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第六話 ~小さな小さな第一歩~

第二章第二話の後書きに、『第二次マントイフェル合戦』(第一章第一話の後書きに、中略部分を加えた完全版)

第二章第五話の後書きに、『月下の誓い』(カール君がエレーナに仕えることになった話)


とのオマケ要素である、後世文献での記述を追加しました。





 帝国中央部にある、とある皇帝直轄領。

 ズデスレンを差っ引いたうちの男爵家より少しばかり小さい程度の領地なのに、領軍が三十人に満たないという、賊対策を中央軍に完全に放り投げた、自衛が基本のド田舎領地からすると羨ましくてたまらないところに俺たちは居た。


 帝都で皇女殿下ご一行と合流した俺とギュンターは、そのまま目的の皇帝直轄領の政庁となっている城に昨日到着して、賊や地形に関する情報提供を受けて一晩った。


 朝日に照らし出される廊下をギュンターを引き連れて歩き、普段は使われていないという大食堂の扉を開いた。

 目的は朝食ではない。その前に、作戦会議を行うのだ。


「おはようございます、教官がた!」

「「「「「おはようございます!」」」」」


「ああ、うん。おはよう……」


 慣れない肩書に対して違和感を持ちながらも、立ち上がって敬礼する武装した百人の少女たちに返事をする。

 俺が教官で、ギュンターがその補佐。いつの間にか用意されていた公式の肩書で、軍籍ではなく、俺たち二人とも皇女殿下の親衛隊と同じように宮廷費から給金が出るそうだ。

 無給も悪いからと、後ろ盾のない第三皇女がねじ込めそうなポストを探してくれた結果らしい。


「親衛隊総員、すでに集合しています、教官!」

「ああ、分かった」


 ところで、さっきから真剣な表情で親衛隊の先頭に立つこの少女は、名をフィーネといい、マイセン辺境伯領で俺と皇女殿下が出会うように工作した金髪ポニーテールなメイドである。

 そして、真の肩書は、皇女殿下の親衛隊長だ。


 帝都で顔合わせをした時に肩書を聞いて、一度はやっぱり仕込みかと納得した。

 ただ、交渉の突破口を見つけるために偵察に行かせたらいきなり交渉の場がセッティングされてあわてたって皇女殿下が意気揚々と語り、「こいつ本当に来たの?」的なフィーネのドン引きオーラでなんとなく察した。


 ズデスレンを取り戻したことで、不況で港がさびれたままでも、おかずを一品増やして、年に一回は身内を招待して小さなパーティを開くことができるようになる『なんとか貴族らしい生活』に生活水準がランクアップするらしい――との俺も初めて貴族の生活水準の現実を知ってビックリな内情をフィーネが知ってるかはともかく、客観的に泥船な自分たちのところに一度断られた『英雄』が来るわけないからと無駄な努力をとっとと終わらせるために、皇女殿下をさっさと送り込んだら、なぜか釣ってきたんだろう。


 まあ、共感だか同情だかわからない感情で『英雄』本人が動き、『英雄』の実家も良い経験だからって簡単に送り出すなんて、計算違いだろうな。


 なんて考えていると、扉が開き、最後の参加者たちが入ってくる。


「おはようございます、エレーナ様!」

「「「「「「おはようございます!」」」」」」


「うむ、おはよう」


 我らが皇女殿下が入り、帝都でうちに電撃訪問をした時についてきた護衛で、皇女殿下の秘書兼親衛隊副隊長だというショートカットで無表情な少女であるハンナが続いてやってくる。


 俺たちも親衛隊のみんなに混じって敬礼し、そのまま少女たちが机を動かしたり地図を広げたりするのを見守っていると、あっという間につなげた机の上に置かれた地図を全員で囲み、作戦会議の準備が整った。


「で、どうすればいい?」

「はい。皇……エ、エレーナ様。これより、説明いたします」


 テンション上がりすぎた皇女殿下に呼び捨てで良いとか言われて大騒ぎになった結果として決まった呼び方をするが、何か馴染まない。

 いっそ遠すぎるならどうとでも呼べるけど、なまじ本人を知って、しかも普段はなんとなくオーラを感じる一応は偉い人に名前呼びは恐れ多いというか、なんというか……。


 まあ、決まった以上は慣れないといけないんだけど。


 そんな訳で、エレーナ様・・・・・に、ギュンターの添削を受けた俺の策を伝えることにする。


「まず、隊列を組みます」

「ふむふむ」

「そして、武器を構えます」

「なるほど」

「敵陣に突っ込み、暴れまわります」

「うむ!」

「以上です」

「……え?」

「あ、孤立しないように、常に味方の近くでカバーしあってください」


 おうおう、みんな想像通りにざわついてやがる。

 そして、困惑顔のエレーナ様が、思い通りのセリフを口にした。


「おい、それだけか?」

「ええ」

「いや、もっとこう、ズバババァーって策とか……」

「そんなものはありません」


 知ってるさ。

 ここの少女たちは、二百人弱で三万人の敵を苦しめるような、なんだかよく分からないけど凄い策を期待してたんだろう。


「奇策は、実行する時点で戦う前に敗北を認めているようなものです。堅実な手で勝ち目がないからこそ、相手の意識のすき間を頼りに勝ち筋を見出すような方法に頼るんですから。敵より優勢な戦力があるなら、そんなあるのかもわからない隙次第な方法ではなく、相手が付け入る隙をなくして押しまくるのが一番確実に勝利する方法ですよ」


「お、おぉー」

「深いなぁ……」

「これが、初陣にして皇帝陛下から論功行賞でお声を掛けられる天才の教えか」


 どこまで理解されたのかは知らないが、俺の『肩書』を前に異論は出ないようだ。


 正直、初陣が終わったばかりのガキを頼りにし過ぎじゃないだろうか、と思うけど、出来上がった『虚像』はそれだけ大きい。

 俺だって、敵が攻めてきて、新聞やらが言うところのカールさん・・・・・がそばに居たら、その献策に文句を言えねえよ。


 それだけ、俺の評判はとんでもないことになっている。


 そして、それを頼りにエレーナ様は俺を引き入れようとして、理由や過程はどうあれ、俺はそれに応えた。

 全員が初陣ばかりで不安だろう少女たちを前に、幻想を崩すのはあまりにもこくなことだろう。


 中央を経験させるだけのつもりのおじいさまは、目に見える成果がなければ数年のうちには領主としての教育のためだと俺を呼び戻すだろうし、奇跡・・でもない限りは、かなりの確率でそうなるはず。

 それを知ってここに居ることは、俺自身の感情を満足させるために無駄な期待を持たせるって十分酷なことをしてるかもしれないけど、俺がここに居るうちは、みんなが見ている幻想からくる期待に応えるのが最低限の義理だと思う。


「で、私たちには、その優勢な戦力があるのか?」


 そんなエレーナ様の問いに、自信たっぷり――に見えるように答える。


「帝都からここまでの行軍を見ていて、かなり高い水準で統率がとれており、練度はかなり高いです。全員が軍馬を乗りこなし、装備も最新鋭の一級品。荷馬が何頭かが精々で、装備も貧弱であり、略奪しなければ必要な物資も確保できないような二百程度の連中に負ける要素はありますまい。包囲して死兵とさせず、正面から一戦して粉砕し我らの存在を知らしめれば、金にならない戦いを嫌がって賊の方からこの地域を離れるでしょう。それで、我々の目的は達成できます」


 って、ギュンターが言ってた。


 正確には、親衛隊の練度と賊の戦意についてギュンターから意見を聞いた俺の発言から、「初陣ばかりで細かい作戦を決めても誰かミスって台無しになりそう。てか、普通に誰か何かやらかしそう」って俺自身の経験からくる意見を削ったものなんだけど。

 まあ、初陣は我を失うからね……うっ、右手の封印がぁっ……!


「よし、ではカールの策の通りに行くぞ!」


 ってことで作戦会議は終わり、慌ただしく朝食を済ませると出陣である。


 昼前には、平原の端っこ、森の近くで敵のものらしき天幕がいくつも視界に入った。


「カールよ、どう思う?」

「ハッ。敵の警戒はなきに等しいです。逃げる敵は追わぬ方針で、後は先ほど申しました通り、隊列を組んで正面から突き崩せば良いかと」


 エレーナ様が大きく頷く中、ギュンターが小さく頷くのを見て俺は口を閉じる。


「よし、ならば突撃だ! 行くぞ!」

「「「「「おぉーっ!」」」」」


「……え? エレーナ様!?」

「カール様、急いで後を追いませんと!」

「お、おう!」


 何か、気付いたら皇女殿下自ら陣頭で突撃してるんですけど!?

 なんでみんな、自分が守るべきお姫様が突っ込むのが当たり前のように普通に後に続いてるんすかねぇ!?

 驚いて出遅れてギュンターに言われてやっと動いた俺と違って、エレーナ様のすぐ後ろに付いてる秘書殿と親衛隊長殿は、さっさと前に出て主君を守りませんか!?


 ちょっと、エレーナ様失ったら全部パアって分かってんの?!


「エレーナ様! エレー……」


 名前を呼びながら馬を全力で駆けさせる俺は、接敵した瞬間に飛び込んできた光景を前に、言葉を失った。


 槍を振り上げ、敵の首をまとめて三つね飛ばす。


 それだけでも凄いんだけど、それだけじゃない。

 ただの一振りが、あまりにも鋭い。

 人並み以上にはまあ戦えるって言われた俺が、見た瞬間に「これは勝てないや」って確信する、閃光のような銀線。


 これは、少なくともマントイフェル男爵家の家中には、勝てる奴いないわ。

 初陣前の交渉時、王国側の使者についてきた護衛の男から感じたのと同種の、本能的に感じる凄みがある。


 武によって大国をまとめる皇帝一族と、西方の守備を任されて血みどろの闘争を続けてきたマイセン辺境伯の一族。

 正しく両家の血が結実したのが、目の前の『武人』なのだろう。


「おや、カール。どうかしたか?」


 親衛隊の面々が戦闘を繰り広げる中、いつの間にか馬を止めていた俺とギュンターに、周囲を確認してから足を止めてエレーナ様が声を掛けてきた。


「あ、あの。指揮官が死ぬと部隊が終わるんで、指揮官陣頭はここ一番以外では控えていただきたいなぁ、って……」

「ふむ。そういうものか。分かった! 次からは気を付けて、みんなに任せるようにしよう!」


 笑顔で素直に聞き入れるお姫様を見ながら思う。


 この人、才能を生かす的な意味で、ちょっと生まれる身分が高すぎやしませんかねぇ……。





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