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第二話 ~商都フーニィ~

 皇女殿下のために実家まで私兵を集める金をたかりに行ったら、おじいさまにあおられて実家の領地開発の責任者になっていた十四歳の初夏。

 今の俺は、領地開発関係の交渉のためにズデスレンの港から出発した船に乗り、ぼーっと景色を見ながら湖上を進んでいる。


 普通におじいさまにお断りされて終わりだろうと思っていたら思わぬ展開に、とにかくエレーナ様に報告すれば、『帝都の屋敷に籠城してでも、変な横槍を入れられて引っ張り出されないようにカールが戻るまでじっとしてるぞ!』って趣旨の、やけに気合が入った筆跡の手紙が返ってきた。

 まあ、変に動かれてどうこうなるのがマズいってのを自発的に理解してくれてるのは良いんだけど、仮病けびょうでも使えば終わるようなことに、あの人は何を気合入れているんだろうか。


 ……ふと思いついたけど、すでに私兵団を引き連れて俺が戻るって信じてるのが原因なら、信頼が重過ぎる。

 一度失敗してこの重圧から逃げたいとも思うけど、そんなちょうど良い失敗ポイントなんてない。俺やエレーナ様の初陣は人命の問題があるし、今回の領地開発に失敗すれば、子々孫々まで影響が出かねないのだ。

 結局、しばらくは俺の胃を犠牲に全力を尽くすしかないのか。


 そんなこんながあって夜明けとともに旅立った時はともかく、昼前ともなればいい加減にきたなぁ、と思っていたころのことだった。


「カール様、フーニィが見えてまいりました。船長から、そろそろ下船の準備を始めてくれとのことです」

「ああ、分かった」


 ギュンターにそう言われても、他の人たちが勝手にするから俺がやることなんてないんだけど。

 俺を責任者として、総勢七人の交渉団。安全上の問題もあって、ズデスレンを拠点とする湖上警備部隊の船を一隻出してもらっていた。


 さて、フーニィである。


 フーニィという街は、我が男爵領が取り戻したばかりの領地であるズデスレンより湖沿いに北上した、その北のはしにある。

 初めて見た時にどう見ても海にしか見えなかった巨大な湖の交易路をほぼ支配し、そこから流れ出して南方に向かい、帝国南方と国境を接する南洋連合の本土と言われる大陸領をかすめて帝国南方の海岸沿いの都市群まで続く河川水運の利権も押さえる一大勢力である。

 上納金を皇帝陛下に支払うかわりに自治を認められた都市であるフーニィでは、その支配者たる商業ギルドの代表が市長を兼任するのだが、市長の出身身分に関係なく貴族と同等の扱いをすると帝国から公式に認められている。貴族層からは身分制を軽視していると評判は悪いらしいが、それでも帝国全土で他に四つの街でしか得られていない特権を認めさせたところに、フーニィの財力と影響力の大きさを見て取れる。


 そうこうしている間に入港し、下船だ。

 船長に一声かけて船を下りれば、そこに若い男性が近づいてきた。


「マントイフェル男爵家よりいらっしゃった交渉団の方々ですね?」


 彼は、商業ギルド長でもあるフーニィの市長からの迎えらしい。

 政治的な理由もあって帝都に屋敷を持っている我が家も、ご近所の商都にまでそんなものはない。だからこそ宿を取ることになるのだが、もちろん宿泊費もタダではない。

 経費削減のため、予定はできる限り詰める。

 だから到着早々、昼ごはんよりも先に大まかな合意を得て、明日以降の関係各所との話し合いの対策を今夜してしまうのだ。


 他の人員には先に宿に入って拠点を整えてもらい、俺とギュンターは馬車に乗って政庁へと向かう。

 道中で外を見れば、人の多いこと多いこと。

 うちの男爵領はもちろん、マイセン辺境伯の本拠地の城下町とも比べ物にならないくらいに多い。

 そのうえ、生活に余裕がなければ飼おうとも思わないだろうペットを連れて歩いている人も時たま見かけ、お金が回らなくなって不況にある西方地域の中で、ここだけ別世界のようににぎわっていることがよく分かった。


 だからっておくしてはいられない。

 政庁に到着した俺たちはそのまま市長室に案内され、ギュンターと共に腹を決めて足を踏み入れる。


「これはこれは、マントイフェル家の若き英雄にお会いできて光栄です。私は、このフーニィ市長でフーニィ商業ギルドの代表でもあります、アードリアン・ポイスです」

「ご丁寧にありがとうございます。マントイフェル家当主の孫で、全権大使のカールです。本日はどうぞよろしくお願いします」


 そうして握手する相手は、白髪だが足腰のしっかりした、温和そうな老人。

 ただし、血統ではなく商業ギルド内の互選で選ばれるフーニィ最高の地位に上りつめる人物だ。ただ者だとは思えない。

 今回の領地開発計画は俺が現代日本で知ったことが基本だからギュンターにも頼れないし、そんな相手と事実上一人で立ち向かわないといけない。

 まあ、持ってきた条件からすればギリギリの交渉とかにはならずにすんなり終わる可能性すらある見込みだから、問題はないはずだけど……。


 そうして全権委任状を提示してからにこやかに始まった会談は、手短に俺の初陣の話をほめちぎられるところから始まった。

 ここで油断してはいけない。

 昼食前の時間にやってきて、昼食会ではなく短時間の会談となるのが俺の立ち位置だ。ほめられて調子に乗って、自分の価値を高く誤解したり、相手の言い分を気分良く簡単に受け入れるようでは、ただのバカだ。


「ところで、本日はどのようなご用件ですかな? 領地のことについてご相談だとうかがっておりますが」


 ついに来た。

 まずは、軽いところから終わらせよう。


「実は、先のマントイフェル城周辺の戦いで、勝利のために城下町を焼き払い、周囲も荒れて困っているのです。陛下から十分すぎるほどの資金は頂いたのですが、我が領地だけでは建築技能を持つ者が圧倒的に足りないもので……」

「それはそれは。我らにできることがあれば、ぜひ協力させてください。できる範囲であれば、最大限の協力をさせていただきます」

「おお! それではお言葉に甘えまして、フーニィの各種職人ギルドとの取次ぎをお願いできますか? 街一つをつくるような大規模な発注は経験がなく、ぜひ助けていただきたく」

「もちろんですとも。ぜひ協力させていただきたい」

「ありがとうございます! そのようなご厚意に、何も返さぬのも悪いですな。うーむ……」

「いやいや、お気遣いなく。その感謝の気持ちだけで十分にございます」

「……そうだ。マントイフェル城周辺では、木材を生産しております。最高級品には及ばぬものの、普段使いにはなかなか良い品質であると好評なのですよ。その声に応えて今、マントイフェル城とズデスレンを繋ぐ街道を拡幅かくふくして出荷量を増やそうとの計画があり、その工事が完成寸前なのです。そこで、マントイフェル城での工事の際、その木材を提供いたしましょう。現地生産ですから輸送費はかかりませんし、そこからフーニィのご厚意におこたえしていくらか勉強もさせていただきますよ」

「マントイフェルの木材……おお、それはありがたいお申し出だ。工事用木材の具体的な提供価格など、詳しいことは実務者同士で後日話し合いということでよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです」


 まずは、一つ目の目的達成だ。

 さっさとマントイフェル城の工事を終わらせて領民の生活を再建し、徴税を再開する。

 加えて、工事の資材を供給するだろう商業ギルドに木材についてはマントイフェル産を使ってもらい、工事費を一部でも回収する。

 工事の後も輸出商品としてどうかとしれっとアピールしてみたけど、これは今後の交渉や評価次第ってところかな。


 後は、吹っ掛けてきたら全部突き返してやるって息巻いて念入りに準備をしていた担当のおじいさんに任せよう。

 引退前の最後の御奉公だって張り切ってたけど、張り切りすぎてぶっ倒れないことを祈っておく。


「して、ご用件は以上ですかな?」


 そんな訳がないだろうという表情で、そう問うフーニィ市長。


 当たり前だ。

 これだけの話なら、商業ギルドのトップに持ち込まずとも、担当者と会えば十分。


「実は、我が家が無事にズデスレンを再び得たことを機に、フーニィから投資をしていただきたいと思いまして」

「投資、ですか」

「ええ。王国との交易で比較的栄えている西回り航路の拠点都市のように、東回り航路にあるズデスレンにも、宿屋や食事処、港湾倉庫に娼館など、様々な施設を作ってみませんか、とのお誘いです」

「カール殿、建物があれば栄えるわけではないのです。しばらくは工事関係者で人が増えるかもしれませんが、失礼ながら、その後のことを考えれば、そのお話は協力しかねます」

「もちろん、その点は重々承知しております。そのうえで、お願いしているのです」


 さあ、ここからが本番だ。





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