第三章第一話 ~おじいさまからの宿題~
「てか、私一口飲んだら止まらないから、面倒見てくれる代わりに書類仕事と交渉関係を全部引き受けるって約束だよね?! 仕事投げるよ!」
「「「「「マジ、すんませんっしたー!」」」」」
以上、祝勝会翌朝の、少女たちによるじゃれ合いである。
なんか、親衛隊の少女たち一同の先頭に親衛隊長どころか皇女殿下が立ってハンナに頭下げてる気がするけど、俺は何も見なかった。
少女一人に乗られ続けて片腕の感覚がなくて、役得とかそういうのを越えたところでもだえ苦しんでたからね、仕方ないね。
多少の痴態よりもとにかく酒が好きらしいハンナと土下座外交一択の他の連中の話し合いが、現状維持でついたらしい後、帝都への帰還だ。
某老兵の背中が煤けてた気がしないでもないけど、基本的に意気揚々としたものである。
で、帰ってきて終わり――ではない。
報告書だの補給申請書だのなんだのと様々な書類を作成して、関係各所に訪れる仕事が待っている。
その中で、戦死した少女の御家族宛ての手紙をエレーナ様が認めた以外、本当にハンナが一人で処理していた。
まあ、「仕事投げるよ!」に対して全員が迷わず頭を下げた時点で、色々と察するものはある。
だったら、そもそも約束を守れとか言ってはいけない。みんな酔っ払いだったんだ。
結局、あちこち飛び回りながら忙しそうな姿を見て、手伝うことに。
「ありがとうございます! あんなにご迷惑をお掛けしたのに、手伝っていただいて……」
「いやいや、お構いなく」
ハンナの半分くらいの速度でしか仕事は処理できなかったけど、寡黙だった少女と少しは仲良くなるという、やっときた役得らしい役得を経て、本当に一段落が付いた。
「なんで、許可を頂きたいと思います」
「ふむ、実家への報告か」
「ええ。状況も落ち着きましたし、当主である祖父に一度直接報告しておこうと」
って設定である。
帝都にある男爵家の屋敷から、比べ物にならないくらい豪華なエレーナ様の屋敷の応接室で、メイドさんが控える中で二人で話している。
エレーナ様の将来のためにも、本当の目的のための交渉は一刻も早く決着をつけておきたい。
だから、今頃ギュンターが中心となって里帰りの準備が進んでいて、俺はどんな無茶をしてでも帰るつもりで来た。
「うむ、よかろう。で、どれくらいで戻ってくる予定だ?」
こうして、すんなり騙されてくれた皇女殿下の許しを得て、俺は動き出すことになった。
「それで、皇女殿下のために私兵を集めたい、のう……」
「はい。親衛隊は、装備や練度は問題ありませんが、百人は何をするにも少なすぎます。しかも、エレーナ様が友人の伝手を使って個人的に集めたもので、今のところは欠員の補充のアテもないそうです」
後ろ盾が事実上存在しない悲しさである。
肩書が凄かろうと、少女一人にできることは限られているのだ。
だからこそ、帰省早々に俺はおじいさまと難しい顔で、二人きりで談判中である。
「皇女殿下の祖父であるマイセン辺境伯も、公式な役職を持つ部下を出した我が家も支援せぬでは、他の誰も支援せぬじゃろうし、仮に出すなら我が家じゃな」
だろうこそ、俺がここに来た。
エレーナ様が兵を手に入れるには、いくつか方法がある。
中央軍から兵を得るのは、論外。他の派閥を押しのけて中央軍の人事権に影響力を持つとか、現状では不可能だ。
次に、地方連隊長職を買う。マイセン辺境伯ならともかく、その辺の男爵家が、肩書の代わりに要求される正規兵三千もの維持費を出し続けるなんて無理だ。しかも、肩書を買う時点で結構高い。
だからこそ、勝手に集めて勝手に解散できる私兵を求めたのだ。
「あの、流石に私兵まで連れていくのは、マイセン辺境伯とか他も含めて、政治的にマズいですか?」
「そんな心配は、末席とはいえ中央で正式な役職を得て皇女殿下の部下となる前にするんじゃな」
「あ……」
「大丈夫じゃ。心配しなくても良い、ということじゃよ。むしろ、末席でも宮中で皇女殿下の部下と認められるのは、皇帝陛下が認めたということ。その者が私費で多少兵を集めて皇女殿下のために働いたところで、正面から文句を言えるものはおらんよ。かと言ってド田舎の男爵家の跡取りが厄介者の皇女の部下になろうとやめようと、適当に承認されて終わるだけじゃろうし、後々の問題もないようなもの。仮にマイセン辺境伯が間接的に嫌がらせをしようにも、他家に与えられる利権などをすべて失ったマイセン辺境伯に効果的なことができるとは思えん。非公式に文句を言われても、その時の時間稼ぎのネタが増えただけじゃ。その間に、対処を考えれば良かろうて」
まあ、ド田舎男爵家が頑張っても、維持できる兵力なんて知れてるしな。
中央の人事をガッチリ押さえてる限り、親衛隊に教官を一人付けたいってくらいの話をわざわざ潰す必要もないのか。本気でエレーナ様に入れ込むなら、役職なんかなくても勝手に馳せ参じるだけだろうし。
やめるなら、考えるまでもなく中央からすれば却下する理由がないし。
「で、この話には根本的な問題があることは分かっておるな?」
「お金、ですね」
なぜ我が家が、ズデスレンを併合しても生活水準が少ししか上がらないのか。
不景気以前に、マントイフェル城周辺からの税収がないのだ。
戦いの影響で畑は荒れ、街はただの燃えかす。
後片付けも進んで、少しずつ新しい建物が建ち始めている城下も、今年度の税収は絶望的だろう。林業や鉱業は大丈夫だろうが、こっちの都合で焼き払った街の住民を見捨てるわけにもいかず、全体で見れば大幅な減収は確実。
皇帝陛下から頂いたお金は、実は復興費用の見積もりの二~三倍あるのだが、復興までの間に緊急の出費はいつあるか分からないし、簡単には使えない。
「マントイフェル男爵家当主として、政治的に無用な警戒を招かぬ水準ならば賊対策などと説明するとして千人までは認めるが、跡取りの社会経験のためだけに家の財政を傾ける気はない」
「はい、分かりました」
まあ、予想通りだ。
おじいさまにすれば、孫の将来のための経験を積ませるには、ちょっと高すぎる授業料だろう。
じゃあどうするかなぁ、って先のことを考え始める俺に、なぜかニヤニヤ笑うおじいさまが話しかけてくる。
「だがまあ、自分自身で稼いでくるなら、それを使うことに反対する理由はない」
「……え?」
「領地の開発計画を作ってみよ。お前の政策で収入が増えた分は、千人を限度に私兵団の費用に使うことを認めよう。ただ私兵を集めるならば浪費じゃが、こうすれば後々まで男爵家に残るからの。お主が皇女殿下の元を辞して帰ってからも子々孫々まで有用なものじゃ」
おじいさまの言い分はつまり、実務経験のない若造にレポートを書かせて、何をすべきか分からず諦めるか、頑張って計画立てさせてから叩きまくって『教材』にしてやろうってことだろう。
どっちにしろ、将来の男爵家当主としての経験になるってこと。
俺がエレーナ様に入れ込んでると見て、こう言えばやる気になるだろうって思い付きだろうか。
ただ、エレーナ様云々は置いといて、こんな煽られ方をして黙って引き下がれるだろうか?
いーや。ここで下がれるなら、初陣の時に使者にムカついたくらいでぶん殴ったりはしないね。
エレーナ様には帰りが遅くなるって手紙を適当な理由を付けて送り、とにかく領地を駆け回る日々が続く。
文官たちに話を聞き、住民に話を聞き、外から訪れていた商人たちに話を聞き、レポートにまとめる。
そうしておじいさまに出す書類ができたのは、十日後のことだった。
「どうぞ」
「うむ」
最初は、孫が本当に計画書を出してきたことに笑顔だったおじいさまだが、たった数ページの書類に一通り目を通せば、すっかり険しくなっている。
「これは、お前が一人で?」
「いえ。基本構想はそうですが、家臣団や住民たち、訪れていた商人たちにも意見を求めております。一応、家臣団の方々から、それぞれの担当分野でやろうと思えばできる範囲に収まっていることは確認していますよ」
「……済まぬ。一晩考えたい。明日の朝、もう一度話そう」
九年もタダで教育を受けさせる前世の義務教育と、聞けば大体教えてくれた箱や板の偉大さの大勝利と言えるのではなかろうか。
少なくとも、いきなり叩かれるような出来にはならなかった。
むしろ、こうなるって知ってたらもっと頭に叩き込んどいたのに。
ただ、おじいさまが一晩請求したのは、出来が良いから、だけではない。
俺とすれば当たり前なことが、ここの常識とはぶつかるらしい。
翌朝もう一度話し合いを行った俺は、太陽がてっぺんを越えて傾き始めるまでおじいさまととにかく話し合った。
説き伏せようなんて気はない。
むしろ、問題があるなら頼むから論破してくれ、責任なんて取れない。
だからって引き下がるのも気分的に許せないからと熱く語り合い、家臣たちを途中で何人か呼びつけたりしながら気付けばこんな時間になっていた。
「分かった。この計画を実行に移すことを許そう。権限も、人材も、必要なものは最大限に配慮する。ただし、報告はこまめに行うこと。ダメだと思えばその時点で権限取り上げじゃ。いいな?」
こうして、成人前に領地の未来に関わる一大プロジェクトを任せられることになった。
……いやほんと、どうしてこうなった。




