第二話 ~敵を求めて~
追加の賊退治を引き受けた翌朝、俺たちは早速出陣することとなった。
うちの私兵約八百五十に、エレーナ様の親衛隊約百。加えてランドルク男爵が連れてくる兵士約五百との、普通の賊退治にしては過剰とも言える兵数。
今回は敵の数が千を超えるとのことだけれど、賊は生活のために略奪したりする存在なんだから、まあまともな戦意はないだろう。
略奪で維持できるような規模を超えている以上、何か裏があって常識が通用するとは限らないが、ギュンター曰くウチの私兵団なら士気に任せたごり押しでも通常の紛争で戦えるレベルらしいし、援軍が来るくらいまでならどうにかできるはずだ。
そんなことを計算しつつも朝一で賊の出没している方面へと向かった俺たちだけど……。
「うーん……敵はまだかー? もう昼が過ぎて随分になるではないかー」
「エレーナ様! いくらなんでもだらけ過ぎです。もっと緊張感を持って――」
「なんだ、ハンナ。お前も早く帰りたいだろう? 遠征中の夜はいつも、「お酒が―、お酒がー」って言いながら泣いてるくらいだし。酔い癖の悪さ的に仕方ないが、遠征中ずっと断酒は辛いなぁ」
「なっ……寝言を勝手にバラすなんて、もう! 教官や男爵閣下たちも居るんですよ!?」
馬上の皇女様と親衛隊副隊長さんがこんなノリの時点で、お察しだ。
二人を後ろから平然と見てる親衛隊長さんや、周囲を固めている少女たちも変な緊張がないってのは良い傾向だとは思うけどな。
何度も実戦を経ての余裕ではあるし、これまでの賊狩りでも、戦いになれば切り替えはしっかりできるようになっていたから、悪いことにはならないはずだ。
あえて気になるとすれば、俺以外の唯一の異物たち。
「ランドルク男爵、ご気分が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「う、うむ。心配無用」
だったら、周囲と同じく馬に乗りながら、夏でもないのにやけに汗を拭いたり、たまに上の空になったりするのはなんだろうか。
男爵は、エレーナ様が要請したら、二つ返事で自らがこっちに来ることを了承した。
知恵を借りたいとか言ったけど、さすがに人質として身柄を求めたことくらいは分かってるはず。
それでも、男爵が共に連れてきたのはたった二人。馬に乗って男爵の後ろに黙って続く巨漢の男性たちは、十分に強者の風格があるが、エレーナ様を裏切ったうえで男爵自身の安全を確保するには明らかに足りない。護衛といざという時の伝令として最低限と言えるだろう。
罠を仕掛けてるにしては顔に出過ぎだし、素直にこっちの要求を飲み過ぎな気がするが、挙動不審でもある。
こういう、敵か味方がよく分からないのが一番面倒なんだよなぁ……。
そうして頭を抱えていると、前方から馬の駆ける音が響き、そちらに居た親衛隊の少女たちが左右に割れて道が作られていった。
「斥候より報告です! この先、賊に襲撃されたであろう集落を発見したとのこと。事前に報告があった村々とは違うことから、襲撃よりそう時間が経っていないと思われます」
単騎で現れたギュンターの報告に、明確な目的なく行われていた行軍が停止する。
見張りを立てたうえで各部隊に休息を命じると、首脳陣は早速会議となった。
参加者は、エレーナ様、ハンナ、フィーネ、俺、ランドルク男爵、そして報告者のギュンター。
ホルガ―は使い物になるって言ってもチンピラ上がりでこんな場に呼んで使う方向の能力は専門外だろうし、あくまで魔法を使う専門職のビアンカちゃんも同じく専門外で、二人は呼ばない。
男爵側の人材について、男爵そのものに全幅の信頼を置いてるでもないし、本人が言い出さないならわざわざ誰か出してもらう必要はない。
おまけに、エレーナ様と親友二人は立場上ここに居るが、経験的にも知識的にも、こんな場面の判断で絶対の信頼ができるかと言われれば、何も言えない。
……いやほんと、前々から思ってたけど、ギュンターさんだけが頼りです。
「建物はことごとくやられていたそうです。賊はすでに居なくなっていたようですが、村人らしき人影がいくつか動いており、生存者は居るようです。なお、前もって言い含めていたように、斥候はこちらの判断無く勝手に接触せずに引き上げてきております」
広げた机の上に乗せた、ランドルク男爵から提供された地図を使って示しつつ、報告がなされる。
本当は土地鑑のある男爵に任せるべきなのだろうが、それでは罠があって男爵も仕掛ける側だと、気付けない。効率は下がるだろうが、身を守るためには仕方のないことだろう。
「で、カールよ。どうすれば良い?」
これまでの賊退治と同じように、エレーナ様から意見を求められる。
それが偶然だろうと虚像だろうと、俺の軍略目当てに勧誘したんだから当然かもしれないけど、ギュンターに聞いてくれと思う。視線が集まるたび、胃が痛いのだ。
今回は、悩むような状況でもないからまだ良いんだけど。
「食料や衣類など、当面の物資を提供し、ついでに情報収集を行いましょう。賊どもがどちらの方向に向かったかだけでも分かれば、助かります。――そちらの領民ですので、放出物資はそちらから出していただくことになります。よろしいですか、男爵閣下?」
「う、うむ」
さっきまでとは打って変わって真剣な様子で聞き入っていたランドルク男爵の返事を聞き、ギュンターも特に異論はなさそうなことを確認した俺は、さらに先を考える。
誰を行かせるか。
さすがに部隊全員で押しかけるのはないだろう。物資渡して情報を得たらさっさと去りたい身としては、千人以上でゆっくり動くより、少数で身軽に動きたい。
誰かが代表で行って物資の要望を聞き、代わりに必要な情報を聞き出す。そして、帰って物資の手配をしてる間にさらに会議ってところか。
皇女様自らは、万が一の危険を考えるとマズいし、何より無駄に肩書が豪華すぎて向こうが困るだろう。
親衛隊の面々やうちの私兵たちも、物資を渡すだけのお使いとかならともかく、
ランドルク男爵は、領主だから立場的にはちょうど良いが、『人質』として身柄を押さえさせてもらわないと困る。
やっぱり、こっちが信頼できるって点も加味して、俺から推薦するなら一人だろうか。
「こちらとしては、このまま兵を休ませつつ、まずは代表を立てて向こうと交渉しましょう。私としてはギュンターがよろしいかと」
「ふむ、そうか。ならば――」
「あー、エレーナ様! 我らの代表ともなれば、重要なお役目です! やはりここは、教官自ら行っていただくべきかと」
「ん? いや、確かに重要かと言われれば、そうかもしれんが……」
一度は俺の意見が通りかけたが、突然のハンナの物言いに、エレーナ様が迷ってしまっている。
何事かと慌てハンナを見れば、その視線はこっちに向かず、チラチラとギュンターの方へ。
「恐れながらエレーナ様。私も、カール様の方がよろしいかと。その方がまだマシでしょうし」
で、ギュンターは苦笑いを浮かべつつ、そう言ってハンナに同意。
フィーネを見れば何に気付いたのか頷いてるし、ランドルク男爵は口を開く様子もない。
そんな中で、俺とエレーナ様だけがよく分からずに悩むばかり。
ハンナやギュンターは、こっちを時たま見ながらも、何か言いづらそうな様子で口をつぐんでいて、裏がありそうではある。
でも、ギュンターが賛同していて、時間を掛けるようなことでもないしな。
「エレーナ様、ここは私が参りましょう。よろしいですか?」
「ん? おお、カールがそう言うなら、それで良いだろう。頼むぞ」
さて、では行こうかと立ち上がれば、当然のように近づいてくる親衛隊長さん。
「教官の護衛は、私一人で行います。なので、私兵団の連中は連れていかないようにお願いしますね?」
「え? いや、でも――」
「数的に不利な状況での護衛は、もちろん訓練していますからご心配なく。それに、エレーナ様の方の警護も、私一人抜けたくらいではどうにもなりませんから。――ギュンターさんは、どう思います?」
「……危険はないと思うが、カール様のこと、よろしくお願いする」
なぜかギュンターが向こうにつき、わざわざエレーナ様の親衛隊から借りなくても、と尋ねれば誰も言葉を発さずに困ったような笑みを浮かべるだけ。
俺と同じく何ごとかよく分かっていないエレーナ様は口を開かないし、らちが明かない。
「あー、分かった。じゃあ、フィーネに頼むよ」
「ええ、お任せください」
そうして、こっちが折れることに。
斥候情報だと近くに賊は見当たらないし、千人規模で隠れきったり、少数を分離して使者だけを殺そうなんて意味のないことはしないだろうから、問題ないしな。
「万が一何かあろうと、どこかの皇女殿下のような『バケモノ』が出てこない限り、教官の安全は保障しますよ」
「な、フィーネ! バケモノとは、私のことか!?」
「苦労してやっと高名な槍術の先生を呼んだと思ったら、十戦して十勝し、初日の昼食を待つことなく泣きながら辞表を残していかせた人には、ちょうど良い表現だと思いますが?」
「ぐぬぬぬぬ……」
口調は上司をからかうようなものだが、フィーネはしっかりランドルク男爵の方に視線を送っている。
『うちの皇女様はそれだけ強いんだから、私が居ない間に変な気は起こすなよ』ってことだろうか。
そんなこんなで、俺とフィーネは馬に乗って、目的の集落へと駆け出すのだった。




