第八話 ~迫りくる刃~
「おい、生きてるかフィーネ?」
「ええ……まあ。カール様はご無事ですか?」
「ちょっと痛むけど、問題はないくらいだ」
横転して完全にひっくり返った馬車の中で、そんな会話を交わす。
後は、馬車を引いていた馬達はたぶん手遅れだろうが、御者の爺さんがまだ生きてるなら何とか――
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」
……爺さんは、大声上げながら走り去れるくらいには元気なようで良かった。
まあ、本当にただの御者で戦闘は素人だから仕方ないけど、これで俺が生還できなかったら、嫡男見捨てて逃げてきたって責任問われる奴じゃねぇか。
変なことに巻き込んでしまった手前、そんなことになったら申し訳ないな。
「とりあえず、さっさとここを離れるぞ。早くしないと、敵さんがこっちのとどめ刺しに来るだろうからな……――おい、フィーネ、聞いてるか?」
「……え? あ、はい。ここを離れるんですよね。分かりました」
フィーネの様子が少しおかしいが、それは後回しにして、とにかく馬車から這い出る。
すると、俺のすぐ目の前に、飛来してきた矢が突き立った。
「狙撃とか勘弁してくれ……ほら、走るぞフィーネ!!」
「は、はい!」
俺に続いて這い出ようとするも、少しばかり手間取っていたフィーネの手を引いて引っ張り出し、そのまま道の脇にある森の中へと駆けこむ。
そうして、茂みの中へ飛び込んだ。このまま何とか追っ手をまくことができれば――
「おい、どういうつもりだ」
「私はここで護衛の役目を果たします。ここで敵を食止めているうちに、お逃げください」
俺の手を振り払い、短剣片手にこちらに背を向けるフィーネ。
……ああ、そういうことかよ。
「右足首、か」
「分かりますか? そういう訳ですので、私のことはお気になさらず」
あーもう! ただでさえ時間がないってのに、こいつは……!
「お気になさらずに、じゃない。さっさと行くぞ」
「いや、ですから私はもう護衛としての役目を果たせない――」
「だからどうした」
フィーネの腕をつかみ、そのまま無理やりこちらを向かせ、正面から向き合う形に。
「こんなつまらんところで、そう簡単に見捨ててもらえると思うなよ? どうしようもなくなるまで、一緒に生き足掻いてもらうからな」
「いや、流石のカール様でも、こんな役立たずを連れて行くなんて無茶です」
「うるせぇ。役立たずだとかいうなら、黙って俺に守られてろ」
「……へ?」
フィーネが突然動きをを止め、隙だらけになる。
よく分からんが、そういうことなら話は早い。フィーネを肩に担ぎ、俗に言う「お米様抱っこ」状態で森の奥へと向かう。
そのまましばらく、薄暗くなって視界の悪くなってきた森の中を、やけに大人しいフィーネを担いで走っていると、後ろから足音が迫ってくる。
「一、二……三人、ですか。カール様、今からでもお一人なら逃げられますよ?」
「バーカ。この状況なら、策はある」
そうしてフィーネに手短に役割を伝えつつ、少しずつペースを緩めて距離を調整する。
敵は良い感じに一塊で、距離もそろそろ……。
「よし、頼むぞ」
そう言って、俺はフィーネを横に投げる。
そうして彼女が地に落ちる音がし、すぐに男の悲鳴が続く。
それを聞いた俺も急ブレーキをかけ、そのまま反転し、まずは悲鳴に気を取られた俺のすぐ後ろの敵の喉笛を掻っ切る。
間を置かずにその敵の持っていた剣を拾うと、最後の一人に向き合う。
「な、そんな……!」
「悪いけど、こういうところでの戦いは、こっちの方が一枚上手だったみたいだな!」
最後の敵の抵抗よりも早く、構えた剣がその胸を貫いた。
うん、他に近くに敵も気配もないし、とりあえずは一息付けそうだ。
「カール様、いくら何でも無茶苦茶ですよ。担いでいる人間を放り投げて即席の伏兵にして、走る敵の側方から奇襲させるなんて……」
「でも、上手くいっただろう? 初陣でのゲリラ戦でこういうのは散々やりつくしたからな。冷静に考えるとバカバカしいようなことでも、とっさの状況では意外に引っかかったりするんだぜ」
そんな俺の言葉に、もう付き合いきれないとばかりにため息を一つ入れ、諦めたように小さく笑い声をあげるフィーネ。
そんな彼女も、すぐに真剣な顔になる。
「カール様、あなたがすごいことは分かりました。でも、もう十分でしょう? 当面の危機は去りました。ここからは、カール様一人でお逃げください。味方と合流出来たら、それから迎えに来ていただければ結構ですので」
「却下だ。敵の規模すら分かってない状況で、そんなことできるか。言っただろう? そう簡単に見捨ててもらえると思うなよ」
俺の返事を聞いて、急に眼をそらして黙り込んだフィーネは置いておくとしてだ。
実際問題ここからどうするか、だ。
最近、オットーも諜報部の人員を使って領内には目を光らせてくれていたし、それをかいくぐって大軍を連れ込んだってことは流石にないだろうと思う。
だが、だからといってこれで終わりとも言い切れない。
片付けた追っ手は全員が近接装備であり、少なくとも、馬車から這い出た時の狙撃手は別にいる可能性が高いし、狙撃手に護衛くらいは付けていてもおかしくない。
何なら、こいつらは追い立て役で、今にも回り込んできた敵が現れてって可能性もある。
いずれにしろ、敵の情報がはっきりしないのがなぁ。
まあ、安全確保って意味じゃ、たぶんこれが一番可能性が高いか?
「……よし、行くかフィーネ」
「あの、カール様? 何か変なこと考えてません?」
「まさか。約束しただろ? 安全第一だよ」
そうして、もう一度フィーネを「お米様抱っこ」すると、森の中を駆け抜けていくのだった。
「おら、だからこのカール様が、カルロ・ロッシーノを出せっつってんだよ! てめぇらの耳は飾りか!?」
「いや、そう言われても……」
ほとんど日も暮れた頃、俺は、左手側に立つフィーネに肩を貸しながら、ロッシーノ一家との交渉の約束をしていたズデスレン郊外の屋敷に居た。
門番をしていた下っ端相手に抜身の剣で脅しつけつつ押し通り、テメェらのボスを出せと騒ぎ立てる。
そうすると、屋敷の方から、下っ端どもとは雰囲気の違う一団が出てきた。
そいつらは、ほぼ全員が、俺たちの格好を見て絶句する。
まあ、返り血と泥にまみれた男女がギャーギャー騒いでりゃ、そりゃそうだろうな。
そして少しすると、フーニィの違法店で俺に話しかけてきた幹部の男が、先頭に立っていた無駄に高そうな装飾品で着飾った品のなさそうな三十歳くらいの男に耳打ちをする。
すると、耳打ちされた方の男はぎょっとして、しかし次の瞬間には平静を取り繕って話しかけてくる。
「わ、私がカルロ・ロッシーノだ。カール殿、いったいこれはどういう騒ぎか?」
「どういう騒ぎか、だと? 簡単だ――てめぇらに、今回の仕打ちのケジメつけさせに来たんだよ」
そう言って俺は、カルロ・ロッシーノに右手に持っていた剣の切っ先を向けた。




