第六話 ~遭遇戦①~
朝日が昇りゆく中、ヴィッテ連隊約三千は平原に陣を構えていた。
向かい合うは、歩兵を中心とする王国軍約三千。そこに掲げられた軍旗は、その王国軍部隊の指揮官が、アラン・オブ・ウェセックス本人であることを示していた。
そのような状況でヴィッテ子爵は、連隊の本陣から、向かい合う王国軍陣地をじっと見つめながら携行食料を水で流し込み、手早く朝食を済ませる。
そして、他の者たちが各々の仕事に動く中、隣に立つ初老の副連隊長に声をかけた。
「オイゲン、こちらの部隊の状況はどうだ?」
「士気も高く、戦闘の継続に支障はありません。昨日の戦いは、弓や投石といった射撃戦に終始し、それもお互いに様子見程度。人的な損害も軽微であり、物資もこのまま明日くらいまでは全力で撃ち続けられます」
その報告に黙ってうなずいたヴィッテ子爵は、わずかの間考え込んだ後に、再度オイゲンに対して口を開いた。
「昨日の戦いは、お互いに様子見で終始していた以上、敵側も軍事行動に支障はないだろう。となると向こうの次の動きとして、引き続き様子見か、本格攻勢か、撤退か。いずれも想定して考えねばならん」
「やはり、後方にオルキア砦を背負う分、こちらから状況は動かしにくいですな……」
「あれだけ大々的に物資を一か所に集積していれば、当然ばれるだろうし、そこを狙いもする。ここから1日もあればオルキア砦に攻めかかれる距離である以上、こちらは何が何でも敵を自由にできないからな」
公国軍長男派の補給計画の杜撰さを知ったカールは、ビアンカと共に短期間に立て直すことには成功した。
だが、慣れぬ地で、しかも短期間にやれることは限られている。
そのためカールたちは、敵にこちらの補給路の弱点をさらすことになるリスクを踏まえてなお、オルキア砦を築き、補給計画を練り上げた。
そして、そのようなこちらの弱点を狙ってくる動きは予想されていたからこそ、ヴィッテ子爵の連隊は、味方の救援のみならず、前線を突破してくる敵に警戒をしていた。
その結果、前日の昼前に、現在対峙する敵部隊を捕捉し、そのまま戦闘になったのだ。
会敵後すぐに送った早馬も、オルキア砦にはすでについているだろうし、ビルシュの総司令部にも届いてもおかしくない頃。
となれば、異国の地に苦労しながらもようやく諜報網を築き上げたと言っていたオットーたち諜報部も本格的に動いて他の戦線の動きも調べてくれるだろうし、それに基づいて必要な判断もなされるはず。
とはいえ、それでこちらに援軍が来るとも限らない。
これまで、帝国軍部隊相手には、本格衝突を避けて適当に退いていた王国軍部隊が、こちらの『急所』に肉薄し、退く様子がない。となれば、ついに向こうも腹をくくって動いてくる可能性もある。
その場合、他の戦線も同時に攻め込まれて、援軍を送る余裕がないことも考えられる。
そうすると、自分たちの敗北は、オルキア砦陥落に繋がりかねない一大事。
だからこそ、動きは慎重にあるべきで――
そうして思考の海に沈む連隊長を引き上げたのは、副連隊長のオイゲンであった。
「ウェセックス伯をここで討てば、この戦争に限らず、後の憂いを断つことはできますな」
その言葉を聞いたヴィッテ子爵は、ぎょっとしてオイゲンを見る。
見られた方のオイゲンは、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「兵数は互角、補給は十分、地形もどちらに有利ということもなく、兵の質も決して負けていることはないでしょう。それに将の質も、です。」
「相手は、王国の英雄だぞ? あの若さで、現国王よりも声望を集める稀代の名将。本人の血筋も王家に極めて近く、民の間では、次の王になどという話も出ているという怪物。それをそう簡単に討てるとも勝てるとも考えられんよ。そこまで楽観的でないつもりだ」
「我々は、若き頃から数々の死線を乗り越えてきました。あなたが、それこそあなたの軍歴よりも短い年数しか生きていない若造に対して、そうまで卑下するものではないと思います。――それに何より、そんな強敵だからこそ、本心では戦ってみたいと思っている。でしょう?」
そんな言葉をかけられたヴィッテ子爵は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
現在のヴィッテ連隊の中枢は、オイゲンを始め、中央軍師団長時代や、それ以前から共に戦ってきた者たちが少なくない。
その筆頭であるオイゲンに、一人の将としての気持ちを見抜かれていても、やむを得ないことだった。
「オイゲン、お前の言を否定はせん。だが、私も一人の将として、おのれの責務を果たさねばならんことは理解している」
「はっ、出過ぎた真似を申しました」
「――それに何より、己の気持ち一つで、若者たちに取り返しのつかない迷惑をかけかねない博打を打てるほど、私は肝が据わっていないしな」
「確かに、言われてみれば、おっしゃるとおりですな」
そんなこんなで二人で笑い合い、和やかな空気が生まれる。
――さて、気長に敵の相手をしつつ、戦後も見据えていかに損害を押さえるか。
そんなことを語り合いながら共に敵陣に目を向けた二人の表情が、一気に硬くなる。
「オイゲン、各隊に通達! すぐに陣を固めろ!」
「はっ! 各隊、陣を固めろ! 敵が一気に押し出してくるぞ!」
前日の様子見の流れからから大きく変わった状況を受けて、困惑する前に、必要な指示が半ば無意識になされていく。
こうして、今回の戦争においてはじめての、帝国軍部隊と王国軍部隊の本格的な衝突が始まった。




