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第三章最終話 ~駆け抜けた先に~

「来たか、カール。では、さっそく本題に入ろうかのう」


 我がマントイフェル男爵家の領地開発計画を実行し、夏を越え秋を越え、冬も越えて迎えた年度末の三月。その某日に、今年度の領地開発状況について、おじいさまの執務室において二人きりでの講評がなされることになった。


「ズデスレンの編入で財政は好転の見込みだったのを差し引いても、かなり頑張ったのう。歳入も歳出もかつてない規模で、みな来年の予算を組むのに苦労しておるわ。お前のところのパトリックが居なければ、もっと苦労していたじゃろう。十年以上前とは言え、中央で財務に関わっていただけのことはある」

「本当に、義兄上や姉上、ひいてはパトリックを手放してくれたゴーテ子爵家には感謝しかありません」


 パトリックがゴーテ子爵家に居場所がなくてくすぶっていたことを知ったうえでの俺の言葉に、おじいさまは苦笑いを浮かべる。

 パトリック以下、中央の色々な官庁で官僚経験を有する人材をこんなド田舎に呼べたのは、西方派閥失脚から我が家が受けた、唯一と言っても良い利益ではなかろうか。


 講評の始まりは好意的なものだが、油断はできない。

 私兵団を結成したとして、衣食住を現物支給にすれば経費は多少抑えられるが、千人どころか、安定的な戦力として考えるなら最低限は欲しい数百人規模でも、ド田舎貴族には大きな出費だ。

 経済成長はしたけど、私兵団はまだ早い、って結論もありうる。


「特に、商税が思っていたよりも入ってきておる。ゴーテ子爵領を経由して帝都までつながる予定の街道はまだ工事中だというのに、すでに商人たちが港に押し寄せておるな。とても、商税を割引しているとは思えん金額じゃ……」


 事前の予想では、ゴーテ子爵領への平原の街道が完成してから本格化すると思われた商取引の増加。平原の街道でなければ帝都方面へは輸送コストの削減効果は限定的であり、当然の想定だと思っていた。


 だが、商人たちのたくましさは、お役人では想像もできないものだったことを思い知らされた。


 「帝都に売りに行けないなら、もっと近場で売ればいいじゃない」なんて誰かが言ったかは知らないが、拡幅工事が終わったばかりのマントイフェル城とズデスレンを繋ぐ街道を起点に陸の商会が各地を駆け回り、そんな彼らに水上を駆ける商会が商品を売る。逆に、陸の産品を、水上を駆ける連中に売り飛ばす。

 陸運から水運まで単独でやってしまう大商会にしても、積み荷の乗せ換え拠点であるズデスレンに事務所や倉庫を設置し、相応の税金などを納めてくれている。

 早い者勝ちだと新販路を開拓しに押し寄せた、商税と港使用料の割引目当てのフーニィ系商人たちは、本当にたくさん儲けて、たくさん落として・・・・いってくれた。


「鍛冶工房の試作品についても民生品・軍需品どちらも好反応というではないか。いつごろ、本格的に売り出せる?」

「そう遠くないうちには。遅くとも夏が来る前にはできる、と工房長から報告を受けています」


 フーニィから呼び寄せた鍛冶師のリア・アスカ―リとその鍛冶工房の連中は、我が家のお抱え鍛冶師として頑張ってくれている。

 フーニィで雇った錬金術師のテオドール・ランツィンガーが錬金術で製錬した鉄や微量のミスリルを使いながら様々な製品を少しずつ市場に流し、その結果を見て、限られた生産能力で何を作るのかが大体決定したところだ。


 鍛冶師としての腕が良いことは分かっていたから想定内だし、錬金術での精錬技術のコストダウンの実験の成果がゼロなことも期間なんかからすれば織り込み済みだ。

 ただ、鉄砲開発があまり進んでいないのは想定外だった。


 見本となる現物もなければ設計図もなく、基礎研究がなされているわけでもない。

 それでも、形状やら仕組みやらについて俺が素人しろうとなりに伝えたのでさっさと出来上がるのではないかと思っていた。

 しかし、銃身の長さやら細かいパーツの規格、使用する金属の比率やらを少しずつ変えながらいくつも試作品を作っては使い込んでデータを集め、やれ命中率が低すぎる、やれ重過ぎる、やれ威力が物足りない、そもそも耐久性が低すぎる、などと鍛冶工房一同で通常業務後に目をぎらつかせながら会議を続けている。

 たまに火薬こと『発破粉はっぱごな』開発者としての立場と金属素材についてのアドバイザーとして会議に参加するランツィンガーさんも心配するほどに異様な空気らしいが、本人たちは「新しい……新しいぞ!」なんて最高に楽しそうだし、通常業務もそつなくこなすので、どうしようもない。

 鉄砲なんてこっちの世界では影も形もないものを開発させることに専属させるなんて言えば、他の家臣に納得を得るのは難しいだろう。

 何とか、場合によっては数年がかりになりそうな開発中に事故がないように祈るばかりである。


「加えて、『青空市場』だったか。商税を免除して代わりに低額な場所代だけを取る露店市だが、それなりに順調なようじゃな。最大百人ほどを想定して場所を取って、毎日六~七割ほどが埋まる。宿屋や食堂などにも波及して、嬉しいことだ」

「それでおじいさま。青空市場目当てで自衛能力の低い個人の交通が増え、それを襲おうと現れ始めた数人規模の賊への対処でお願いしていた騎馬による警備隊なんですが……」

「うむ。これだけの成果を出している政策のためでもある。陳情を受けた直後にお前が部下とまとめた計画の通りに進むよう、予算を付けさせておこう」


 出費の分増えただけ私兵団が遠のく、なんて言ってる場合ではない。

 限られた人数で領地を守るためには、徒歩では間に合わない。高機動のパトロール部隊の創設は、行商人たちからの要望としてフーニィから伝えられていたものだ。

 馬の維持費はこっち持ちだが、馬そのものは陳情してきたフーニィからの提供。

 エサ代などの維持費がとても高いので、初年度は二個小隊十頭から始め、経済動向や街道の利用状況の様子を見ながらさらに二年で最高三十頭六個小隊体制にする計画になっているが、予算さえ付けば特に問題なく進むだろう。


「マントイフェル城下の復興工事やズデスレンの開発工事も順調じゃな。土づくりで数年は収入に期待できない移民や、少しずつ流れ込み始めた食い詰め者たちをうまく吸収してくれておる。魔法兵の有料貸し出しも工事関係者に好評のようだし、来月からは魔法兵を追加で雇うのじゃろう?」

「ええ。ビアンカの伝手つてで、魔法学校をこの三月に卒業する後輩たちを引っ張ってきてもらいました。毎日、様々な工事に関わるとあって多くの実地経験も積めるので再就職にもプラスになると、場合によっては数年で解雇するとの条件付きでも来てくれましたよ」


 『ゲリラ戦』や街道拡幅で人間重機とばかりに大活躍だったビアンカちゃん。

 フーニィから人材が派遣されてきたことで人手不足が解消したことでヒマになったビアンカちゃんを、そこそこ良いお値段で民間工事に派遣したのだ。

 工事があまり早く終わっては困るのだが、魔力の限界もある魔法兵一人が、工事の仕事が後から後から湧いて出るマントイフェル男爵領全体に与える影響はそう多くなく、面倒な工程や難工事を手伝ってもらおうと、とんでもない量の依頼が来ている。

 その結果が、魔法兵の増員だ。

 実は、私兵団結成時には領軍と両方に所属してもらう密約がおじいさまとの間にあったりするのだが、普通に派遣料だけでぼろ儲けなので、誰も反対をする者は居なかった。


 魔力量が限られるので物理的に残業できないからと定時出勤定時退勤なのに、なんだかビアンカちゃんの目が死んでいるように見えるのが気にならないでもないけど、魔法の連発ってそんなに大変なのか……?

 ま、まあ、個人が自由に使える金額で考えるならば彼女が領内で一番貰ってて、俺なんかじゃ足元にも及ばないほどだし、ブラック企業みたいな状態ではないはず。

 後輩を引っ張ってきたってビアンカちゃんが満面の笑みで魔法学校への採用旅行から帰ってきた後、増員を前提に仕事を組みなおしたら「七勤一休が、六勤一休になりました、ハハッ」って白目で喜んでくれたし。

 何モ問題ナイネ……。


 後は、貧民街を形成しそうな連中を吸収しきれてるのが大きい。

 治安上の問題や、貧民街が一度根付けば排除には流血すら覚悟せねばならないこともあって、仕事を見つけられなかった食い詰め者が街中に住み着きそうなら、『早く声を掛け、かわいそうだから周辺の大きな街に行きたいならこっそり片道分の旅費を出してあげる』作戦。またの名を、穏便な方法での周辺都市への追い出しもやるつもりだった。

 大きな街での職を求める貧民の流入は日常で、わざわざ行政側がどうしてきたのかとか調査するでもなく、よっぽどの不運か、よっぽど大規模にしない限りはバレないだろうとの分析結果は出ていた。それでも万が一、バレれば追い出し先との関係も面倒になるリスクもあるから、やらずに済んだのは良かった。


 開発特需は何年かすれば終わるだろうが、バブルのように派手に壊れるでなく、もっと穏当に着陸して、終了前に職のあった連中が生きることができる程度には収まってほしいものだ。


「で、皇女様のためのお前の私兵団の創設の予算認可、か」


 本題が来た。

 今年も歳入は大きく増えたが、インフラなどの整備は半ばであって、ピークはまだ先。

 そのうえ、歳出も大きく増え、特に工事の代金支払や、移民たちの生活援助が重い。


 果たして、おじいさまはどう答えを出すのか。


「将来性まで考慮すれば、お前が『社会勉強』をする期間くらいなら私兵を雇う予算を出しても良いじゃろう。形はできたから普段の業務はパトリックたちに任せても良いが、定期的に領地の様子も確認するのじゃぞ?」

「あ、ありがとうございます!」

「あまり遅くなっても、皇女様のところで経験を積む期間を短縮するか、本格的な領主教育の開始を遅らせるかになってしまうからな。精一杯頑張ってくるのじゃぞ」


 ふう、何とか一仕事をやりきったかな?

 最近はエレーナ様からの手紙の内容も、ハンナが転んだ、話をふってもフィーネの反応が辛らつだ、飲み会終わりの思い付きで酒瓶アートを始めた、なんてどんどんしょうもない方向に行っており、かなりヒマをしているみたいだからな。早く手紙で知らせてやろう。


「カールに今更、諸侯との顔繋ぎ以外、領主として何を教えればいいのか想像もつかんがな」


 そんなおじいさまのつぶやきが俺の耳に入ることもなく、頭の中で私兵団結成のために手配すべきあれこれを考えながら退室するのだった。





次回は、登場人物などのまとめ。

(忘れてなければ)ここまでもこれからも開示する予定のない短編版との設定やキャラの歩みの違いなんかも入れたいところ。


いつぞやにリクエストされた領地周辺や帝国周辺の地図もチャレンジしようと思いますが、入ってなかったときは……色々と察してやってください。

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