第六話 ~信長は『うつけ者』、元親は『姫若子』、そして彼は『エロバカ猿』らしい~
青空の下、俺はフーニィの大通りを、遠い記憶の中のアニソンを口ずさみながら歩いていた。
最初に大まかな方針をまとめ、お抱え鍛冶師と錬金術師を雇い、残る仕事は、みんなの交渉が終わってから契約書に最終的なサインをすること。
あと数日でそこまでたどり着いて帰れる予定らしいが、実務経験のない子供に、それまでやれることが何もない。
まあ、それ以前に、今の段階でトップが出ていくと逆にやりにくいんで黙って待ってろ、的なことを遠回しに言われてしまっていることもある。
結果、いつも付いてきてくれるギュンターまで仕事で出掛けてしまいホテルで一人な俺は、孤独に楽しく観光って訳だ。
それにしても賑わいがすごい。
港の方から大通り沿いを歩いて、その辺の食堂で昼食を済ませたんだけど、西方地域の不況なんてなんのその。とにかく人と熱気の凄いこと。
フーニィにやってきた日にも馬車の中から見て思ったことだけど、実際に自分がその中の一人になってみると、迫力が違う。
そんなこんなで歩き回っている俺だけど、一応、目的地はある。
『治安管理局』と呼ばれる、警察に相当する組織だ。
なんでも貧民街関係はそこの担当らしく、我が男爵領への移民希望者の募集を担当してくれているところだ。
やることない俺は、どれくらい希望者が集まっているのかを確認しに行こうってわけである。
明日をも知れない貧民から、自活できる経済基盤を整えてやるのだから、それはもう希望者殺到だろう。
ふむ。だとすると、選抜方法の相談とかされるかな?
先着順なんかが楽だけど、人格的な面も気にはなるし、かと言って千人の枠を全員面接で決めるなんて労力がかかり過ぎだ。
さて、どうするか。
そんなことを考えながら到着したのは、『治安管理局本部』と書かれた立派な看板の付いた建物――の裏口。
まあ、貧民街の連中が正面から出入りしたらあれこれ面倒なのは予想がつくからな。これは別に良いんだ。
ただ――
「人の気配がまったくない……」
どういうことだ?
いや、三日前から募集は始まってたらしいし、もう締め切ったとかか?
「誰か居ますかー」
「あーい。どちらさま―」
中に入れば、誰も居ない事務所に、寝ぼけ眼の若い男が一人。
こっちに気付くと、大きく目を見開いて、改めて話しかけてくる。
「こちらは、マントイフェル男爵家への移民申請専用の窓口なのですが、なんの御用でしょうか?」
「こちらの責任者に用事があるのだが」
貴族にしては地味目でも、普通に比べればかなり良い身なりに驚いたのだろうが、おじいさまからの委任状を見せると、納得したようだ。
対等の取引ではなくこっちが貧民を引き取って向こうに得をさせてやる関係ってことになってて、しかも明らかに下っ端っぽい人だから若輩の俺でも少し偉そうに言ってみたけど、大丈夫だよな?
実は凄い偉い人でした、とかないよな?
「では、局長を呼んでまいりますので、そちらのイスにお掛けになって、少々お待ちください」
「うむ。……ん? 局長? それは、この治安管理局の局長のことか?」
「ええ、まあ。移民については、局長預かりの案件ですので」
そう言って、男は事務所の奥へと消えていく。
フーニィでの局長って確か、国に換算すると大臣相当の立ち位置だったはず。
行政機関の上に商業ギルドが来たりとややこしかったけど、大体はこの認識で合ってるはず。
なんか、ちょっと顔出そうかって軽い気持ちで、とんでもないことになってないか?
いや、アポなしで大臣クラス呼び出すって大丈夫なのか?
「お待たせして申し訳ありません、カール様」
「いえ、こちらこそ。突然の訪問となってしまい、申し訳ありません」
やってきたのは、気の良いおばちゃんって雰囲気の、ぽっちゃりした女性。
互いの自己紹介の後で奥の応接スペースに招かれ、さっきの若い男がお茶を置いて下がると、さっそく本題に入る。
「移民希望者の集まり具合は、いかかですか?」
「ゼロです」
「……いやいや。すいません、少し耳の調子が悪いようでして。もう一度言っていただけますか?」
「我々は、貧民街において呼びかけ、一応は張り紙もし、希望者を待っておりました。結果、ここでは現時点まで、各地の支部においては昨日までの三日間、移民希望者はゼロです」
困ったような笑みで伝えられる現実に、言葉もない。
いや、なんでだ?
「あの、こちらが提示した条件に問題でもありましたか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。男手を千人弱、経済基盤が整うまで食事の炊き出しや洗濯などをさせる女手を百人弱の募集というのは、貧民街の推定人口からすれば十分に集められるはずですし、体感の男女比ともあまり変わりません。貧民街は早死にする要因がいくらでもある場所ですから、あまり高齢な者は来ないでしょうから、予算が足りるのならばそちらが希望者の扱いに困ることもないでしょう。ただ――」
ここで真剣な顔になって少し身を乗り出す局長さんにつられ、俺も少し身を乗り出す。
「『おいしい仕事は死刑宣告』」
「……えっと?」
「貧民街の常識ですよ。社会の底辺とも言えるあの場所に美味しい話を持ち込むなんて、十のうち十に落とし穴がある。それでも、前金を十分に積めば、死ぬ前にパーッと楽しみたい連中が引き受けたりするんですがね」
千人分の前金を用意する?
現物で生活の面倒を見るので精一杯だよ。
「頭を抱えるお気持ちは分かりますが、あそこの連中は、貧民街で炊き出しをしている教会の連中すら疑ってかかるような者たちです。その分、身内での結束は固いんですがね。見ず知らずの貴族様に、いきなり人並みの生活をさせてやるってお触れを出されて、疑わずに飛びつけるほど、楽な人生じゃないんですよ。あまり、悪く思わないでやってください」
まあ、理解できないでもない。
ないけど、困った。
これ、俺の経済発展策の中核なんだぞ……。
「あの、貧民街の人たちって、バラバラなんですか? 何か彼らなりの秩序があったりとかは?」
「ありますよ。大小、統制具合、色々ありますけど、派閥のようなものはありますね」
「その派閥のトップの人たちと、顔繋ぎをお願いできますか?」
「! あ、いや、できますよ」
局長さんは何かに驚いたと思ったらすぐに通常状態に戻り、返答する。
こうなったら、一人ひとり口説いてる場合じゃない。
あと数日で帰るまでに、影響力のある人物を説得して回って、なんとか集めないと。
他の家臣団のみんなに仕事があって、時間がない今、俺が動かないと。
このことを伝え、すぐにでも動けるとの局長さんの言葉に甘え、さっそく貧民街へ向かうことにする。
「お待たせしました」
「いえ……?」
服装は良いんだが、あまりにもつばが広くて顔がよく見えない帽子に、つい言葉が詰まる。
「何か?」
「いえ、そのような帽子は見たことがなくて珍しいな、と」
「この年になると、日差しを浴びるのがつらくなってくるんですよ。そろそろ、暑くなってきましたし」
そんなこんなで、さっそく貧民街へ。
「行き先は、ここから一番近い貧民街。それでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
そうしてたどり着いた先は、昼だってのに薄暗い街。
とにかく、空気が重い。同じフーニィだってのが信じられないくらいに、表通りとは違っていた。
「行きましょうか」
そう言う局長さんに続いて進むこと、二十歩ってところか。
「おう、お前さんたち。誰の許しを得てここに入ってんだ?」
そう言う男を先頭に男三人が正面からやってくるので、反射的に局長さんと彼らの間に俺の体を入れる。
まあ、後ろや横も回り込まれたんで、あまり意味はない気もするが。
きっと、たった二十歩で絡まれたんじゃなくて、絡むために二十歩踏み入れさせて、逃げ場をなくしたのか。
クソッ、武器なんて持ってきてないし、対応しきれないぞ。
ああもう、貧民街への認識が甘すぎたか。
「おい! 何か答えろや!」
正面の男がそう言って俺の胸元に手を伸ばそうとしてきた。
胸倉を掴む気かと判断し、対処し――ようとしたところで、金色の疾風が駆け抜ける。
「とぉぉぉおお!」
「あべし!」
それは、少年だった。
年は、俺と変わらないか少し下くらい。
黄金色の髪と青い目をした、俺よりもずっと良い服を着たその少年は俺の後方から飛来し、その右ひざを、俺の正面に居た男の顔面に華麗に叩き込んでいた。
男は、派手に吹き飛んで動かない。
「お兄さん。そんな良い服着て貧民街に入るなんて、襲ってくれって言ってるようなものだよ?」
振り返って笑顔でそんなことを言う少年に、お前の方がずっと良い服だろうが、ってとっさに言い返そうとしたところで気付く。
「後ろ! 危ない!」
攻撃された男の後ろにいた男たちのうちの一人が、音もなく少年に攻撃を仕掛ける。
どこから持ち出したのか、その手には角材が握られていた。
だってのに、少年は全く動こうともせず、その一撃は脳天に叩き込まれる――ってところで、漆黒の疾風が駆け抜ける。
「とぉぉぉおお!」
「ひでぶ!」
それは、メイドさんだった。
ミニスカのパチもんではなく、俺と同じくらいの年で黒い髪を三つ編みにした、ロングスカートのメイド服を着た本物と思われる。
それが、さっきの少年と同じく自らの右ひざを、少年を攻撃しようとしてた男の顔面に叩き込んだ。
「はいはい、見世物じゃないよ。かいさーん!」
全く動じてない金髪の少年は、空気が固まる中で平然とそう言い放ち、周囲を囲んでた連中はなんとなくその指示に従って去ってしまった。
残ったのは、俺に局長さんに、少年とメイドさん。
とりあえずは助けられたみたいだし礼を言った方が良いのかと口を開こうとすれば、メイドさんに先を越されてしまった。
「やっと見つけた……。脱走なんて、何考えてるんですか? いい加減、素行を考え直してください。陰で『アルベマールのエロバカ猿』とか呼ばれる人に仕える方の身にもなってください」
「ハッハッハ、面白い冗談だ。お父様に命じられて守り役をやっているじいやならともかく、平民出身には雲の上の存在なメイド長相手に直訴して僕付きになりたいって言った、物好きなカレンに言われるなんてね」
「なっ!? メイド長には口止めしてあるはずなのに、どうして……」
「知ってるだろ? 僕、上流階級出身から平民出身まで、城中のメイドさんと仲良くさせてもらってるからね。僕にお仕えするのはちょっとアレって言われてても、お友達としては結構うまくやってるんだよ。いやー、彼女たちって本当に家中のことならなんでも知ってるよねー。友達付き合いよりも仕事に生きてるカレンは例外だけどさ。――あと、今のはとりあえず平然ととぼけるところね。鎌かけかもしれないから」
「……そうでしたね。アランさまは、とにかくおモテになられますからね」
何か説教が始まったと思ったら、いつの間にかメイドさんが拗ねて、今、目の前でいちゃいちゃベタベタと少年が機嫌を取ってる主従らしき二人を見て思う。
とりあえず、こいつら爆発しねぇかなぁ……。




