第七話 ~道化と悪意と~
最近、感想返しを出来ていませんが、各感想はありがたく読ませていただいております。
Twitterで予告したよりも少し遅くなりましたが、お楽しみいただければ幸いです。
「仕掛けは上々。このままいけば、幸福薬問題は今日をもって終焉を迎えるわけだ――だからそろそろ、許してもらえませんかね……?」
ズデスレン政庁にある俺の執務室。
フーニィでロッシーノ一家の連中との交渉を行ってから、十五日が経過していた。
そして執務机に腰かける俺の前では、外出用の比較的簡素なドレスに身を包むフィーネと、いつも通りの地味な服に身を包むオットーが、二人してジト目でこちらを見下ろしていた。
「まあ結果的に、いい方向に転がっていることは認めるしかないですね……」
「だろ、オットー! いやぁ、オットーも色々と頑張ってくれたおかげで、今日こうして、ロッシーノ一家のボスとの直接会合まで持ち込めたわけだ。後は、事前の打ち合わせ通りに一斉摘発で終わりってところまで持ち込めたしな」
フーニィでのあの夜、俺の手を取るとの回答をしてきたロッシーノ一家に対し、「それらしく」見せるために色々と手を尽くしてやった。
実務者協議とか銘打って、ロッシーノ一家の幹部をこの執務室に呼び出したりもしたんだが、まず受付で「アレギアを越えに来た」とか、オットーが適当に考えた合言葉を大真面目に言ってたらしいと聞いて、初手から腹筋に先制攻撃を受ける。
で、協議の中で、ダメもとで探りを入れてみれば、幸福薬の流通関係の情報を嬉しそうにボロボロと漏らしまくるわで、俺の腹筋へ追撃まで決められてしまった。
「で、兵力の展開状況はどうだ? ロッシーノ一家の頭を押さえて、奴らに協力していた連中も分かってる範囲で一網打尽にする以上、同時襲撃は絶対条件だ。早すぎても、遅すぎても困るからな」
「マントイフェル領各地には、ギュンター殿が責任者として隠密に領軍を展開済み。ロッシーノ一家との会談場所であるズデスレン郊外の屋敷には、カール様とフィーネ殿の乗った馬車が現地に着くころを見計らって、私自ら率いて兵力を集結させます。その他、内政官や、摘発に参加しない兵士たちなどは通常通りに過ごさせています。事前にこちらの動きに気付かれて取り逃がす可能性は、極力排除しました」
「流石だな。他は?」
「領外で判明してる協力者の摘発は、マイセン辺境伯が上手く取り計らってくださるでしょう。現状、問題はございません」
「なるほど、分かった」
オットーの方から特に報告がなかった以上、問題がないのは分かっていたが、改めて報告を聞いて安心する。
何かおかしいとか感づかれて逃げられては意味がないので、とにかく慎重に、を心掛けて十分な準備はしてきたのだ。まあ、ロッシーノ一家にそんなあれこれと用心深く警戒する知性や慎重さが残っているかは怪しいが、やって損はないからな。
まあ、ロッシーノ一家がべらべらしゃべってくれた「協力者」の中に、フーニィ系の小さな商会が混じっていた時は肝を冷やしたが、急いでフーニィ市長に「お手紙」を書いたところ、俺が市長主催の晩さん会に一回参加するってことで速やかに話がついたりもした。
聞いてる限り、その商会も詳しい事情は分からずに利用されてるだけっぽいが、それを確認するためだけに、フーニィと揉めるリスクまでは抱えたくないので、調整がつかなければ諦めざるを得なかった。
ほんと、普段は分からないけど、こういう時は自分のネームバリューってやつのありがたみがひしひしと感じられるな。
「さて、そろそろ時間だな。行こうか、フィーネ」
「はい、カール様」
そうして二人で先に退室しようとしたところ、背中から声を掛けられる。
「カール様、最後によろしいでしょうか?」
「うん? なんだ、オットー」
何気なく振り返れば、いつになく真剣なオットーのまなざしがあった。
「言っては何ですが、今回の件、どういう結末になろうとも、カール様が命を落とす価値があるようなものにはなりえないかと思われます。ですから、必ず、生きてお戻りください」
「……分かってるさ」
もう少しすれば茜色に染まり始めそうな空の下、俺とフィーネを乗せた馬車はズデスレン郊外の、人気がない石畳の道を飛ばしていた。
設定としては、表沙汰にできない商談のためにお忍びで出かけていることになってるので、馬車には家紋等もないものを選び、フィーネ以外の護衛は連れてきていない。
目的地までもう少し。さて、着いたらどうするかと段取りを思い返していると、これまで静かに俺の右隣に座っていたフィーネが口を開いた。
「カール様、今回はアドリブはなしですからね? 失敗した時も、計画通りに逃走優先ですから」
「いや、ちゃんと段取りは分かってるってさっきも言っただろ? 信用しろって」
「そんないかにも何か企んでますって顔を見てですか? そもそも、その段取りを決める際にカール様が、ロッシーノ一家をうまくだまして利用して、黒幕をあぶり出すべき、なんて強硬に主張してなければ、何の憂いもなく信用できたのですが」
満面の笑みでそんなことを言うフィーネに、一瞬言葉が詰まる。
実際、あまりにもロッシーノ一家がチョロ過ぎたし、俺自ら懐に飛び込めば上手くいくんじゃないかと熱弁したのは事実だし、その辺の未練が全くないって訳ではない。
「とは言っても、安全面から猛反対されて、黒幕を放置してでも、手足であるロッシーノ一家を潰して終わらせるって方針で決着したんだ。今更、それを崩しやしないよ」
「だといいんですけどね」
「無茶をしてきたと言われれば反論のしようもないけど、約束を積極的に破ろうとまではしてこなかったつもりだぞ」
「まあ、確かにそうかもしれませんが……」
「だから、今回もとっとと摘発して、約束通りにまたフーニィのあのレストランで一緒にランチをして、めでたしめでたし、でいいだろ? ちょうど、フーニィで晩さん会の予約も入って、近いうちに行かないといけないしさ」
「……カール様」
そうして、距離を詰めて、俺にもたれかかってくるフィーネ。
そんなフィーネをそっと受け止めると、俺の左手が、フィーネの左の太ももをスカートの上からそっと撫でる。
「なあ、フィーネ」
「うん」
俺のささやくような呼びかけに返ってきたのは、消え入りそうな少女の声。
その返事を聞いて俺は、彼女の足を撫でていた左手をスカートの中へと侵入させ――
「ぐあっ!?」
「かはっ!!」
扉を開いて侵入を試みてきた賊を、スカート内に仕込まれていた短剣で切り捨て、走行中の馬車から落下させる。
どうやら、フィーネも反対側から同じく入ってこようとした賊を始末したようだ。
「なあ、おい。流石に段取り外の状況なら、アドリブするしかないよな?」
「別にそれは良いですけど、あくまで安全第一ですからね」
とりあえずは走り続ける方が安全だろうと判断し、周囲の警戒はフィーネに任せて、俺はしばし思考に潜る。
まず、仕掛けてきたのは黒幕で間違いないだろう。
にしても、走行中の馬車を走行させたまま取り付いての奇襲とは、確かに決まっていれば何もできずに終わってたかもな。
実際、エレーナ様という貴人を守るため、怪しげな物音がしたらとりあえず安全確認する習慣がなければ、対応が間に合わなかった可能性はある。
「うわっ!?」
「フィーネっ!」
考えもまとまらないうちに、突然襲う浮遊感。
反射的にフィーネを庇うように抱え込み、次の瞬間には背中を強い衝撃が襲う。
そして、これが馬車が横転したことが原因だと気付くのに、ほとんど時間はかからなかった。




