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第九話 ~影を行く者たち~

 皇女エレーナの右腕であるカールの下で諜報関係の実務を取り仕切るオットーという男は、現在、非常に焦っていた。


 目の前には、ひっくり返った馬車と、そこから道の脇にある森の方へと転々と突き立つ矢。

 そして、その行く手にある茂みには、最近人が踏み入ったような跡が残っていた。


「下手人は、おそらく複数、しかも手練てだれです。急がねばマズいかと……」

「その通りだろうが、この数ではこちらも下手に動けん。それに、カール様の『あの』ゲリラ戦とかいうことを行ったという初陣の話を聞く限り、闇の迫る森の中との条件で、早々簡単にやられはせんだろう」


 この場に三人しかいない部下のうちの一人の女性の進言に、そう回答したオットーは、森の奥を眺めながら思考を加速させる。


 オットーがこの場にいるきっかけは、一つの伝令だった。

 実際に部隊を動かしてロッシーノ一家を追い詰めるのがギュンター、ズデスレン政庁で全体の指揮を執るとの名目で不測の事態に備えるのがオットーとの分担に従い、オットーは政庁に居た。

 そこに、一人の伝令が飛び込んできた。


 曰く、カール様が予定の時間を過ぎても予定の地点にやってこない。

 曰く、そのことを報告するために向かっている途中で、襲撃の跡地を発見した。


 オットーはその報告を聞き、ギュンターへと伝令を飛ばすようにとの指示だけ出すと、そのまま馬に乗って駆けだした。

 この場の三人の部下は、その急な状況に何とかついてきた者たちである。


 そのような状況で、どう動くべきかは難しい。

 本来であれば、カールの安全を守るために、一刻も早く動くべき。

 ただし、おそらくカールが居るのは、これから日も暮れる森の中だ。痕跡こんせきをたどるのも難しくなるだろう状況で、たったの四人で、カールとフィーネの二人を見つけるのは難しい。

 さらに言えば、二人は追っ手から隠れ潜んでいるだろう状況と予想され、さらに発見は困難になっているはずなのだ。


 今回の作戦に際し、オットーたちは、最大限できる限りの防諜対策を行ってきた。

 それを潜り抜けて奇襲を成功させた敵は精鋭だろうが、同時に、いくら精鋭だろうと、そう多くの人員をオットーの目を逃れて動かすことはできなかったはずだ、という程度の自負もある。

 だからこそ、逃げに徹していてくれれば、あの上司であればどうとでも出来ているはずだ。


「だから、ここはギュンター殿に伝令を送り、まとまった人員を送ってもらってから計画的に捜索するのが最善だろう」


 オットーは、自らに言い聞かせるようにそうつぶやくが、彼の目は森の方から離れない。

 なぜなら、この発言に対して、この場で一番心情的に納得していないのが彼自身であったからである。


 オットーにとって、カールは、極めて理解のある上司であった。

 どれだけ経歴を洗っても諜報に関するような影を行く者たちとの関わりなど見つからず、たとえそれが斜陽の家であろうと、どこまでも光を行く貴族の家の次期当主。であるのに、影を行く道をよく知る不思議な軍師。


 その異質さをオットーが改めて確信したのは、今回の幸福薬騒動の直前。

 諜報部門の体制を整え、帝国・王国の領国内を中心に、情報収集能力を上げようとの方針につき、カールと話していた時のことだ。


『オットー、言っておくが、無理して各地の深いところまで探ったりはするなよ。元帥府の予算を流すだけじゃ、そこまで多くの人的・物的資源を用意できないんだ。薄く広く。各地の市井しせいに出回ってる程度の情報で十分だぞ。まあ、今のエレーナ様にはそれ以上の深い情報を使いこなす政治力もないし、無駄な労力を使う必要はないからな』


 なるほど、限られた資源をどう使うべきか目的意識を持って決断できるのは、流石は今を時めく皇女殿下の軍師だ。

 しかし、『深い情報を得るために』『どれだけの人的・物的資源が必要なのか』を理解しているような発言は普通ではない。

 光を行き名誉や誇りを重んじる貴族たちは、オットーたちの専門とする影の技について深く興味を持たないし、オットーたちとしても自分たちの秘伝を頼まれもしないのにおいそれと広めたりはしない。だから、影の者たちの苦労も考えず簡単に、重要情報を抜いてこいだとか、要人を暗殺しろだとかすら言われることもあった。


 だからこそ、オットーは、生涯においてカール以上に理解のある上司に恵まれることはないだろうと確信していた。

 この人がいれば、きっとエレーナ閥はもっと大きくなる。その時、この人についていけば、もっと自分たちを使いこなしてくれるのではないか。

 そんな漠然とした期待を持っていた。

 だからこそ、カールの持ち味とも言え、これまで数々の危機をうち破ってきた『無茶』を強く止められなかったわけで、オットーはそんな過去の自分の判断を後悔していた。それと共に、少しでも早く動きたいと焦る自分の気持ちをなんとか落ち着かせ、ついに部下たちに指示を出そうとした。


 そんな時だった。


「オットー様! よかった、伝令です!!」

「どうした、そんなに慌てて」

「た、大変、大変なんです!!」


 道の向こう、本来はカールとロッシーノ一家の会合が行われる約束がされていた屋敷方面から、一人の部下が血相を変えて馬で駆けてきていた。

 しかしオットーにすれば、自らの上司が行方不明である以上に大変なことがあるはずもなく。その最大の問題に心の整理をつけたことから、何を聞こうと平静を保てる自信があった。


 ――その報告を聞くまでは。


「……は? ……いや……あ、あのクソ上司め!!」


 報告を聞いたオットーは、少しばかりほうけた後、自らの上司について思いつく限りの罵詈雑言ばりぞうごんを並べ立てた。


 そうして一通り叫びきったオットーは、呆ける部下たちに矢継ぎ早に指示を飛ばすと、自らも馬に乗ってその場を立ち去るのだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] まぁ、怪我しながら運が良くて奇襲から生き抜けたら、一刻も早く拠点に撤退して安全を確保するこそ普通でしょう。カールさんがまさか負傷しながら単身に敵陣本拠地に乗り込むなど、命知らずにも程がある…
[一言] 重要なことは全部自分でしないと気が済まない男、カール・フォン・マントイフェル! うん、(たとえ有能でも)まぎれもなくクソ上司ですね。
[一言] 一味違う方向に無茶振りする糞上司にランクアップ!
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