第三話 ~開戦~
決めた覚悟が空回った舞踏会から程なくして、ついにオーランジェ公国継承戦争における戦闘が開始された。
動員した兵力は、長男派も次男派も、それぞれ約二万程度でほぼ同数。
ただし、双方ともに、半数近くが傭兵といった金で急いで雇い入れた連中であり、質についてはお察しと思われる。
オーランジェ公国が動員可能な残りの戦力が、今回静観している三男派の数千程度しかいないことからも、まさに国家を二分する大戦と言えるだろう。
なお、エレーナ様が台頭する直前、帝国西方地域がもっとも困窮していたころにマイセン辺境伯が西方防衛のために動員できた戦力が傭兵抜きでも二万強。政治力も経済力もどん底のころの一地方防衛軍司令官と動員力がそう変わらないあたり、帝国と公国との国力差が表れている。
そんな状況で、帝国と王国それぞれが、長男派と次男派に送っている約一万ずつの兵力は、双方にとって、今回の戦局を大きく変えうるカギとなる存在だ。
とはいえ、こちらはあくまで援軍。
当面は舞踏会が行われた場所であり、多少の動きは見せつつも、基本的には長男派の中心拠点であるビルシュの街に駐留して様子を見る――はずだった。
「こちらの補給部隊が襲撃されて、救援を求めている――それは、間違いのない情報なのですか、グラスレー卿?」
「は、はい。しかし、お恥ずかしながらすぐに動かせる戦力が他に残っておらず、エレーナ殿下にご助力いただきたく……」
そう言って少しばかり青い顔をしながら跪くのは、舞踏会会場にて最初に俺とソフィア殿下を出迎えた「ハゲたおっさん」ことグラスレー卿。
長男派の軍勢のトップである。
そのグラスレー卿から話があると言うので、帝国援軍部隊の幹部が、ビルシュ政庁の会議室に集まっていた。
顔ぶれは、責任者のエレーナ様に、参謀長の俺と、副参謀長のナターリエ。エレーナ様と俺の率いる連隊の副連隊長であるギュンターとアンナ。エレーナ様親衛隊の隊長のフィーネに、副隊長のハンナ。そして、エレーナ師団の補給等の後方業務の責任者のビアンカちゃん。
残りの幹部陣は、別の仕事で空けている。
副師団長のヴィッテ子爵は、指揮下の連隊を率いて遊撃という体でビルシュ近郊を回って、援軍としての実績作り中。
諜報担当のオットーは、縁のない地で何とか各地の敵の動きを把握するための情報網を構築しようと奮闘中。
ソフィア殿下は、軍を率いていない長男派諸侯やその家族たちとの交流のためのお茶会中だ。
とまあ、そんな状況で、援軍としてきている以上、危機にある友軍の救援を断る理由はない。
しかし問題は、どう救援するかだ。
「よし、任せておけ! ここは――」
「ここは、このような序盤で、無計画に盤上を大きく動かすほどの状況ではありません。むしろ、エレーナ様ご自身が動かれることで敵に無用な刺激を与えて意図せぬ大戦闘に発展するリスクも踏まえ、救援は我ら配下から出させていただきます。――ですよね、エレーナ様?」
「……うむ、そうだな」
「おお、ご了承いただき、感謝いたします」
早々に前線に出る気満々だった上司の言葉を遮り、グラスレー卿に説明という体で、エレーナ様にしっかりと釘をさす。
これまでのパターンからこう言われることは予想していたのか、エレーナ様にしては素直に引いてくれたな。
「しかし、救援を出すとしても、どの程度の規模で出すかが問題ですな」
「ギュンター殿のおっしゃる通りですね。グラスレー卿、敵の戦力はいかほどなのですか?」
アンナの問いかけへの回答は、なぜかすぐには来なかった。
グラスレー卿は少しの間呆けたような顔をした後、困惑したような様子で口を開いた。
「いえ、不明ですが……。その、何か問題が?」
グラスレー卿が本気で言ってることに気付いた俺は、少しの間あきれ返って頭が真っ白になった後、それでも少しばかりの希望を込めて確認のために口を開いた。
「グラスレー卿、ご存知かとは思いますが、各地で散発的に戦闘が開始されている現状、無計画に大きな戦力を出すわけにもいきません。ついては、救援を出すにしても、敵の戦力情報が重要なのです」
「えっと……」
「分かっている範囲で結構です。敵の兵種は? 敵兵は公国軍のみですか、それとも王国兵も居るのですか?」
「その、伝令は援軍を求めるとの言葉のみで、その者もそれ以上に詳しい状況は分からぬままに急いで駆けてきたようで……」
「では、襲われたこちらの部隊規模は? それが分かれば、敵が少なくともどの程度の戦力だったかの推測は出来ます。補給線を狙われたとのことですが、それくらいであれば補給計画から明らかでしょう?」
「……」
「……流石に、襲われた場所くらいは分かりますか?」
「は、はい!!」
俺の質問への、グラスレー卿の対応を見て俺は悟った。
――補給計画なんてものは立ててもないし、そもそもこいつら戦争の経験値が足りな過ぎて、どうやればいいのかよく分かってないな。
まあ、政治的にはともかく、軍事的にはそれだけ平和だったってことで、喜ばしいという考え方もできるが、友軍として考えると色々と頭が痛くなる。
しかし、今は目の前の援軍問題だ。出すと言った以上は今更断るわけにもいかないし、なにより、いくら詳細不明でも友軍が襲われているのを見捨てたとか風聞が立つのも後々困るしな。
「エレーナ様、今回の救援部隊の人選、私にご一任いただけますか?」
「うむ、任せる」
そうして上司の承諾を得て、指示を出していく。
「ナターリエ。お前は魔法騎兵中隊を率いて、友軍の救援に向かってくれ。騎兵部隊なら早さが勝負の救援任務にもちょうどいいし、他にも色々と便利だからな。副参謀長の業務は、何とかする」
「了解いたしました。その任、謹んでお受けいたします」
ニヤリと笑いながら敬礼をするナターリエに、『色々』な意図が伝わったとは思うが、後でちゃんと言葉でも確認しておこうか。
救援できそうならそれでいいし、独力でどうしようもなければ正確な情報を収集して状況に応じて適切に対応・報告する等、今回は状況が分からな過ぎて、臨機応変に判断を任せるしかないからな。
とそこで、副親衛隊長のハンナが口を開いた。
「親衛隊も一部お使いいただくのも手かと。同じ騎兵戦力として魔法騎兵に随伴できますし、うちの切り札である魔法騎兵中隊を単独で送るのもリスクが大きいかと」
「でしたら、エレーナ様やソフィア殿下の警護はハンナに任せて、私が半数を連れて出ましょうか? エレーナ様ご自身が前線に出られなくとも、エレーナ様の名に恥じない程度の働きは出来ると思いますが」
そんなハンナとフィーネの提案を、俺は即座に切り捨て、当初の予定通りの内容を伝える。
「いや、親衛隊は引き続きエレーナ様とソフィア殿下の警護に全力を。ナターリエの後詰には俺の連隊三千を出す。もちろん、俺自身が率いて、だ」
「カール様、しかしそれは大げさすぎでは? 先ほど、エレーナ様におっしゃられたお話が、カール様にも当たる様に思われますが」
「フィーネ、言いたいことは分からんでもないが、俺としては大げさとは思わんぞ。敵の援軍は、あのウェセックス伯アランだぞ? 初手で大軍勢を率いて、リスク承知で後方に回り込んでこちらの補給線を粉砕しに来るくらいの奇策を使ってきても驚かんような訳の分からない相手だ。ヴィッテ子爵を呼び戻すにも時間が惜しいしな。まあ、心配しすぎなら、戻ってから盛大に笑ってやってくれ」
アランの名前を出したのが効いたのか、その後は特に異論はでなかった。
そのことを確認後、一気に指示を出す。
「ナターリエ、魔法騎兵中隊の出陣準備を。準備ができ次第、先行して出撃を」
「ハッ!」
「ギュンター、うちの連隊も急いで出陣準備だ」
「ハッ!」
「グラスレー卿、こちらはまだこの辺りの地理に明るくない。ナターリエと私の部隊それぞれに、道案内のできる部隊をつけていただきたい。急ぎ、選定をお願いしたい」
「おお! では、ナターリエ殿の部隊には、私自ら道案内をさせていただきたい! 今回救援を求めてきたのは、私のいとこです。せめて、少しでもお力にならせていただきたいのです!!」
「……貴殿不在の間の、こちらの軍の総指揮を執る責任者の選抜と顔合わせだけお願いできますか?」
この流れで総司令官自ら軽々しく動くな、と言ってやろうかとも思った。しかし、現地軍の人事にあまり口出しするのもどうかって問題と、後は、このおっさんがわざわざ残ろうが出陣しようが対して影響なさそうだなとの見立てから、最低限のお願いだけして流した。
さて、後は居残り組だな。
「フィーネ、ハンナ。親衛隊は、引き続きエレーナ様とソフィア殿下の警護を」
「はい」
「了解しました」
「そしてアンナ、お前に当面のエレーナの補佐を任せる。合わせて、急ぎヴィッテ子爵を呼び戻して、以後は、俺が戻るまでヴィッテ子爵と共にエレーナ様をよく支えてくれ」
「え、あ……はい!!」
「そう気負うなよアンナ。お前なら十分やれるさ、俺はそう思って任せるんだからな」
「カ、カール様……はい、お任せください!! この命に代えても、やり抜いてみせます!!」
うんうん。なんか少し不安そうだったけど、いい感じに前向きになれたみたいで良かった。
まあ、アンナは、実家で勉強してただけの俺なんかと違って、帝都の士官学校で帝国内最高の軍事教育を受けた逸材だしな。俺が何とかやれてきた仕事を、一時引き継ぐくらいなら、問題なくできるだろうし、何なら俺よりもうまくやれるかもな。
と、そんなことを考えていると、周囲からの視線の温度がいくつか下がったような気がするが……まあ、理由もないし気のせいか。
さて、方針も決まったし、とっとと行くか。
そうして席を立ちつつ、グラスレー卿に一言声をかけていく。
「そういえば、今回の戦争の補給計画について、今回の救援終了後にうちのビアンカと共にお話を『じっくりと』お聞かせいただきますので、そのつもりでお願いしますね?」
急に青く戻ったグラスレー卿の引きつった顔と、「げっ、私まで巻き込まれた……!?」というどこぞの魔法兵の言葉を背に、会議室を退室する。
その先に思いもよらない結末が待っていることも知らずに。
前話でも告知させていただきましたが、令和4年11月11日より、本作書籍版をベースにしたコミカライズ作品の連載が、コミックブシロードweb様で開始しました!
https://twitter.com/comibushi_web/status/1590902383285968896
https://comicbushi-web.com/
まだ未読の方は、よろしければぜひ読んでみてください!!




