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第四章最終話 ~最終試験~

「ここの北隣で賊、か」


 色々ありながらも私兵団のより実戦的な訓練が始まって半月ほど。その訓練が終わった直後のマントイフェル城の俺の執務室でのこと。

 訓練の仕上がり具合を確かめるための実戦の相手を求めて周辺領主に賊の情報を求めていたのだが、思ったよりも早くやってきた。


 規模は、推定二百人ほど。家畜などは多少連れているが、戦力は歩兵のみ。よく居る傭兵団崩れ。マントイフェルの北の領地で、人口の少ない村を狙って比較的堅実に暴れているそうだ。

 九百人ほどの私兵団の『初陣』の相手として、特に問題はないだろう。


「ギュンター。いつ出られる?」

「先方からは、すぐにでも、と。私兵団の方も、よほど複雑な作戦でもなければ戦えると思います」


 うちの経済発展の余波で周辺領地の財政もほんのちょっぴりくらいは好転してるらしいが、領軍を動かすとなれば手間も金も命も掛かる。

 そこでこっちが全部負担して代行するとなれば、そりゃ大歓迎だろう。


 そんな訳で、翌日の夕方に出陣することとなった。

 時間が中途半端なのは、どうせなら野営訓練もやってしまおうということだ。


 そうして、ギュンターの補佐を受けながら俺が指揮し、俺の護衛も兼ねて教官役のフィーネたちも付いてくることとなった。


 行軍は順調だった。

 山を越え、天幕を張り、無事に戦いの朝を迎えた。


 大丈夫と言われても、やっぱり命のやり取りをする以上は心配になってくる。

 不安を抱えながらもできるだけ表に出さないようにしつつ少し歩いていると、活気の生まれつつある野営地の中心付近で、意外な顔を見つけた。


「あれ、ビアンカか。魔法兵たちの様子はどうだ?」

「カール様。空が、青いですね」


 食事の準備だのをせねばならない兵士たちと違ってもう少し眠ってられるビアンカちゃんが、俺の方も向かず、ただ空を見上げながら岩をイス代わりに腰掛けていた。


 うん。私兵団に組み込まれていることを除いても目上の俺に声を掛けられて、それもこっちを向かずに、である。


 最近あまり会話していなかったが、ここまで言葉がかみ合わない存在ではなかったと思うし、目上の人間と目も合わせずに話すような態度でもなかった気がする。

 いやうん。これ、どう考えても何かあったよな。


「あのー」

「空って、こんなに青かったんですね。これまで上を見上げる時間もなくて、すっかり忘れてました」


 ん? いやいや、魔法兵たちには、ビアンカちゃんの引っ張ってきた後輩たちも含めて六日に一回は休暇があるし、夕方で勤務が終わってから残業もなく帰れる、ものすごいホワイトな職場のはずなんだけど。


「あの、ビアンカさ~ん?」

「争いは良い。日々限界まで魔力を振り絞り、下だけを向いて生きてきた私に、空の青さを思い出させてくれた」


 ……えっと、あれか。定時帰りでも、魔法兵にとっては一日中人間重機として駆け回るのは労働の質がきつすぎる。

 で、今回の出兵についてきたことで臨時に魔力を使わず済んだ日が出来て、少し楽になった、と。


 そこまで考えたところで、不意にビアンカちゃんがこっちを向いた。


 その目は、間違いなく暗くどす黒い闇を秘めたもの。

 なのになぜか、どうしようもなく慈愛を感じさせるもので。


「きっと人類は、永遠に殺し合うべきなんです。そうすれば、きっと世界は平和に――」

「もういい。もういいんだ……!」


 その言葉に、思わず抱きしめてしまう。

 もっと早く言ってほしかったとか、こうなるまで言えないほどに俺って話しにくいのかとか、魔法兵たちの労働条件に付いて考え直さないととか、思うところは色々ある。


 ただ、ここって『野営地の中心付近』なんだ。


「団長! 朝っぱらから女口説かないでくださいよー!」

「「「「「ギャハハハハハ」」」」」


 すっかり私兵たちの中心に居るホルガ―を中心に、このざまだ。


 フィーネにからかわれたときは、実質的には上下関係があるでもなく、完全にオフだったからまだ問題がなかった。

 でも今回は、行軍中の野営地でのことで仕事中であり、しかも名実ともに完全な部下との間のこと。


 要は、完全になめられてますね。

 どうしようか……。





「教官」

「ああ。こっちも見えたぞ、フィーネ」


 どうしようか、ったって、それが分かるなら苦労はない訳で。

 今は、賊狩りの真っ最中だ。


 今回、賊たちは見晴らしの良い平原に陣取っており、気付かれずに接近するのは困難。

 しかも、騎馬兵力がないので、正面から突っついて逃げに徹されると、確実に取りこぼす。

 部隊を分けて普通に囲むのは、連携を失敗すれば隙間から逃げられる。


 そこで、本隊が両翼を伸ばして包囲機動をするように見せながら敵を追って一直線に誘導し、背の高い草地に伏せた別働隊のところへ自ら飛び込ませて完全包囲することにした。

 配置は、本隊約六百をギュンターが指揮し、俺が伏兵約三百を率いる。フィーネを始めた親衛隊は、本隊と別働隊に半分ずつ振り分けて、帰ってから


 なんで団長の俺が本隊じゃないのか?

 敵を誘導するような指揮をできる気がしないからだよ。


 そうこう考える間に、敵は近づき、そろそろ仕掛けるのにちょうどいいところにやってくる。


「よし……攻撃開始!」


 俺の号令と共に矢が飛び、石が舞い、槍を持った歩兵たちが突入する。

 装備が貧弱で別働隊にすら数で劣る賊は、もうどうすることもできずに後ろから襲い掛かる本隊と俺たちに囲まれて全滅するしかない――はずだった。


「教官、下がって!」


 そう言ってフィーネは俺を突き飛ばすように下がらせ、迫っていた賊を斬り捨てる。


 俺が見る限り、こっちの対応が特にマズかったようには思えない。

 褒めるなら、追いつめられて死兵となり、統率も何もないがむしゃらな突撃で血路を開こうと突き進んできた三十人ほどの一団だろうか。


 以前にエレーナ様に言ったように総大将が最前線に出るわけにもいかず、かと言ってみっともなく逃げ出すほどに状況が悪いでもなく、最後の抵抗が終わるまで少し後ろから状況を見ることにした。


 槍や弓を投げ捨て、完全に剣による乱戦となった状況ではあるが、あくまで敵のやけくそによるもの。数も少ないしすぐに落ち着くだろうと、警戒しつつ後ろ向きに歩きながら見渡している時のことだ。


「ぼーっとすんな! 死にてぇのか!」


 近くからの声に驚いて身構えれば、俺に向かってのものでないことに気付いてほっとする。


 見れば、いつの間にか私兵たちのまとめ役になっていたホルガ―が、まとめ役らしく他の兵士をかばっていた。

 それだけなら良かったんだけどな。


「後ろだ、ホルガ―!」


 気付かないのか、気付いたけど無理な姿勢で庇って対処しきれないのか、剣を振りかぶって後ろからホルガ―に迫る敵。


 ホルガ―の持ち込み品である、支給品よりもずっと大きい剣ならば盾代わりにもなるかもしれないが、さすがに至近の真後ろからの一撃に対応できるほどには取り回しが良くない。


 ――そんなことを考えられたのは、全部終わってからのこと。


「な、団長!?」

「そうだよ!」


 ギリギリで割り込み、少し押し込まれながらもなんとか左の籠手こてさば

ききる。

 動いたのは、とっさのこと。

 ホルガ―の驚きに叫んで返すが、もしかしたら俺の方が驚いていたかもしれない。


「仕事を増やさないでください、教官!」


 俺と対峙たいじした敵は、そう言いながら現れたフィーネに斬り捨てられる。

 ぐうの音も出ない正論だけど、ここでとどめを持っていかれる辺りが俺なんだろうなぁ。





「死者八人、負傷者多数。あれだけ乱戦になって、よくこれだけの被害で済んだもんだ」

「乱戦に持ち込まれた敵の数も多くはなかったですし、逃げるのに必死で殺しにかかることが少なかったこともあるのでしょう。だからこそ抜かれた、というのもあるのでしょうが」


 戦いが終わった後、点呼や死体処理を行い、そのまま野営でもう一泊となった。

 明日にはここの領主に報告と挨拶して帰るんだけど、そのために賊が残した物資について、俺の天幕でギュンターと情報をまとめていた夜の席でのことである。


 さらわれた娘がってのはなかったけど、雇われ娼婦が何人か居たので私兵たちが『問題』を起こさないように明日ここの領主に引き渡すまでフィーネたちに預かってもらったり、物資の量を具体的に確かめておいたり、って話してる流れの中で私兵団の評価の話になったのだ。


「ギュンターからして、どう思う?」

「賊を狩るならば、十分な練度でしょう。後は実戦を重ねていきながら練度を上げればいいかと。多少損害を受けても、エレーナ様の親衛隊とは違って簡単に補充できますからな」


 フィーネたちにも意見を求めたうえでのことにはなるけど、やっとエレーナ様に良い報告ができるな、と一仕事終えて安堵あんどした時のことだ。


「あの、少しよろしいですか?」


 聞いたことがあるのに、聞き覚えのない声。

 いや、明らかにホルガ―の低音ボイスなんだけど、いつもと様子が違うと言うか、なんというか。


「えっと、別に良いけど?」

「申し訳ありません。人数が多いもので、お手数ですが、こちらに出てきていただけませんか?」


 やっぱり何かおかしい。

 声色こわいろなどの話し方がやけに神妙で、まるで敬意を持っているようだ。

 何を企んでるのかとそっと外を見る。


「……は?」


 そこには、まるで朝礼時のように勢ぞろいしている私兵たち。

 違いと言えば、ホルガ―を先頭にみんながこっちに向かってひざまずいていることだ。


 無視する訳にもいかず、内心おびえながらも外に出る。

 続いて出てきたギュンターだけが心の頼りだ。


「あの、みんな揃って何ごと?」

「いえ、見張りの担当のものは来ておりません」

「あ、うん。そう」


 そういうことじゃないんだよ。

 なんだ、集団交渉か? 労働争議なのか?


「我々は、親分おやぶんにこれまでの非礼を謝りに参りました。申し訳ありませんでした!」

「「「「「申し訳ありませんでした!」」」」」


「ああ、うん……うん?」


 親分? え?


「これから我ら一同、一層の忠勤に励んでまいりますので、どうかお許しください!」

「あ、はい」


 状況は分からないし、こっちを見るやつらの数が多すぎて怖いしで、とにかく頷けば、嬉しそうに解散していく私兵たち。


 とりあえず終わったらしいのでギュンターと共に天幕に戻り、思わず一言。


「なんで親分?」

「飯を与え、娯楽に十分な給金を与え、『親分』自ら危険を冒してでも体を張って『子分』を守る。この手の連中には、こういう分かりやすいのが効果的ですしな。裏社会の連中が手勢を集めるときと同じ手法ですし、むしろ敬意を払うのが遅すぎるくらいでしょう。大成功ですな」

「大成功?」

「誤魔化さずともよいですよ。でなければ、普通、総大将が体を張って兵士を守るなどとなさらないでしょう? にしても、護衛についていたエレーナさまの親衛隊の者たちが肝を冷やすほどに危ない庇い方など、次からはなさらないでください」

「お、おう。大成功だな!」


 ま、まあ結果オーライだし。

 これでエレーナ様に良い報告持っていけるし。


 だから、真実を話してギュンターの血圧を上げる必要がないって気遣いも許されるはず。うん。





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