第四話 ~採用面接をしよう~
フーニィ市長との、マントイフェル男爵領開発の合意が取れてから二日後の朝のこと。
それぞれの交渉の準備に追われる交渉団の面々に見送られつつ、俺は領地で主に鉱山関係を取り仕切るおじさんと二人でお出かけだ。
流通を良くして人と投資を集めるって政策の協力は取って、俺はしばらくお役御免。
具体的な話になれば、それぞれの担当者の方が俺なんかよりも詳しいので、大きな問題でも起きなければ、最後にまとまった契約書にサインをするだけ。
かと言って、別に遊びに出かけているわけではない。
思うのだ。領地の主な産品が、木材と鉱石くらいなのは寂しくないか、と。
陸運と水運の中継拠点にするだけでも、かなりの増収が見込めるだろう。だが、どうせなら売れる物は多い方が良い。
最初に湖の魚を加工することを考えたが、既存の製品を圧倒的に上回れるような加工方法なんて知らないから、既存製品のすき間を縫って販路確保のために動かねばならないし、商売になる見込みがあるならフーニィの誰かが勝手に投資するだろう。
結局、男爵家自ら動くほどではないのではないかと判断した。
そこで、現在の目的地である、周囲よりも一回り大きな建物に繋がるのだ。
「マントイフェル男爵家当主より全権を委任されておりますカールです。あ、これ全権委任状です。市長さんから話は通っていますか?」
「おお、職人ギルド総合窓口へようこそ。いやぁ、タイミングが良かった。ちょうど一昨日の夜に鍛冶師ギルドの会合がありましてな。ミスリルを扱えるお抱え鍛冶師を探してらっしゃることを伝えれば、十三の工房が名乗りを上げました。すでに、奥で待たせております。製錬施設の購入については、その後でよろしいですか?」
筋骨隆々の見た目に似合わず丁寧な言葉遣いのおじさんに連れられ、建物の奥へと進む。
もう分かったと思うが、金属製品を生産するつもりだ。
商人にすれば、鉱石を産出地で加工する必要なんて全くないわけで、勝手に領内に製錬施設を作ってくれることはあり得ない。
一方、男爵家にすれば領軍の武具を自給できるのは大きい。工房で加工しきれなかった分は製錬した状態で出荷すれば良いし、賊から戦争まで一定期間ごとに金属製品需要はあるから、ある程度の量までならば販売には困らないはずとの見通しで出発前の会議は認識が一致した。
わざわざフーニィで探すのは、領内に定住の鍛冶師が居ないことと、ミスリルのような魔法金属の扱いは高等技能らしいからだ。
我が家の鉱山からは微量とはいえミスリルが出るので利用して製品価値を上げようと言えば、そんな高等技能持ちはフーニィにでも行かないと居ないぞと言われて今に至る。
「それでは、順番に呼んでまいります」
部屋の真ん中のテーブルとイスがいくつかあるだけのシンプルな部屋に通されると、ここまで案内してきた筋骨隆々のおじさんがそう言って出ていき、面接開始。
とは言え、俺がすることは特にない。
なぜかと言えば、民需用、ミスリルを混ぜ込んだ製品、武具、と見本を提示してもらって見分し、いくつか質問をする形式なのだが、何を言えというのか。
いや、男爵家お抱えなんだから、当主本人かその代理が居てくれないと困るって言われて引っ張り出されただけで、製品を見ても「ふ~ん」くらいしか感想がないど素人だぞ。色々と分かってるんですって顔して適当に頷いてるのが限界だ。
そうして最後、十三人目が入ってくる。
「ア、アスカーリ鍛冶工房代表の、リア・アスカーリだ……です! よ、よろしく頼む……お願いします!」
帝国と南方で国境を接する南洋連合を構成する諸民族の一つの特徴である褐色の肌を持つ女性を見た感想は、若いな、だった。
見たところ、二十代前半。手元の書類を確認すれば、二十三歳とある。
今まで男性や、少数ながら女性も来たが、若くとも三十代後半ってところだ。
工房を持てる相場は分からないが、いくらなんでも若すぎないか?
「そ、それで、こ、これがあたしたちの製品だ……です」
大丈夫なのかと思いながら、取り出された農具の金属部分を見る審査員二人を見れば、意外なものだった。
「おお……!」
「この若さで……うーむ……」
好評だ。
明らかに、これまでの十二人の持ち込んだ製品を見るよりも好感触なのだ。
鍛冶工房は、親方を中心にまとまっている独立した鍛冶師集団だが、経営が上手くいっているなら、わざわざ特定の貴族のお抱えになる必要はない。
特に、大貴族ならともかく、我が家に仕えたとして、箔付けにもならないのだ。
親方は若すぎて、製品の質は良くて、ド田舎男爵家のお抱えになるつもり。何か理由があるのか?
「で、次の製品を出してもらえるかな?」
俺と一緒に来たおじさんがそう言えば、リアとかいう女鍛冶師の体が固まる。
「あー、その、実はミスリルを混ぜ込んだ剣を持ってきたんだ、ですが……」
「ミスリル製品と武具が同じでも、別に問題はない。出してくれ」
期待に満ちたおじさん二人の視線に居心地悪そうにしながら、細長い何かが入った布袋を出してきた。
てか、剣にしては細すぎるな。レイピアとかか?
「そ、その、うちの工房は、できて一年も経ってないんだ……です。あたしが代表だけど、他のみんなとも、師弟関係ほど明確な上下関係はない。『新しいもの』と作りたい、その思いで集まった仲間たちだ! その努力の最初の結晶がこれだ!」
布袋から取り出された剣を見て、誰も反応しない。
てかこれ、
「今の剣は、叩き潰すことを主眼にしてるが、これは違う! 斬ることに特化した剣だ! 刀身が薄くて頼りないかもしれないけど、ミスリルを混ぜて強度を上げてる! そして、一撃で骨まで斬り飛ばせるんだ!」
俺には刀に見える。
彼女の言う通り、切れ味よりも重量で戦うのがここでの剣の戦い方だ。
切れ味が鈍っても、棍棒にしてしまえば良いや、ってもの。
そんな中で、刀を作ろうなんて、よく考え付いたな。
「この刃の角度とそりにはこだわっててな! 試しになんか斬ってもらえば、すぐに違いが分かるんだ! あ、刺突特化用にそりのないのもあるんだけど、これも本当によく通るんだよ! それと、こっちのは至近に二つの刃を付けててさ、これで斬れば傷の縫合が難しくなって――」
「一つ良いか?」
テンション上がりまくって言葉遣いをつくろうことすらしなくなったところに、俺が言葉を挟む。
「? あ、ああ……」
「槍とか剣とか鎧とか、普通のも作れるか?」
「……はい」
そこでおじさん二人が完全に置いていかれていたのに気付いたのだろう、沈んだ様子で女鍛冶師は返事をする。
こうなるだろうさ。
剣だけあればいいだけじゃなくて、それを使う方法まで得ることで初めて武器としての価値が生まれる。
重量で押しつぶす剣しかないこの世界で、刀っぽいこの剣は、完全なる新兵器と同じ。誰も使い方も、有用性も知らない。一から考えねばならないのだ。
見た目からして頼りなさそうで、運用法も一から考えねばならないとくれば、早々興味なんて持ってもらえない。
話からして、保守的な親方衆に反発した連中で集まって工房を作っていて、今みたいな反応ばかりで期待の新製品は売れず、スポンサー探しとして名乗りを上げたってところか。
腕は良いみたいだし普通の製品は売れるのかもしれないけど、全く新しい新製品開発のための時間とお金なんて莫大なものを得ようとすれば、普通の製品ばかり作るわけにはいかない。だから、自分たちの思いを分かってくれるスポンサーが欲しい、って。
結局、その後いくつか質問が出て、面接は終わった。
「なあ。最後の鍛冶師、リア・アスカーリってどう思う?」
「腕は一流。武器の方も、製品そのものはともかく、加工技術は文句なしだと思います。他とは、比べものになりませんな」
職人ギルド総合窓口の入っている建物の応接室で二人待つ俺たち二人。
お飾りの俺に代わって実質的な審査官だった男爵家家臣の答えに、頭を抱える。
腕が良いのはありがたい。田舎男爵家のお抱えなんて、一線級の人材が応募するとは思えなかったことからすれば、大儲けだ。
ただ、良くも悪くも信念の集団なところが大問題だ。
『新しいもの』とやらを作るために支援すれば、ド田舎でも文句一つなく働いてくれるだろう。
ただ、そんな底なし沼に金塊を放り込み続けるようなことができるのかと言われれば、家臣団を説得して予算を引っ張ってこれる自信がない。余裕があればあったで、お金を使いたいところなんていくらでも湧いてくるもんだし。
何かチート知識で助けられればいいんだけど、凄さが簡単に伝えられる鍛冶方面ねぇ……。
銃に特別詳しくない俺でも、火縄銃のなんとなくの概念くらいなら伝えられなくもないけど、そもそも火薬のかの字も見つからないからなぁ……。
「いや、お待たせしました。こちらがカタログです。製錬施設の一番安いのですと、こちらですね」
考え事をしていると、採用面接のときからついてきてくれてる職員さんが戻ってきた。
とにかく今は、今のことをやらないとな。
武具なんかの自給のためには、原石の製錬が必要。
そのための施設を発注するのだ。
一緒についてきてる家臣から、流石に一括で支払うのは厳しい金額なことは聞いているので、分割払いで購入する予定だ。
さて、お金を借りてくるためにも、金額を確定させないとな。
一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億、百億……え?
「あ、あの……これ、桁が一つ多すぎたりしませんかね……?」
※なお、フーニィ市長直々の紹介に対して、製錬施設の値段をとりあえず吹っ掛けるか否かを悩んだ結果、今回は適正価格を提示しております。




