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第二話 ~千里の道の第一歩~

「――というわけで、諸君の活躍に期待するものである。以上」


 始まる前からいきなり問題発生だった結団式だが、そう長くない予定である式典そのものは順調に進む。

 前世におけるミカン箱を少々上等にしたような即席の朝礼台に上って、『団長からのお言葉』を述べ終えた俺に、向けられる拍手は極めて少数。ギュンターやエレーナ様の親衛隊の連中と、魔法兵たち、そして手すきの人が練兵を手伝ってくれることになって今日の担当としてやってきた領軍の人たちのみである。

 「集合!」って言われて本当に集まるだけで、整列も何もない私兵たちは、だるそうにこっちを見るだけだ。


 少なくともこっちの指示には従うし、最初はこんなもんかと納得して、次は練兵の責任者となるフィーネに予定通り場を譲った。


「他人の産みだした富に寄生して食いつぶすくらいしか能のないゴミ虫ども! ぐうたらと何をやっている!」


 ……こんな過激な演説をするなんて、まったくもって予定にはないんだけどね。


 お前らはだらけ過ぎだの、背筋が曲がってるだの、その他ここで述べるにはあんまりすぎるような罵倒ばとうを一通り並べ立て、次の言葉で締められた。


「私たちがお前らに求めることはただ一つ。お前らの団長の指示に従え。お前らのクズみたいなおツムでも、それくらいはできるよな?」


 予想通りと言うか、むしろこうならなかったビックリと言うか、無駄によく通る声で告げられたお言葉に、私兵たちは殺気立っている。

 『ならず者』たちばかりが集まってるんだから、きっとこうなるだろうことは、みんな分かってたはずだ。

 ここからどうするのか、どうなるのかとハラハラしながら見れば、私兵たちの後方から美しい重低音が響く。


「言いたいことはそれだけかい、お嬢ちゃん?」


 続いて、「『北の血風けっぷう』ホルガー様のお通りだ!」「左右に散れ! 道を空けろ!」なんて何人かが言いながら朝礼台へと進んでいき、私兵たちの集団が、朝礼台に向けてコの字型に開くように再編された。


 二つ名らしきものや名前に反応して即座に動いたのは、私兵のうちの六割ほど。ちょうど、フーニィの西や北の貧民街から来た人数と同じくらいだ。

 ウチで移民として千人強の全部を受け入れたフーニィの南の貧民街よりも規模がずっと大きく、武力闘争がそれなりの頻度で起きる街である北の貧民街。『北の血風』の『北』は、そこのことで、フーニィ内のその筋では名前が出るだけで一目置かれるくらいには売れているってことか。

 荒っぽい街で名声を裏付けるだけの武力なりがあるなら掘り出し物かも知れないが、部隊統率って意味では邪魔になるかもしれない。戦場でなら使えるだろうと、多少の素行の悪さは飲み込むつもりでフーニィの武闘派貧民街でも募集をしたのは、良かったのか悪かったのか。


 そうこう考える間にも、朝礼台を下りて歩くフィーネと、黒い短髪で支給品の装備に加えて持ち込みだろう大剣を背負うホルガ―と呼ばれた大男は近づき、互いにいつでも襲い掛かれる間合いで足を止めた。


「何か問題でも?」

「いやいや。かわいらしいお嬢さんがキャンキャン吠えるのも、個人的には面白いんだがよう。もちろん、気分が良いもんじゃねえ。お前さんが痛い目を見る前に、ちょっと教育・・してやろうと思ってな」


 誰も動く気配がないしどうするべきか。エレーナ様から預かった人員を傷物にするべきじゃないけど、何か考えがあるんだったら邪魔するのはマズいし、なんて考えている間のことだった。


 ホルガ―の姿が消えた。


 もちろん、そう見えただけだ。

 瞬発力に加え、身のこなしも上手すぎる・・・・・

 二つ名持ちなほどに貧民街で名が売れるような人物ならば、どこかの手の者って線は薄いだろうが、どこかで正式に戦い方を習っていたようにしか見えない。喧嘩殺法けんかさっぽうとか、先天的な才能と言うには、あまりに動きが綺麗だ。


 そうして次に現れるのは、フィーネの目の前。近接戦闘をするにしても近すぎる距離。

 朝礼台の方に立つ俺からは、背を向けるフィーネの頭の上から、頭一つ以上大きいホルガ―の顔が見えているのだが、満面の笑みで殺気がない。

 『教育』なんて言っていたが、暴力を振るうつもりではないようだ。

 その伸ばされた右腕が向かうのは、少女のお尻。鎧で完全に覆われた胸でなく、騎乗したり動いたりする都合で金属板が垂らされているだけで隙間から手を入れられる下半身にセクハラしてやろうってつもりだろうか。


「遅い」


 フィーネが少し恥ずかしい思いをするだけで、まだ穏便に終わる余地がある、なんて思っていると、やけに響くそんな言葉。

 続いて、ふわりと宙を舞う巨体と、ズシンなんて痛そうな音に、「グエッ」ってカエルが潰れたような声。


 フィーネが男の右手を掴んだと思ったら、今まさに痴漢をしようとしていた巨体が仰向けに倒れていた。


 フィーネは止まらない。

 ここで彼女は右足を持ち上げ――


「やめろ! フィーネ、それはあまりにもむご過ぎる!」


 ところで、支給品の鎧は、もちろん高価で動きにくい全身鎧ではない。一応は急所こそ守っているが、腰の辺りは機動性の都合もあって、前後左右に金属板が垂れているだけ。

 そんなところを全力で踏みつければ、そりゃもう……。


「アーッ!」

「「「「「ヒエッ……」」」」」


 ホルガ―君の『ホルガ―君』が、見てる男たちがみんな思わず股間を隠してしまうような一撃を受けることになる。


 三十歳くらいの若さで不能・・になってしまったかもしれない彼に、心の中で手を合わせておく。


「私たちは、誇り高きエレーナ第三皇女殿下の親衛隊。その中でも、ただ武力のみで選抜された『剛腕の第一小隊』だ。多少基礎をかじっていようと、その辺のゴロツキに負けるような鍛え方はしていない。文句があるなら、今ここでかかってこい。なんなら、全員纏めて相手してやるぞ? ――ただし、優しく・・・指導してやるのは最初の一人で打ち止めだ。腰の剣を抜く覚悟を決めてこい」


 結局、誰一人として名乗り出ないまま、つまらなそうな親衛隊一同の主導で初日の練兵が始まった。





 曰く「親衛隊の結成直後、士官学校やその辺の部隊にもぐりこんで見聞きしたことのうち、私たちにできそうなことをつまみ食いにしただけです」な結団式の悲劇を越え、一応は順調に練兵が進んでいた。

 なお、魔法兵部隊は実地訓練の名目で、相変わらずの人間重機派遣である。


 「良い歩兵とは、よく歩く歩兵である」なんてフィーネの言葉もあり、練兵はとにかく行進が中心だった。


 朝から歩き、昼も歩き、ご飯を食べて、武器を振って、歩いて終わる。


 初日、二日目とそれを見ていたのだが、とにかく士気が低い。

 ほとんど恐怖と空気で従えているようなものなのだから仕方ないんだろうけど、実戦投入するうえでは不安だ。

 ならず者たちが、ただの少女の指示に大人しく従っていることから効果はあったんだろうけど、早いうちに対策をせねばなるまい。


「なんで、俺も同じ釜の飯を食うから」

「『同じ釜の飯』? ん?」


 そんなこんなで、勝手にすればって感じでフィーネに認めてもらい、俺も練兵される側として参加することに。


 同じ朝食、同じ行進、同じ昼食、同じ素振り、同じ夕食、同じ酒。


 寝床だけは、さすがに同じ兵舎なのはって文句を言ってきたギュンターの訴えによって別になったけど、それ以外はとにかく一緒に時間を過ごした。

 そうして気付いたのは、彼らにも彼らなりの秩序があるらしいってこと。

 フィーネにやられる前の身のこなしで一目置かれたか、これまでの二つ名が付くほどの武勇伝によるものか、人柄のなす業か、ホルガ―が四十人ほどの取り巻きを中心に緩やかに団体をまとめてる。


 ただし、


「列を崩すな! いい加減にまっすぐ歩け! こんなこともできないのか、クズども!」


 集団行動ができるとは言ってない。

 どんな状態かと言えば、とにかく酷いとしか言いようがない。

 前世において日本中にあった『ショウガッコウ』なる施設から、行軍訓練を軽々こなす『精鋭』たちを呼びよせて私兵団の中核にしたいって本気で考えているほどだ。

 訓練も八日目だと言うのに、大人になるまで集団行動を教えられなかった連中に仕込むのは、こんなに大変なのか。


 なお、あまりにも覚えの悪い連中には、人間用のほどほどの威力のむちの洗礼があるのだが、領軍の男たちが見回るとなんとか誤魔化しきるのに、親衛隊の少女たちが近くに来ると急に失敗しだす一部の連中のことは見なかったことにした。


「あー、今日も疲れた……」


 八日目の訓練も終わった夕方のこと。書類を片付けないといけないので今日は夕食を城で食べることにした俺は、マントイフェル城の裏庭の井戸に居た。

 鎧を脱ぎ捨てて上半身裸になり、頭から水を浴びて一息く。


 課題ばかりの状況に、本当にあんな連中が戦力になるのかなんて考えながら持ってきていたはずのタオルを手探りで探していると、確かに城で寝泊まりはしているがここで出会ったことがない、思わぬ声が掛けられた。


「教官、どうぞ」

「あ、きょうか……フィーネ。ありがとう」


 頭と顔だけをいて目を合わせれば、困ったように笑う、鎧を着たままのフィーネの顔が目に入る。特に視線を外したりする様子もないことから、俺の上半身を見て困ってるわけじゃなくて、俺が練兵時間外なのに教官って呼びかけたことが原因なんだろう。

 普段は俺が教官で、練兵中はフィーネたちが教官。まだこの状況に慣れてなく、互いに失敗は少なくなかったりする。


「にしても、良く続きますね。正直、一日か二日でやめてしまうと思っていました」

「あー……やっぱり変か?」

「いえ。ただ、エレーナ様を思い出しまして。身分的に考えれば、準貴族と平民しか居ない親衛隊と共に汗をかいていたのは、普通はあり得ないことでしたから」


 そう言う彼女の目は、愛おしいものを思うような懐かしむような暖かなものだった。


「ふーん。楽しかったのか?」

「ええ。みんなで手に入れてきた士官学校の教科書を読み解こうとしたり、実際の訓練場にもぐりこんでノウハウを学び取ろうとしたり、大人たちのマネをして酒盛りをやったり。あっという間の六年間でした」


 ……ん?

 いやまあ、この国では飲酒年齢について法規制はないし、問題はないぞ。うん。

 二日酔いで死屍累々ししるいるいの幼女たちと一人元気なハンナって、随分と微笑ましい光景が浮かんだけど、大丈夫じゃないかな。


 と、そんなこんなで会話していると、フィーネがおもむろに鎧を脱ぎだした。


「フィ、フィーネ!? なんでこんなところで!?」

「いや、私も仕事終わりなんで、汗を流すんですけど。今日はお風呂の使える日でもないですし」

「そりゃ、三日に一回のうちの城でお風呂を使える日じゃないから水浴びは分かるけど、まだ俺が居るんだけど!?」


 言ってる間にも手際よく脱ぎ捨てていき、ついに髪留めのひもまで外して金色の髪を背中に流したフィーネは、袖の短い白のシャツに、同じく白のショートパンツ。そして、膝上まで隠すソックスだけの姿になってしまった。


「あ、もしかして裸になるかもって期待しました?」

「いやいやいやいや」


 そのまま笑いつつ、頭から水をバシャア。

 なお、白くて薄手の服しか着ていない女性が水を浴びればどうなるかと言えば――


「ねえ、教官?」

「ん? 何だ?」

「女の子って、男の子の視線には、男の子が思ってるよりも敏感なんですよ?」


 「あっ」なんて思わず口走ってしまったバカな男と、してやったりとあやしく笑う女。


「ねえ、カール様・・・・?」

「な、なんですカッ?」


 無駄に見事な歩法で間合いを詰められ、何も身に着けていない俺の胸の中に、薄着の女の子の柔らかな体が入り込んでくる。

 筋肉の塊なはずなのに柔らかい美少女の温かさに、声が裏返ってしまったのは不可抗力だ。

 童貞臭い? 前世からずっと童貞だよ、こんちくしょう!


「うちの実家は、準男爵なんです」

「お、おう」


 近い近い近い!

 やめて! その上目づかいは俺を殺すから!


「でも、父の代で商売に成功して、断絶した枠を買い取った新興なんです。私が第一子で、弟や妹たちも結婚には早いんで、どことも血筋や姻族関係がない。面倒な血縁も政治的因縁もついてこないんです。自力で急成長した男爵家の嫡男の正妻に、都合が良いとは思いませんか?」

「いや! け、結婚となれば、当人たちの思いも大事だしね!」


 そこで、急に離れる少女。

 そして、その顔からは妖しい笑みが消えていた。


「ああ。教官きょうかんも、『真実の愛』とか『自由恋愛が』って人でしたか。もっと上流の人たちでは聞きますけど、地方の男爵家では珍しいですね。考えてみれば、寡兵で大軍に挑んだり、皇女本人が一人で五百人斬り捨てるみたいな不可能・・・でも成し遂げないとどうしようもないような皇女に仕えて私財を投じたり、夢とかロマンとかを追うのが好きそうでしたもんね」

「え、あー」

「でも、申し訳ありません。この一年ほどの戦果や領地運営手腕について尊敬はしていますが、今の時点では教官の求めるような愛を捧げるのは難しそうです。結婚してから上手くやることはなんとかなると思うのですが……」


 「普通に考えてないよね」って選択をしたって意味では、中々反論しづらい。

 かと言って、どちらもそれぞれに良い結果に繋がったとはいっても、自らの未熟から招いた結果を引用されるような話が続くのも恥ずかしいものがあるわけで、話を変えることにする。


「へ、へー。上流貴族には、純愛が流行ってるのか。あの辺こそ、政治とか家のことばかり考えてるのかと思ってたよ」

「ええ。田舎者の集団なんで帝都の事情にはそこまで詳しくないですが、政治だのが厳しいからこそ、余計に求めるみたいですね」

「ああ、それは分かるかも」

「余裕があるからこそ、ですね。吹けば飛ぶ程度の家柄の私なんかだと、どこに嫁入りするかで実家の将来が左右されかねませんから。愛だの恋だのの前に利を考えないと、弟妹たちまで苦労しかねないんです。かと言って、家柄や財産だけの男に嫁ぐのも思うところがありますし」

「なんと言うか、帝都で準貴族の人たちが娘とか妹とかを紹介してきた理由が少し実感できたかも」

「なので、教官も覚悟した方が良いですよ? 多くの子たちは無理だって諦めてますけど、親衛隊の中にも教官の正妻の座を狙ってる子が居ますから。むしろ、気に入った子が居たら、許婚が居るとか、婿を取らないといけない一人っ子なのに戦場に出てきた物好き以外なら結婚できると思うんで、どんどん口説いてあげてください」

「お、おう」


 貧乏領主だった、以前の出費ばかりで万年金欠なマントイフェル男爵家も大概だと思ってたけど、準貴族も思ってたより大変なようだ。なんとなくは思わないでもなかったけど、当事者の口から聞くと、また違った感じ方がするものだ。


「でも、『真実の愛』を求める教官には関係ないですね」

「なんでだ?」

「『真実の愛』を求めた結果、子供ができたり政治的な思惑が生じる男女の愛なんかより、ただ愛しか生まれない同性愛こそが至高であるってのが最近の流行らしくてですね。宮中で大騒ぎになるような同性間での修羅場が、帝都に居る六年間だけで三度もあったんですよ。円満なものや、水面下で解決したものまで入れたらどれだけ――」

「お、俺は女の子が好きだからな!」


 呆気あっけにとられ、少しして、あらぬ話が広がって尻を守りながら生きていくことになったら堪らないと叫べば、口元を押さえて笑いをこらえるフィーネの姿。


 からかわれたと気付いたのは、すぐのこと。


 からかわれるほどに打ち解けることができたんだと気付いたのは、夕食後のことだった。





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