ様の率いる第一連隊の副連隊長、アンナ・フォン・クロイツェル中央軍少尉」
「参謀本部傘下、戦史研究部より参りました! 部隊勤務経験のないひよっ子ですが、いずれはカール様のような立派な軍人になれるように頑張りますので、よろしくお願いします!」
「おー! カールのようになりたいのか! 良い目標だ、頑張ってくれ!」
「はい、エレーナ様!」
三番目の知恵袋候補だった俺と同じ年の少女は、さっそく上司に取り入っていた。
戦史研究部に行ったとき、受付で揉めていた時に出てきた少尉の少女だが、経験さえあれば彼女を副参謀長という名の俺の知恵袋にしていただろう。
軍人一年目だと言うアンナは、士官学校在学中に俺の初陣を知ったらしく、自称その頃からの俺のファンだそうだ。
西方出身で云々と言ってたが、どう見ても話半分の方が良いやつである。
それでも彼女を寄越した戦史研究部長曰く素材としては最高クラスだし、副師団長で第三連隊長のヴィッテ子爵がフォローしながら育成もしてくれるらしいから、実質的な連隊長として頑張ってほしいものだ。
そんな彼女がエレーナ様のところに来たのは、冤罪騒動から数日後、戦史研究部から呼び出されてエレーナ様と二人で出向いた時だ。
名目としては資料の無断持ち出しへの苦情ってことで、三大派閥からの資料管理の責任追及への言い訳作りかと思えば、思わぬ話を振られたのだ。
「あの、部長さん。本気ですか?」
「ええ。アンナを殿下のところで使ってやってください。うちには西方出身者が彼女しか居ないものでして、これ以上は無理ですが」
俺の問いへの戦史研究部長の答えは、この人材の融通は、アンナという個人の意思によるもので、戦史研究部としてのものではないってことにするってことだろう。
つまり、完全にこっちには肩入れしないってこと。
戦史研究部長は中立系の中小派閥の諸侯みたいだし、俺たちへの力添えもあくまで政治的な保険くらいのもの、と思っておけばいいだろうか。
「経験は不足していますが、これでも士官学校の『恩賜の銀時計組』です。将来的には、彼女も殿下たちのお力になれると思いますよ」
「えっと、恩賜の銀時計組、ですか?」
「ん? ああ、申し訳ない。中央の狭い世界にだけ居ると、どうも自分たちの常識を世間の常識だと思いがちなものでね」
申し訳なさそうな戦史研究部長さんから、士官学校についての説明から受けることに。
そもそも、今の帝国では、出世するために必ずしも士官学校などで正規の士官教育を受ける必要はない。
コネがあればどうとでもなるし、コネがなければ学歴があろうと無意味だ。
だが、帝室一門だろうと、貴族だろうと、準貴族だろうと、平民だろうと、すべてに等しく門戸を開き、等しく評価する士官学校の年間六十の枠に入り卒業することは、時の権力者に売り込む最高の箔付けとなる。
そのブランド価値の大きさから、コネは十分な有力諸侯の子弟すら受験し、その大半は無情にも不合格となるのだとか。
その中でも卒業席次上位一割、たった六人にのみ与えられるのが、皇帝陛下より下賜される『恩賜の銀時計』である。
「あの、身分問わずって、身分制度的にマズくないですか?」
「百年以上前、当時の皇太子に卒業席次五十三位ってつけて以来の伝統ですから。誰もが生まれる前からの先例となると、『そういうもの』として、一種の聖域になりますからね。――実は、皇太子の成績評価に絡んで政治的に真っ黒な色々が絡んでるらしいって資料がうちの倉庫に眠ってるんですがね。興味がお有りなら、今度一杯やりながらどうです?」
「一杯? 酒? うむ! 良いな! 飲もう!」
そうして、俺と戦史研究部長の会話に、かなり前から意識を半分飛ばしていたエレーナ様が乱入してきてとりあえずは終わった。
なお、その後に俺一人だけ残され、戦史研究部総出で、ゲリラ戦からガリエテ平原の戦いまで研究のためだと徹底的に取り調べられたことは記しておく。
あの野獣の眼光に囲まれながら頑張った分、アンナには頑張って欲しいものだ。
「次は、親衛隊長のフィーネに、エレーナ様の副官兼副親衛隊長のハンナ」
二人は立ち上がって挨拶しているが、この二人は据え置き。
というか、変える理由がなかった。
エレーナ様の出世による環境変化に合わせ、西方の準貴族や富裕平民の娘たちを中心とした志願者を加えた親衛隊二百人体制への増強と、ハンナを責任者とする親衛隊との兼任の事務方チームの結成を行ったが、そこまで問題はないだろう。
で、最後。一番悩んだ人事だ。
「最後に、ビアンカ・レッチェ。元帥府の事務方の取りまとめと、直卒師団の後方業務の取りまとめを担当」
「よ、よろしくお願いします……」
真っ青になって隅の方で小さくなる魔法使いの人事は、俺の発案ではない。
「ビアンカちゃんを?」
「僕としては、彼女を推しますよ。彼女の事務処理能力の高さは、きっと知っているでしょう?」
ナターリエを副参謀長に任じた後、この話になったのだ。
確かに、ビアンカちゃんの事務処理能力に何度も救われてきたが、彼女は希少な魔法兵。関係ない仕事に回すのは考えてもいなかったのだ。
「もしかして、魔法が使えるのを惜しいと思ってます? 彼女、帝都魔法学院始まって以来ほぼ実技最低点を取りながら、筆記のみで総合卒業席次百三人中三位に食い込んだ事務処理特化型ですよ」
「……え? いや、実技も普通にやれてるぞ? 彼女の魔法がなきゃ、ゲリラ戦どころじゃなかったし」
「弟子入りや私塾じゃなく魔法学院に入れる時点で、魔法職の中では平均以上の魔力持ちではあるんですけどね。ただ、とにかく不器用なんです。他とじっくり比べると、素人のカール様にも分かるくらいには。ただ、とにかく頭が良くて、そこを見込まれて学院に研究者として残ったんですけど、しばらく連絡がないと思えば、思わぬところに就職してたって訳でして」
「……仮に、能力についての言い分は納得するとして、あの性格で下をまとめきれるのか?」
「大丈夫ですよ。『参謀長閣下の右腕』ですし、『よく分からないけどお偉い学者様』ですから。たたき上げ連中だろうと、下っ端の人足だろうと、それぞれに対して分かりやすい権威がある以上、仕事が回ってる間は文句言えないでしょうから。――何より、他に回せる人間、居ないと思いますよ?」
「それは、なんでだ?」
「僕の経験上です」
曰く、補給は大事。補給は戦争の基本。
ただし、自分がやりたいかは別。
やはり軍の花形は実際に戦闘をする連中であり、たたき上げ連中の上に立てるような血筋の連中としては、面と向かって文句は言わなくとも、やはり左遷されたと思うのが自然。
「だから、血筋に代わる後ろ盾と学歴があって、しかも本人の自己評価がやけに低いってのは、ピッタリな人材だと思う訳です、参謀長閣下」
そんなこんなで、試してみることにしたわけだ。
本人は真っ青になって出来る訳がないだの無理だの騒いでたが、割といつものことだし、構わず放り投げておいた。
根が真面目だからなんだかんだ全力でやり抜くだろうけど、まじめすぎた弊害で役人不足で領地を回してた頃はオーバーワークで精神崩してたりしたし、同じ事務方のハンナとも連携しつつこっちから面倒見よう。
と、そんなこんなでこれからの陣容が固まった訳だ。
冤罪騒動も片付いたし、これからのために一刻も早く実戦に投入できる水準まで部隊を鍛えないとな。
◎カール君「冤罪騒動も片付いた」(※なお、あくまで個人の感想です)
◎カール君、人事の神髄
例えば、かのカールによる、元帥府結成時の直卒師団司令部人事である。
敵対派閥に所属していたヴィッテ子爵について副師団長として大きな自由裁量を与えるとともに、その娘のナターリエを副参謀長として、彼女の配下の魔法騎兵中隊と引き離してカールの手元に置いたことがある。
娘を部下と引き離して人質としたことを見せつけることで、ヴィッテ親子への風当たりを弱める狙いがあったのだ。
現に、ナターリエ・フォン・ヴィッテの当時の日記にも、親子共に思ったよりも西方系の部下たちからの風当たりが強くなかったことの感謝が述べられている。
師団参謀経験は最低限の研修のみで実戦にはとても使えるとは言い難い少女を、参謀長たるカールと共に司令部を支えるべき重要ポストに置いたことは、自らには補佐がなくとも育成しつつやりきれるとの自信と、それを裏付ける実力があってのことである。
故に、我々がそのままマネをするのは非常に危険ではあるのだが、ここでのポイントは(以下略)
『古代から現代まで、天才たちの足跡から見る組織運営術』(帝国商工連盟出版、初版、大陸歴二千十二年)より抜粋




