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第六章最終話 ~戦いは未だ終わらず・下~

「射撃部隊はそのまま待機! 矢の残りは少ない、命令があるまで動くなよ!」


 本陣へ迫る敵部隊そのものはすでに進路を変えてこちらの脇をすり抜け去っていくような動きを見せているが、黒い鎧をまとった一騎がこちらへ向かい、さらに少し遅れて五騎がその後ろに続く。


 どういうつもりかは分からない。

 どうするにせよ、正面からたった六騎とは何をするにも少なすぎるだろう。

 だが、本陣正面部に布陣する俺たちとしては、側方・後方の警戒は担当外のことであり、間違っても正面から何かをされないように万全を尽くさねばならない。


「向こうが撃ってくるぞ! ただし反撃は合図があるまで禁止!」


 先頭の黒い騎兵が騎射の体勢に入ったところで、ギュンターがそのように指示を出す。

 前には出ても、あくまで今回の戦いでは部隊の指揮権はギュンターに預けている以上は、混乱を招かないためにも他にできることはない。

 だから、ただじっと見つめ――そして、矢がはなたれた。


おくしたか、まだ射程には遠――ぬっ!?」

「うわっ!?」


 まるで図ったかのように正面から突風が押し寄せ、巻き上げられた土や砂が俺たちを襲った。

 ギュンターのつぶやきは途切れ、俺も思わず顔を腕で覆う。


「しまった! 敵は!?」

「他の連中と同じ方向に逃げていきます!」


 思わず口から出てしまった俺の言葉に誰かが答える。

 見れば、確かに走り去る敵の一行が。先頭の黒いやつの周りで槍を振り回して何かやってる女のように見えなくもないやつがいるが、こっちに対して何かしてるようでもないし、本当に去っていくようだ。


 意表をついて追撃をさせないため?

 意地を示したかった?


「あの、親分?」

「ん? なんだ、ホルガ―」

「上です、上」


 考えているところにホルガ―から声を掛けられ、指差す先を見た。

 ……うん。


「うわー……マジかぁ……。えっと、誰か、この旗を降ろしてくれ」


 そう言って、いくつか立っているうちの、とある黒龍紅旗を下ろさせる。


 敵の矢に射抜かれた帝室の象徴を、である。


「ギュンター、ホルガ―。この矢、どこに刺さってるように見える?」

「竜の心臓、ですな」

「すごいですな、親分。射程外から、風まで計算に入れたんでしょう。もはや曲芸の域ですよ」


 だよね。

 さすがに旗を射抜かれて逃がしたくらいで俺らの首が飛びはしないと思うけど、不名誉だし、とんでもない不敬行為だよな。


 で、ここで矢に手紙らしきものがくくりつけられているのに気付いた。

 すでに嫌な予感がしながらも、この場で一番偉い俺が開くしかなく、目を通す。


『手中のぎょくを天下へと披露ひろうする機会に恵まれ、さらにその機会に最高の形で示してみせた、この戦場で最も幸運なる将の中の将エレーナ第三皇女殿下へ、敗軍の英雄なるこの世でもっとも滑稽こっけいなものの一つへと祭り上げられるだろう、この戦場で最も不幸な将より、このたびの戦勝のお祝いを申し上げます。

 願わくば、私がその首と玉を頂きに参上するまで、手中の玉を失うことなく壮健であられることをお祈り申し上げます。

 アルベマール公爵家三男 アラン・オブ・アルベマール』


 最後のサインを見て、矢を撃ちこんだ黒い騎兵とその騎兵の周りで槍を振り回しながら去っていった取り巻きの二人の姿と、フーニィでお茶会をした少年とお付きのメイドの姿の二つが思い出された。

 いやまさか、公爵家の三男坊がたった一人で敵陣に向かって飛び出して、側近たちが慌てて追いかけたとかさ……ないよな?


「とりあえず、俺は戻る。後は任せた」


 考えても仕方のないことは忘れ、要約すると『テメェは俺がぶっ殺す』と書かれた手紙と、その決意を示すように帝室の象徴たる竜の心臓が射抜かれた旗を持って本陣へと帰る。

 皇族を示す旗があるだけで山ほど居る皇族の中のエレーナ様とどうして分かったのかとか、こっちの作戦やらその立案過程とかまだ向こうが知るはずないのに玉って誰のことなんでしょうねとか、そんなことは考えないのだ。


 そうして本陣へたどり着いたところで、ちょうど出てきたおじいさまと鉢合わせた。


「おじいさま、どうしたんです?」

「こちらの脇を抜けて逃げていく部隊を、我が家の領軍で追うことになった。先に伝令を出して準備させていて、終わり次第出る。他はすべて、本陣も含めて押し出して敵主力の追撃に出る」

「え!? でも、向こうはいくらか損耗しようとも千人近いのですよ!? 我が家が領地から連れてきたのは五百かそこらのはずです!」

「別に、倒さずともよい。各領地に残った守備隊と連携しつつ、叩ける範囲で叩きつつ帝国領から出ていくまで見張れば十分。なに、この程度ならばこの老体でもやりきれるだろうて」

「でも……」

「お前にすれば頼りない祖父で心配かも知れんが、捨て置くわけにはいかんが、戦争全体で見れば重要性など欠片もない仕事。他を巻き込んだり押し付けたりすれば、無用な恨みを買いかねん。我が家は、嫡男がすでに家格に見合わぬ大功を挙げているからの」


 そうかもしれない。

 そうかもしれないけど、おじいさまの力量どうのの話ではなく、胸がざわつくのだ。


「だったら、俺も――」

「お前の兵は、同時に総大将たる皇女殿下の兵だ。戦争の行方を左右する追撃戦から皇女殿下を動かすわけにはいかぬ以上、お前も離れられんのじゃ。立場をわきまえよ」

「……はい」


 頷くしかなかった。

 だが、俺の様子がおかしいのに気付いたのか、急ぐであろうに俺にさらに言葉を掛けてきた。


「何かあるのか?」

「えっと、その……」


 言葉に詰まる。

 俺の心配は、理屈ではない。アランってなんの実績のない少年に対する、勘のようなものだ。

 困った挙句に、手元にあったさきほどの矢文を差し出した。


「……ふむ。エレーナ殿下の名に、手中の玉。心当たりは?」

「その、以前フーニィでお茶会をしたことがあります。でも、今回の作戦立案のことまでは……」

「分かった。無理はせん。打ち倒したところでまともな功にもならんじゃろうし、慎重に行くとしよう」


 そのまま去っていくおじいさまの背中を見送る。

 俺としては、これ以上できることはない。精々が、祈るくらいだ。


 そして、俺にできることをするために本陣内へと入る。


「ぶぅ……」


 まずはこの、腕を組み、かわいらしくほおを膨らませ、「私、怒ってます!」アピールに余念のないジト目の皇女殿下のご機嫌取りかな、うん。


「エレーナ様?」

「……」


 何も言わないけど、様子を見る限りは話を聞いてくれる気はあるらしい。


 子供か!?

 いや、話を聞く気があるだけマシかもしれないけどさぁ!


 どうしよう。

 さすがに、日本の文系大学生な前世じゃ、子育てとか子供のしつけの本とかは未読だぞ。


 まあ、俺の仕事は他は全部終わってるわけだし、ため息を吐く副親衛隊長や、「ほっとけ」と口パクで伝えてきた親衛隊長の協力を得つつ頑張ろう。


 こうして、この文明圏で『世界』と称される地域を大いに騒がせることとなる大戦争の結末を、俺にとっては随分と締まらない形で迎えることが決定的となったのだった。





ガリエテ平原の戦いそのものの後世文献ネタは、次章一話の後書きに入れる予定です。


◎風の力を借りてとんでもないものを射抜いたアラン君の感想

「(手紙に気付いてもらえれば十分だから手前に落ちるように射ったんだけど、とんでもないところに飛んだなぁ……ま、いっか!)」



◎大河ドラマの凋落(一) 人気の題材を扱うからこそ、慎重に、かつ大胆にならねばならない


 アランとカールが同時期にフーニィに居たことから、そのころに面識があったとの珍説を知っているだろうか。今年の大河ドラマに採用されたことで初めて知った方々も少なくないだろう。

 しかし、いくら当時は無名な子供でも、アランが当時のフーニィの最大取引先の王国の窓口であるアルベマール公爵家から来たVIPなのに対し、初陣後で多少名前が売れようともカールはド田舎の小領主家の代表で、あらゆる格が違いすぎる。VIPの警護の厳重さを考えればカールから合いに行くのは普通に断られて終わりだ。アランの方はVIPだけあって奇跡的に記録に残る当時の予定はぎっしりであり、予定外の田舎領主の代理と面会する余地などない。アランが脱走でもしてその辺をぶらぶらし、たまたまカールが同じところをぶらぶらして、しかも、町中に無数にいる人間から見ず知らずの互いに話しかける理由までできる奇跡的な偶然が必要だ。

 故に、後世の創作と言われてる。これが、『珍説』たる理由の最も大きな一つである。


 他にも、すでに元帥という責任ある立場になっていたアランが単身敵の城に忍び込んで指揮官を暗殺したとか、カールと出会う前のエレーナが大型人食いグマを瞬殺したみたいな明らかな創作を採用していたりなど、そんな史実をあまりにも無視した珍説とも言えない演出を盛り込み過ぎた脚本作りが、今年の大河が特に色々と叩かれてる理由の大きな一つだろう。


 給料全額払で食事と娯楽を提供して兵士に寄り添う運営で部隊をまとめた二人の手腕の、共通性の高さと給料の未払いや遅配が当たり前との当時の常識からするとありえない内容との二点から、フーニィの出会いで、より下々の立場に近いカールがやり方を教えたとの理屈で主張され、大河でもそのような筋で物語が作られた。

 貴族の中でも最高位にあるアランの立場では身分が違いすぎて平の兵士と会話することすら思いつかないほど世界が違いすぎて思いつくような素地がなく、田舎で比較的民に近い生活をしていたカールの方がまだ思いつく可能性がないでもなく、カールが貧民層との付き合い方を教えたとしか思えないとの考えは、一部の者たちには一見して説得力があるように見えるかもしれない。


 だが、ガリエテ平原の戦いでアランが撤退に際して風を読み切って射程外から黒龍紅旗の竜の心臓を射抜いて挑発して見せたとの実際にある記録に基づくトンデモならば演出の範囲で収まるかもしれないが、何の手掛かりもリアリティもない筋書きは、ただの妄想である。むしろ、利敵行為としか思えないようなことをすると、帝国では暗にカールを馬鹿にしているとまで反発する意見も見られる。

 こんな妄想まで認めるならば、実際の歴史を題材に選ぶ必要は欠片もない。脚本は、あくまで史実に敬意を持ちつつられなければならないのだ。それが、先人やファンに対する最低限の礼儀ではなかろうか。

 実際の事件を膨らませて当事者たちの思いを描くなど、もっと大河に相応しい話の作り方があっただろうと思うのは私だけだろうか。


(以下略)


(王国大手検索サイト『Yagoo』トップニュース『大河ドラマの凋落(一) 人気の題材を扱うからこそ、慎重に、かつ大胆にならねばならない』(大陸歴二〇〇八年十二月二十八日配信)より抜粋)



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