第二話 ~オーランジェ公国継承戦争~
我らが祖国たる帝国の北西に、オーランジェ公国という小さな国がある。
帝国の西にある王国や、北の連合王国という三つの大国と国境を接し、大陸最北の不凍港を首都として、その立地を生かして交易にて影響力を伸ばす国だ。
状況に応じて周囲の三大国の間を巧みに渡り歩いてきたその国では、長年病に苦しんでいた先代オーランジェ公が先日亡くなり、後継者を巡ってすでに暗闘が始まっていた。
後継者候補は、大きく三人にしぼられたと見られている。
まずは先代の長男。人となりを聞く限りは、温厚ではあるものの能力的には凡庸。長子という点は評価されているが、母親の血筋があまりよろしくないという点がマイナス評価につながっているらしい。
彼が、我らが支持する後継候補であり、エレーナ師団約一万が援軍に駆けつけている。
次は、先代の次男。人柄は苛烈とのことだが、文武に優れ、長男に匹敵する支持を固めているらしい。
彼には王国から援軍が出ており、アラン・オブ・ウェセックス伯率いる約八千~一万ほどの軍勢がすでに入国しているとのこと。
最後に、先代の三男。彼については特に良くも悪くも評判はなく、上記の二人に二歩も三歩も出遅れている様子。
さらに言えば、援軍どころか、三男派は、特に軍勢をまともに集めている様子すら見られないとのこと。
そんな状況で俺は、オーランジェ公国の首都から内陸方面に一日の距離にあるビルシュという街の政庁の一室に居た。
周囲を見れば、その部屋の中は豪華な調度品に囲まれている。
見るからに価値がありそうな絵画やら彫刻やらに、今俺が使っているソファやティーセットなども明らかに高級品。
そして俺自身も、貸し出されたパーティ用の上等な衣装に身を包む。
「はぁ……」
そんな状況で俺は、ほんのりと甘く香るお茶を楽しみながら、ため息を吐いていた。
「あら、どうかしましたか、カール殿? 流石の『黒き狼の再来』も、初めての他国の舞踏会は緊張しますの? それとも、私をエスコートするのが楽しみなのかしら?」
俺の向かいに腰かけ、満面の笑みでそんなジョークを飛ばすのは、ソフィア殿下だ。
エレーナ様から借りているのだろう、エレーナ親衛隊員の少女2名を背後に控えさせる彼女相手に、適当に愛想笑いで一度答えてから口を開く。
「うちの領地の『幸福薬』関係の事件について、山は越えたとはいえ、まだまだ処理すべき事項はたくさんありました。そのような中で、隣国の継承戦争に援軍として赴くようにとエレーナ師団に勅命が出たと聞いて飛んできたんですよ。それが何で、現地でいきなり舞踏会なのかと……」
「継承戦争と言っても、こちらの国では代替わりの際の恒例行事のようなものみたいですし、そのあたりが悲壮感や必死さが感じられない原因かもしれませんわね。色々と規則もあるもので、あまりお互いに滅ぼしてやるというようなものではなさそうですし」
「あくまで跡継ぎは代々オーランジェ公の選定権を持つ十六人の諸侯による合議と投票で決められ、選定期間中は首都防衛隊以外のいかなる戦力も持ち込まないってやつでしたっけ? まあ、最初は本当に平和的にやってたのが歴史の中で色々とあって変わっちゃったんだろうとは思いますが、首都以外でさんざん流血するんだから、いっそ武力で首都を落としてしまった方が早いし、国力の無駄な損耗も減らせると思うんですけどね」
今回呼ばれたのは、陣取り合戦みたいなものだ。
首都で選定のための手続きをしている間、各跡取り候補たちの軍勢が国中で争い合う。
そして、選定権を持つ諸侯やその親族・郎党の領地を誰が奪い取ったかで、各選定者たちに圧力をかけ、自らの推す候補者への投票を求める。
そんなやり取りが繰り広げられる中、合議期間という名の戦争期間の流れによっては、過去に投票開始までに五年以上も陣取りと駆け引きが繰り広げられたこともあるとか何とか資料にはあった。
まあ、通常は五十~百日程度で終わるらしいけど、功績をあげたとてそこまで大きく評価されるほど帝国にとって大きな問題とまでは言えず、失敗すれば失点としてそれこそ三大派閥の連中にアレコレと攻め立てられる。
しかも、いつ終わるのかはっきりしないとなれば、まあ誰も積極的に行きたくはないだろう。
とはいえ付き合いで誰か送らざるを得ないってことで、貧乏くじを引かされたかな? 衰えたりと言えども、三大派閥はまだまだ強大ってことだ。
なお、帝都出発前に俺抜きで行われた幹部会議で、鉄砲隊は秘匿優先で帝都に残してきているらしいし、俺もこんなところで使うのはバカらしいしその判断に賛成だ。
適当に戦って、ローリスク・ローリターンで帰らせてもらおう。
と考えていると、苦笑いを浮かべながらソフィア殿下が口を開く。
「カール殿ならどうにでもできるのかもしれませんが、普通、そこで『慣習』を無視して首都を攻め落としてオーランジェ公になったとして、周囲の支持を得られず、遠からずその地位を失うだけですわ。同じルールで生きられない主君など、何をされるか分かったものではありませんもの。そう簡単に支持を受け続けることはできませんわ」
「おっしゃるとおりだとは思いますが、よそ者としては、とっとと終わってほしいってのが本音ですよ」
「でしたら、とっとと終わらせるために、そろそろ舞踏会の会場に行きましょうか。カール殿の普段行っているものに比べれば牧歌的ではあっても、これも政治という舞台の一つの戦争。遅れてしまって、エレーナ様とナターリエ殿だけに対応をお任せするのも申し訳ありませんし」
そう言って笑うソフィア殿下の顔を見ていると、この控室に来る前に会った我らが副参謀長であるナターリエの顔が思い出された。
「しかし、ソフィア殿下。女性であるエレーナ様のエスコートに、女性のナターリエを、というのはよろしかったのですか? それこそ『慣習』に従うなら、男性がエスコートすべきように思われますが?」
「とはいえ、うちで皇女であるエレーナ様のエスコートを出来るような立場の男性など、副師団長で子爵家当主のヴィッテ子爵か、男爵家嫡子のカール様くらい。ヴィッテ子爵は政治にあまり向いてらっしゃいませんし、カール様とエレーナ様が一緒だとあいさつ回りの効率が悪い。そうなれば、父親に似ず政治のセンスがあるヴィッテ子爵家の嫡子のナターリエ殿が適任と推薦したまでですわ。それに、本人も普段から『男装の麗人』と呼ばれるほどに、男装を着こなしておりますし」
「それでも、彼女も女性ですよ。さっき、ナターリエにすごい目で睨まれてましたよ」
「それは、エレーナ様のエスコートとは別口ですからご心配なく。――そんなことより、私個人としては、フィーネ殿の様子がおかしいことの方が気になりますの。マントイフェル領で何かございましたの?」
「フィーネが? いや、普通だったように見えましたけど?」
「そうではなく、私とカール殿の組み合わせに特に反応がなかったことが……これ以上は本当に遅れてしまいますわ。そろそろ行きましょうか」
そうして、俺達は話を切り上げ、舞踏会の会場であるホールに向かった。
ソフィア殿下は『牧歌的』と言ったが、舞踏会会場という名の戦場が近づくたびに、心臓が鼓動を早くするのを感じる。
そうして大扉の前に立ち、入場を待っていると、突然右手を握られた。
右手側を反射的に見れば、笑顔が見える。
「エスコートをお願いできますか、カール殿?」
ソフィア殿下には、俺の緊張などお見通しだったようだ。
「ええ、もちろんです。殿下」
幾分か落ち着いた状況で、開いた大扉をくぐり、会場に足を踏み入れる。
「おお、ソフィア殿下、カール殿! ようこそお越しくださった! ささ、こちらへ。まずは一杯どうぞ!!」
そうやってあいさつしてきたハゲたおっさんは、酒瓶を持って明らかにすでにいっぱいひっかけた後だった。
その後、結局、舞踏会という名の宴会で、俺の気付けた範囲で政治的な駆け引きの一つもなく、ひたすらにあれが美味しい、あそこのご令嬢がどうのと、どっかの老人会の打ち上げみたいな雰囲気のまま、会はお開きになった。
……うん、まあ、大半が前後不覚になってた終盤には、エレーナ様はみんなと肩組んで楽しそうに歌ってたりしたし、仲良くはなれたんじゃないかな?
まあ、敵も味方もこんな感じなら、ローリスク・ローリターンでとっとと帰るってのは達成できる可能性は高そうかな、うん。
皆様お久しぶりです。
令和4年11月11日より、本作書籍版をベースにしたコミカライズ作品の連載が、
コミックブシロードweb様で開始しました!
https://twitter.com/comibushi_web/status/1590902383285968896
https://comicbushi-web.com/
こちらの方も、よければぜひ読んでみてください!!




