第四話 ~急転~
南洋連合の関与が疑われる『賊』どもを探し、賊どもに襲われた村を離れてから二日が経過していた。
賊どもの痕跡は辿れるが、その全貌が掴めない。
やけに装備や栄養状態が充実している賊なんて非常識な連中が複数個所に同時に現れたりもしており、目的の連中は現在は兵力を分けて活動しているらしいってことは分かった。
まあ、そのせいでイマイチ情報を掴み切れてないって面もあるのだが。
そうしてゆっくりと移動しつつ情報を集め、川沿いで夜を明かした三日目の朝のことだ。
「カール様、緊急でございます!」
「ふみゅ~……ぎゅんたー、どうしたぁ?」
「川向うに敵が集結、まだ直接姿は見えませんが近いです!」
「……はぁ!?」
日が昇ってしばらくして俺の天幕にやってきたギュンターの報告に、寝床を飛び出して慌てて鎧を身につけていく。
「ギュンター!」
「ここに来る途中で出会ったハンナ嬢を通じて、エレーナ様やランドルク男爵にはすでに知らせております。私兵団の方には、ホルガ―を通じて戦闘用意を命じております」
「分かった。じゃあ、残りの報告はエレーナ様のところへ向かいながら聞かせてくれ」
返事を待たず外へ出ると、すでにそこはにわかに騒がしくなっていた。
皆が慌てて食べ物を詰め込み、水を流し込み、装備を整える。
そんな野郎どもを横目に、ギュンターからの報告を聞きながら足を進めていた。
「敵はほぼ歩兵、千五百ほど。こちらを目指し進軍中。所属を示す軍旗や家の紋章などは見られないとのこと。他の方向へと送った斥候は特に報告がないことから、恐らくこれが全軍かとは思います」
「数はそこまで差はない……これで向こうから交戦を選ぶって、明らかに賊の思考じゃないよな? 南洋連合の手の者。それも国境付近で一暴れしてこっちの様子を見ていた情報収集目的で、思ってたよりもずっと早く動き出したから、一当てして即応した部隊の練度を見ることにした?」
「ありうるかと。昨日の索敵でも敵を見つけられなかったことからして、恐らくは夜のうちに距離を詰められたものと思います。確実にこちらと交戦したかったのでしょう。ここまで近いと、背中を見せるのはむしろ危険です。迎え撃つのがもっとも望ましいかと」
だとすると、最悪は夜襲もあったか?
ギュンター任せの警戒態勢のお蔭で夜襲を諦めたって可能性もなくはないのか。
「それと」
「なんだ?」
「味方の援軍がここの領内に入ったそうです。数は、四千から五千ほど」
その報告を聞き、エレーナ様の天幕の近くにある急造司令部の天幕の側で足を止める。
一通り周囲を見回し、物陰へと足を向けた。
「情報源は?」
「こちらが流れ者に偽装して配置しておいた伝令部隊の者たちです。街道沿いに残してきた連中と合流し、昨夜遅くにこちらに」
伝令ってのも中々に重要な仕事だ。
なんの教養もないやつに任せて、伝言ゲームのようにトンチンカンな内容を伝えられても困るからと、おじいさまが何人か領軍の若手幹部候補を私兵団に回してくれたのだ。曰く、彼らの見聞を広め、実戦経験を積ませるに都合が良かったらしい。まあ、あくまで候補なんで、実戦指揮は一切アテにするなとも言われたけど。
今回は、馬を乗りまわせる彼らの機動力が適任だと任せたわけだが、専門外の仕事をしっかりこなしてくれたらしい。
正直、帝都を牛耳る三大派閥の一角のお膝元で謀殺するなんて、書類一枚でこっちを政治的に完封できる帝国南方諸侯が罠を用意するなんて考えにくかったけど、保険として領都から出撃する際にこっそり仕込んでおいたのが生きた形だ。
「いつごろこっちに?」
「情報を得るために領都を経由してこっちに来るとして、伝令部隊の連中からの情報がこっちに来るまでの差があって、この二日はこちらがあまり進んでなくて……あと一日か二日のうちには来るのではないでしょうか。こちらはほぼ最短で情報を得ていますから、場合によっては、男爵もまだ援軍の報告を受けていないかもしれません」
報告は以上ということで、急いで急造司令部の中へと入る。
どうやら、俺で最後のようだ。敵が目前に迫る中で報告を受けて遅くなっていた俺以上に遅いやつが居ても困るんだが。
「それで、どうなっている?」
そんなエレーナ様の言葉を受け、ギュンターはさっきと同じ報告をする。
もちろん、ランドルク男爵への不信の表明にしかならない、こちらがこっそりと仕込んでおいた連中からの増援の情報については言わないが。
エレーナ様、フィーネ、ハンナ、ランドルク男爵との俺たち以外の出席者たちも黙って聞いていたが、報告の終わりにすぐ口を開いたのはエレーナ様だった。
「なるほどなるほど……向こうもこちらと戦いたがっている。――なあ、カール。私たちは、どうすればいいと思う?」
「下手に退く方が危ないならば、正面から迎え撃ちましょう。幸い、数の差はほぼなく、こちらは援軍も来るのです。別動戦力に注意して戦闘中も周囲を索敵し、とにかく敵に奇策を用いる隙を与えず、負けねばそれで良いのですから」
そうして話がまとまりかけ、俺の思考も次にどうすべきかに移ったところで、突然異論が挟まれた。
「こ、後退だ! 後退して、とにかく援軍を待つのです!」
真っ青な顔でそう言うランドルク男爵。
異論は良いのだが、この人は話を聞いていたのか?
「男爵閣下。お言葉ですが、敵はすでに近いのです。ほぼ同数の敵であり、斥候に調べさせても別働隊の影もまだない中、全滅覚悟で殿を残せと? 士気が下がるだろう兵隊たちにどれだけの時間足止めできるかも怪しいですし、援軍が近く来るなら、敵を足止めする意味でも迎撃が確実かと。互いに正面からしっかり隊列を組めれば、そう簡単に決着はつきません。――それとも、援軍は余程先なのでしょうか? 一方的な大損害を覚悟してでも逃げた方が良いほどに」
「そ、その……いや、まだはっきりと連絡はないが、この一日か二日のうちには来ると思うが……」
ふむ。こっちの得た情報とも合う。
やっぱり、こっちを騙すような気はないのか。
「でしたら、後退を主張する理由はなんでしょうか、閣下? 敵の動きも分からぬ状態でむやみに後退するなど、それこそ危険であるとも思えるのですが」
「……いや」
時間のない中、そのまま迎撃のために動き出す。
互いに、川を挟んで正面から対峙する。
斥候はなおも別働隊らしき存在を見つけておらず、両者の間の川は幅こそそこそこあるが深さや流れの速さはあまりなく、障害としては小さい。
川の両側のわずかな高台にそれぞれ本陣を置き、前線右翼に俺の私兵団、左翼にランドルク男爵の領軍。敵も前線部隊を分けてこちらのそれぞれの正面に布陣。
こうして、『シェムール川の戦い』は始まったのだった。




