第四話 ~決断の時~
「こっちも穴掘れましたよ! あ、そっちは今埋めますね!」
一万の敵兵相手に大勝利を収めてから一夜明けた。
無数の王国兵の死体と、たまに味方の死体が広がる城外。
ビアンカが魔法で次々と掘る穴に死体が放り込まれ、どんどん火が点けられる。
そして最後はまたビアンカの魔法で埋め戻す。
俺は監督するって名目で野外に机といすを並べて座ってるだけの仕事を精一杯こなしている。
「カール様。死体を放置すれば腐敗し、その地に病がもたらされます。将来マントイフェル男爵家を継ぐ身として、処理の指揮を覚えておいてくだされ」
「ああ、うん。そうだね、大事だもんね」
衛生的な意味で大事なんだろうことは知ってるさ。
でも、ビアンカが何かぶつぶつ言って、死体放り込んで、焼いて、ビアンカがぶつぶつ言って終わり。
日が出て少ししてから作業を始めて、だいぶ日が傾いてきたけど、特に何もしていないのである。
まあ、一番疲れてるはずの作業中の兵士たちの顔が明るいからまだ良いんだけど。
勝利して凱旋した俺たちは、城の中に避難していた人々から盛大に出迎えられた。
派手に焼いた結果、すっかり見通しの良くなった城下町だったところにみんなで繰り出し、飲めや歌えの大騒ぎ。
まあ、王国側の要求を少々誇張して伝えた面もあるから、命が助かったことの喜びが爆発した点は否定できない。
で、朝方まで飲んでたんだけど、目が覚めたらギュンターに死体処理をすることと敵の動きを探るための斥候を飛ばそうなんて言われたのだ。
だったら、早めに言ってほしかった。
分かってればもう少し早寝して、ちゃんと体調を整えられたのだ。
必ずしも、不調の原因はそれだけでもないんだけど。
敵兵の死体には折り合いもつくけど、味方の死体が心にくるのだ。
敵は、向こうから襲ってきたからって納得できるけど、味方は、間違いなく俺の命令で死んだ。
勝利って形で報いることができたのは本当に良かったけど、それで俺の責任が消えるわけではない。
創作物なんかで命を数字で語るキャラとかたまに見るけど、気持ちが分かる。
味方には五十にも満たない戦死者しか出てないのに、それでも引っかかる。
これが指揮官の責任なのか?
貴族の当主にとって軍事は義務の一つ。なんとかこの思いにも折り合いをつけないといけないんだろう。
そんなことを考えながらそろそろ作業が終わろうという頃のことである。
「む? 斥候が帰ってきたようですな」
言われてみれば、誰かが走ってくる。
……尋常でない形相で。
これ、絶対にロクな報告じゃないぞ。
「あの、カール様?」
「なんだい、ビアンカ?」
「私も城の会議室に呼ばれたこれって、男爵領の最高意思決定会議になるんですよね?」
「ああ。だからこそ、軍指揮官で領主のおじいさまの代理の俺、その補佐のギュンター、文官からも二人に、ビアンカ、なんて顔ぶれが揃ってるんだし」
「先の作戦前は空気的に言い出せませんでしたけど、入って二か月も経ってない新人が、なんでこんなところに居るんですか!?」
「え? だって、魔法兵の責任者だろ?」
「いやいやいやいや! それは――」
「はい、それでは第二回対王国対策会議を始めます」
俺の声に特に拍手もなく、ビアンカはついに観念してうつむいている。
「それでは、議題は、『こっちに向かってきてる、少なく見積もって三万は居る大部隊』をどうするか。みんなの積極的な発言を求めます」
前世の学校で何回かやったような覚えのあるディベートもどきっぽく始めてみるが、返ってくるのは沈黙のみ。
気持ちは分かる。
どうにかなるなら誰か教えてほしいもん。
てか、指揮官の責任とか考えてる時間すらないのか。
だって、文官のおじさん二人、明らかに俺をアテにしてる目だもん。
気持ちは分かるよ、奇跡をもう一度って。
ただ、前世日本での『箱』とか『板』に聞けばいろいろ教えてくれたころに、ゲームやら漫画やらで色んな歴史上の戦いを知った戦訓から、こっちで勉強した情報を足して、なんとか使えそうな要素をつぎはぎしただけなんだ。
外壁の城門が粉砕されてて、城下町も焼き尽くして、その条件下で死者と負傷者を抜いて三百ちょっとしか戦えない軍隊でどうこうできる手段なんて知らないんだ。
とにかく、発言できる空気を作らないといけない。
建設的なことができないなら、現状の確認からだ。
「ギュンター、敵の到達はいつ頃の見込みだ?」
「先ごろ追い払ったのは敵別働隊の中でも先遣隊。本来ならば、別働隊全体が順調に進めるように道を作るのが仕事でしょう。しかし、我らが追い返してしまった。敵は、敵の本隊との合流が最終目的のはずで、急がなければ、我らが帝国側の迎撃軍と王国の本隊の決戦に間に合わなくなるでしょう。先遣隊を吸収した別動本隊は急ぐでしょうから、早ければ明日にも城を囲まれるでしょう」
「ならば、改めて降伏すると言って、受け入れられると思うか?」
「……正直厳しいかと。敵が退いたのは、勝利を捨てても損害軽減を狙ったものでしょうが、メンツは潰れております。そのうえで我らの降伏を入れるならば、当初よりも厳しいものでなければ王国側の敗北に等しい。そして、城下町すら焼き払った我らに、差し出せるものはほとんど残っておりませんので」
うん、どうすりゃいいんだろうね?
……まあ、一つだけ心当たりはある。
勝ち目のない圧倒的強大な勢力に襲われ、降伏をしないなら、これしかないだろう。
「ギュンター。俺たち領地の首脳部だけ逃げたとして、残った住民はどうなると思う?」
「はっきりとは言えませんな。ただ、降伏ではないので末端の略奪を止める理由がありません。そのうえで奪うべきものがほぼ灰ですからな。その欲望はすべて、住民に向くでしょう……」
そうなるか。
だったら、仕方ない。
「姉上に手紙を書く。姉上の嫁いだゴーテ子爵家は、山を越えた先にあるし、親戚付き合いも良好。避難民を受け入れてもらおう。そこに紛れて子爵殿が降伏すれば、我が男爵領の民だけ選別して襲いはしないだろう。俺は、皇帝陛下が王国軍を追い払うまで、行方をくらませるさ」
「カ、カール様!? 民衆を逃がすにも、老人や子供の足の遅さは尋常ではありませんぞ!?」
「そうです! かと言って、見捨てればその家族も逃げぬでしょうし、山中で追いつかれて討ち滅ぼされますぞ!」
文官二人が血相変えて反対する。
まあ、当然の指摘だろう。
「ウォレス、コネリー。お前たちの指摘はもっともだろう。だが、やる」
「しかし、カール様。実際、どうなさります? 小集団ならともかく、軍が通れるような道は一つしかありませんから同じ道を行くことになります。老人や子供に、軍が通れぬような道を越えろというのも酷ですし。何せ、そのような小さな道では肉食の獣の縄張りに近すぎて、襲われたら大惨事ですぞ。殿を置くにしても、一瞬で粉砕されます」
ギュンターの言い分ももっとも。
だが、それでもやるんだ。
「まず、徴発した歩兵二百は解散する。死者負傷者を抜いても、百五十は動けるだろう。武器を持たせたままにして、護衛も兼ねさせよう。残りの百五十強で戦う」
「……は? あの、今は兵力が一人でも多く必要だと思いますが?」
「ギュンター。城の武器が足りないからと、城内に来た住民について、屈強な者から武装させて集めただろう? 老人や子供の避難には、彼らが手を貸して少しでも早く行ってもらうべきだ。物資も可能な限り運び出してもらわないとダメだし。着の身着のままの避難民の面倒を見てもらうんだから、手ぶらってのは子爵殿の負担が多すぎる。運べない分は焼き払え」
「では、どうやって敵に対するおつもりか?」
問うたギュンターに、血相が変わったままの文官二人。そして、空気に押されて一言も発しないビアンカ。
全員の視線が集まる中、宣言する。
「俺は、ゲリラ屋になる!」
なお、胸の前で拳を握ってポーズまで決めた俺。
『ゲリラ』だの『不正規戦』だのが概念として整理されていないこの世界で、全く理解されずに一から説明する羽目になるって締まらないオチは、黒歴史として記憶の奥底に封印されることになった。