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第五章最終話 ~大人たちの本気~

※2017.02.26 13:05

 後半の衣装問題について、結論に至る理由を書き足しました。

 本筋にはほとんど関係ないので、興味のない方は確認せずとも問題ありません。

 一時は危機的状況にも陥ったシェムール川における戦いは、こちら側の大勝利で終わったと言えるだろう。


 勢いのままに味方左翼を叩きに飛び出した敵部隊の指揮官を討ち取ったことで壊乱させ、ギュンター達が必死に抑え込んでいた味方右翼に攻め掛かっていた敵を返す一撃で撃退。

 川向うの敵本隊やその他多くの『賊』兵を取り逃がすこととなったが、味方右翼に攻め掛かっていた部隊の指揮官を始め二百人ほどの捕虜を得ることとなった。

 捕まれば一応は裁判っぽいものをての死罪以外にありえない賊が、逃げられないとみて徹底抗戦でなく降伏したことで、ただの賊ではないですって言ってるようなものなんだけど。

 二百人による徹底抗戦ならばこちらの被害も拡大していたわけで、警戒しつつも、降伏を断るって選択肢はなかったんだけどな。


 追撃する余裕なんてなかったから敵の損害も致命的には程遠いんだろうけど、居るのかどうかも分からず恐れていた敵の別働隊は姿かたちも見せないし、今は戦場から少し離れた場所で休息をとっているところだ。


「で、私に話があるから会いたいと?」

「はい。捕虜たちの代表として、捕虜たちの取り扱いについての重要な話があるので、責任者に会わせてほしいとのことです」


 俺は、完全にオフモードで自分の天幕でくつろぐエレーナ様の前でひざまずき、二人きりで報告を行なっていた。

 信頼を喜ぶべきか、嫁入り前の娘さんの無防備さを嘆くべきか困るところである。まあ、俺が襲っても、返り討ちにあう未来しか見えないけど。


 今回の戦いで見事なまでにその質の低さを見せつけてくれたランドルク男爵の領軍に任せるわけにもいかず、わずか百名ほどの親衛隊の少女たちに任せるのもありえず、捕虜の管理はうちの私兵団が行なっていた。

 そんな関係で俺の耳に入ってきたこの件。内容は大体想像がつくけど、万に一つがありうる。

 で、聞いて厄ネタなら管轄として本来対処すべき南方の連中にさっさと引き渡して押し付ければ良いし、聞かなくて後から問題になるかもって小さな可能性を潰しておけばいいかと報告した次第だ。

 聞いただけで皇女ですら消される厄ネタ? そんなとんでもない機密が、こんな辺境でうろついてる可能性こそどれだけあるのやら。


「分かった。聞かせてもらおうではないか」

「はっ。では、ランドルク男爵にもご同席願っておきましょう」


 変に揉めないように配慮することを伝え、準備のために退席。

 にしても、エレーナ様の機嫌が悪かった。

 捕虜に会うかを考える際、それまでくつろいでいたのが嘘のような威圧感。

 賊に襲われた村から帰って賊の正体についての考察を述べた時と同じような感じだ。


 ……まさか、引き合わせた捕虜を斬り捨てたりしないよな? 降伏を受け入れた以上、勝手に殺すと南方を管轄する公爵との関係で、権限上面倒なことになりかねないんだよなぁ。


 そんな心配をしつつも、早々に準備を整えて本陣へ。

 エレーナ様に、その護衛である親衛隊長のフィーネに副隊長のハンナ、立場上呼ばないと面倒なのでイスを温めるためにお越しいただいたランドルク男爵。そして、俺とギュンターと、武装解除し縄で厳重に縛り上げている問題の捕虜が居た。


「我々は賊ではない。南洋連合の正規軍人だ。捕虜として名誉ある扱いを求めたい」


 右翼担当だったうちの私兵団と戦っていた部隊の指揮官であり、捕虜の中で一番偉い中年男はそう言った。

 戦前からの予想通りで、穏当なところ。だから誰も驚いていない。

 これが、実は帝国内のどこかの手の者で、とかならさっさと丸投げ案件だ。それ以上に厄い、想像もつかない話じゃなかったことを喜ぼう。


 とは言え、内容が俺としては穏当でも、こちらの反応までもが穏当に終わるわけではない。


「よくもまあ、好き勝手やっておきながら、名誉ある扱いなどと言えたものだな」

「もちろん、十分承知の上のことだ。しかし、部下たちの命には代えられない。どうかご配慮願えないだろうか――いや、ご配慮、お願いします」


 一軍人として堂々と要求を伝えるつもりだったのだろうが、エレーナ様の言葉に返答している間にも彼女の視線が段々と下がっていくのを感じたのだろう。縛られて不自由なりに、精一杯頭を下げている。


「話にならん! 村々を襲い、犯し、奪い、焼いていた所業! これが賊以外のなんだと言うのか、この恥知らずめ!」


 それだけ言って、立ち上がるエレーナ様。

 しかし、交渉の決裂を悟ったか、言い捨てられた言葉に納得がいかなかったか、捕虜が言葉を漏らした。


「ふん。ここは、お前ら帝国が南洋連合から奪い取った地だろうに。賊はどっちだ」


 その言葉に、一度上げた腰をもう一度下ろすエレーナ様。

 この場に居る他の者たちは、この二人の間の空気に、誰も口を挟めないでいた。


「で、その『お前たちの土地』に住む、『お前たちの同胞』から略奪する理由になるのか? 帝国系の住民からならばともかく、なぜ同じ肌の同胞たちに手を出した?」

「は? 奴らはもはや、お前らに協力する帝国臣民じゃないか! 何が同胞だ!」

「黙れ! お前たちが負けたらこそ、彼らも帝国に頼るのだろうが! 捕虜としての名誉ある扱いを要求する前に、侵略者を打ち倒すでなく、その侵略者に頼らざるを得ない同胞の民間人から略奪するお前たちの行いが名誉ある行いかを考えるんだな! その辺の賊と何が違うのだ!?」


 うん、俺もエレーナ様の意見に同意しようじゃないか。

 発言者が、その『侵略者』のところのお姫様なところがアレだけど。


 国や民族でなく地元への帰属意識が強い地方の諸侯や領民たちと違い、国丸ごとを抱える帝室の一員だからこその国家などに対する意識、ってことだろうか。

 帝国系の民間人への略奪なんかだったら理解を示してそうな言いぶりだし、軍人として守るべきものの範囲の理解のズレ、だろうか。

 たぶん被害者が南洋連合系の民族で、南洋連合系の正規軍やそれに準ずる連中の仕業の可能性が高いって言ってから殺気立ってたのは、こういう思考回路だったんだな。


 俺としては賊って時点で人道的に酷い連中って意識だし、国民概念がないこの世界この時代の諸侯を含めた普通の人たちの同胞意識なんて生まれた地や生活する地でとどまってる中で、この理屈での怒りは理解できないや。

 中央の連中だって、たぶん帝都近郊やそれぞれの領地以外について、支配地域とは思ってても同胞と思ってるかと言われると、たぶん思ってないだろうしな。

 今でも、その理屈を本当に理解できたのかと言われたら、自信を持ってイエスとは言えないけど。


 どうあれ、捕虜はこれ以上発言を続ける様子もなく、これで交渉決裂は確定。

 彼らを裁く権限を持つ南方を任されている公爵から派遣されてきている援軍に捕虜を引渡し、仕事は終わり。


 軍人とは言っても証拠は示さず、戦闘中に所属を示す旗もなかったし、南洋連合がこの捕虜たちとの繋がりを否定して、処刑で終わりだろう。

 そうなるだろうと分かりながら少ない可能性にかけての降伏だろうし、南洋連合としても、ここで認めたら帝国相手の隙になるからな。

 追撃できずに逃がした連中から報告聞いて、威力偵察お疲れ様ってところで向こうでも終わるんだと思う。


 まあ、南洋連合が今すぐにでも戦争する気だったりなんらかの謀略があるならそうとは限らないけど、そうなればエレーナ様の管轄を大きく超える。

 然るべき場所に任せ、さっさと帰ろう。





「ど、どうだ?」


 シェムール川の戦いからおよそ二十日後の帝都、昼前のエレーナ様のお屋敷でのこと。

 宮城への出立の用意を整えて待つ俺とフィーネとハンナの三人の前に、一人の人物が現れた。

 凛々しく荒々しさを感じさせる軍装の姫将軍ではなく、あわい桃色をベースにしたドレスに身を包み、どうしてあのエレーナ様に似合ってるのかがまったく理解できないほどにかわいらしいお姫様がそこに居た――なんて失礼なことを口にはとても出せない状況である。


 戦後処理がなされた結果、今日、マスコミも来ないような小さな規模ながらも公式な式典が開かれ、エレーナ様に勲章が授与されることとなった。

 勲章そのものは銀竜勲章と呼ばれ、そこまで位が高い勲章でもないのだが、エレーナ様を筆頭に親衛隊は狂喜乱舞した。

 うちの私兵団もそこそこの損害だったのだが、敵陣をかき回して勝利を得た親衛隊はこの一戦で十一名の戦死者を出している。元が百名ほどの組織であり、何年も共に暮らしてきた友人でもある彼女たちにとって小さな損害ではなく暗い空気が満ちていたが、勲章授与の知らせに大いに沸き立つこととなった。

 彼女たちにとって、自らの行いを公式に評価されるのは、初めてのことだったのだ。気持ちは分かる。


 で、エレーナ様の衣装の話になって問題が発覚した。


「軍の礼服? そんなもの、貰ってないぞ?」


 中央軍の将軍が、式典用の軍服を貰っていない。

 俺が論功行賞に呼ばれたときは、中央軍に軍籍があるわけではないので普通に貴族としての礼服で済ませたが、中央の軍人ならば式典用の軍服ってのがあるのが本来。

 今まで困ってなかったことからしてエレーナ様の階級に対する実態の悲しさが見えてくるのだが、式典二日前からじゃ仕立てることもできない。

 皇帝陛下の名で日程が公に発表されたものについて、着ていく服がないので今から延期してくださいなんて、笑い話どころの騒ぎじゃない。

 そこで、次善の策として公式な場に出ても恥ずかしくないドレスで参加することに。

 軍事式典に一般用礼服で出るのは、それ自体ではセーフだし、中央軍の軍籍を持つエレーナ様が軍用礼服でないのは不自然なだけで、問題ではないだろう。実際、俺が前に出た論功行賞でも、数は少ないながらも居た女性諸侯なんかは、ドレス姿だったし。

 まあ、役職が事実上ないエレーナ様が中央軍の軍服を着てなくて、何人がその不自然さに気付くのかも謎だけどな。


 本当に、誰が、どんな意図で日程を決めたものやら。


「水晶宮事件で母が死んだとき、館も燃え落ちてな。数少ない形見の一つなんだ」


 なんて重い話と共に取り出されたドレスが、今目の前に存在するものである。


 日の出と共にプロの職人の手で化粧だの身支度だのがなされ、完成品は深窓のお姫様。

 一言で言って「誰だお前」状態である。


 まあ、母親の形見に身を包んだ上司にそんなことを言えるわけがないんだけど。


「と、とてもお似合いだと思います」

「あのエレーナ様がねぇ……化粧って凄いですね」

「どうしてそんなにかわいらしい衣装が似合うのか、謎ですねぇ……」


 そんな親衛隊長さんと親衛隊副隊長さんの率直な意見に、エレーナ様が楽しそうに怒るなんて居心地の悪い幼馴染ノリを横目に、四人で同じ馬車に乗って宮城へと向かう。


 で、エレーナ様はさっそく式典会場へ、残りは控室へ。

 親衛隊を代表して偉い方から二名、帝都方面での公開情報の分析なんかの業務で忙しいギュンターは参加できず、私兵団なんて帝都滞在には過剰兵力なんで領地に戻していることから、部下代表で俺、との過程で決まった随員。

 式典に出られないんだし仕事しながら待ってるつもりだったけど、少しでも早く勲章を見せたいと参加が決まった俺だが、当然三人きりの控室でやることは特にない。

 お茶を飲みながら他の二人と親衛隊結成からの苦労話なんかを聞きつつ楽しく時間を潰していると、ノックもなく急に扉が開いた。


「あ、エレーナ様。式典は……」


 真っ先に声を掛けたハンナが、言葉を失う。

 右手には勲章が入ってるんだろう箱が、左手は拳が握りしめられ、涙の浮かぶ目に、噛みしめられたくちびる。

 朝から整えられた髪もかきむしられたように乱れ、尋常でない様子が伝わってくる。


 誰も口を開けない中、エレーナ様が静かに口を開いた。


「ひ、人がたくさん居て。勲章を、も、もらって、それで、よ、嫁入りの準備をせよ、と。戦争ごっこは満足だろうって……。あ、相手が決まったら公表するから、それまでマイセンのおじいさまのところにって……」


 そのまま必死にこらえてきたのだろう涙をあふれさせ、右手の勲章を取りこぼし、泣き崩れるエレーナ様。

 迷わず駆け寄った親友二人に対し、俺は何もすることができなかった。


 落ちた箱の隙間から見える銀色の勲章の光が、やけに冷たく見えた。





◎シェムール川の戦い


 カールが立案したとされる策の通りに、地元領軍を率いるランドルク男爵の誘引からの側方攻撃による即席とは思えない完全な連携の下、最後はエレーナ自らの騎馬突撃によって危なげなく帝国軍が圧勝した戦い。


 賊にしては規模が大きいものの、戦いの規模自体は大きくなく、エレーナが参加した記録のある最初の戦いである以上の価値は特にない。

 ただ、後世においては、エレーナ自らの突撃で勝利をつかみ取った点や記録上最初の戦いである点から創作において何度も取り上げられ、知名度が高くなったと思われる。


 なお、帝国側から南洋連合の関与について主張がなされるもその後あいまいなまま放置されていたが、近年になって当時の南洋連合主流派の関与を示唆するとされる書類が見つかったりと動きはあるものの、賊の背後関係について諸説入り乱れていて、現在でも通説は定まっていない。


 この戦いの結果、エレーナは銀竜勲章を授与されている。


帝国史用語辞典(帝国歴史保存協会、第九版、大陸歴千九百九十七年)の同項目より抜粋


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