第七章第一話 ~『最後』の戦場へ~
『王国の名門アルベマール公爵家三男が、ガリエテ平原における初陣にて竜の心臓を射抜く! 帝室に対する侮辱!』
ガリエテ平原での戦い及びその後の追撃戦に一段落がついてから二ヵ月少々。
俺は、マントイフェル男爵家の帝都屋敷で、朝食後のお茶を飲みながらいくつかの新聞に目を通していた。
帝室の象徴たる黒竜紅旗。その竜の心臓を射抜くとは、皇帝を殺す、もしくは帝国を滅ぼすとの宣言に等しい。
マイセン辺境伯経由で中央に報告したら、他言無用と言われたのは、戦いを拡大させたくないからこそのはず。
今回は、お役所とつながりの薄い中小の新聞社であることと、戦争継続派の新聞社であることから記事になったのだろう。
実際に政治を動かす連中の動向を知れるほどの情報はないけど、各新聞社を中心に帝都の知識人たちは戦争継続か停止かで揉めている。
北西南の列強が同時に襲い掛かり『世界大戦』とも言える文明圏内の全ての大国が関わった大戦争は、エレーナ皇女殿下に率いられた西方諸侯軍が王国軍十万以上を『消滅』させ、総大将リュクプール公以下主要な将のことごとくを討ち取ったことで一息ついた。だが、時間を与えれば同じことになるかもしれず、王国軍が動けない間に積極的に動くべきである。
いやいや。主力は潰そうとも、帝国北西や南西に攻め寄せた王国軍は無傷で撤退したし、王国軍も連携すれば十分脅威である。ここは、何としても有利なうちに外交決着すべきである。
王国軍の大敗を聞いて北や南の戦線は敵が戦争全体の立て直しのために撤退していったらしいけど、北はどっかの誰かがやらかして戦線をズタズタにされてたらしいし、南も南で数の暴力を前に一進一退だったらしい。
で、「だから今のうちに叩くんだ!」か「だから戦いを続けるのはマズい!」で意見が割れてるみたいだ。
数日前に帝都に着いた日、通行止めとかで馬車がかなり遠回りして帝都屋敷まで行くことになった。
「は? 新聞社が焼き討ち? え、もしかして国軍の弾圧なの? 大変じゃないか!?」
「いや、いつものことですし」
そんな帝都屋敷を預かる執事の言葉に絶句するが、襲撃側がライバル新聞社とその読者だと聞いてさらに絶句することになった。
取材先で政治的に意見の合わないライバル社同士で記者同士が乱闘したりとか、お前どこの活動家だよと言いたくなるようなことを普通にやってるそうだ。
そこに読者が絡んで大騒ぎになる辺り、識字率が高く、しかも高度な文章を理解できるインテリだらけの帝都だからこそ。うちの実家みたいなド田舎には縁遠い話なのは、支配階級の端くれとしては喜ばしい限りだ。
そんなこんなで記事の内容だって政治的主張に合わせて偏向するなんて当たり前だし、大手になれば大貴族と繋がってたりもするなんて噂もあるのに、遠方の情報を得るほぼ唯一の手段なのが怖すぎる。
独自で情報を持つったって、電話もネットもなく情報を高速でやり取りし、しかも各地に情報の価値を理解できる教養のある人間を送り込まねばならないんだ。
当分は無理だろうなぁ……。
身近なところならば、姉上の夫であるゴーテ子爵とその幹部たちは全員無事だった。
アランの部隊が中央突破する前に立ちはだかって返り討ちにあったが、あっさりやられすぎて逆に被害がほぼなかったらしい。
まあ、その前の戦いで兵士はかなり削られて再建が大変らしいけど。
その点はどこも変わらないみたいだけどな。うちの私兵団だって、ついに当初の半数ほどの人数になってしまった。賊狩りの転戦での消耗を補充する機会のないままここまで来てしまった結果でもあるから、いい加減に何とかしないとな。
そのためにも、エレーナ様に頼んだ『アレ』が上手くいってくれると楽なんだけど。
あと、派手にデビュー戦を飾ったアランの追撃である。
「カール。あれは、面倒だな……」
戦後に合流したおじいさまの第一声がこれだ。
「えっと、追撃部隊にはほとんど被害がなかったみたいですが、何があったんです?」
「ケガをしてついて行けないからと見捨てられて、それでも圧倒的多数の敵と死ぬまで戦い抜ける兵士がどれだけいると思う?」
追撃初日。
あいさつ代わりに精鋭の小部隊を送り込んで夜襲を掛ければ、見張りはカカシで、陣内はすっからかん。
気が抜けて帰ろうかというところで背後から物陰に居た十人ほどが襲ってきて、戦いになったそうだ。
こちらの死者は出なかったものの、その後探してもアラン達は見つからなかったらしい。
予備の武具や食料を置いてどこに逃げたかと考え、アルベマールの旗印だったことを思い出して、アルベマール家と繋がりの深いフーニィへと向かったおじいさま。
「来ましたよ。いやぁ、皇帝陛下に許された武力だけでは、街を守るのが精一杯でしてなぁ」
これがフーニィ市長の回答だったらしい。
嘘でもないし、距離的にも追いつけないだろうこと。アルベマールと縁の深い王国との交易路に入ったならアルベマールの軍勢が乱暴狼藉を働く危険も低いだろうと、追撃はそこで終えたらしい。
「どんな状況でも死ぬまで兵が戦う指揮官は確かに居る。ただし、指揮官の実績と、長年の信頼関係があってこそじゃがな。初陣の指揮官の部隊で普通起きることではないぞ」
そう言うおじいさまの声は、ずいぶんと疲れたものだったことが耳に残っている。
「アランやべぇ」というなんとなく知っていたことの確認はどうしようもないのでここまでにして、後はエレーナ様のことだ。
戦いの終盤、エレーナ様を親衛隊に取り押さえさせて俺が前線に行ったことで激おこモードになってしまった我が上司。
どうしようもなくて頭を抱えたまま、西方での打ち上げの宴席へと出ることに。
今回の立案者でエレーナ様の部下ってこともあって席も近く、どうしようかと悩んだものだ。
色んなお偉いさんから声を掛けられ、それが一段落した時のことだ。
「すごいな! 本当に凄いな、カール!」
「アッハイ……」
ずっと褒められ続けて気分が良くなったエレーナ様は、自分が怒って拗ねてるってことすら忘れ去ってしまったらしい。
いや、こっちの話は聞くような感じだったし見た目ほど怒ってないような感じではあったけど、いくら何でもチョロ過ぎないか? 大丈夫なのか?
「ダメなんじゃないですかね」
とは、親衛隊長のフィーネさんの弁である。
「エ、エレーナ様とフィーネちゃんと私の友情は永遠だから大丈夫です!」
とは、副親衛隊長のハンナさんの弁である。
どっちにしろ、ダメらしい。
そうこうして、俺の及ぶ範囲での戦争は大体終わった。
各方面で警戒態勢は続いてるけど、明日には皇帝陛下主催で全戦線対象の今回の論功行賞をやるらしいし、すぐにどうこうってことはないだろうからな。
思ったよりもギリギリになったエレーナ様を待てば、本当に終わるんだけどな。
そうして昼が過ぎ、午後のティータイムになろうかという時のことである。
「カ、カールひゃま!?」
「どしたの?」
帝都屋敷を預かる執事さんが、上ずった声で汗流してるんだけど、どうしたというのか。
その答えは、彼のすぐ後ろから現れた。
「カール! 言われた通りにお父様と話してきたから、来たぞ!」
「……終わったら迎えを寄越してくださいとは言いましたけど、ご自身でいらっしゃらないでください」
「? お父様が忙しくてギリギリになったし、報告は早い方が良いだろう?」
「いやあの、皇女殿下が、男爵家の嫡男のところに堂々と自分で足を運ぶとか、社会的にマズいと言いますか……」
雲の上の身分の人が、そんな気軽に下っ端の家に来ないでくれって、おかしな話なんだろうか?
エレーナ様は首を傾げるし、その後ろにしれっと居るフィーネも我関せずだし、自分の意見に自信がなくなってきた。
あぁ、お仕事であちこち飛び回ってるギュンターが居ない中、真っ青になってる執事さんだけが俺に正しさを確信させてくれる……。
「よく分からんが、私の家に来たいのか? ならちょうど良かった! 早く行こう!」
そう言って、俺の手を引っ張って表の馬車まで連行するエレーナ様を見送るのは、固まって動かない執事さんだけ。
この人、なんで身分社会のほぼ頂点なのに下っ端を呼びつけるって発想がないんですかね?
ああ、うん。窓際すぎて、自分が身分制度の頂点近くにいる実感がないんですね、分かりません。
本章第一話で予定していた『ガリエテ平原の戦い』の後書きネタは、次話に持ち越す予定となりました。




