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第五話 ~落ち着け、そしてよく狙え。俺たちはこれから無数の敵兵を殺すのだ~

 どうも、ゲリラ屋見習い(自称)のカールです。

 ゲリラ屋宣言をした翌朝、領軍を引き連れて城を出て、その中の五十人と共に森の中にひそんでます。


「カール様、敵の先頭がまもなくやってくるそうです」

「分かった、ギュンター。予定通りに」


 ギュンターは黙って頷いて剣を抜き、他の兵士たちも武器を構える。


 現在位置は、森の中、街道の両脇の茂みに二十五人ずつ伏せている。

 いどむ敵は、少なく見積もっても三万は居るらしい大軍。その先陣。

 少なくとも、正面から戦ってどうにかなる相手じゃない。


 だからこそ、正面から戦いはしないんだけど。


 しばらく待っていると、多数の気配が近づいてくる。

 歩兵が、縦に二列で進んできていた。

 遠目に見る感じ、あまり緊張してる感じはしない。

 自分のところの領軍以外を見た経験なんてほとんどないけど、雰囲気が、マントイフェル城を囲んでいた時の王国兵みたいな感じがする。

 自分たちの圧倒的優位な状況に、敵から仕掛けてくるなんて思ってないし、敗北なんて考えもしてなさそうな空気。


 まさに、俺が願っていた状況だ。


 近づいてくる敵を前に、攻撃命令は出さない。

 味方、特に弓兵に、合図なく攻撃を始める兵士が居ないのは助かる限りだ。

 ギュンターや、健康が回復せず今ごろは城を出ようとしている避難民の列に居るおじいさまが領軍の練度は保証するって言ってたけど、その言葉通りだった。

 前世での古い戦いでも、練度の低い兵が勝手に戦端を開いて、指揮官の作戦が崩れたって事例も聞いた。

 今だって、距離のあるところで気付かれたら、効果は半減どころじゃないし。


 息を殺して、じっと待つ。

 一歩一歩近づいてくる敵の気配に、はやる心を理性で抑えつける。

 そうして敵の先頭が俺の目の前に至り、通過した。


 一つ、二つ、三つ。


「かかれぇっ!」


 敵兵たちへと矢が吸い込まれ、落ち着く暇を与えずに歩兵に混じって俺も斬り込む。


「そら、死にたい奴から掛かってこい!」


 本当に掛かってくる状況なら、絶対に攻撃しないけどな!


 前世では日本で普通の学生だった俺にはゲリラ戦とか専門的に知ってるわけではないけど、敵の思いもよらないところや、敵のもろいところに攻撃を仕掛け、高い機動性で損害を受ける前にさっさと逃げ去る嫌がらせだと思っている。


 だからこそ、避難民の出発のために時間を稼ぐ必要があるとの事情があったにせよ、待ち受けずに打って出るってのは『敵の思いもよらないところを攻撃する』ために最適だったから実行したんだ。


 近くの敵兵が片付いて、周囲を見る。

 まだ状況が呑み込めていない敵兵に、こっちの歩兵が猛烈な勢いで攻撃を仕掛けて、弓兵は事前の指示通りに馬に乗っている指揮官クラスを狙って混乱の終息を遅らせている。


 今は優勢。

 ……もう少しくらい、打撃を与えられるか?


「カール様、敵はそろそろ立て直しますぞ。ここが退き時かと」

「……分かった。――撤退! 撤退だ!」


 戦いそのものの経験については、ギュンターが圧倒的。

 変な欲を出して大損害を出したらその時点で終わりなんだから、大人しく逃げられるうちに逃げ去ることに。


 追撃もなく森を駆け抜けると、川に出る。

 向こう岸では、準備のために置いていった残りの領軍兵士約百名が見えた。


 ただしこの川、流れの速さも幅もそこまでなければ、深さも膝下くらいで、王国軍の進軍への影響はあまり期待できないのが残念ではあるけど。

 小舟四隻を縦に繋いで作った即席の橋を渡り、全員渡ったら破却することを命じた俺は、河原の端の木陰に座り込む魔女に声を掛けた。


「ビアンカ、頼んでおいた細工は終わったか?」

「終わったんで……終わったんで休ませてください……」

「よし、よくやった! ご苦労さま!」


 魔法の使い過ぎでグロッキーなビアンカの返答に、安堵あんどする。

 発想としては単純だけど、とにかく労力の必要な作業に、間に合うのか心配だったのが解消されたからだ。

 戦場の外でこそその真価を発揮する魔法兵様々だ。


 そうしてまだ太陽が東にあるうちに全軍で待ち構える態勢を整えた俺たちの前に敵軍が姿を現したのは、太陽がかなり頂上に近付いたころのことだった。


「すげぇ……なんだアレ……」

「敵兵で向こう岸が埋まっているように見えますが、今の時点で布陣しているのは四千か五千ですぞ」

「え? あの何倍も敵が残ってるの?」


 奇襲から立ち直るのに思ったより時間を使ってくれたのは良かったけど、突きつけられる現実に眩暈めまいがしそうだ。

 城を包囲してた一万の敵は囲むために分散していて、固まって布陣している敵の威圧感ってやつが予想外に大きい。


 そうこうしてる間に、敵の前列が一斉に川を渡り始める。


「総員、構えぇーっ!」


 号令をかけると、味方部隊が一気に戦闘態勢に入った。

 弓兵は弓を引き、投石兵はスリングを使っていつでも発射できる状態になり、歩兵は槍先を揃える。


 俺たちの正面から突っ込んでくるのは、騎兵隊。

 水深が浅いこともあり、一気に押し渡ってこっちを一撃で叩き潰すつもりだろうか。


 馬に乗って大きく高い兵が固まって突っ込んでくる視覚的恐ろしさに震えそうになる足を押しとどめ、黙って立ち続ける。


 そして、敵が川の中央を越えた。


「やったぞ! 狙いは正面に集中させて、はなて!」


 川の中で馬が何頭も転び、後ろからついてきていた連中がそこに突っ込んでしまって大混乱が起きている。そこに次々と矢や石が降り注ぎ、かなりひどいことになっていた。

 両翼からこっちを囲もうと進んでいた部隊も、同じような状況におちいっている。

 ただし、両翼には攻撃を仕掛けていないので、中央の騎兵隊よりはマシみたいだけど。

 結果として、城中から集めた壺だの桶だのを川の中に埋め、簡易の落とし穴にしたのが大当たりだ。


 上流をせき止めて水計を使うのは敵が来るまでに十分な水量を集めるのが厳しそうだった。

 そして、次に落とし穴を使うことを考えてみた。

 普通に落とし穴を掘ったって、大部隊を一気に押し出せない森の中では、先頭が引っかかって、そこで小さな混乱が起こるだけ。

 避難民との間に距離を空けたいって目的のためならそれでも悪くないけど、どうせなら、混乱は大きい方が良いに決まってる。


 だから、森の中よりは部隊を展開する場所のある河原で、森の出口の正面対岸に布陣することで敵の行動を縛って、そこに仕掛けをした。

 こんな吹けば飛ぶような小部隊のために迂回するなんて、普通はしないだろうって予想の上でな。むしろ、のこのこ姿を現したって、喜々として粉砕しに来るはず。


 川底に普通に落とし穴なんて仕掛けても崩れるだけ。

 だから、ビアンカが魔法で穴をあけ、兵士たちはそこに壺や桶を仕掛ける。

 俺たち奇襲部隊が引っかからないように、簡易の橋も作るように命じておく。


 失敗すればすぐに後ろの森に逃げ込む算段もつけてたけど、無事に成功して何よりだ。

 失敗した場合は、敵の追撃を振り切るまでにある程度の損害は出るだろうって予想だったからな。


「カール様、敵の両翼部隊が何人か川を渡り終えましたぞ」

「うん、退却だ。予定通り、俺たちを全力で追いかけてきて先頭で孤立した部隊を、順次叩いて各個撃破だ」


 まだ回復しないビアンカを俗に言うお姫様抱っこして、みんなと一緒に森の中へと駆け込んでいく。


 戦いは、まだまだ始まったばかりだ。





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