第三話 ~統治者とは~
「実は、我が家が無事にズデスレンを再び得たことを機に、フーニィから投資をしていただきたいと思いまして」
「投資、ですか」
「ええ。王国との交易で比較的栄えている西回り航路の拠点都市のように、東回り航路にあるズデスレンにも、宿屋や食事処、港湾倉庫に娼館など、様々な施設を作ってみませんか、とのお誘いです」
「カール殿、建物があれば栄える訳ではないのです。しばらくは工事関係者で人が増えるかもしれませんが、失礼ながら、その後のことを考えれば、そのお話は協力しかねます」
「もちろん、その点は重々承知しております。そのうえで、お願いしているのです」
商都フーニィのトップとの会談は、正念場を迎えていた。
何もなしに頼んで、上手くいくなんて思っていない。
だからこそ、ちゃんと条件も考えてきたんだ。
見なくても伝わる、後ろに控えるギュンターの緊張も受け止め、本題に斬り込んだ。
「現在、ズデスレンからゴーテ子爵領へ向かうには、マントイフェル城を経由する山道を行かねばなりません。これまで、ズデスレンとマントイフェルの間の道は予算不足から長年細いままに置いておかれ、我が家がズデスレンを失ってからは、その保守整備すらまともにできませんでした。我が領の魔法兵も投入して最優先でこの道の拡幅を行っていますが、山道であって通行が大変なことに変わりありません。――そこで、ズデスレンから湖沿いの平野を街道でぶち抜き、ゴーテ子爵領まで一気につなげようと思います」
「街道……? ちょっと、失礼」
そこでフーニィ市長のアードリアンさんは席を立ち、市長室の壁沿いにある本棚へと向かう。
彼は、そう時間を置かずに戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありませんな。これを探しておりまして」
そうして広げられたのは、フーニィを中心とする地図。
詳しい地理情報は軍事機密なので載っていないが、我が家や隣のゴーテ子爵領、さらにその隣のマイセン辺境伯領など、周辺の地理は大体分かるようになっていた。
「湖沿いに南下してここを抜けるので、拡幅したとしても、我が領の今の道を通るより半分ほどの時間でズデスレンからゴーテ子爵領まで到着します。そして、大量の荷を運ぶなら、山道でなく平地を進めることは、時間以上の価値があるとは思いませんか?」
「なるほど……。して、我らフーニィはいかほど負担せよとおっしゃるので?」
「あなた方の負担分はありません」
「……は?」
「すでにゴーテ子爵と我が家とで負担分の話が付いており、フーニィの協力を頂けるなら、すぐにでもフーニィの職人に街道工事の発注を出します。私もゴーテ子爵も、西回り航路の終点たる王都と、今回の工事で東回り航路の終点となる帝都を結ぶ、一大交易路には期待しております」
アードリアンさんは、難しい顔で考え込む。
帝国一の大都市と言えば、文句なく誰もが帝都を挙げる。
単純に人口が多く、加えて中央で働く有力貴族や神官、富裕層も集まる帝都は、帝国最大の消費地だ。
ズデスレンからゴーテ子爵領を越えれば西方最大の都市があるマイセン辺境伯領であり、不況でその旨みが減っていても、マイセン辺境伯領からは帝都まで大きな街道が通っている。
フーニィがどれだけうまく市場に割り込めるかにもよるだろうが、その帝都で戦えるインフラは喉から手が出るほど欲しいだろうし、その時は王都や南方からの水運と帝都までの交易路を繋ぐ一大拠点として、ズデスレンに投資する価値は十分に生まれるはずだ。
帝国の最前線として長年、敵に使われる危険があるからとインフラ整備が進まなかった西方地域。
支配地域の拡大で我が家の居る辺りはインフラ整備しても文句は言われなくなったけど、不況になる前から、多大な予算が必要な工事を領主たちが嫌って整備が進まない。
結果、フーニィから帝都まで大規模に商品を届けるなら、北に大回りせねばならず、コスト面で大きな問題があった。
そこにほぼ最短距離を繋ぐ街道を通すと言われて、断る理由があるだろうか。
復興資金どころじゃない大金をくれた、太っ腹な皇帝陛下様々だな。
だが、これで終わりではない。
まだ畳みかける。
「さらに、フーニィの方々が我が領を使って商売するにあたり、我が家からも支援させていただきましょう。港の使用料と商税について、それなりに割り引く用意もあります」
「わ、割引ですか……?」
「ええ。ただ、現在の我が領民たちやその子孫たちも同等の待遇となりますが、個人経営の零細経営ばかり。我が領民たちやフーニィの方々同士で潰し合っても仕方ありません。仲良くしましょう?」
同等の条件、それどころか向こうが多少不利な条件でも、まともにやり合えばフーニィが我が領の個人商店のほとんどを駆逐するだろう。
ケンカするつもりならともかく、仲良くするつもりなら、ズブズブになって裏で出店規模を相談しての談合万歳だ。どうせフーニィ内部で行うだろうから、うちの領民も混ぜてもらった方がお得だろうし。
投資なんてできるやつは西方地域にはフーニィくらいしかないし、自由競争とかやってもロクなことにならないだろう。
……で、なんで反応がイマイチなんだろうか。
結構いい条件だと思うんだけど。
いや、今はとにかく話を続けるんだ。
何か難しい顔で固まってるし、ゆっくりしてたら、このまま最後まで話ができずに追い出されるかもしれない。
「あと、人を集めるため、行商人のような個人を対象に、一日分ずつ受け付けて、低額な場所代を払えばその他税金を一切免除する青空市場のような区画を大きめに造るつもりです。誰でも応募は可能にしますが、仮に定員を超えた場合、フーニィの関係者に特別枠を設けさせてもいただきますよ?」
「はあ……免税……」
あれ? なんか、顔の険しさが一段深まってない?
次で最後なんだけど、流石にこれには良い反応がないとヤバいなぁ……。
「近年増えているという、フーニィの貧民街へ流入した人々。職がない農家の次男や三男を主とする彼らを、我が領で一千人受け入れる用意があります」
「!?」
よし、言葉もないくらいに驚いてる。
農地を継げない一般農家の次男坊以下にとって、今の西方の不況は最悪だからな。
仕事を求めてとにかく都市に出ても、肝心の仕事が減っている。
いくらフーニィが大きくて栄えても仕事は有限なわけで、仕事が見つからなくて帰るための路銀もない連中が集まる区画が生まれる。
大都市の宿命とも言えるそんな貧民街も、不況が本格化したここ十年くらいでどんどん大きくなってるらしい。
フーニィの貧民街の正確な実態を調べたデータなんてないが、人口が十万人に届かないフーニィにとって、一千人も職を持たない貧民が減る効果は小さくない。
アードリアンさんは、信じられないというように目を見開きながら口を開いた。
「失礼ながら、ズデスレンを足したとて、マントイフェル男爵領の人口は一万に届かぬはず。本当に、何の技能もない『よそ者』を一千人も受け入れるおつもりで?」
「はい。農業を中心に、林業や漁業などで職を与えるつもりですよ」
「……それで、我々に何を求めるおつもりです?」
緊張した目の前の老人の問いに、やっと分かった。
話がおいしすぎて警戒してたのか。
「すでに言ったことで全てです。ただ、ズデスレンに投資してほしいと」
「それでは、そちらの損ばかりでは?」
「そんなことはありませんよ。まず、ズデスレンからゴーテ子爵領までの街道工事をこちらで受け持つのは、領主として当然のことですからね。それこそ、商売の損はすべて自分で受け持つのが商人として当然なのと同じように」
笑みを浮かべながら釘を一つ。
こっちから頼んできてもらったからって、商売がうまくいかなくても損失補償なんてしないぞ、と。
商人が上の立場なら、結構要求が来るらしいからな。頼まれて金を出してやるんだから、それくらいしてくれないと投資が怖いって。
それでなくても、金を出してもらえば、口を出されるもの。
変な横槍を入れられても困る。
「港の使用料や商税の割引についても、損しているつもりはありませんよ? ただ、一人から十を取るより、二人から十四を取る方が結果としては得だと判断してるだけです。行商人向けの免税区画もそうです。行商人が商売に来たとして、拠点がないなら宿泊場所も必要ですし、食事も必要でしょう。儲かれば、遊んでいってくれるかもしれません。そうして金が動けば、必然的に税が生じる。まず、人が集まってもらわなければそんな流れも生じませんから」
「そのために、よそ者の我らを引き入れる?」
「何も問題はないでしょう。とにかく『流れ』がなければ、何も始まらない。フーニィという王国から帝国南方までの販路を握る専門家が居るのなら、協力するのが互いに一番有益でしょう。我が家の立地で帝都方面に商売をするならば、フーニィに戦いを挑むか、協力しなければ売るものがない。ならば、すでにあるフーニィの巨大な販路に参加して協力し合う方が、我が領民にとっても幸福に繋がると思っておりますから――我ら統治者は、人々が『流れ』を生み出すための環境を整え、その流れから分け前を税として取り立てるのが仕事ですから」
そう言うと、いきなり笑い出す市長さん。
あれ?
「いや、申し訳ない。フフ……。そのような統治者論は聞いたことがありませんでしたので」
「え?」
「領内の治安を守り、領民から税を取り立て、有事には兵力を出す。これがあるべき領主。自らの『領内』のことを考えるのが仕事。ですから、商売に興味を持とうとも、自らの手足となる商会や商人を作るのが普通。むしろ、大多数はそんな『よそ者』のことや商売などに興味もなく、そこに売り込みに行くのが我らの仕事。領地の外まで目を向けるその考え方は、まるで皇帝のイスに座っているかのようだ。いや、皇帝陛下ですら、そんなところまでは目を向けていないのでは?」
やべ。
何か、昔からの教育を思い返してみれば、そっちが普通な気がしてきた。
確かに、領地の外は外国みたいな感覚が普通みたいだし、職分を越えてると言われればそうかも……。
「いや、お気になさらず。我らとしては感謝しているのです。どのような者から聞いたのか存じませんが、そのような考え方の領主が増えれば、我らにとっては嬉しい限りですしな」
まあ、にっこり笑ってるし、悪くはない反応だ。
現代日本教育ありがとう。
なんか、この辺の話でおじいさまたちが首を傾げてた理由も分かったし、めでたしめでたし――ってことにしておこう。
「して、貧民の受け入れは、どのような意図で? 特段技能などを持たぬ彼らを受け入れる理由が分からぬのですが?」
「彼らも、継ぐべき土地が、就くべき職があれば立派な納税者で消費者です。我がズデスレンは、それを提供できます。どうせ発展すれば人が勝手に集まるのですから、先に統制下でまとめて受け入れ、領民としてしまおうと思いました」
ここが一番もめたのだ。
納税だけでなく、生活するうえでの必需品はもちろん、上手く豊かにすれば娯楽などにも消費してくれるので、その分金が動く。しかも長期的に安定して。で、金が動けば課税できる、との流れを狙ったもの。
先が読めない景気と違って、これは底が固いだけに、成功すればありがたいものだ。
だが、何ができるわけでもない『よそ者』を一千人規模で入れるのに難色を示された。
俺からすれば隣の県の失業者を人手が足りないから雇った感覚なんだけど、おじいさまたちには、外国から何の技能もない食い詰め者を大量に招き入れているように見えたらしい。
最後には「おじいさまは、私が生まれる前に死んだという兄の次に生まれた『二番目の息子』であることで、私を出来損ないとおっしゃるのですか?」とまで言って、たまたま農家で一番目の男子でなかっただけで貧民になったのが大半の彼らの受け入れを認めてもらった。
俺も、ゴーテ子爵領へ一時避難してた領民や、西方各地を訪れる商人たち、他の領地と交渉を担当する文官に聞いて、西方地域の中でそこまで文化的差異もなく、人数を統制してる限りは文化や宗教の違う移民受け入れによる摩擦まで酷いことにはならないと判断した。
文化も宗教も同じなんだから、国内の失業者に職業訓練して職をあっせんする感覚だ。
生活の面倒を見てやれば、元の住民ともめることはないだろう。
だからこそ、統制下で受け入れたいんだけど。数が大きすぎれば、絶対にもめるからな。
勝手にやってくる連中も出るだろうけど、彼らの中で職を見つけられなかった連中は、『前世のニュースでやったやってないで自治体同士が揉めてた、フーニィでは間違っても口にできないけど穏便な最後の手段』で出ていってもらおう。
何より、まだまだ田舎なズデスレンが宣伝するでもなく一千人貧民を連れてきても、ネットもテレビもないこの時代で、さらに情報を得るのが困難な貧民たちが『標的』にするのは数年は先で、順調にいけば、そのころにはどのみち貧民たちが集まってくるくらいに栄えてるはずだ。
俺は、ハローワークだの職業訓練だので職を失っても再就職してる時代の出身だし、前世で次男坊だったし、身分だけで優劣が決まる訳がない時代の出身。少なくとも、学校やニュースではそうだと言ってた。
今ここは自活できない奴は厄介者みたいな時代だけど、自活できるように何年か助けて、それから子々孫々までたっぷり税金や経済活動で返してもらえば良いじゃん、と思う。
でも、最初の投資なんかしても本当に帰ってくるのかから疑われたところは、社会福祉なんて発想もない時代なことや、身分制が無関係ではないだろう。
貧民なんて、身分制の底辺のド底辺だし。
「それだけ考えてらっしゃるのでしたら、私から何もいうことはありません。ただ、共に成功することを祈らせてもらいましょう」
「では!」
「はい。そのお話、担当者同士でより詳しくお聞かせ願えますか?」
こうして俺は、フーニィ最初の壁を乗り越えたのだった。
◎カールの領地開発手腕
領地とフーニィに色々な記録が残っていることから、ほぼ全容が分かっています。
ただ、商業重視は例があるものの、自分たちでするのではなく、諸侯よりも高い独立性を持つ自由都市の既存商業組合という敵とも言うべき『よそ者』と組んで引き入れると言う、当時としては革新的な方法がどこから来たのか論争になっています。
一つは、エレーナの後ろに付いて中央への影響力拡大を狙ったフーニィが積極的に仕組んだとするもの。
さらに、カールが自分の計画も持っていったものの、エレーナに少しでも早く兵力を届けるために譲歩をして出来た妥協の産物だとするもの。
ズデスレンを失った後の父親が木材や鉱石を売ろうと頑張るも、輸送面で問題を抱えて破談になったことが何度か記録に残ってる点を拾い上げ、そこからインフラ整備すれば勝手に人も金も集まるんだ、と発想したとするもの。
どの説も、特殊技能も持たず、どこの馬の骨とも知れない連中を、人口が一万にも満たない領地で千人単位で受け入れたことは、当時の認識からすれば『狂気の沙汰』であり、実態はカールが譲歩させられた事項であると学会では一致しています。
が、その他の政策のどこまでがカールの意思なのかが論争になっています。
結局、現存する資料はフーニィ側もマントイフェル側も、『すべてカールの意思である』とされていることから信頼性がなく、決定的な記述が見つかってない状況です。
そんな旧来の資料に加え、初代ウェセックス伯アランがその思考をまとめるために書き散らした膨大なメモ群、通称『アラン文書』から最近見つかった、この件について関係するとされる部分を王国中央博物館の協力により、史上初めて王国外での展示がなされることとなりました。
みなさん、ぜひ一度、帝国史上最高の軍師の内政官としての顔をご覧になってみて下さい。
(帝国歴史博物館特別展示企画『歴史を創った天才たち 第七弾 ~帝国史上最高の軍師カール~』紹介ホームページより)