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第六話 ~ノリと勢いと~

 本陣から前線まで、そう距離はない。馬を飛ばせばすぐに着いた。

 隊列の後方にあって馬上から私兵団全体に指示を出すギュンターへ、一直線に向かった。


「ギュンター! 兵力を抽出しろ! 向こうの敵の横っ腹に、派手に突っ込むぞ!」

「はっ! ――って、カール様!? な、何ごとです!? それに、兵力を抽出と言われましても、こちらも拮抗させるのが精一杯でこれ以上はどうにもなりませぬぞ!」


 うんうん。本陣に居るはずの上司が急にやってくるなんて異常な状況に、すぐさま反論までできるのはさすがの年の功。

 だがしかし、今はその進言を入れるわけにはいかない。


「残念ながら、すでに決定事項だ。本陣詰めの私兵たち百人もすでに横撃部隊に合流すべくこっちに向かってるし、エレーナ様以下親衛隊も反対側から突入の手筈になっている。左翼の味方が崩れたらお終いだ、無茶でもなんでもやってもらうぞ!」

「いやしかし、確かに側方を突けば後退の止まらぬ左翼部隊の支援にはなりますが、六百人は居るだろう敵相手に半端な数では効果が薄いですし、こちらとて戦線を支えねばなりません。ただでさえ味方の劣勢で動揺が見られる状況で、押し込まれぬのが精一杯です。そのうえ、本陣の防衛や敵の別働隊捜索で人数が削られて数の差がほとんどないのに、そこから兵力を抽出するなど、戦線が崩壊しますぞ!」

「分かってる。だから、勝てなんて言う気はない。向こうの敵を叩いて増援に来るまで、足止めしてればいい」

「足止めとおっしゃいますが――」


「話は聞かせてもらったぁ!!」


 ただでさえ時間のないところで口論になりかけたところに、下の方から男の声が聞こえてくる。

 ギュンターと二人で何ごとかと下を見れば、そこには得意げにこちらを見上げるホルガ―の姿が。

 返り血にまみれ右手に槍を持つその姿からして、さっきまで最前線で暴れていたようだ。ケガではなさそうだし、休憩か何かで下がってきていた?


「親分に副団長。側面攻撃の部隊、オレに任せちゃくれませんか? 向こうからこっちに走ってくる連中と、こっちから引っこ抜く五十……いや、三十の合わせて百三十も居れば、仕事をやり遂げてみせます!」

「え?」


 思わぬ立候補に、思わず言葉が漏れた。

 どうしたものかとギュンターを見ると、向こうも困惑顔である。


「大丈夫ですよ! これでも、『北の血風けっぷう』なんて二つ名がつく程度には抗争で敵に血を流させてきた。百人ちょっとの兵隊・・と突っ込むのは慣れて・・・ますから」

「でも、百三十はちょっと足りないんじゃ?」

「敵の主目標は今もずるずる下がってるここの領軍。皇女殿下の親衛隊が動くなら、本命はその騎馬隊じゃないですか? だったら、援護のための嫌がらせくらいなら、暴れきってみせますよ! むしろ、あんまりたくさん預けられても、扱いきれませんぜ」


 聞くに、状況は理解してるらしい。そのうえで立候補するのは、彼なりの勝算はあるのか。

 まあ、状況も理解できない奴に任せるよりはよっぽどマシだが……。


 うん。時間がないのは確か。しかも、俺に最前線の経験はほとんどなく、戦線維持のためにはギュンターを引き抜く訳にもいかない状況。

 だったら、このやる気に賭けても良いんじゃなかろうか。


「よし分かった! やれ、ホルガ―!」

「了解しました、親分!」


 そう言うや否や、槍を投げ捨て、ホルガ―の持ち込み品である背中の大剣を抜いて最後列へと駆けていく。

 そのまま迷いもせずに三十人ほどを連れて隊列を組んだころ、ちょうど本陣を守っていた私兵たちがこっちに合流した。


「では、親分。少しばかり無理をするのでこっちの損害も大きくなるかもしれませんが、その辺はご容赦ください」

「え? それって――」

「いくぞ野郎ども! オレに続けぇ!」


 右翼の戦線維持を引き続きギュンターに任せ、ホルガ―がそんな用兵をするのかと見に来てみれば、いきなりそんなことを言って先陣切って突っ込んでいく。

 やっぱりいきなり任せるのはマズかったかと心配になっていたのも、最初の一撃が決まるまで。


 大きく振りかぶられた大剣の一撃で、待ち構えていた敵の隊列にほころびが生じる。


 そのまま勢いに任せて続く私兵たちの突入で、その傷が広がっていく。

 大軍を率いるには使えないが、少数での戦いならば、個人の武勇での突破も使えるのだろう。


 これは中々の拾いものをしたかもしれない……拾いものだよな?

 この前まで貧民街に居た、部隊の配置を盗み聞いただけでそれぞれの部隊の役割を理解し、少数の兵でもって何倍もの部隊に出血を強いる実力者――怪しすぎる。

 ホルガ―が居たフーニィの北貧民街は流血物の抗争が日常茶飯事らしいから実戦経験が多くてもおかしくないし、二つ名持ちなほどに有名なことからこの数年間貧民街で活動してたことは確認できてる。どこかの工作員と考えるのは、もっと厳しいんだよなぁ。

 まあ、その貧民街に現れる二十代半ば以前の経歴は、私兵たちのまとめ役なんて重要な地位についたときの聞き取りで、各地を放浪してた農家の五男坊を自称してる以外ははっきりしないんだよなぁ。

 普通の風来坊だったんだとは思うけど、貧民街の抗争以外にも経験がありそうな手際の良さの気もする。


 そんな直感任せの素人考えをしている間に、状況は動いていた。

 最初は奇襲気味に主導権を握れても、所詮は個人の働き。それなりの練度がある優勢な敵にいつまでも持つわけなく、少しずつ押され始めていた。

 敵部隊の前進は止められたけど、それだけだ。ランドルク男爵の領軍が上手く動いてくれてればともかく、さっきまで戦いにもなってなかった練度の連中に多くは期待できないだろう。


 何か手を打たねばと考えて――人が空を飛んでいた。


 多少の誇張であることは認めよう。

 だが、予定通りに俺たちの反対側から突入してきたんだろうその騎馬隊の進む先、その速さと重さに任せた突撃に、進路をはばむ歩兵たちがなすすべなくはね飛ばされていく。

 十分に速度の乗った騎馬突撃なんてもの、一度隊列の内側に斬り込まれたら、歩兵がどうこうするなんて困難だ。


「進めぇ! 突き進めぇ!」

「「「「「おぉーっ!」」」」」


 そして、なぜかその先頭に立つエレーナ様。


 なんで!?

 いや、初陣の時に矯正きょうせいしたよな!?


『今は、『ここ一番』か?』

『はぁ、そりゃまあ』


 出陣前のあれか!

 いや、初陣の時にここ一番なら指揮官陣頭でも良い的なことを言った気がするけどさあ!

 くそっ、親衛隊の心の支えでもあるエレーナ様の陣頭突撃って、あの人自身の武力からしても、身分考えなかったら効果的なあたりがどうしようもねぇ!


「再突入、行くぞ!」

「「「「「おぉーっ!」」」」」


 そんなこんなで、ズタズタにされた部隊に再び突っ込んでいく親衛隊一同。

 槍衾やりぶすまなんかに阻まれず上手く斬り込めたあたり、こっちの支援攻撃や、突入口を作るための機動砲台として同行させたビアンカちゃんたちも効果的な仕事をしたってことだろう。

 自分の采配通りに上手くいったのは良いんだけど、何かこう、微妙な敗北感というか、禁忌に手を出してしまった感というか……。


 とりあえず、失敗してしまった今回が、個人の武勇がまだ通用する程度の規模の戦いだったことに感謝して、次からはちゃんと意思疎通するようにしよう。


「賊将首、この第三皇女エレーナが、まずは一つ討ち取ったりぃ!」


 そして、遠くから風に乗ってそんな声が聞こえてきたときが、このシェムール川における戦いの決着だった。





次回、今回の戦いの戦後処理と、後書きの後世文献を入れて本章最終話(予定)。

確率は低いですが、分割になるかもしれません。

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