第七話 ~北方戦線にて~
「エレーナ皇女殿下、そしてカール様。お初にお目にかかります。僕は、ヴィッテ子爵家嫡子のナターリエ・フォン・ヴィッテと申します。殿下に対し、我がすべてを捧げます。その代わりに、我が父の冤罪を晴らし、命を救うための力をお貸し願えませんでしょうか」
その言葉が発されたあと、しばらく誰も何も話さなかった。
ただ、ビアンカちゃんのすすり泣く声だけが静かに響く。
なるほど、だからビアンカちゃんが必死に売り込みをかけていたのか。
俺やエレーナ様という、ビアンカちゃんが持つ人脈の中で、一番頼れる陣営に頼るために。そうするだけの価値があると、俺たちに示すために。
このナターリエ嬢の父に世話になったことがあるともさっき言ってたし、俺が魔法学校の先輩引っ張ってこいって言い付けたのをこれ幸いと、持ち掛けてきたな。
エレーナ様の方をチラッと見れば、目があった瞬間、不思議そうに首を傾げられた。
……いやまあ、うん。この人に目配せだけでの意思疎通みたいな高度なことは求めてないからいいんだけどね。
俺が話進めて良いってことだろうし、そこさえ分かればどうにでもなるから。たぶん。
「えっと、ヴィッテ中佐とお呼びすれば?」
「いえ。どうぞ、ナターリエとお呼びください」
「では、ナターリエさん。冤罪だとか命を救うだとか言われましても、さっぱりです。詳しい事情をお聞きしても?」
「!? あ、はい!」
とりあえず話を聞いてもらえることに少々喜びを浮かべながら、ナターリエさんが事情を語り始めた。
「結論から言えば、僕の父は、北方戦線において勝手に予定通りに部隊を動かさず、そのせいで味方の一部を孤立させて戦線を崩壊させたとの容疑で拘束されているようなんです」
聞いてみれば、エレーナ様の元帥叙任前にも俺の耳に入ってきていた件だった。
ガリエテ平原で俺たちが大暴れして戦略や政略規模で状況をひっくり返さねば、北の国境を接する連合王国の大攻勢を前に、多くの土地を明け渡さねばならなかったほどに大変な状況だったらしい。
その責任の問われる軍事法廷が、三日後の朝一番からあるのだとか。
「でもさ。君自身は帝都待機で直接何があったか見たわけじゃなくて、しかも具体的に何があったかすら知らないってのはなぁ……」
「その、父の幕僚の人たちも、そもそもあってくれなかったりで、どうしたら良いのか……」
「つまり、冤罪じゃない可能性もある――」
「そんなことないです! 父は、派手な活躍こそないものの、堅実な用兵で中央軍の将軍に、そして師団長にまでなったんです! 臨機応変な対応をしきれなかったと言うならばともかく、何の理由もなく命令通りの動きが出来ないなんて、父らしくないんです! ――あっ……申し訳ありません」
ここまで表面上は冷静に振る舞っていたナターリエさんだが、やはり肉親の危機だけあって相応に思うところがあるようだ。
「母も兄たちも失い、父が最後の家族なんです。どうか、お力添えを……」
そんな力ないつぶやきからも、その気持ちは伝わってくる。
「なあ、カール……」
そんな不安そうにしないで下さいよ、エレーナ様。
感情がすぐ出るのは、人を従える上で良いようにも作用しますけど、今回のような状況だとこっちの情報を抜かれることにもなるんですから。
まだ、確認しておかないといけないことがあるんですから。
「ナターリエさん」
「はい」
「戦いが終わってから、ずいぶんと時間があった。戦争が一段落してすぐに父君が拘束されて、時間は十分にあったようですが、ご親戚や父君のご友人たちに頼られはしなかったので?」
その問いに、ナターリエさんが固まり、ビアンカちゃんが息を飲む。
「そ、その。わ、我が家は、ナルデン辺境伯の下で代々北の国境守護に参加しており、その、今回は、辺境伯自らが告発に参加しておりまして」
ヴィッテ子爵家は三大派閥系の一角を率いるナルデン辺境伯の派閥に属する家で、その派閥内でのゴタゴタってことか。
エレーナ様はさっきと同じく心配そうに俺を見て、ハンナが頭を抱えている。
とりあえず、俺たちが動いたとして、ヴィッテ子爵家の親戚筋や派閥の援助は期待できない。
ヴィッテ子爵の幕僚たちが口を閉ざしているのも、恐らくは派閥の意思でヴィッテ子爵を有罪にするつもりで、余計なことを言うと自分の身も危ないから。
帝国を支えて来た将軍の無罪を証明し軍事法廷から助け出すってのは、元帥閣下の最初の軍内の仕事として、話題性も上々だろう。
エレーナ様の意思としても、助けることには特に反発はなさそう。むしろ、出来れば助けてやりたいと感情では思っているように見える。
罠の可能性だけど、事件そのものはエレーナ様が元帥に叙任される前から特に情報収集に長けてるわけじゃない俺の耳にも入ってるくらいだし、薄いと思う。
でも、本当にあった事件を利用して、何か仕込んだってのも完全には否定できない。
だから――
「だーかーらー! 元帥閣下が記録をご覧になりたいっておっしゃってるんだ! 見せてくれてもいいだろう!?」
「ですから、いくら元帥閣下でも、具体的に権限がないのならば機密情報はお見せできないんです。お帰り下さい」
ナターリエさんがやってきた翌日の朝。
エレーナ様に俺、ハンナとナターリエさんにビアンカちゃんとギュンターという大所帯は、軍務省を訪れていた。
今日から数えて明後日には時間切れになるという時間のなさもあるし、情報を調べただけで致命的なことになるってのは考えにくい。
だから、とりあえず調べるだけ調べてみようって結論に達した。
切り捨てるだけなら、後でも出来るし。
やっぱり、研修程度でも師団司令部での参謀経験もある希少兵科の指揮官ってのは、惜しいって思うし。
だがまあ、こうなるよなぁ。
階級があろうとエレーナ様はまだ無役で、具体的に権限はないのだ。
勢いと話題性で乗り切れるかと思ったけど、まあ、帝国のトップエリートの巣窟が、そこまで甘いわけがないわな。
「なあ、ギュンター。何か昔のコネとか、心当たりはないのか?」
「流石に軍の中枢からはみな追放されておりますから……あとは、戦史研究部で同じことを試してみるしか……」
「戦史研究部?」
「ええ。人事や予算、記録保存などは軍務省の管轄ですが、陸軍参謀本部の戦史研究部での、研究用に写しを保管しているはずです。やるだけやってみる価値はあるのは? 他に手段もないですし」
今日明日の予定を全部キャンセルしてまで来てるし、そもそも情報がないと始まらないしってことで、満場一致で戦史研究部に行くことに。
「って訳で、記録見せてくれ」
「そうおっしゃられましても……」
軍務省での問い合わせよりは、感触は悪くない。
だが、やっぱりすんなりとはいかないよいうだ。
さて何か上手い屁理屈はないかと受付の若い男性軍人の顔を見ながら考えていると、奥から少女が出て来た。
「一体何事……ふぁっ!?」
軍服を着こんだ俺と同い年くらいの少女は、俺の顔を見るや否や、変な声を上げて驚いている。
俺、そんなに変な顔してるのか?
「あ、し、失礼。何ごとですか?」
「あ、少尉殿。いえその、実は――」
受付の男性と少し話し込んだ少女は、俺たちを一瞥し、エレーナ様をじっと見てから口を開く。
「あー、元帥閣下の命令ですもんねー。少尉如きじゃ逆らえないですもんねー。仕方ないですねー。部長のところにちょっと行ってきますねー」
そんな、やけに棒読みなセリフを一方的に言い捨て、少女は奥へと消えていく。
とりあえずは上手くいっている、のか?
活動報告にも書きましたが、来週は仕事の関係で更新できない可能性があります。
どうなるか確定したら活動報告で周知させていただきますので、ご確認いただければと思います。




