第四話 ~戦争の現実~
「この次の分かれ道を右に曲がって、後は街道沿い。それで間違いないですね?」
「あ、は、はい!!」
グラスレー卿からの依頼による味方部隊の救援の途上。
先行してグラスレー卿と共に進軍するナターリエの魔法騎兵中隊を追いかけ、歩兵主体の俺の連隊と共に進む道中。
部隊の先頭付近を行く馬上にて投げた俺の問いに答えるのは、グラスレー卿がこちらに着けてくれた、公国の中年男性貴族。
まあ、明らかに状況が分かってなさそうというか、ずっとキョロキョロと挙動不審なのは心配だけど、道くらいは正しく案内してくれるだろう。
……いくらグラスレー卿から無能っぽい雰囲気があふれ出ているとしても、その程度の能力の見極めはできると信じたい。うん。
なんて一抹な不安を抱えながら進んでいると、前方から騎兵が一騎、こちらに駆けてくる。
あの装備は――
「おい、お前、ナターリエのところの部下か!」
「はい、伝令です!」
周囲の歩兵たちを置いて部隊の一番前に出ると、伝令の兵士が横について並走を始める。
「よし、伝令、報告せよ」
「ハッ! 敵は約一千の歩兵部隊。いくつかの公国諸侯部隊の連合のようですが、王国軍の姿は確認できず。味方は歩兵部隊、数は百に満たない程度。統率を失い逃げ惑う味方を、敵軍が討滅中。味方救援のため、先行救援部隊のみでの攻撃を開始しました!」
「な、魔法騎兵中隊は、二百くらいしかいないんだぞ!! その状況でか!?」
「敵の追撃部隊も追撃の中で、統率を失い、隊列も崩れ切っていることから可能と判断されました。また、味方部隊も限界が近いとの判断です!」
ナターリエも数々の修羅場を越えてきた将だ。
その彼女が行くと判断したなら、行くべき状況で、それなりの勝算もあるのだろうし、引き際も間違えないだろう。
……何より、味方の友軍を見る限り、敵もそこまでレベルが高いわけじゃないだろうし。
「よし、分かった。伝令ついでに、この部隊の中段あたりに副連隊長のギュンターが居るから、そちらにも今の話を頼む。あと、俺からの命令も追加で伝令してくれ。内容は――」
そうして、引き続き行軍する。
恐らくは死闘になっているだろうナターリエたちを救うために進んでいた――んだけどなぁ……。
「なあ、ナターリエ。――なんで、お前ら、敵の指揮官たちと青空お茶会してるんだ?」
「いやぁ、ボクもよく分からないんですけどね。まずは一当てしようと突撃してたら、こちらに気付いた瞬間に敵の半分が逃げ出し、残りの半分が降伏しまして……」
戦場になっている地点について最初に見たのは、多数の敵兵を困惑しながら見張る魔法騎兵中隊の連中と、敵指揮官三名と、救援を求めてきた味方指揮官、それにグラスレー卿の五人が楽しそうにお茶を楽しむのを傍目に、困惑しながらお茶を飲むナターリエの姿。
とりあえず捕虜の監視をギュンターに引き継がせてから、謎のお茶会に参加して事情を聴いているのが今だ。
ナターリエからはこれ以上の情報も出てこず困惑している様子を見ていると、グラスレー卿が上機嫌に口を開いた。
「いやぁ、カール殿! 今回はありがとうございました! おお、紹介します! こちらは私のいとこのアルナウトです! 出来の悪い奴でして、最近、カジノでかなり財産を失ったところでして。捕まろうものなら、身代金を支払うのが難しいところでして。いやぁ、身代金を払えず身柄が解放されないなどという恥をさらさせずに済みました! ありがとうございました!」
「はあ……いやまぁ、そうですか」
「そういえば、こちらの三人の紹介もまだですな! 彼らも皆、私のいとこでして、まあ、今回は敵ですから身代金が払われるまでの短い付き合いでしょうが、左から――」
「いや、お待ちください。身代金が払われるまでの『短い付き合い』?」
「ええ、身代金が払われれば、解放ですから」
「……あの、彼らは敵の指揮官ですよね? 解放すれば、戦場に戻ってくるのでは?」
「ですな」
「そうですか、分かりました……」
「おお、では、彼らの紹介を――」
それがどうした、って反応を見て、俺は口を開くのを辞め、適当にグラスレー卿の話を聞き流しながら考える。
本当に、ここでは『ぬるい』戦争しか行われてないんだろう。
敵も味方も、『仕事』として争いはしても、戦いが終われば仲良しな身内の小競り合いくらいしかしないんだろうな。
だから、少なくとも『身内』の指揮官クラスが戦死するなんて考えない。そこまで必死に戦うって発想がないのが、ここの『戦争』なんだろう。
それがここのルールならそれはそれで構わない。
ぬるい方が、俺達も損害なく帰りやすいしな。
何なら、今、敵の指揮官たちとグラスレー卿との話の中ででる「エレーナ殿下などよく呼べたなぁ!」「こんな精鋭が来られたらとてもじゃないが戦えたものじゃないぞ!」「いやいや、そちらのウェセックス伯も、出てこようものなら降伏か逃走しかないだろう!」などの発言からして、戦争に関する認識の違いがよく分かる。
――ただし、敵にはウェセックス伯アランが居る。
この様子なら、こっちの公国軍部隊も、王国軍に攻められれば、ロクに抵抗もせずに逃げるか降伏するだろう。
とりあえず、本陣に戻ったら、少しでも早くビアンカちゃんと相談して、補給計画の立て直しだけでも一刻も早く進めよう……。




