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第四章第一話 ~結団式の朝に~

 おじいさまに私兵を集める許しを得てから、およそ一ヶ月後。四月も半ばを過ぎようかという日の朝のことだ。

 マントイフェル城において与えられた自分の執務室において、俺を団長とする私兵団の結団式を前に、俺の代理として男爵領開発チームの指揮をるパトリックへの引き継ぎ書類を見直しておく。


 俺も時間が許す限りはおじいさまに任された範囲で内政を見るが、しばらくは私兵団の方に掛かりきりだろうし、練兵が終わればエレーナ様と共に帝国全土を駆け回らねばならない。

 出兵頻度までは予想が付かないが、少なくない時間をパトリック任せにせねばならないのは間違いないのだ。

 領地開発については、根本思想が領主にとっては職務管轄外の部分である領地外を含んだ大局的思考をせねばならない以上、おじいさまにとっては未知の世界。中央で比較的広い物の見方をしたことがあり、俺と共に半年以上働いてきたパトリックが適任だと判断した。

 そして、俺が未熟なりに周りに支えられながら指揮をしていたときと最終決断の方向性にズレが出て問題が生じるのはマズいので、きっちりと引き継ぎを行う準備を終わらせており、今は最後の確認って訳である。


「カール様、パトリックです」

「ああ、入れ」


 言ってる間に、ちょうど良いところでパトリックがやってくる。


 で、引き継ぎはすぐに終わった。


 ここ最近は現場で少しずつ引き継ぎを行ってきたし、やるべきことはすべて大体の方向性はつけてある。

 ここで行なったのは、ほとんどただの式典みたいなものだ。

 だからこそ、結団式前の短い時間で十分だし、これから俺の代理として職務を行なうために職場へ向かう足で来てもらうのも、ここから交代だってケジメをつけるに悪くないタイミングではなかろうか。

 他の俺の部下たちへは昨日のうちに挨拶あいさつを終えて、ちょっとした飲み会なんかもやっておいたし、領地関係は心配しなくて大丈夫だろう。


 能力も実績もあるのに実家のため長年窓際に居るしかなかったところから、あっという間に大きな仕事を任されたことによるのか、鼻息荒く出ていくパトリックを見送り、俺の思考は私兵団の方へと切り替わる。


 歩兵を主力に、弓兵・投石兵を少数加え、総数一千。

 これが、俺が持つことを許された私兵団の規模である。


 本当は、金で買える地方連隊の連隊長職をエレーナ様に献上できれば一番良かった。

 地方連隊の連隊長は正式な軍組織の部隊長職であるので、連隊の駐留地域の近くで戦闘になれば、ほぼ確実に参加を命じられることになって、武勲を得るチャンスなのだ。金さえあればだれでも買えて、誕生祝いだと生まれたての赤ん坊を連隊長にしたり、アクセサリー感覚で一人でいくつもの連隊長を兼任するなんて分身でもしなきゃ実戦でどうする気だと聞きたくなるようなことまでまかり通ってるあたり、変に戦力を持とうとすると横槍が入りかねないエレーナ様的にも素晴らしい。

 ただ、約三千の連隊員を維持する経費は連隊長持ちで、事実上我が家が負担せねばならないので、口にする前にこの計画は諦めている。

 エレーナ様の母方の実家であるマイセン辺境伯など、西方にも地方連隊長職を購入して維持できるだけの経済力を持つ領主は何人か居るが、いくら開発しようが人口などの地力が違いすぎて我が家では不可能である。

 マイセン辺境伯は、エレーナ様が『無茶』をすることや中途半端な力を持つことは危険すぎると反対する立場で、他の家には現状のエレーナ様に出資するような理由も繋がりもなく、どうしようもない。


 そんな訳で、俺が集めた非公式な戦力でもって賊相手に実績を積み、中央へとアピールするのが基本路線となる。


 本当は、すでに将軍位をもつエレーナ様なら、『元帥』となれれば一番いいんだけどな。

 元帥となれば、自分の元帥府を開いて相手の了承さえあれば部下を自由に任命でき、一個師団約一万名の常設部隊を指揮下に置ける。動員令の出ていない平時でも定員一杯の人員が揃っている常設部隊を任されるのは、自らの選んだ優秀な部下たちと共に、平時から訓練した高練度部隊で、帝国の危機に即座に対応しろって期待の表れなんだろう。

 ただ、前任の元帥が死亡してから百年以上、生きて元帥となった者は居ない。

 元帥となる前提である将軍位を持つ者の中で、生きている間に十分な功績を挙げたものが居ないってのが理由だ。

 エレーナ様が狙うなら、何十年も大きな戦場を転々として功績を挙げ続けるか、同等か劣勢の戦力でもって十万を超えるような敵の大部隊を撃滅したうえで有名どころの敵将を十人単位で討ち取るとか、それくらいはしないと無理だろう。

 問題は、それを狙えるだけの実権を持つなら、『足場』作りのために元帥を目指す必要がほとんどないってところである。


「教官、よろしいでしょうか?」

「ん? フィーネか。鍵は開いている。どうぞ」


 思わぬ来客にふと時間を見れば、そろそろ出なければ結団式に間に合わない。

 考え込んで、思ったよりも時間が過ぎてしまっていたようだ。


「今日は現地集合だったはずだが、どうかしたのか?」

「いえ。ただ、練兵計画について最後に確認しておきたいと思いまして」


 そう言った金髪ポニーテールのエレーナ様の親衛隊長とは歩きながら確認を行なうこととし、二人で執務室を出た。


 フィーネを含めた十人の親衛隊員たちは、私兵団を結成できることになったと報告したら、喜んだエレーナ様が送ってくれた人員たちだ。

 やることがなさ過ぎて訓練漬けの日々だったから役に立つはずなんて趣旨の、手紙が届いた翌日には出されて追加料金マシマシで最速で届けられた手紙よりも、テンションが上がりまくったエレーナ様にとっとと送り出された彼女たちの方が先に到着してちょっとした騒ぎになったりもしたのは、ご愛嬌あいきょう


 実際、領地規模に見合った領軍を整えるため、冬の拡張で三百まで増えたのを五百に増やす第二次拡張計画が近々予定されており、私兵団の練兵に領軍から多数の人を出してもらうのは厳しいところだったのだ。

 そんなところで練兵の中核をになえるとの期待を寄せられるだろう人材を送ってきてくれたのは、本当に助かった。


 なお、おじいさまの率いる領軍より、俺の率いる私兵団の方がとんでもなく多かったりするが、問題ない……はず。

 おじいさまが大丈夫って言ってるし、領軍と私兵団じゃ感覚として正社員と日雇い労働者くらい違う。実際、俺が本格的に領主教育を受け始めるためにエレーナ様のところを辞するだろう数年後には解散が予定されている一時的な組織に過ぎないってのも、多めに雇わせてくれた理由でもあるんだろう。

 後は、上限を千人とした上で、俺が自分で領地開発して稼いだ分は私兵団につぎ込んでも良いって約束を守ってくれたのが大きいだろう。


 そうこうしながら城を出た俺たちは、練兵計画についての確認を続けながら、再建されつつあるマントイフェルの城下町を進む。

 とにかく金の力で人手を集めまくり、なんとか中心部は見れるようになっている。

 フーニィで集めた移民たちも給金を払って動員していて、この先何年かは土づくりでまともな収穫は期待できないであろう彼らの貴重な収入源にもなっていた。

 それでもまだまだ再建には遠く、ズデスレンからゴーテ子爵領への街道工事も終わりは当分先の見込みと、仕事はまだまだたくさん湧いてくる。少なくとも、移民たちが安定的に生計を立てられるようになるまでは、この流れは続いてくれるだろう。


 確認が終わったころにたどり着いたのは、今回の目的地。私兵団の兵舎である。

 石材による塀で囲まれ、元はズデスレンを失う以前の領軍の施設だったのを増改築した、白く無機質な兵舎が見え、門から兵舎の間には千人の兵隊たちを集めてちょっとした運動なんかをさせるには十分な空間がある。俺が最初に見た時には、前世の中学や高校か何かを思い出した。

 塀に囲まれたお蔭か、軍事施設として設計されていたお蔭か、なんとか火計をまぬがれてくれていたので、一から千人規模の兵士たちを受け入れる建物を作らずに済んだのは助かった。


 そんなところに門をくぐって入ってみれば、そこに居るのは、随分とまあ分かりやすく『ならず者』な連中である。

 見た目だけはこっちが支給した武装に身を包んで統一されているが、目付きやら行動やらが分かりやすくならず者なのだ。

 士官学校なんかならばいざ知らず、田舎の、しかも私兵団なんかに応募してくるのは食い詰め者なんかだろうから、覚悟はしていた。

 していたけど、生で見れば、やっぱり少しは気圧けおされるもので。


 親衛隊の連中には厳しいんじゃないかと横を見れば、平然とするフィーネ。

 むしろ、先に来たんだろう九人の乙女たちは、統制も何もなくその辺でバラバラに散らばってる私兵たちを見て、不敵な笑みを浮かべたり、舌なめずりしたりしてる。

 頼もしいんだけど、頼もしすぎてちょっと怖い。


 そのまま見渡せば、こっちを値踏みするような私兵たちの視線に、軽く死んだ目をしているビアンカちゃんを筆頭とした魔法兵九人、そして、信じられないものが目に入ってくる。


「なあ、ギュンター。これはなんだ?」

「持ち主が現れず、余った支給品の武装ですな」


 鎧と武器の山を見た俺が、ちょうどこっちに近付いてきていたギュンターに問えば、当然のような口調で返ってきた答え。


「いや、前日までに全員兵舎に入ってるはずだろ? 叩き起こせよ」

「そもそも兵舎に現れておりません。支度金の持ち逃げですな。正規の地方連隊でもよくあることです。むしろ、何の実績もない私兵団に、よく九割も残ったものです。カール様の勇名のお蔭でしょう。一応、対策はしていましたが、数人や数十人ならばともかく、一度に千人も集めるとなると、あと百名ほどは逃げ出すものと思っておりました」


 こうして俺の私兵団は、結団式すら行なう前に強烈な一撃を叩き込んでくるとの波乱の始まりを迎えることとなった。





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