第十話 ~安全第一~
「わ、私がカルロ・ロッシーノだ。カール殿、いったいこれはどういう騒ぎか?」
「どういう騒ぎか、だと? 簡単だ――てめぇらに、今回の仕打ちのケジメつけさせに来たんだよ」
そう言って俺は、今回の騒動の『表向きの』首謀者であるロッシーノ一家のトップ、カルロ・ロッシーノに右手に握る剣の切っ先を向ける。
間合いがかなり離れてるのでそこまで身の危険を感じないからか、カルロからは、恐怖とかよりも圧倒的に困惑している様子が見て取れる。そして、取り巻き連中もほぼ全員が同じような状況。
俺の左手側で肩を貸しているフィーネが呆れたようなため息を吐いたことも含めて、概ね『本命』の予想通りだな――残念なことに。
「いや、よく分からんのだが……ケジメとはどういうことだ? そもそも、ケガもしているようだし、その格好は一体……」
そういうカルロは、冷酷で尊大で粗暴との前評判が嘘のように、落ち着かない不安げな様子だ。
まあ、そうだろうな。
こいつにすれば、返り血と泥にまみれて、しかも怪我人まで抱えた貴族様が実質的に一人でカチコミに来てるんだもんな。俺だって逆の立場なら、似たような反応するだろうさ。
しかし今回は、こいつらにも『協力』してもらわにゃならんのだ。
精々うまく踊ってくれよ?
「よく分からん、だと? 俺たちを殺そうと、ここへ向かう馬車を襲撃させておいて、よく言うな」
「は? 襲撃? 一体――」
「そもそも、俺がお前らの各地の拠点を襲撃した際のあの証拠隠滅の手口。思えば、あれが帝国諜報部式で行われていたことが始まりだったのかもな」
その言葉を聞いたカルロは、思わずといった様子で視線を横へと向ける。
それを確認した俺は、さらに話を続ける。
「今回の襲撃も、走行中の馬車に乗り移っての奇襲からの、それが失敗すれば即座に狙撃からの力押しへの見事な移行。この方法は、門外不出のはずの帝国諜報部式のセオリーにのっとった、実に鮮やかなものだった。素性を偽るために昨日今日でなんとか取り繕った、などというものではなかったよ」
「そんな……まさか……」
「まさか、だと? 何を寝ぼけたことを言っている、カルロ・ロッシーノ。今日、ここで、俺たちの輝かしい未来へ向けて手を取り合うはずだった場所で、俺が友になるはずだった男に、まともな供回りもつけず、こんな薄汚れた格好で剣を向けざるを得ないのが、夢か幻だとでも言うのか?」
その言葉を聞いたカルロは、目を閉じてほんの短時間の間、何事かを考え込んだ様子を見せた後、急に眼を見開いた。
そのまま自身の左隣――先ほど思わずカルロが視線を向けた先に居た人物に向かって、すさまじい剣幕で怒鳴り始めた。
「おい! どういうことだ、マックス! 説明しろ!」
「カルロ様、お待ちください。あんなもの、誤解ですらない、ただの言いがかりです」
「黙れ! カール殿が、ただの言いがかりをつけるためだけに、ドレス姿の少女一人だけを連れて喧嘩を売りに来るような立場か!? 少し考えれば分かるだろう! しかも、帝国諜報部式、などと見抜いているんだぞ!?」
「それは――」
「言い訳無用! そもそも、お前らは最初か……ら……」
場が一気に固まる。
カルロが、マックスと呼んだ中年の男に向かって距離を詰め、おそらくは何か決定的なことを話そうとした瞬間、マックスが右手で短剣を振るうとカルロの首のあたりから勢いよく血が噴き出し、その体が崩れ落ちる。
残念ながらこうなってしまった以上、ここからは速さと勢いの勝負だ。
口を開こうとするマックスに先んじて、大声でとどめの一言を放つ。
「裏切りだ! カルロ大親分の仇! マックスとその一味を捕まえろ!!」
その言葉を聞いたロッシーノ一家の構成員たちは、マックスや彼を守ろうとするような動きを見せる連中に襲い掛かり、あっという間に戦場と化してしまった。
戦力比は、カルロ側7に、マックス側3くらいかな? まあ、混乱の中でもそれなりに連携を見せるマックス側に対して、連携もほとんどなく各自で勝手に戦ってる様子のカルロ側は押し切れてない感じだけど。戦況は五分五分かな?
そして、それどころじゃないとばかりに誰にも見向きもされず、俺とフィーネは立ち尽くしていた。
「さて、足もつらいだろう? そこの端にある花壇のふちがちょうど腰かけるのによさそうだし、そっちで休むか」
「いや、お気遣いはお受けしますけど……」
そんなことを言うフィーネを連れて、すぐ近くにある花壇まで連れて行って座らせ、俺は立ったまま周囲を警戒する。
とはいえ、どいつもこいつも、俺達どころじゃない感じだけど。
「しかし、ひどい光景ですね。敵ながら、たった一人のペテン師に踊らされた結果だと思うと、同情せざるをえません」
「ペテン師とはひどいな。ここに来る前に、ちゃんと説明はしただろ?」
「それでもですよ。帝国諜報部式の襲撃法とか、友になるはずだったとか、よくもまああそこまでスラスラと出まかせが出てくるものですね」
「話術と言ってくれ。ロッシーノ一家にほぼ確実にあるだろう不和を大きくするためのな」
「呼び方は何でもいいですけど、改めて、あなたが敵でなくてよかったと思いましたよ」
俺たちが、敵地に二人で殴りこむなんて一見して危険な行動を行ったのは、俺たち二人が生き残るということを最優先目標にする場合、その最優先目標を達成するのに一番可能性が高いと判断したからだ。
森の中で追っ手を一度は皆殺しにした後も、暗くなっていく森の中で、何かしらの決断をする必要があった。
味方が先に見つけてくれると信じて隠れるか、捜索の網を潜り抜けられると信じて逃げるか。
しかし、怪我人を抱えたまま、日が陰り暗くなっていく森で、痕跡を消して隠れる技能もなければ自信もない。
逃げるにしても、フィーネの怪我のことがある以上はどうしても動きは遅くなるし、逃げることは予想してるだろうから何かしらの網を張って逃がさないようにしている可能性がある。
とにかく味方と合流できれば何も問題はないのだが、と考えたところでひらめいたのだ。
――合流できるのは、絶対的な味方である必要はない。必要な間だけ、俺達の敵と戦ってくれれば十分なのだから。
「本当に、理屈は分かりましたけど、だからってここを襲撃するって聞いた時は、流石に正気を疑いましたよ」
「味方も俺たちが行方知れずとなれば予定とは大きく動きを変えるだろうし、敵の動きも未知数。その中で、ロッシーノ一家がここに居ることだけは、事前に確認している確定情報だったからな」
「で、適当に煽って、味方の到着まで時間を稼ぐ、ですか。まあ、状況が動いたからってここへの監視はゼロにはしないでしょうし、すごい目立ちはすると思いますけど」
「ロッシーノ一家の動きは一貫性がなかったからな。フーニィでは俺たちと手を組むって話に乗って、殺すなり誘拐するなり簡単にできる状況で開放しながら、今回は闇討ちを仕掛けてくる始末。殺すにしたって、屋敷に招き入れてから数で押すなり、もっと確実な方法があるのにしなかった。そうしてあれこれ考えていくと、少なくとも俺と手を組むか殺すかで、まったく別の目的のために動いてる連中がいるはずだった」
特に、あのフーニィで見せた幹部たちの野心に満ちた目が単なる演技とは思えなかった。
そもそも、単なるマフィアが、俺を殺してもそこまで旨味はないのだ。普段は中央に居る俺が死んだところで、メンツに賭けて取り締まりが厳しくなるだろうなどの不利益ばかりだしな。
痛めつけて誘拐の線も無くはないだろうけど、身代金目的なら、貴族に正面から喧嘩を売るよりは、引き続き幸福薬で儲ける方が確実だ。
さらに、オットーが言っていた、帝国の諜報関係者が関わっているかもしれないとの言葉。
そのあたりをきっかけに揺さぶりつつ、あわよくば情報を引き出しながら、とにかく味方が気付いて合流するまで時間を稼げれば、と考えていたのだ。
トップのカルロの心の内が俺を殺すか手を組むかどっちなのかとか、色々と不確定要素も大きかったが、そこは揺さぶっての様子に応じてアドリブで進めるしかないと覚悟していた。
その結果、ここまで簡単に大きな騒ぎになるとは思ってもみなかったがな。
まあ、元々が何かしら不和の種があったんだろう。そして、マックスという男が慌てて口封じを選ばざるを得ないような情報がカルロの口から出てきそうになった。不運としか言いようがないな。
そうこう戦況を見ていると、屋敷の外から押し寄せてくる軍勢の気配。
目の前で戦ってた連中も、思わずその手を止めて、『新手』に目をやっている。
「カール様、ご無事ですか!?」
「ああ、オットー。見てのとおりだぞ」
血相を変えて飛び込んできたオットーは、俺の様子を見て首を傾げ、さらに仲間同士で戦っているようにしか見えない状況を見てさらに疑問を浮かべた様子だ。
で、オットーが引き連れているのはざっと四十人。
ロッシーノ一家の仲間割れは、双方が半分も立っていない状況で、総数でも二十人に届かないくらいで、しかも今まで戦って消耗しきっている。
これで生きて帰るってのは達成できるな、と考えたところで、オットーの表情がなくなった。
何事かと目線の先を見れば、そこには状況に似つかわしくないさわやかな笑みを浮かべるマックスが居た。
「よう、久しぶりだな、ジェフリー。いや、エーリッヒか、それともオリバーと呼んだ方が良いか?」
「……今はオットーだ」
「そうか。こっちは今、マックスを名乗ってる。こちらと同じく、中央を追われて落ち伸びたものの、最近また返り咲いたらしいと聞いたが、噂は本当のようだな」
旧交を温めているかのような様子のマックスに対し、オットーの顔は険しい。
何があったかは知らないが、仲良しこよしって感じではなさそうだな。
「なあ、オットー。知り合いか?」
「ええ、まあ。私が中央を追われる前に色々とあって落ち延びた者でして。私が落ち延びる際にも、その手法は参考にさせてもらいました」
内容だけならば軽口のようにも聞こえるが、オットーの表情は苦虫をかみつぶしたようなものだ。
そのチグハグさを問いただした方が良いかと考える間に、その答えはすぐに表れた。
マックスが、突然、口から血を吐いたのだ。
「自決、か。情報を与える気はないってか?」
「本当に、あんたは手ごわい人だったよ、黒き狼の再来さん。こっちが最悪も含めて全部を予測したつもりでも、あんたは毎回、思いも、しなかった、ことばか……り、でさ……」
オットーは、もう手遅れだと悟っていたからこその反応だったんだろう。
一応、マックスの手勢にも尋問なりをすることにはなるだろうが、ロクな情報は持ってないだろう。だからこそ、自分だけ死ぬので十分だったんだろう。
本当に、こうやって黒幕に通じる糸口がほぼ確実に封じられる可能性が高いからこそ、やりたくなかったんだけどな。
まあ、幸福薬騒動そのものはこれでひとまず落ち着くだろうし、生きて帰れたしで、良しとするか。