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第四話 ~それぞれの思惑と共に~

「すまん、二人とも。遅くなった」


 帝都中央部のとある豪邸の一室。

 遥か西方では、帝国の第三皇女様がようやく機能を回復し、まさに我が世の春を謳歌おうかし始めた少し後のことである。

 二人の初老の男たちがソファでお茶を飲む席に、二人と同年代の男性――帝都で実権を握る三大派閥の一角、帝国北部の最大派閥を率いるナルデン辺境伯が軽く息を切らせながら入ってきた。


「気にしなくても良い。東部が勢力圏の私と違って、君たち二人は今回の大攻勢の当事者だ。やることも多かろう」


 三人の会談の場を提供した豪邸の主、三大派閥の一角を率いる東方最大派閥のヴァレリア公爵はにこやかにそう声を掛ける。


 西北南の三方の強国からの同時攻撃。確かに平時から想定だけはしていたし、最悪の場合として、国と言えるほどのまとまりがない東方の遊牧民たちの大攻勢なんて歴史上一度もなかったものが同時発生することまで一応は考えられたこともある。

 だが、南洋連合を支配する商人たちは、他国の戦争を煽って両方に物資を売りつけたりはしても、自ら武力でもって自衛を超える行動をするのは非経済的だとか思っている連中だ。国や自分たちの名誉も誇りも気にせず、金と商売に必要な程度の信用のためにしか動かないので、戦争という手段を選択する動機が薄すぎる。

 北の連合王国は、若き女王が長い内乱を経て即位したばかりで、反対派を根切りにして最低限の安定は得たはずだが、まだ国内でやるべきことは多いと思われ、自ら外征を企図するような状況にはないはず。加えて、くだらないことから始まった古い宗派対立から、連合王国は、王国及び帝国と公に手を組めば政治的・宗教的に面倒なことになるのだ。

 西の王国は、動員令を出さずに戦端を開くなんて奇襲で比較的少数の部隊で攻め込み帝国を思惑通りに混乱させるも、三万の別働隊が初陣の子どもが率いる五百にも満たない小部隊に翻弄ほんろうされて決戦に遅参して敗北なんて大恥をかいたばかり。それでも平穏に即位してしばらく経つ年若い国王の政治手腕は安定して評価されているので、慌てて再戦をする必要はない。しかし、名誉も誇りも気にする『普通の』国同士の帝国と王国は、戦争する理由などいくらでもある。


 以上から、恐らくは王国主導の動きだろうが、他の二国をどう動かしたのやらさっぱりわからない。

 そして、そこが意味を持つのはせいぜい終戦なり停戦なりの交渉でもする時であって、今は初撃をしのがねば話にならない。


 だから、客人の来訪を聞いてやってきたメイドが追加のお茶を置いて退出したと同時、三者は前置きもなく早速本題に入った。


「遊牧民を追いかけ回している東方国境騎士団に守りを任せ、我らが残る東部の軍勢はすでに中央へと順次部隊を動かしている。大攻勢が見込まれる三方、どこへでも動かせるぞ」

「三方、か」


 ヴァレリア公爵の報告に、呆れたように残る一人がつぶやいた。

 この場のもう一人、三大派閥の残る一角を率いる南方最大派閥のダルシェン公爵は、そのまま言葉を続けた。


「時間もないし、今は公式の場でもない。ここに居るのは、『身内』の我々だけだ。建前は無しにしよう。まず援軍を送るべきは北か、南か。山がちで、もっとも防戦に向く地形の西方の諸君のために、最初に援軍を送るなどという選択肢はないだろう?」


 その言葉に、「そうだな」とヴァレリア公爵は一言だけ返した。


 西方の抜け駆けを『少々過激に』叩いて十年以上。政治の常として、明日の敵かもしれないが、今日までは利害の一致もあって一緒にやってきた。そうして、宮廷席次などの面倒なしがらみを越え、三人だけの空間では、言葉遣いなどを気にせずに話せる程度の親交もある。

 それでもただよう『身内』という言葉の寒々しさに、この場の誰もが深く反応することはなかった。


「中央と東方の援軍だが、南方中心で良いだろう。北には最小限で良い」

「いやまて。お前のところの北の諸侯は、確か最近代替わりした有力諸侯が多かったと言っていただろう。北の連合王国は精兵ぞろいと聞く。マズいのではないか? 三方のうちどこか一ヵ所でも破られれば、防衛戦略は崩壊するのだぞ」


 自らの根拠地たる北部には最小の援軍で十分などというナルデン辺境伯に、一番喜ぶべきはずの南方のダルシェン公爵が慌てて声を上げる。


「確かに連合王国は、内乱を経て十分な経験を持った精兵と指揮官に恵まれているかもしれない。だが、奴らは決定的に貧しすぎる。仮に多少の支援を受けたところで、人口の少なさと、そもそもの国力の圧倒的な低さは誤魔化せん。こちらが守りを固めれば、無理攻めをしたくとも損害を恐れてできないだろう。だが、南方はそうではない」


 そのナルデン辺境伯の言葉に、ダルシェン公爵も納得したように頷き、言葉を引き継ぐように語った。


「南洋連合は、海路陸路の大商圏から来る経済力は非常に大きいからな。軍事を基本的に卑下して海上交易路を守る警備艦隊以外はほぼ力を入れていないが、傭兵を雇う金は十分以上にある。替えの利きやすい物量は、確かに早めに叩いておかねばならんか。こちらが押し込まれれば、帝国系の傭兵団を引き抜くにも十分すぎる財力まであるだろうし、そちらの提案に、甘えさせてもらおう」


 一つ、二つまでならどうにかなる。

 だが、帝国に、周囲の大国を三つ同時に全力で迎撃できる国力はない。

 なれば、全部の戦線に同時に同等の兵力を投入することは、緩やかな敗北を意味する。


「では、君たちが北と南に帰る間、私が帝都を固めよう。予備戦力を帝都近郊に置き、状況の推移に合わせ対応する。――南西や北西の管区は地形上も大軍は動かしにくい分、王国側の主戦力は、まだ大軍を動かすのにマシな西方管区に押し寄せるだろうからな。マイセン城陥落くらいまでは許容できるが、それ以上押し込まれると帝都も危ない。西方管区と帝国中央部の境目にある、数百年前の要塞線に、物資だけでも運び込んでおこう」


 今回の大攻勢の当事者でないからこそ身軽な東方のヴァレリア公爵の言葉に、残る二人も特に反論はない。

 帝国と特に因縁の多い王国との国境地帯にあることから西方諸侯は実戦経験も多い。そして、前回の王国の侵攻と違い、ちゃんと動員を察知して準備できている。なれば、援軍がなくとも簡単には負けはしないだろうとの読みもある。

 それに、兵力が十分でない以上、大して戦況に影響しないだろう半端な兵力を送っても仕方がない。


 なればこそ、平時は忘れ去られ、兵力的にも備蓄物資的にも防衛拠点として圧倒的に不十分であり、ただ解体費用が高くつくからと賊に利用されないための見張り程度の戦力しかない過去の遺物に念のための備えを行なっておくことに反発する理由はなかった。

 西方国境が遥かに東にあった時代の数百年前の要塞線がまた使えるようにとりあえずの準備だけしておくのは、彼らにできる精一杯の備えであったからである。


「では、この後の御前会議のために各々根回しを――まだ何か、気になることでもあるのか?」


 会議を締めに掛かったヴァレリア公爵だが、ダルシェン公爵のいつもよりも深い眉間のしわに気付き問いかけた。

 そのダルシェン公爵は、この場で語るべきかを少し迷いながらも、結果的に口を開いた。


「……第三皇女殿下のことだ」

「あの皇女なら、無事に西方に追い出してあるだろう? 嫁入り先の選定どころではなくなったが、何か問題か?」

「ナルデン卿。そもそも、我らがあの小娘を追い出した理由を覚えているか? 『どうして殿下の軍勢が、シェムール川に居たのか』」

「分かったのか?」

「確かに、直接戦場へ連れ出したきっかけはランドルク家の豚当主だ。だが、そもそも我々が初陣以降エレーナ殿下に討伐任務を与えないように、と裏で手を回していたはずだ。それでも、その手回しが大々的でないことを利用して、バレないように仕事を与えていた奴らが居る――陸軍参謀本部の戦史研究部だ」


 その言葉に、聞いていた二人は、納得よりも困惑が先に来る。

 その思いを先に口にしたのは、ヴァレリア公爵だった。


「戦史研究部は、それなりのエリートコースだが、利権がほぼないこともあって部長は三大派閥系からは出さなかった。それに、賊討伐の割り振りのような些事、一々確認するほどヒマでもないのも事実。だから、できはするだろう。だが、そうして手助けする理由もない。間違いないのか?」

「証拠はない。いや、『なくなった』。だから証明はできんので、大っぴらに更迭するのはやめた方が良いだろう。だが間違いない。それに、理由ならある。『ゲリラ戦騒動』だ」


 聞いている二人ともが聞き覚えのない騒動に首を傾げる中、状況が状況なので手短に済ませねばと思いながらダルシェン公爵はさらに口を開く。


「軍務省や陸軍参謀本部の上層部での小さなもめ事だからな。私も、軍務大臣をうちの派閥から出してなければ、一々報告を受けてなかっただろうさ。簡単に言えば、近年目ぼしい研究成果がなく予算の大幅な削減が決まっていた戦史研究部が、先の王国との戦いの報告書にあったゲリラ戦とやらについて、理論としてはなかったが過去に似たような事例もあり、研究すべきと主張した。結果として、予算削減は先送り。削減分を分配するつもりだった各部署は不満を持つも、弱者の戦い方としては興味深いのも事実で反対しきれなかったのだ」

「ゲリラ戦……弱者の戦い方というと、もしや、あの初陣の小僧が三万の軍勢を足止めした?」

「そうとも、ヴァレリア卿。あえて籠城にも勝利にもこだわらない姿勢は、やられれば面倒だろう。この先は推測になるが、戦史研究部としても予算維持のための一大研究に発案者を入れたかっただろう。だが、発案者の『英雄』様は、エレーナ殿下の臣下となった」


 後の二人も、そこで納得いったように頷く。

 エレーナは西方復権の唯一と言っても良い足掛かりで、その直属の部下と繋がりを持てば、戦史研究部も西方と繋がりを持ったと目を付けられかねない。

 だから、ダメで元々。足のつかない程度にエレーナ陣営の希望を叶えて出世を助けた。

 何も、三大派閥にエレーナが勝つ必要はない。何か功績を残せば、戦史研究のため記録を残さねば、と会いに行く口実ができる。その程度でも、改めて話を聞いてみたかった、というところか。


 そこまで認識を共有して、そのうえでナルデン辺境伯が口を開いた。


「まあ、そうして戦史研究部が関わっていたとしてだ。勲章物の功績を残したあの皇女について、不審死などされても帝都動乱から十数年しか経っていない帝国の威信に傷がつく。抑え込むには今回の選択が最善だった。何より、西方に押し込まれてどうしようもあるまい。アレの祖父は第三皇女が戦場に出ることに反対だったし、仮に出してきたとして、兵力不足はどうしようもない」

「そう、そうだ。だが、英雄の小僧は、共に西方へと行った」

「英雄など、戦争のたびに一山いくらで湧いて出る。身の程を知るものはその後目立たず消えるだけだし、知れなかったものは調子に乗って死ぬだけ。『本物』など、早々出てくるものではない。何より成人したばかりだろう? その若さであれだけ持ち上げられ、身の程を知れるとは思わんな」


 ナルデン辺境伯は考えすぎな相手に呆れたように言うが、ダルシェン公爵の心配は消えない。

 むしろ、より険しさを増して改めて口を開いた。


「その英雄様は、勝利のために城下を焼き払い、その後迷わず拠点を捨てた。しかも、少なくともその時点では定石から外れる手段を一から考えだし、結果をこれ以上ない形で示してみせた。ただの幸運とは思えない、若さゆえの柔軟な発想とも言えるが、目的のために守り切れぬものを簡単に切り捨てられるのは若者らしくないようにも思える。シェムール川でも自ら指揮を執り、才覚を見せた。ああ、まだ未熟だろう。だが、その発想に、西方の連中の経験と実力が合わさればどうなるか。――善戦した、なら喜ぼうではないか。だがもし、『英雄』が本物だったり、その才覚を西方の老人たちが使いこなせば、面倒なことになるかもしれんぞ?」





「エ、エレーナ様……?」

「ん? なんだ、カール?」

「あ、足止めも勝利の内ですかね?」

「ん? いや、『勝利』と言うからには、追い返すくらいは必要だろう?」

「で、ですよねー」


 ガリエテ平原の西端。ガリエテ回廊の出口部分であり、両側に山が迫る地形は、少ない兵数でも大軍と十分に戦えるものである。

 ただし、それは短期的なもの。時間が経てば経つほどに、投入できる予備戦力の差が響いてくる。

 よって、三万ほどで、今もこちらに進撃してくる十万を超える王国主力部隊と戦わねばならないこっちの不利は相変わらずだ。


 それこそ、考えるだけで胃が痛くなってくるってのに、本陣でたまたま俺と二人きりになったこの上司は、なんで能天気に笑ってられるのか。


「その、正直な話、ちょっとは不安だったりしないんですかね?」

「だって、カールの策だろう? ならば勝利は約束されたようなものではないか! ハッハッハッハッ!」


 ほんと、この能天気さの欠片でも分けてもらいたいよ。

 こっちは、圧倒的な戦果が出せまぁす! とか言っちゃって、しかも作戦の骨子が本当に採用されて、すでに逃げ出したい気分なんだけど。

 エレーナ様は人生楽しそうで、羨ましい限りである。


 うっ!? いてててててて……。

 マイセン辺境伯は西方最大の諸侯だし、聞いたら、なんかこう偉い人たち御用達ごようたしのよく効く胃薬とか教えてくれないかなぁ……。





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