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第三話 ~皇女殿下の晴れ舞台~

「行ってくる……」


 そう言って宮城きゅうじょう内の個人の控室から、案内役に連れられて論功行賞の会場へと向かうエレーナ様。

 シェムール川の後のようなドレスで式典に出るしかなくなる嫌がらせに備えて早くに用意した、白を基調とした軍用礼服に身を包み、マントをひるがえす姿は、元の凛々しい雰囲気とも相まって見事なものだった。


「うっぷ……その前に水をくれ……」


 二日酔いで青い顔してなければな。

 出来上がったときに試しに着たときは、本当にかっこよかったよ。うん。


 何とかここまで付き添いに来たけどイスに座って見送るだけなフィーネは動けず、俺も俺で頭が痛いから動きたくなく、一番酒を飲んでたのに一人だけ全く酒の残ってないハンナが、慌ててコップに注いだ水を持っていった。


 そうして何とか出ていくエレーナ様を見送ったら、次は俺たちの番だ。


「じゃあな、フィーネ。俺たちも行ってくる」

「ええ。教官たちも頑張ってください……」


 そうしてフィーネに見送られ、宮城内を進むと、すぐに目的地に着いた。


「教官、副隊長。お待ちしておりました」


 そこには、親衛隊の少女と、式典の行われる謁見の間の舞台袖部分へと繋がる入口を守る衛兵たちが立っている。

 エレーナ様が皇帝陛下に昨日談判して許可してもらった、西方諸侯が討ち取った王国有力諸侯の首を持ち込むための控えの場へと続く道でもある。

 予定していた少女たちのうち半分はダウンして使い物にならない中、何とか首の数二十三個と同じ頭数を揃えられたのは良かった。


 まあ、少女たちで揃えて見栄えをよくする計画が、数合わせと、不調でセリフが飛びそうなエレーナ様のサポートって理由で俺が入ったのは計算外だったけどな。

 見栄え的に違和感があるだろうが、何とかなるだろう。


 待っててくれた少女が許可証を提示して扉の先を進むと、すぐに舞台袖のような、脇の控えのスペースに出る。

 司会だろうおじさんやスタッフと思われる人たちが居心地悪そうな顔をするような二十人の親衛隊の少女たち一行に軽くあいさつし、会場の様子を伺う。


 入場が始まったばかりだからだろうが、人影は多くない。

 皇帝陛下に謁見するための良い場所を偉い人から取らせるって歴史的経緯から、俺が以前参加した時と同じくお偉いさんから入場しているはずで、最前列の真ん中にいるエレーナ様以外のおっさんおばさんたちも、かなり偉い人たちなはずだ。

 あ、マイセン辺境伯だ。エレーナ様の方をやけに気にしてるのは、普段の行いか、不調に気付いてのことか。


「エレーナ様の隣に並んでる三人、あれが三大派閥それぞれの長ですよ」

「ふうん……」

「奥から、東方のヴァレリア公爵、南方のダルシェン公爵、そして北方のナルデン辺境伯です」


 ハンナの小声での解説を聞くが、ただでさえ頭が痛いのに、他に感想が出ようがない。

 まあ、最後の記念くらいにはなったかな。

 あの辺のバケモノどもとやり合うのは、俺が上手くフェードアウトした後にその辺を担当する誰かに任せよう。

 そうは言っても、エレーナ様が元帥になったとして、元帥府の外への攻撃手段がないし、政治的に聖域な元帥府の内へはまず入られようがないから、政治的にやり合う機会とかなさそうだけどな。


 そうこうしてると、参列者たちや新聞記者に挿し絵絵師たちが揃い、ついに論功行賞が始まる。

 一軍の指揮官ではなく、エレーナ様の幕僚としての参戦だったから、我が家は原則通り当主のおじいさまのみ参加で、俺自身は出なくていい。

 だけど、俺がフェードアウトするための第一歩として、緊張は前回以上だ。


「あわわわわ……」


 生首乗せた取っ手付きの板を渡されて、一人だけ酒が残ってなかったはずが、一番青い顔してる少女が隣にいるので、緊張感が消えてなくなってしまってるけど。

 あと、頭が重くて緊張どころじゃないわ。


「勲功第一位! 第三皇女にして陸軍大将、エレーナ殿下!」

「あ、はい」


 来たか。

 待機する少女たちの雰囲気も変わる。


 そんな中、最前列から陛下の前に出て片膝をつくまでの短い道のりで、見るからにふらついてる。

 ほんと、大丈夫だろうか……。


「エレーナ」

「は、はい……うっぷ」

「黒龍勲一等勲章、帝国騎士勲章を与える。加えて、一億ゲルドの報奨金を下賜しよう」

「あ、ありがとうございます」

「うむ。では下がれ」


 皇族として領地加増はあり得ない以上、最高級の恩賞と言えるだろうと思う。

 両勲章はどちらも最高位のもので、特に黒龍勲一等勲章は、軍人としてこれ以上の格の勲章はない。

 報奨金にしても、城下町の復興って名目が付いた俺の時が異常だっただけで、個人に与えられるものとしてはトップクラス。


「お待ちください」


 だが、これではダメだ。

 だから、予定通り、エレーナ様が声を上げる。


「何だ?」

「陛下。もう一つ、頂きたいものがございます」

「言ってみろ」

「陸軍元帥号」


 顔色は悪いままだが、ここ一番は何とか無事にこなしたエレーナ様。

 陛下に下がれと言われてから追加要求と言うイレギュラーに加え、要求のあまりの大きさに、やはり参列者たちが騒ぎ出す。


 機密扱いでマイセン辺境伯くらいにしか教えてないから、当然だろうな。

 陛下は……事前に生首持ち込みたいって申請した時に何かは察したかも知れないが、相変わらずの無表情でさっぱりわからん。


 そして、動き出したのは三大派閥の長たち。

 彼らでもなけりゃ、皇帝陛下の前で不規則発言なんてできないだろうしな。

 出来れば、この三人も固まってくれてりゃよかったけど。


「恐れながら申し上げます! いくら皇女殿下とは言え、陛下からの恩賞に不服を申し立てるような不敬は許されぬものと愚考いたします!」

「そ、それに! 失礼ながら皇女殿下はあまりにもお若い!」

「そうです! エレーナ殿下の軍才は否定しようもありませんが、もっと経験を積んでから元帥号の重みを背負うべきではないでしょうか!」


 とっさでも、ちゃんとそれらしいことを言える辺りは流石さすがだ。

 本当に、これで彼らに妨害のための事前準備の時間を与えてたらヤバかったかもしれない。


「えーっと……? ああ、そうだ。お前たち入って来い!」


 立ち上がった上で自分で叫んで自分で頭を抱えるエレーナ様の言葉を受け、俺たちは早足で会場に入っていく。


 位置としては、エレーナ様と参列者たちの間に並んでいる形だ。

 俺は、参列者の方を見るエレーナ様の左斜め前に当たる位置に立った。

 そして、みんなでまずは参列者の方を向いて高くそれぞれの持つ生首を掲げ、続いて皇帝陛下に対して膝をつき、陛下に対して生首を捧げるように持つ。

 みんな不調な割に、多少ずれるくらいで済んだのは上出来だろう。


「えっと、リュクプール、シュルーズベリー、えっと……どれも王国軍における名高い名将たち。これでも足りないでしょうか?」

「当然だ! たった一度の功績だけで得られるほど、元帥号は軽くない! この百年以上誰も生きては得られなかった重みを知れ!」


 今の重い頭じゃ、背中を向けて声だけ聴いても誰だか分からないが、三大派閥の長の誰かかな?

 まあ、想定問答の一つにあった指摘だし、エレーナ様でも大丈夫――


「??」


 おぅ……頭から吹っ飛んだか、どれを言えばいいのか判断が付かないのか。


(経験は確かに重要でしょう)

「!? あ、経験は、確かに重要でしょう」

(しかし、絶対のものではありません)

「しかし、絶対のものではありません」


 必殺、ささやき戦術!

 まあ、別に誰も殺さないんだけどな。

 この時のために俺が出たと言うのは過言だが、想定された事態の一つではある。


 と、こうしてささやきながらも正面から不自然な圧を感じた。


(今回の戦いで、私は一人で・・・この大戦争を終わらせました)

「今回の戦いで、私は一人でこの大戦争を終わらせました」


 後悔するだろうなぁと思いながらも、あまりの圧に、つい目線を上げてしまった。


「ひぃっ!?」


 こちらを射抜くような、皇帝陛下の視線。

 とっさに目線を再び伏せた。

 思わず、以外と重い生首を落とさなかった自分をほめてやりたいくらいに恐ろしかった。


 いかんいかん。

 今は、大事なところなんだ。


(みなさんが、うっぷ、北と南で倍にも満たぬ敵に苦戦する間)

「みなさんが、うっぷ、北と南で倍にも満たぬ敵に苦戦する間」

(私は西方で、わずか二万の兵で、二十万の王国軍の精鋭を)

「私は西方で、わずか二万の兵で、二十万の――あれ? なあ、カールこんなにたくさん」

(いいから! 今はいいから、そのまま言って!)

「ん? おお。わずか二万の兵で、二十万の王国軍の精鋭を」

(この地上から消滅せしめました)

「この地上から消滅せしめました」

(この百年で、これほどの大功を挙げたものがいましたか?)

「この百年で、これほどの大功を挙げたものがいましたか?」

(この度の功績が元帥号に値するか、元帥を任ずる専権を持つ陛下に判断をゆだねるべきでしょう)

「えっと、この度の功績が元帥号に値するか、元帥を任ずるせんけん? を持つ陛下に判断をゆだねるべきでしょう」


 上出来! 上出来のはず!

 いらないところまでマネしてたり、二日酔いのせいか半端なところで疑問を持ってしまってたりエレーナ様がしてたり、皇女から臣下への問いかけならもう少し尊大な言葉遣いが良かったような気がしたりしたが、陛下に判断を投げられたからオッケーだ。


 独立性を有し、帰属意識がまず自らの所領に及ぶ地方諸侯にとって、政治力で負けるまではともかく、立てた功績に対して正当な評価がされないことは帝国に属する根本的な動機を失わせる事態だ。

 先例から見ても、エレーナ様の功績は十分なはずだ。

 少なくとも、そう少なくない参列者たちに思わせられるだけの大功だったはず。

 だからこそ、三大派閥の長達も、エレーナ様の能力は認めるような物言いだった。

 これで陛下が自らの専権で任じられる元帥叙任を、三大派閥に遠慮して拒否するなり先延ばすなりするなら、帝国を維持するうえで良い影響は与えないだろうと思う。


 そんな諸侯の目と、さらにこの場の新聞記者たちの目。

 大手はともかく、エレーナ様の功績でもって元帥号が与えられなかったって話は、たぶん中小のどっかは部数欲しさに火付けして騒ぐぐらいはしてくれるだろう。


 つまり、第三者の目を使う。

 まともに暗闘すれば三大派閥に勝ち目のない俺たちが勝つには、これが唯一の可能性だ。


 しかし、みんなの注目が陛下に集まる中、誰も言葉を発さない。

 どうしたことかとまた目線を少し上げれば、なぜか再び合う目。

 そして、またもや急いで目を伏せる。


 俺、何かやったか?

 正面だからささやきがめっちゃ見えてたってのはあり得るけど、少し違う気もする。

 何かこう、「娘さんを僕に下さい!」って言いに来た男を見る父親のような……いくらなんでも気のせいか。

 何より、前世も今世もそんな言葉言ったことないから、イメージでしか分からんしな。


「分かった。エレーナの元帥叙任、認めよう」


 ああ、勝った。


 参列者や、それ以上に記者たちがざわつき、エレーナ様が小さくガッツポーズをする。

 俺たちにとってもっとも勝率の高い一発勝負は、上手く大当たりで終わってくれたようだ。


「勲章をこの場で受け取り、下がれ。報奨金は後で届けさせる。元帥杖げんすいじょうは、改めて叙任式を行い、そこで渡そう」


 そうして青い顔をしながらもほっとした様子のエレーナ様は、苦々しい顔の三大派閥の長達の隣へと戻り、俺たち生首係も元の控えスペースへと戻る。


 その際に不敬を承知でもう一度陛下を見たが、今度は目が合うことがなかった。





◎論功行賞に参加した、とある三大派閥の諸侯の日記

 今日、例の西方の皇女が元帥号をたまわることとなった。

 だがまあ、何ともみっともないこと。新聞屋どもは元帥に任じた陛下に遠慮するなり、英雄は英雄らしくなければ困るなどと言って触れないだろうが、緊張で青くなり体が震えるようでは、器は知れている。政治には向いてないな。

 軍才はあるだろうが、派閥中央の一部で言われていた、積極的に謀略を仕掛けて叩き潰そうとの意見も通らないだろう。叩くべきものは、潜在的には他にも色々と居るのだから。現時点では労力に見合わないし、そこまでする必要もない。むしろ、使えるところまで使ってやればいい。

 本人に考える頭がなくとも、堂々と振る舞うようならばともかくだ。いくら優秀な頭脳が付こうと、本人があの程度の器なら、政治的にどうとでも扱える。

 立てたければ、軍功などいくらでも立てるが良い。その最終的な成果は、我々が頂いていくのだ。

 まあ、英雄であり続けられるならば、だが。英雄とは、勝ち続けるからこそ認められる。あのような小心者の小娘に、一度や二度はともかく、乗り越えられ続けるような壁ではないだろう。


(マールゼン伯爵日記より抜粋)



・活動報告でも書きましたが、アラン君視点のこの話少し後の王国、マイセン辺境伯とおじいさま、と次は二話続けて間話の予定です。たぶん、連続投稿にはならないと思います。

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[一言] ひいひいうぜえ
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