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第三話 ~見えてきたもの~

 目的の集落は、思っていたよりもすぐ近くにあった。

 家屋は徹底的に破壊しつくされ、ところどころからまだ煙が昇っている辺り、集落の入り口に到着したばかりの俺にも生々しく襲撃のすさまじさを伝えている。


「さて。では行きましょう、教官」


 そう言って今回唯一の護衛であるフィーネが馬に乗ったまま油断なく警戒しつつ進み、俺がそれに続く。


 女の子に守られるってのは複雑なものがあるけど、たぶん模擬戦でもすればこっちが劣勢な展開になるのが見えてる程度には向こうが強いし、納得しておこう。

 何より、三大派閥の一角であるこの南方を管轄する公爵なら、盛大に仕込んで皇女の側近を暗殺するなんて迂遠うえんな方法よりも、政治力ゼロのこちらをもっと確実に完封する方法がいくらでもある。賊側にしても、襲撃した村で居座るならともかく、斥候に見つからないほどに徹底して伏兵を仕掛けておくくらいならさっさと逃げた方が賢いし、そんな危険なだけでほとんど得のない役割をやりたがるやつもいないだろう。

 そして、他の勢力の介入なんて、少なくともエレーナ様やその部下を狙って得をするほどにうちの皇女様に存在感はないし、ここの男爵を狙うにしても最前線に自ら来ることを期待して仕掛ける奴なんて居ないはず。


 つまり、徹底的に破壊されて隠れる場所もないようなこの場所で奇襲的な危険は物理的にも動機的にもほとんどなく、自分よりは腕の立つ護衛と二人なのも、いざとなれば半端に交戦せず逃げに徹するなら悪くないだろうと思う。


 そう考えれば別に問題はないけど、それにしても少しばかり護衛の数が多くても良かったのではないか。

 親衛隊の少女たちを連れてこなかったのは分かる。

 うちの私兵団の教練を手伝ってくれた第一小隊とやらはともかく、その他の大半の子たちは、見ている限り少なくとも個人戦でならそこまで強くないからだ。

 食事を含めた生活環境が劣悪で、加えてなんの得にもならないから戦意も低く、しかも馬に乗っている威圧感を受けている賊相手。さらに、当時は貧民街出身で生活環境が劣悪だったうえに慢心まであったホルガ―。今まで俺が見てきた戦いは、そんなハンデ戦だけ。

 まともな正規軍相手に親衛隊がどこまでやれるかは未知数すぎるが、皇女の護衛が仕事の彼女たちにそんな仕事をやらせる時点で色々と終わっているから、考えるだけ無駄かも知れない。


 不確定要素があるなら、エレーナ様自身だ。

 彼女の初陣で見せた技のキレ。少なくとも、同等以上のものをやれと言われれば、一生やれる気がしないと断言できるほどの一閃。それを引っ提げて陣頭突撃するなんて総大将にあるまじき暴挙に出れば、一撃離脱に徹するなら正規兵相手でもやり合えるかもしれない。

 別に武をそこまで極めたわけじゃない俺の錯覚かも知れないけど、個人的には、エレーナ様が術式だのを介さずに本能だけで肉体を強化してるって言われた方がまだ信じられる。

 まあ、以前ビアンカちゃんに再三尋ねて、この世界の魔法には今のところ身体能力を強化するものはないってのは確認済みなんだけど。


 エレーナ様の鎧の下の肉体がどんなことになってるのやら非常に気になるところだが、この世界では、俺の生きていた日本ほど簡単に女性の肌を見ることはできないし――って考えたところで、自然と視線が前方のとある部分に固定される。


 そこに居るのは、今も油断なく周囲を警戒する一人の少女。

 そして、かつてマントイフェル城の井戸で二人きりになり、装備を脱ぎ捨て、その汗に濡れた肢体したいを――


「何か?」

「え? ……あ、いやその、考えごとしてただけだよ、うん。なんで二人っきりなのかなぁってさ」


 こちらを振り返りもせずに放たれた言葉に、とっさに思い浮かんだ言葉を並べ立てる。

 いかんいかん。近くに人の気配すらないことに油断しすぎだ。気合を入れ直さねば。


「本当の最悪辺りだったら無用な配慮ですから。その時になったら分かりますよ」


 やけに言いづらそうだったから今度も返事がないかと思えば、よく分からない言葉が返ってくる。

 どういう意味だろうと、周囲を改めて見回しながら考えれば、思わぬ追撃が来た。


「そういえば、教官。前に言いましたよね? ――女の子って、男の子の視線には、男の子が思ってるよりも敏感なんですよ?」


 思わずせき込み、やってやったとばかりにフィーネが小さく笑う。


 常に必要以上に気を張って、肝心な時に無駄な疲労が残っているよりかはマシだろうけど、心の中を見透かされたような言葉になんとも言えない気分だ。

 しかも、フィーネはちゃんと警戒を続けている辺り、本当に救いようがない気分だ。


 そんな空気をどうにかしたいと思いながら逃げるように周囲を見回していた時、それを見つけた。


「おい、大丈夫か!?」

「……? って、ちょっと教官! 待ってください!」


 馬を下り、がれきの中に座り込む若い女性へと駆け寄る。

 集落の外側に誰も居ないことからどこかに身を寄せ合ってるのかと思っていたが、褐色肌の彼女は一人のようだ。

 身なりもボロボロで武装しているようにも見えないが、一応は念のためにとっさのことにも反応できるように距離を取って立ち止まり、最初の住民からの貴重な情報を得るために話しかけた。


「あの――」

「ひぃっ!?」


 俺の言葉に反応してこちらに顔を向けた女性は、その顔に恐怖を張り付け、悲鳴にならない声を上げてただ震える。

 何があったのかすぐに分からず立ち尽くす俺の横をフィーネが抜き去り、女性の横に膝をつくと、優しく何かをささやいている。


 そして、俺たち二人になった理由をなんとなく察した。

 同じ女性には多少マシな反応を見せる辺り、目の前の女性の身に何があったかはなんとなく察せられる。そんなところに完全武装の大の男たちがぞろぞろ現れたらどうなるか。

 ことごとく殺し尽されてたり、さらわれてたりって『本当の最悪』ならば、確かに無用な配慮かもしれない。


 加えて、生き残った男たちだって似たようなものだ。

 武装した連中に襲われ蹂躙じゅうりんされて、その直後に見るからに屈強な連中がぞろぞろ現れて、どう思うか。


 ギュンターも、フィーネやハンナも、危険は少ないとみて、『成長期だからまだ比較的体が小さくて』、ギュンターみたいに『軍歴が染みついたような風格がない』俺が、ギュンターとの二択ならマシと考えたんだろう。

 で、小さいだの風格がないだの、もう少しねばれば誰かが言ってたかも知れないが、三人とも立場上簡単に言えず、唯一言えるだろうエレーナ様は気付かず。


 失言だの態度だので面倒事になるかもとは思っていて、だからこそ交渉を任せられるのがギュンターか精々自分自身かしか居ないとまでは考えてたけど、その先を考えなかった俺の想定はかなり甘かったんだろう。

 ギュンターは長年従軍してきた経験上、フィーネやハンナも賊なんてちらほら現れるご時世だし、どこかで襲撃後の様子を見る機会があったのかもしれない。


 とにかく、さっさと仕事を終わらせて、早く帰ろう。





「集落の方は見た通り徹底的に破壊され、女たちも多くが陵辱され、各種物資も焼き尽くされるか持ち去られているようでしたが、連れ去られた者や死者は居ないようです。抵抗したものも、負傷こそしましたが、簡単に生け捕りにされて、『賊』どもが出ていく際にもそのまま放置されたそうです」


 役目を終えた俺とフィーネは、今、その結果について報告中である。

 無事に生き残った集落の長を中心にある程度まとまってくれていたお蔭で、情報収集という主目的は問題なく達成されている。


 その過程で、ここの男爵が物資を出してくれるからと希望を聞いても喜びもせず、淡々と引渡しを集落の外でと言われたときに、色々と思うところがあった。

 教育も何もなくて生活も集落内でほぼ完結することから、帰属意識が領地や国でなく住まう集落に向かう傾向があり、領主の軍勢にも警戒心があるのはまあ、こっちで生きてきた経験からなんとなく想像がついた。

 だが、最初は変な女子供がやってきたくらいの俺たちへの警戒度が、ランドルク男爵との繋がりを言った瞬間に跳ね上がったこと。集落の人々はみな、南洋連合系の一民族にある褐色の肌ばかりだったこと。そして、男爵自身、そしてその部下の兵士たちも帝国系の白い肌ばかりなこと。

 これだけ知れば、ここの統治事情について、面倒なことが想像できる。


 ただ、これは俺たちが今関わるようなことじゃない。

 問題は、聞いた話から推測される敵の正体だ。


「おい、カール。いま、なんと言った?」

「集落の者たちの話を聞く限り、装備も練度も整いすぎています。普通の賊ではないでしょう。襲撃者たちは褐色肌の者たちが主で、南洋連合系だと思われますが、最悪、軍人あるいは軍からの支援を受けている団体の可能性があります」


 加えて、不自然に殺さなすぎることが、賊らしくない。まるで、人だけ残して再建費用の上乗せを狙っているような手口もそうだ。

 そのまま男爵が棄民にしても納税者が減るとの損害を受け、支援をするならばその分も損害だ。むしろ、棄民とすれば、食い詰め者たちによる賊が一つ増える分、ランドルク男爵にとどまらぬ損害になるかもしれない。


 そんなことを説明していくのだが、誰も反応を示さない。

 その元凶は明白だ。


「襲った連中は、南洋連合の連中か」

「いや、その、確定ではないのですが……」

「だが、カールよ。その可能性が高いのだろう?」


 急に殺気を振りまきだすエレーナ様。

 ギュンターやハンナ、ランドルク男爵に、報告者として俺の後ろに控えるフィーネも、みんな共有する思いは困惑だろう。


 村の惨状を説明している時には平然としていたので、義憤とかではないはず。

 ならば南洋連合に因縁でもあるのかと、エレーナ様の隣のハンナをそっと見れば、心当たりはない様子。


 確かに、聞く限りでは明らかに大口の援助を受けている集団なのだが、帝国南方派閥内部のもめ事と考えるには、中央の権力を持っていて統制が利いているはずの南方にしては派手にすぎるように思える。

 すると、他には南洋連合くらいしか考えられず、加えてそれが財力的にもっとも厄介な支援元でもあるので、それを最悪として考えるのが一番ではあるのだ。


 ただ、冷静さを欠かれては困る。


「エ、エレーナ様。ど、どうかされましたか?」

「カールよ。どうかしたように見えるか?」

「い、いえ、その……」

「大丈夫だ。分かっている。何、つまらんことだ。問題ない。そう、お前に任せていれば、問題はないからな」


 まるで自分自身に言い聞かせるような口調に一抹いちまつの不安を感じなくもないが、これ以上は語る気はないとばかりに堂々と構えている。


「カール。それで、どうすれば良い?」

「あ、はい。敵について推測を述べましたが、情報が少なすぎます。一度後退するにしろ、なんの情報も得ないままに、というわけにはいきません。どこかで陣を張り、とにかく斥候を飛ばして敵の姿を捉えることから始めましょう。とりあえずは、集落で得た賊どもの去っていった方向を加味し、計画を立てます。その結果により、場合によっては後退もあり得るかと」

「うむ。良きにはからえ」


 大丈夫だ。

 そう、大丈夫。

 こっちの意見を聞き入れてくれる姿勢はなくしてないんだから、まだ大丈夫だ。





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