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第五話 ~新時代への投資~

「あ、あの……これ、けたが一つ多すぎたりしませんかね……?」


 商都フーニィの職人ギルド総合窓口で鉱石製錬施設の値段を見せられた俺の感想だ。

 いや、百億ゲルド単位で掛かるとか、聞いてないんだけど?


 二十から三十億くらいじゃなかったっけ、と確認しようと隣を見れば、顔を青くして我が家の家臣が口を開いた。


「い、一番安いのですぞ!? それでこの値段とは、吹っ掛け過ぎだ!」

「いやいや。設備輸送費に建設費用なども含めれば、妥当ですよ。むしろ、水運を使える分、輸送費部分ではかなり安く上がっています」

「そんな問題ではない! 以前調べた時には、ここまで高くなかったはずだ!」

「ああ、十年以上前に値段を調べられたんじゃないですか? その後、技術革新があったんですよ」


 聞けば、十年ほど前に技術革新があったらしく、製錬施設の大型化と量産化が進んだらしい。

 しかも、一部部品については製造可能なところが限られていて、その値段が高止たかどまってもいるらしい。

 で、品質・コスト面から、旧技術では価格競争で勝ち目がないらしいのだとか。


 言葉もない。


 まあ、ネットなんかもなく情報収集が難しい中で、直接に統治に関わる部分以外の情報まで最新のものをそろえるのは困難だろう。

 十年前と言えば、ズデスレンを失って我が家が混乱してた時期で、しかも我が家は一方的に鉱石を売ってただけだ。技術革新があったからってセールスに来もしないだろうし、知らなくても仕方ないんじゃないかなぁ……って伝えても、顔が青を通り越して白いのを見ると気にしそうだ。


 とりあえず今はそれより、この先どうするかだ。

 百億単位の貸し付けをフーニィの銀行がやってくれるか。そもそも、大型で量産前提の施設となれば、生産分のインゴットを売らねば話にならない。

 腐るような物ではないけど、倉庫でいつまでも眠られても困るのだ。


 いっそ、製錬施設は諦めて、鉱石を売って製錬後のものを買って加工するか?


「そこでですね。ご提案があるのですが、錬金術を用いた新技術に興味はありませんか?」

「えっと、新技術ですか?」

「はい。こちらの資料をどうぞ」


 問い返した俺と家臣の二人に、それぞれ五枚ほどの紙が渡される。


「そちらは、現在のマントイフェル男爵領から出荷されている鉱石量を元に作った、新技術を用いた製錬を行った場合の推定される利益についてのものです」


 やけに準備の良い書類に目を通していると、向こうの担当者がさらに言葉を重ねてくる。


「現在の相場価格での販売を前提にしていますが、おそらく、鉱石をそのまま売りに出すのと利益はほとんど変わらないのではないでしょうか。ならば意味がないと思われるかもしれませんが、鍛冶職人をお抱えになられるならば、インゴットではなく製品にまで加工すれば利益は増えます。それに、使用する触媒が高価な分コストそのものは高くとも、初期投資はほとんど不要なのも、小規模な製錬を考えておられるそちらには利点でしょうし、できたばかりの技術ですから、発展によってコストが下がる余地は大いにあります」


 ちらりと隣を見れば、特に反応はない。

 合図を決めたわけではないが、何も口を出さないというのは、この話に乗っても良いと考えているのだろうと思う。


 確かに、悪くない話なのだろう。

 初期投資がほとんど不要ということは、製品に投資コスト回収分の値段を上乗せる必要がないわけで、生産量を絞ったから赤字になる、ってことはないんだろう。

 なんなら、鉱石のまま売る分と製錬して売る分と加工して売る分、と分けても良いわけだ。


「ところでその触媒、長期保存はできるのですか?」

「ええ、そうそう傷むものでもないですから。後、実演には時間と費用が少々必要でして。申し訳ありませんが、うちの組合が詐欺だった場合の損失を全面保証する、ということでご納得いただきたいのです」


 ありがたい申し出だ。

 ありがたすぎる・・・・・・・し、準備が良すぎる・・・・・・・


「それはありがたい。でしたら、近いうちにその錬金術師と実際に会わせてもらっても?」





 契約が成立したら三十万ゲルドの紹介料を取るから、なんてささやかすぎる条件を受け入れてから五日後のことだ。

 俺と担当の家臣の二人は、以前と同じ職人ギルド総合窓口の担当者に連れられて、錬金術師の工房だという家に訪れていた。


 この五日間、まずはおじいさまに報告をし、現行の鉱石輸出よりも採算が悪化しないならこっちに一任してくれるとの言質げんちを取った。

 さらに情報も集め、技術革新の話が本当なこと、設備投資の流れについていけない中小の製錬施設が閉鎖され始めていることを確認している。


「初めまして。私は錬金術師のテオドール・ランツィンガーと申します」


 そんな三十歳くらいに見える細身の男の挨拶あいさつから始まった面会は、和やかに進んだ。

 いくつか確認事項を話すが、あまり意味はない。

 立派な保証人が付いているから疑う意味もないし、情報も必要な分は事前に開示されてるから、それを改めて確認するくらいだ。


 なんで、この場で雇用契約書の作成に入る。


 研究用に触媒の極一部と少量の鉱石を提供してほしいと言われたが、微々たるもの。

 なんの問題もなく両者がサインした。


「コスト面の問題でどこも協力してくれませんでしたから、助かりました。大規模鉱山は最新鋭の製錬施設を入れた方が利益が大きいですし、中小鉱山は鉱石を売るのと利益が変わらないなら、手間をかける分だけ損だって言われまして。いや、マントイフェル男爵家ならばフーニィからもすぐに船で触媒を大量に運べますし、ありがたい限りです」


 契約成立後にお茶をすすりながらしていた雑談で、なんとなくこの出会いの裏に気付いた。


 やっぱり・・・・現行の製錬施設を買えそうにないウチにランツィンガーさんを売り込み、フーニィから触媒を買わせて利益を上げる気か。

 おそらく商業ギルドも絡んでいて、職人ギルドの方にもいくらか分け前が入るのか、何かしらの利益供与などもあるんじゃないだろうか。

 先に鍛冶職人の面接を行わせたのも、いくらか時間を使って手を付けた計画を投げ捨てるのはもったいないって心理を突くため……かもしれないのか?


 まあ、うちにも損はないし、誰も損していない。

 三方みな利益を得て、実に平和的な結末じゃないか。


「そういえば、ここには色々と見たことのないものが多いんですね」

「ああ、私のこれまでの発明品ですよ。自分で商品を作って売り込むことで生計を立てていたんです。興味がおありですか?」

「ええ」


 錬金術師と会うのは初めてな俺は、時間もあるし遠慮なく見せてもらうことに。

 この場のおっさん二人が温かい目で見てくるが、知ったことか。夢とロマンの前には些細ささいなことだ。


 そうして、通常の火を使うものよりも長持ちして明るい魔術照明や、鉱山の奥深くまで新鮮な空気を届ける換気装置などを見せてくれる中、黒い粉の入った小瓶こびんを苦笑いでスルーする錬金術師さん。


「あの、その小瓶はなんです? 黒い粉が入ってるみたいですけど」

「ああ、発破粉はっぱごなですか」


 見てもらった方が早いですか、なんて言いながら透明な箱を用意するランツィンガーさん。

 おっさん二人もなんだなんだと寄ってくる。


「危ないですから、少し下がってくださいね」


 そう言うランツィンガーさんは、黒い粉を少々入れてふたを閉めないままに一歩下がって呪文を唱えた。


「「わっ!」」

「ハハッ、失礼。驚かせてしまいましたか」


 ちょっとした爆音とすすを残して消えた黒い粉に、おじさん二人は驚いている。


 そう。おじさん二人は、だ。


「ランツィンガーさん」

「えっと、なんでしょうかカール様?」


 無表情で固まる俺に、さっそく雇い主の機嫌を損ねたかと心配してるのか、答えは硬い。


「これ、製法は他に誰か知っていますか?」

「製法なら、私は誰にも教えたことはないですよ。鉱山なんかで使えるかと思ったんですが、コストが高すぎて商売になりそうになかったんで。他に似たようなものも聞いたことはないですね」

「着火は、魔法でなくても?」

「ええ。水気があると使えませんが、そこさえ気を付ければ、火ならなんでも良いですよ」


 ああ、まさか……まさかこんなところで出会えるとは……。

 転生するときに特に出会わなかった神様、あなたに感謝します。


「か、火薬だ!」

「火薬? ……ああ、確かに火を使うものですから、ピッタリですね」

「こ、これ、今すぐ譲っていただいても!? おいくらですか!?」

「商売する気ならその小瓶の残りで数万か数十万ゲルドはしますけど、その小瓶限りで良いなら、カール様になら無料でお譲りしますよ」

「ほ、本当に!?」

「まあ、処分に困って放置してた分ですし。何より、私の研究にこれから協力していただく方に、そんな高すぎて使い勝手の悪いものを売りつけるわけにもいきませんから」

「ありがとうございます!」


 それだけ言い捨てると、小瓶を掴んでランツィンガーさんの工房を飛び出し――すぐに戻ってきた。


「あの! アスカ―リ鍛冶工房の場所、分かりますか!?」

「行ったことはないですが、鍛冶工房のある区画で看板を探せばすぐに――」

「じゃあ、一緒に来て!」


 職人ギルドの担当者さんの腕を掴み、街中を駆け抜ける。

 とにかく走って走って走り抜けると、一軒のボロ屋の前にたどり着いた。


「頼もう!」


 息が上がって倒れ込む担当者さんを鍛冶工房前に打ち捨て、そんなことを言う。

 後から考えればあんまりにもあんまりなんだが、その時はそれどころじゃなかった。


「はいはい、お客さんです――」

「リア・アスカ―リはどこだ!」

「え!? お、親方なら中に――」

「分かった!」


 対応に出てきた若い男を押しのけ中に入ると、すぐに目的の人物が出てきた。


「うん? いったい何ごとだ?」

「俺だ!」

「……はぁ!?」


「なんだなんだ?」

「親方、どうしたんです?」

「おい、誰だ、お前」


 ぞろぞろと現れる若い男女。

 それを見て、リア・アスカ―リは慌てだした。


「バカ! 服装で気付け、貴族様だ! この前の面接の、マントイフェル男爵家の次期当主様だよ!」


 その一言で周囲がざわつくが、知ったことか。

 とにかく勢いであれこれと用意させ、場所は鍛冶工房の裏庭。


「じゃあ、下がってろよ」


 中古で買ったこのボロ屋唯一のセールスポイントだったらしいそこそこ大きな庭の真ん中に小皿を置き、その中に火薬を少々。

 そこに、火ばさみで掴んだロウソクをそっと近づける。


「「「「「わっ!?」」」」」


 ちょっとした爆音とともに、ロウソクの先の火が消し飛ぶ。


「あ、あのカール様? いったいなんです?」

「火薬だ」


 何がなんだか分かってない一同を代表して尋ねてくるリア・アスカ―リに答えるが、もちろん誰も納得しない。


「想像しろ」

「え? あ、はい」


 まあ、知ったこっちゃないその時の俺は、とにかく思うままに語った。


「鉄の筒を用意し、この火薬を詰める。そして、その先に金属製の玉を詰めるんだ。そのまま火薬に火をつければ、今みたいに爆発する。――そして、その勢いで飛んでいく玉は、弓や魔法で戦うような距離にいる敵の鎧を突き抜け、肉を断ち、骨を砕くだろう」


 空気が凍る。


 この世界には、火薬も銃も、概念すらなかった。

 火薬はともかく、銃の現物もない。


 そんな状況で、この世界の人間に簡単に理解されるのだろうか。


「新しいだろ?」


 いや。この世界では新概念である刀に自力でたどり着いたこいつらなら、大丈夫だ。

 そんな祈りを込めて、とどめの一言を放つ。


「……新しいな」


 よし、喰い付いた!


「新しいな、みんな!」


「そうですね、親方!」

「新しい! 新しいです!」

「ああ、早く作ってみたい!」


 こうして、我が男爵家は、錬金術師一名と、鍛冶工房を丸々一つ雇うこととなったのだ。





※なお、鉄砲が完成しても、「鉄砲無双だ!」なんてカール君の夢は、そう簡単に叶わない模様。



※~「新しいだろ!」「新しいな!」とかきゃっきゃやってた頃、帝都の某屋敷にて~


「なあ、ハンナ」

「何です、エレーナ様?」


 自らの秘書兼親衛隊副隊長へのエレーナの問いかけに、返ってきた答えはどこかとげとげしさを感じさせた。


「カールはまだかー?」

「あの、今日だけで七回目ですし、毎日毎日言ってますよね? せめて、あなたの後ろに控える親衛隊隊長にでもお尋ねください」

「むー……フィーネのやつ、対応が情けも容赦もないし……」

「あのですね。教官からのお手紙をご覧になって、『皆の者、籠城戦ろうじょうせんだ!』とかおっしゃってから一ヵ月も経ってませんよ?」

「だって、やることなくて暇だし……」

「軍からの賊討伐の呼び出しを断るために仮病使ってるんですから、我慢してください。早くても今年の年度末までは領地開発の結果が出ませんから、最低でも半年以上は我慢してもらいます。何でもやるって言いましたよね?」

「う~……体がなまる~、ヒマだ~」

「そんなにヒマなら、書類仕事手伝って下さい。てか、一人でデスクワーク片付けてる部下に――」

「ぐわぁっ! 仮病の頭痛が! ゲホッ、ゴホッ!」

「あーもう!」


(私たちには心を許してるからこそ、他の隊員たちの前よりも素面しらふでも気を抜いてるんだろうし、二人とも嬉しくは思ってるんだけど……それはそれとして、ハンナはそろそろエレーナ様を一発ぐらいぶん殴っても許されるのでは?)


 エレーナの護衛のためにハンナの執務室の片隅に立つ親衛隊隊長殿は、そんなことを考えていたそうな。


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