第三話 ~ヤケクソの一手~
エイプリルフールネタは、シリーズ内短編の方に移動済みです。
「工房長はどこだぁぁぁああああああ!!!!!!」
「ふぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!???」
マントイフェル城の外れにある鍛冶工房。扉を蹴破り代表のリア・アスカ―リを呼んでみれば、都合よく目の前に立っているではないか。
リア・アスカ―リの両肩に、俺の両手を置く。
さあ、王国の大軍相手の戦争が迫ったこのクソ忙しい時期にたった一人、途中で馬を乗りつぶしてゴーテ子爵家に嫁いだ姉上のところにアポなしで飛び込んで替え馬を用意してもらってまでマイセン辺境伯のところから実家に帰った目的を果たすのだ。
「鉄砲は、鉄砲は完成したか!?」
「いや、前の報告からそんなに経ってないのにできるわけないだろ!? ……あ、です。はい」
まあ、予想はしてたけどさ。
でも、ある程度の目途はついたって言ってたし、ここ一番だしさぁ……。
「弾道の不安定性に、そもそも鎧を撃ち抜ける距離が短すぎる根本的な威力不足。あと、銃身がまだちょっと重い。だから、通常業務の後で色んな素材試したり、テオドールさんの錬金工房の方でも発破粉の改良をしてもらってるけど、やっぱり他の仕事が多くて……あ、いえ! 仕事内容に不満なんてないです! ほんと、素晴らしい職場です、はい!」
余計な部分を聞き流しながら問えば、試作品なら数丁だけあるとのこと。
全部規格が違うデータ取り用のものらしいけど。
結局、いざとなったらデータを持ち出すか、できなければ破棄する準備だけさせて引き上げた。
数的にも質的にも戦況を変えるような使い方はできないだろうし、半端に使って珍しがられ中央に目を付けられたら、技術提供させられかねないしな。
同じ国の人間だし協力してくれたら良いじゃないかと考えられなくもないけど、知財権なんて存在しないこの世界。なんのアドバンテージもなく技術を抜かれたら、使える財力の桁が違う中央の連中が一方的に得をするだけ。
いずれ広まるのは仕方ないとしても、お披露目はもっと効果的なところでやりたい。少なくとも、ロクに得るものもなく技術だけ持っていかれたってのは最悪だ。
そんなこんなで失意の帰還。
おじいさまに事情を説明したうえで諸々の打ち合わせを終え、マイセン城へと帰った俺の最初の行き先は、マイセン辺境伯の執務室だった。
「中央からの援軍は当分ない。我らは、西方管区の現有戦力で敵を迎え撃つ」
「……え?」
何を言われたのか分からなかった。
下手をすれば十万以上の敵に、三万かそこらで戦え?
「北の連合王国と南の南洋連合もほぼ同時に、対帝国の動員を開始していたらしい。明らかに手を結んでおるな。まったく、王国と連合王国は宗教的に手を組む余地はないし、南洋連合は自らする戦争は割に合わんとか言っておる商人どもの国。誰の仕業か知らんが、よくもまあ話をまとめたものだ」
北と南の戦線が落ち着きを見せたら援軍を出すと言ってきた、と言うマイセン辺境伯に対し、「援軍はどれくらいで来ると思いますか?」と尋ねる度胸はなかった。
その苦々し気な表情を見れば、目の前の老人自身の認識はなんとなくわかってしまったからだ。
北と南には、中央の三大派閥のうちの二つまでの本拠地がある。
限られた戦力を三方面に均等に割り振るよりも、ある程度偏らせて順番に片付けた方が良いって考えも分からんでもないけど、今回はそれ以外の考慮も入っているのは間違いないだろう。
さて、どうしたものか。
エレーナ様を指揮官にする代わりに案を出せとは言われても、さすがに十代の若者一人に本気で全部任せきりにするはずはない。
かと言って、本当に何も出さないのもどうか。
そんな訳で、考えてみる。
はっきりしたことはまだだが、とりあえずは敵数を十万として考えてみよう。
もう一度ゲリラ戦をすることを考えるが、即却下。
マントイフェルの地以外では土地勘がないので、どこまで効果的にやれるのか不透明。
加えて、戦域となる西方全域に展開できるほどの数だけ、ゲリラ戦の指揮を執れる現場指揮官の育成なんてできるものか。俺だってなんとなく知ってるのをなんとなくやっただけだ。
体系立った教育なんてできないし、育成の時間もない。
無理に送り出して欲を出されれば各個撃破の対象にされるだけ。ビビッて消極的になられ過ぎると、無意味に兵力を分散しただけ。
そもそも、こんな穴だらけの計画でマイセン辺境伯の許可が出るとは思えない。
ならば籠城戦で何かとも思うが、今が拠点の設計段階か、もしくは鉄砲の量産でもできてればなぁ……。
そう考えていて、ふと思いつく。
籠城戦だって、いきなり籠るとは限らない。
兵の士気を上げるため、前哨戦として一当てするのは選択肢としてありうるのだ。
今回は、向こうの兵力が圧倒的に大きい可能性が高いので、士気の維持は特に重要なはず。
思ったより少なかったり、部隊を分散してくれるなら、ありがたい限りなんだが。
そして、前世における戦史の記憶を引きずり出す。
思い出した戦いよりも想定される兵力差は大きいし、こっちの場合は正面戦力では質も量もあらゆる面で勝るところはないだろう。
使えるものは、地の利、くらいだろうか。
だから、状況に合わせ、なんとか修正してみる。
どうせ、若造の妄言だ。
適当に若者らしい積極的なこと言っときゃ、なんとかなるだろ。
他に案もないし、やるだけやってやる!
そんなこんなの結果を持って、マイセン辺境伯の執務室へと乗り込んだ。
忙しい中にもたまたま時間があったのか、申し出てすぐに通された。
「これが、エレーナ様からの作戦案です。どうぞ、お納めください」
「そうか――思ったよりも薄いな」
そりゃそうだ。
本格的な作戦立案なんてやったことがない俺が、色々と味方側の情報を聞きながら、ふわっと方向性を書いただけのものになってしまったからな。しかも、時間がないので、こっちに帰って一晩で書いたのだ。
戦史を基本にしたって、軍事習ってたわけでもないから細かいところをどうやったかなんて知らないし、一人で実用レベルの策を出すなんて無理だ。
個人的には、「おもしろいな。だがそれだけだ」とでも言ってもらえれば安心して、お飾り指揮官エレーナ様の横で立ってるだけの仕事に戻れるってものだ。
「ふむ、カールよ」
「は、はい!」
「ついてこい」
「はい! ……はい?」
表情も変わらず、それだけ言って立ち上がり歩き出すマイセン辺境伯。
何も分からぬままについていけば、両脇に立つ衛兵に守られた両開きの扉の前に着く。
衛兵たちがマイセン辺境伯に一礼して扉を開くと、そこは会議室らしき空間。
長方形に並べられた机には老人たちが並び、一番上座には見慣れた顔があった。
「お、カールではないか! 実家から帰ってきていたのか」
状況が分かっているのかいないのか。我が世の春とばかりに上機嫌なエレーナ様がそこに居た。
とりあえずは彼女の横にでも行けばいいのだろうかと、小さく手を振りながら考えていると、思いもよらぬ言葉が飛び込んできた。
「誰か、もう一人分イスを用意しろ、場所は、一番下座で良い」
そのマイセン辺境伯の言葉で用意された席は俺用だろうか?
そんな予想通りに座れと言われ、大人しく座る。
これ、つまりはエレーナ様のおまけじゃなくて、一参加者として参加しろってこと?
全く別の場所に席を用意されたって、そういうことだよな?
「では、今回の戦いの策を立てようか」
会議は、エレーナ様の隣に座ったマイセン辺境伯の言葉で始まる。
余裕がないし当然と言えば当然だけど、マイセン辺境伯が仕切って状況整理から始まっていった。
「で、ここに一つ案が出た。個人的には面白いと思うのだが、みんなの意見を聞かせてほしい」
エレーナ様と並んで若すぎて浮いている中、緊張している俺の耳に届いたのは、ついさっき提出したばかりの策。
ふわっふわのぺらっぺら故にサクッと終わった説明に、さっそく意見が出ている。
「そもそも野戦となれば、リスクが大きすぎないか? こちらは一度負ければ終わりだぞ」
「かと言って、ただでさえ劣勢なのだ。多少に危険は冒しても士気を上げねば、籠城すら危ういぞ」
そこからは、俺程度は放っておいての侃侃諤諤の言い合いに。
本当にまとまるのかと心配していると、一人の老婦人がおもむろに口を開く。
「お前たち、一つ賭けをしようじゃないか。対象は、西方管区の最重要拠点であるマイセン城の陥落と、中央からの援軍のどっちが早いか。あたしは、陥落するまでいつまででも援軍は来ない、に賭けるよ。負けたら、鼻からスパゲッティ一皿食べようか」
誰も賭けに乗ることはなく、話は具体的にどうやって野戦に挑むか、に移った。
受け身じゃ政敵の力をほどほどに削りたい中央の連中の思惑通りに苦境になるだけだから、どうせ不利になったら来るだろう援軍をアテに暴れた方がまだマシ、ってことだろうか。
「ところで、先ほどの策だが、仮に実行するにも、もう少し具体的なところが知りたいのですが」
「そうだな。発想は面白そうだが、想定される具体的な戦場すら分からぬではな」
「ならば、立案者に直接聞けばよい。そこに居る、マントイフェル家の『英雄様』にな」
マイセン辺境伯の言葉に、場の視線が俺に集まる。
エレーナ様、「さすがはカールだ!」じゃないです。今はまったくもってそんな場合じゃないです。ほんとに。
「ほう、マントイフェル男爵のところの。では、早速聞かせてもらおう。この策、具体的な地名が出てこなかったが、どこを想定しているのだ?」
「え? いや、その、私はあまり地理に詳しくないといいますか――」
ちょくちょくやり玉に挙げられた気がするが、何を聞かれ何を答えたのかまったく記憶がない。
なぜか、ずっとエレーナ様がすごく自慢げな顔だったことだけは脳裏に焼き付いてるんだけど。
「なるほど。ならば、両翼を精兵で固め――」
「加えて皇女殿下の周囲もだな――」
「仮に敵が十万以上の規模で動くならば、決行可能な地は、ざっと思いつくだけでフィレル盆地、アーデウ狭間、あとはガリエテ回廊か、その先のガリエテ平原の西端あたり――」
「とにかく敵の動き次第ですし、斥候を多めに出して――」
俺の出した曲がり気味の骨格しかなかった策が、口を挟めぬ間に段々と肉付けされていく。
そうして立案者ってことにされている俺自身も、経験がないながらに感心するような組み立てがなされているのを見ていると、先ほどまで留まるところを知らなかった議論が止まる。
「では、これでいこうか。――皇女殿下、何かございますか?」
「うむ。良きにはからえ!」
「よし、解散!」
マイセン辺境伯によって会議が締められると、老人たちが急いで立ち上がり、なすべきことをなすために散っていく。
……あれこれ、もしかして失敗したら俺が責任とらされるやつ?




