表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/126

第三話 ~初陣~

 城内へと引きずり込んだ敵に対し総攻撃を命じた後に、すでに攻撃を開始した兵士たちに続いて馬に乗り城を飛び出した俺とギュンターが見たのは、地獄絵図ともいえる光景だった。


 ただし、敵にとって、だけど。


 夜の闇の中、城下町を焼く炎の中で先頭の敵は引き返そうとするけど、その動きが数千人に同時に伝わるわけもなく、あちこちで大混乱になって身動きが取れていない。

 結果、動きも取れず大混乱の敵軍数千を、こっちの歩兵と弓兵と投石兵が後ろから狩るだけの作業となりかけている。

 まあ、城下町の放火を担当してた連中が側面から適当に攻撃を仕掛けたり引っ込んだりしてるはずなんで、それも混乱を拡大する一因になってるはずだ。


 ビアンカの爆音で敵の勢いを一度殺し、生物の根源的恐怖の対象である火を城下町一帯に放って慌てさせ、実際よりも派手に伏兵の存在をあおり、そこに総攻撃をかける。


 物量で勝てないなら、精神で勝てばいい。


 根性云々うんぬんではなく、相手に正確な状況を理解させず、自分たちが『不利』だと誤解・・させて戦闘を継続できなくする。

 後は、敵が立て直す前に潰せるだけ潰し回るだけだ。


 と、このような状況を見ることができるのも、馬上に居るからである。

 歩兵部隊でも指揮官は馬に乗るのは、こうして視点を高くして状況を把握して指揮をりやすくするためだ。


 逆に言えば、歩兵ばかりの中では指揮官はとても目立つ。


「カール様!」


 後ろに居たギュンターが馬を前に進めて俺の右側に飛び出し、槍を一閃して矢を叩き落とす。

 俺がその状況に気付いた時には、すでに矢を放った敵兵も近くの兵士に槍で突き殺され、すべてが終わった後だった。


「カール様、このような中途半端な場所で何もせずにいるのは危険です。進むか下がるか、ご決断ください」

「……分かった。ありがとう、ギュンター」


 深呼吸を一つ、そして槍を握る右手に改めて力を入れる。


 そうだ、さいは投げられた。

 自分の手で投げたんだ。


 向こうが不利なのは、ただの錯覚。

 そのことに気付かれてしまえば、こっちがすり潰されて終わる。もう二度と、流れは来ない。

 だから、やれることは全部やるんだって決めたんじゃないか。


 考える時間を、落ち着く時間を与えはしない。

 こっちの息が切れたとしても、勝つか死ぬまで敵を喰らい続けるしか取るべき道は残っていないのだ。


「さあ、王国の弱兵ども! 大将首はここだ! マントイフェル男爵家当主代行カールの首、れるものなら獲ってみろ!」

「「「「「「うぉーっ! カール様ばんざーい!」」」」」」


 そうして周囲に存在を誇示こじし、馬を駆って敵兵の群れに斬り込んでいく。


 指揮官陣頭。

 味方の士気を上げ、その『空気』で敵をみ、自らの背中で兵士たちに進む道を示して一気に攻め崩す。

 我ながら、誰もが勝てないと信じた状況をここまでひっくり返してみせたんだ。『奇跡』を起こした将が自ら前に出て、兵の心が高ぶらないわけがない。


 そうして斬り込めば、そこはただの狩場だった。

 さっき俺を射た敵のように個々では勇者・・が居ても、全体は大混乱なんだ。

 大将首だと言ったところで、挑もうなんてやつらが居ても周りに流されて身動きできず、俺の後ろからついてくる兵士たちを見て逃げようと慌てる連中ばかり。


 一振りすれば首が飛び、二振りすれば血風ちかぜ舞う。


 ギュンターのフォローもあり、必死に武器を振り回しているだけの俺は、無事にそんな戦場を突き進む。

 今まで習ってきたことを必死に思い出し、練習ではできたはずのことが上手くできないことにあせり、それでも前へ、ひたすら前へ。


「そら、敵は城壁の外まで逃げ去っていくぞ! 追え! 誰一人として逃がすな!」

「「「「「「おぉーっ!」」」」」」


 もはや、何人付いてきてるのかも分からない。

 そして、外に出れば城下を焼く炎は明かりとしてアテにならなくなる。

 事前に同士討ち対策に配っておいた白い布を目印に、それがない兵士の背中を片っ端から斬り捨てていく。


 もう全体の戦況なんて、たぶん誰も分かってない。

 夜闇の中でこれだけ混乱して向こうが状況を掴み切れてるとも思えないし、そもそもこっちは最高指揮官の俺が前線の一番前に飛び出していて、指揮を放棄してるに等しい。

 まあ、どうせ『目に付く敵を殺し尽せ』以外の指示を出せないから、ここに居ることを選んだんだ。こっちだって、どう頑張っても情報が戦況に置いていかれるのは分かり切ってるからな。


 闇は、等しく俺たちの友であり、敵でもあるんだから。


 敵が闇にはばまれて何も分からないと言うならば、こっちだって同じ問題を抱えることになる。

 そして、それを乗り越える手段なんて存在しない。

 情報がなければ命令は出せず、それぞれが斬り進むしか道はない。


 そう。どこまでも、命ある限り突撃あるのみ!


「それっ! 押せ! 崩せ! 殺せ! 侵略者どもは皆殺しだ! ハッハーッ!」

「カール様!」

「どうしたどうした! 無様ぶざまに逃げ惑うためにこんな山奥まで来たのか!? だったら、お望み通りにしてやる! 次はどいつが死にたいんだ!?」

「カール様、落ち着いてください!」

「冥府の門の通行料くらいは出してやる! さあ、鮮血の花と共に、常闇とこやみに沈め!」

「カール様、失礼!」


 いきなり頭を衝撃が襲い、思わず馬を止めてしまう。


「な、なんだ? 後ろからだと!?」

「私です。ギュンターです、カール様。落ち着いてください」

「お、おう……」


 振り向けば、槍の石突で軽く殴られたらしい。


 氷水でもかぶせられたように、一気に心が冷える。

 てか、落ち着いたら一気に恥ずかしくなってきたんだけど……。


 さあ、鮮血の花と共に、常闇とこやみに沈め! (キリッ)


 ってなんだよ!?

 『鮮血の花』? 『常闇とこやみに沈め』?

 やめろぉ……やめてくれぇ……かつての『封印されし右腕』とか言ってた忌まわしき記憶がぁ……。


「カール様、今はとにかく味方の追撃を止めてください」

「え? ギュンター、そうやって相手に体勢を整えさせたら――」

「敵はもう総退却です。我々も城から離れすぎました。少数で闇の中、これ以上の追撃はむしろ危険です」

「……え?」


 後ろを見る。

 なんか、木々の隙間に本丸の先っぽだけちょこっと見える。


 前を見る。

 ちょっと立ち止まってる間にすっかり人影もまばらになり、打ち捨てられた物資らしきものがそこかしこに転がっている。


「総、退却……? え? これだけで帰ってくれた? え?」


 あれ? 外で待つ本隊を引きずり出して、そこに斬り込んで勢いだけで一か八か大将首をることでなんとか追い返す計画は?


 ……あれ?


「カール様!」

「あ、ああ。 中止! 追撃中止! こっちの勝利だ! 追撃をやめろ! マントイフェル男爵家軍の大勝利だ!」


 色々と締まらないけど、こうして俺の初陣は歴史書に残るような大勝利に終わったのだった。





なお、第一章はまだ終わらないもよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ