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第九話 ~法廷へ突入せよ~

 一度計算していたものをまとめただけとはいえ、みんなの頑張りがあってこその素早い作業終了だった。

 エレーナ様が飛び出してからそう時間が経たず、ヴィッテ子爵の有罪の証拠だろう記録の矛盾点を示す物資関係の資料をまとめ終えた。

 まあ、戦史研究部に無断で機密資料を持ち出すことになったが、こっそり支援してくれてる彼ら彼女らの方は、外向きにはともかく、許してくれるだろう。


 むしろ、どうせ必要なら、俺たちが無断で持ち出した方が、戦史研究部として三大派閥に対して後々の言い訳に困らないと思う。


 まあ、そんなこんなで軍事法廷の開かれる建物へと、エレーナ様達を追いかけてきたわけである。


「あぁ? 帰れ帰れ! 部外者が入れるような場所ではない!」

「ああ、うん。……ですよねー」


 よくよく考えなくても、ここでは裁判の公開とか別に権利でもなんでもないし、色々特別な軍事法廷だしな。

 完全に寝不足で、頭の回転がにぶってやがる。


 今更思い出したが、エレーナ様の皇女と元帥との肩書で、部外者の俺たちが無理矢理押し入る予定だったんだ。

 せめて、今回の軍事法廷にかけられる当事者の娘で、中央軍の佐官だっていうナターリエさんを一緒に送り出してなければ……。


 今居る顔ぶれといえば、中央では知名度以外は持ち合わせないド田舎男爵の嫡男と、その部下の準貴族と、同じく部下の魔法兵と、皇女殿下の親衛隊の頭脳派(笑)数人たちだけである。


 いや。先に入って時間を稼いでくれてるだろうエレーナ様のためにも、何とかせねば。

 暴れると色々と後が面倒そうだし、ここは取りあえず交渉か。


「ほら、ここは頼むよ。俺、知らない? 先に入ったエレーナ様の軍師だって新聞でも載ったんだよ。うん」

「あ? ガタガタ言っても――」

「ハァッ!!」

「うぎゃぁぁぁぁああ!!!???」


 ……嘘だろおい。

 嘘だよな、おい?


「フィ、フィーネさんや?」

「何です?」

「今あなた、不意打ちで先制攻撃しかけて、今現在も武装した守衛さんの意識をふっ飛ばしてしまってるように見えるんですけど?」

「まともにやり合ったら長引くでしょう? 力ずくも、不意打ち以外じゃ、こっちの戦力じゃ確実に勝てるとも限らないですし。全部合わせてなんとか骨の四、五本で収めるので、後は『我らが軍師様』が頑張ってください。ほら、援軍来る前に早く行って下さい」


 言ってることは分からんでもないけど、後始末を俺に丸投げとかやめてくれませんかね。


 そうやって頭を抱えていると、ハンナが冷や汗を流しながら話しかけてきた。


「あの、教官?」

「ん? どうした?」

「本当に、早く行ってください。ちょっとマズいです」


 言われて建物内を見れば、呆然とする残りの守衛らしき二人。

 まあ、こんなところ襲撃するバカなんて想定してなくとも、仕方あるまい。

 振り返ってみれば、同じく呆然とする、三人の交代要員かと思われる守衛たち。


「みんな、まずは建物内への道を確保せよ! 突っ込めぇ!」


 フィーネの号令と共に、動き出す親衛隊一同。


「カール様」

「分かってる、分かってるよギュンター。雰囲気に釣られて突っ込んだビアンカちゃんのことも含めて、ここは任せた。念のために言うけど、武器は抜かせるなよ?」

「はっ」


 そうして、奇声を上げながら杖で、押さえ込まれてる守衛の鎧を何度も叩いてるビアンカちゃんの寝不足を心配しつつも、俺一人で建物内へ。


 後の心配はいったん止めて、法廷と名の付くプラカードの部屋の扉を、片っ端から蹴破っていく。


 そうして、三つ目の部屋に突入した時のことだ。


「そこでカールはこう言ったのだ。『酒かパンツか、選ぶんだな!』とな!」


 証言台に立つエレーナ様の背中しか見えないのに、どうしようもなくドヤ感がただよっている。


 あと、話の流れが見えないんだけど、法廷内の空気が明らかにおかしい。


 正面の一段高いところに座る五人が裁判官役なんだろうけど、四人が困惑する中、端の禿げたおっさんが声押し殺してバカ受けしてる。


 その手前ではナルデン辺境伯とその取り巻きと思われる者たちと、ナターリエさんと並んで座るヴィッテ子爵と思われる少々やつれてるが渋いおじさまが向き合うように座っている。

 こっちから見て左手の、ナルデン辺境伯とその取り巻きらしき十人ほどを見れば、ナルデン辺境伯と目が合った――んだけど、なぜか目があった瞬間に辺境伯にき出されたんだけど。

 訳の分からないままに、右手に座るナターリエさんとその父親のヴィッテ子爵と思われる男性を見れば、なぜか親子そろって俺を見てドン引きしてるんだけど。


「で、君は誰かね? ここは、関係者以外立ち入り禁止なんだがね」

「おぉ! カールではないか! ついに無実を証明する証拠を持ってきたのだな!」


 空気が変わった。


 いやまあ、裁判官五人の真ん中のおっさんの問いへのエレーナ様の言葉からすれば当たり前なんだけどさ。

 なんかこう、俺の顔を知ってるだろうヴィッテ子爵親子とナルデン辺境伯以外の反応がなんか違うと言うか……。


 いや、これは後で考えよう。

 ポンコツ脳筋皇女が何語ってたかも気になるが、ちゃんと時間は稼いでくれたし今は本題をこなさねば。


「ええ。こちらにあるのが、先の戦争における補給関係資料。ヴィッテ子爵の無実の証拠です」

「バカバカしい。そんな物が何になる。もう十分だ。皇女殿下共々、お引き取り願え」


 呆れ返ってるようなナルデン辺境伯の言葉だが、様子は明らかに焦ってる。

 まあ、本来は閲覧権限のないはずのエレーナ様の部下が、自信満々に持ち込んだものだ。

 こっちの意図が分からずとも動く前に封殺してくるのは予想できなくもない。


 そんな意図すら超えて発言を続けられたのが皇女と元帥って肩書の重さなんだろうけど、エレーナ様がいくら言おうと、エレーナ様自身が発言しないならば、押さえ込まれるかもしれない。


「エレーナ様は近頃、新聞の取材が多いんですよ。皆様もご存知かもしれませんね」


 裁判官たちの動きが止まる。

 五人とも、この先の流れに気付いたか。


「エレーナ様は、味方全体を危機に陥れた無能な軍人がどうして将軍にまで上り詰めてしまったのか、その理由に興味を持っているんです。その問題意識を近々入っている中小を含めた様々な新聞社とのインタビューの中で語る予定でして――」

「なに!? そんなインタビュー――」

「しかし! エレーナ様の御命令に従って資料を調べていれば、明らかにおかしい点が見つかったのです。日報などの記録の動きと、物資の補給記録から見る、ヴィッテ子爵の率いる師団の動きが明らかに違う。五日分の行程を一瞬で移動せねば、成り立たないのです。祖国のため真実を求めるエレーナ様は、この疑問を隠すことは選ばれないでしょう――もちろん、この法廷がどのような判断を下すのか、を含めてです」


 本当にそこまでするのかは、ちゃんと睡眠をとって万全の状態でリスクリターンを考えてからだけど、この場で俺を追い出させないために使える最大にして唯一の圧力だ。


「……エレーナ殿下の軍師であるならば、エレーナ様自身の発言も同じ、と言えなくもない……ような気がしないでもないようなアレコレであって……その、とりあえずは話くらいは聞いてみても……」


 裁判官の五人は、ナルデン辺境伯の方を伺いながらも、歯切れの悪い真ん中のおっさんのこの発言に同調するようだ。

 彼らとナルデン辺境伯の力関係なんかは不明だけど、ここまでくれば後は事実を指摘するだけ。


 勝ったな。





※なお、詰め将棋状態になった寝不足カール君は閉廷後、エレーナ様が役目をこなそうとテンパって適当にドヤってたことをうっかり忘れてしまった模様。



◎カール君とお酒


 無類の酒好きとして知られるカールであるが、その最たるエピソードと言えば、マイセン辺境伯脅迫事件であろう。

 ガリエテ平原での大勝利後の祝勝会においてあるだけの酒を飲みほしたカールであるが、酔うには全然足りないと怒り狂い、主催者たるマイセン辺境伯に詰め寄り、こう言った。


「追加の酒をさっさと持って来い。さもなくば、貴様の今履いているパンツをはぎ取ってやろう」


 軍師として歴史的な大勝利を演出して見せた直後とはいえ、男爵家の嫡男が、自らの実家を庇護する辺境伯に対して言い放ったセリフである。

目的のためならば誰にでもなんでもしてみせるこの非常識なまでの大胆さと、それを裏付ける実力の両方が備わっていたからこその活躍だったのかもしれない。


 何にせよ、一番凄いのは、この無礼を受け入れてカールの才能を発揮させた当時のマイセン辺境伯ではなかろうかと筆者は思う次第である。


『世界史の偉人たちのちょっといい話 百選』(フーニィ出版、第二版、大陸歴二千六年)より抜粋




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