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第五話 ~フーニィの夜~

Twitterでもお伝えしましたが、小説のデータが入っていたPCが突然ご臨終なされるなど、色々ありましたが戻ってきました。

みんなも、バックアップはこまめに取ろうね。うん……。

「どうよ、フィーネ。気合い入れて選んでみたんだが」

「素晴らしいと思いますよ。特にそのゴテゴテとした装飾品類は、よく分かりもしないのに無理に悪ぶろうとして失敗した感がすごく出てて、いいと思いますよ」


 にっこりと語るフィーネに、絶句する俺。いや、わりと本気で着飾ったんですけどね……。

 と、何が失敗だったのか首をひねりながら購入した装飾品を詰めた袋を受け取る俺とフィーネは、自由都市フーニィで絶賛ショッピング中である。


 このフーニィにある放蕩貴族たちのたまり場となっている会員制クラブにて、幸福薬の流通の全容や、そのバックにいるマフィアのロッシーノ一家の手がかりをつかむために、潜入することになったわけだが、流石に一人でってのはNGが出て、フィーネが護衛を兼ねてついてくることに。

 これも、入店には、付き添いですら準貴族以上じゃないと無理だってルール上の制約があったことからやむを得ない。潜入捜査に行くのに、無用な争いの種を持ち込むわけにはいかないからな。守れる部分は守らねば。

 で、作戦会議中、流石に普段の格好で店に入っても浮くだろうって話になり、服は事前に用意して、残りは現地調達することにしたわけだ。この世界の工業力じゃ、服はまだオーダーメードか古着かなので現地調達は難しいが、その他については、西方地域で一番何でもそろってるフーニィで仕入れるのが合理的だからな。


「さて、カール様。そろそろレストランに向かわないと、ディナーの予約に遅刻してしまいますね。急ぎましょうか」

「おう……!?」

「何か?」

「え、あ、いや。ちょっと近すぎないかなって……」

「と、申されましても。目的地である会員制クラブは、かなり破廉恥な雰囲気とも聞きますし。これくらいは慣れておかないと、逆に不自然では?」


 平然といつもの調子でそう言うフィーネは、肩を大胆に出したドレス姿で、俺の左腕に抱き着いてきている。

 これで下品さがみじんもない辺りは感心するが、かといって目のやり場とか、そういった面で困るのはどうしようもない。


 そうこうしながら少し歩くと、目的地の看板が見えてきた。

 そして、店の入り口についたところで、従業員らしき男性に声を掛けられる。


「お客様、失礼ですがご予約のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「あー、自分で予約したんじゃないから分からないけど、たぶんカール・フォン・マントイフェルで入ってると思うんだけど」

「はい、お待ちしておりました。それではこちらへどうぞ」


 俺の名前を聞くと、男性は特に何も確認することなく、流れるように店内へと俺たちを通し、案内役の従業員へと引継ぎをする。

 気品あふれる店内装飾といい、従業員の振る舞いといい、これこそ高級店、というところをこれでもかと見せられながら階段を上り最上階である4階へとやってきた。


「こちらが本日のお部屋、当店自慢の貴賓室となります。当フロアには、この一室のみとなります。そちらのテラスも本貴賓室の一部ですので、どうぞご自由にお使いください」

「分かった。ありがとう」

「それと給仕はいかがいたしましょうか。よろしければ、扉の外で担当のものを控えさせていただきますが」

「いや、そこまではしてもらわなくていいよ」

「かしこまりました。それでは、お料理については順に提供させていただきます。それ以外で御用の際は、お手数ですが、この扉脇のボタンを押していただければ、担当の者がお伺いさせていただきます」


 そうして、従業員が出ていったのを確認したところで、思わず言葉が漏れる。


「つまり、誰かに聞かれたら困るような会合にも対応しますってか? 流石、その辺の領主貴族並みの権威を持ち、その辺の領主貴族を凌駕りょうがする金を動かすフーニィ市長様の御用達ごようたしなだけはあるわ。俺が次に一緒に来るのは、その市長か、この街の幹部陣か、だろうな」

「そんなお店の貴賓室を、当日になって押さえられるのはすごいですね。ここかなりの人気店で、いつも少なくとも1か月先まで予約で埋まってるそうですよ?」

「まあ、その中でもわざわざ貴賓室まで使う連中なんて、かなりの確率で市長自身かその周辺の人間だろ? その市長さんが自ら動けばこのくらいは何とかなるんだろ。無茶には違いなさそうだけど」


 今朝、一般客に紛れてフーニィの港に降り立った俺たち二人を出迎えてくれたのは、フーニィ市長の秘書だった。

 俺たちとしては、色々と検討した結果としてお忍びでってことでこっそりやってきたつもりだったのだが、港での手続きの際に少し待ってくれと言われて理由もわからず待合室で座っていたら、秘書さんの登場で驚かされた。

 そのあとは、来訪の目的を聞かれたのでお忍びの休暇旅だと表向きの理由を伝えたところ、非公式の場でいいので市長と会談してほしいと言われ、そのまま俺たちの宿泊先のホテルのロビーにある喫茶スペースに移動し、そこに市長がやってきていくつか雑談をしたって訳だ。

 その話の流れでこの店をお勧めされ、今に至るのである。


「まあ、せっかくの機会だし、まずは料理と酒を楽しませてもらおうか」


 そんなわけで、まずは料理とお酒を楽しませてもらう。

 二人で他愛もない話をしながら、途中で支配人があいさつに来たり、食べたこともないような珍しい料理を楽しんだりと、あっという間に時は過ぎ、食後のお茶を傾けながらまじめな話に移る。


「さて、フィーネ。それじゃあ、この後の潜入捜査に先立って、まずは今日の昼の調査結果を分析するか」

「ええ、了解しました」


 そこからは先ほどまでのオフモードから、一気に仕事モードに入る。

 まずは、フィーネが口を開いた。


「市中を見たところ、幸福薬が出回っている様子はありませんでしたね。中毒者らしき人も見かけませんでした。まあ、この街はそれなりに裕福ですし、そんな禁制品に楽しみを見出さなくてもいいからですかね? そういう意味では、今日は見れなかった貧民街がどうなっているかは怖くはありますが」

「いや、裕福なら裕福で、刺激が欲しいとか、そんな理由で手を出す奴もいるさ。まさに、これから向かう予定の会員制クラブがそういう放蕩貴族どもの集まりだろ? たぶん、フーニィは水際での対応が優秀なんだろうさ。なんせ、事前連絡もなくやってきたご近所の男爵家の嫡男を見落としもせずに見つけられるくらいだし、禁制品もそうしてはじいてるんじゃないか?」

「だとすると、どうしてそんな禁制品が出回る店が野放しなんでしょうか? 本当に水際でそこまで対策をしているなら、おかしな話では?」

「まあ、主な客層が放蕩貴族だからな。あれこれと、面倒なしがらみもあるだろうさ。むしろ、だからこそあえて狙ったのかもな。これまでの摘発に対する対応を見てる限り、敵さんはそういうところは見逃さなそうだし」


 そんな俺の言葉に、二人でため息を吐く。

 本当に、ただの外様とざまのマフィアの仕業しわざとは思えないやり方だ。


「まあ、そうやって敵に感心してばかりもいられないし、今日の仕事の話をしようか。市長のおかげで、俺がこの街に居ることを自然にアピールできたし、当初の予定よりも『エサ』に敵が食いついてくる可能性は高くなった。それに、こうして安全な相談場所も得られたしな」

「だから言ったでしょう? 心配しなくても、カール様が日時を指定してアポを取れば、ただ近くに来たからあいさつしたいってだけでも、どれだけ忙しくても最優先で会ってくれるって」

「いやまあ、向こうも忙しいだろうし、急にアポ取りたいってのも悪いだろう? それに、アポ取りに行った以上は、向こうが忙しいからって別日を指定されたら無下にもできないから、捜査にも影響が出るかもだし……」

「向こうの立場にしてみれば、突然お忍びでやってきたのが判明するよりはマシだと思いますけどね。今、フーニィで一番熱い交易案件のキーパーソンが、この街に来たのに市長と顔も合わせずに帰ったなんてことになった方が、この街の上層部的には困るでしょう」

「いや、うちとの直接取引の規模なんて知れてるし、実務面もとっくに全部投げてるし、そもそもお忍びだぞ? そこまでかねぇ」

「カール様……いえ、もういいです」


 そう言ってまたため息を吐くフィーネは、お茶を一口だけ口にしてまた口を開いた。


「ともかく、今日のお昼あたりからうろついていた人たち、フーニィ側の手勢ってことでいいんですかね?」

「だろうな。オットーが先に送り込んでいた人員からも特に何か接触があるわけでもないし、敵じゃないってことでいいんじゃないか? 監視というより、俺らの安全確保が目的だろうな。俺たちの滞在を知っていながら、この街で何かあったら、面倒にもなりかねないだろうし。あと、何回かはわざと気付かれるように動いてた節もあるし、敵意はないってアピールじゃないか?」


 オットーの送った部下とは、予定通りに進むならば一切の接触なくこの街を去る予定だ。不測の事態の際のバックアップと情報収集が目的で、そいつらと接触してることを見られるのも敵に何かを勘づかれるリスクになりかねないからな。

 これまでの動きを見る限り、どれだけ警戒しても、警戒しすぎるってことはないだろう。


 で、オットーの部下は、その多くが中央の諜報機関時代を経験したプロばかり。

 それが何も危険を告げてこないということは、敵ではないということでいいだろう。

 まあ、そうして敵だと告げることすらできない可能性もあるが、そこまでの敵となると、その時点で詰んでるんだ。考えても仕方ないだろう。


 その後は、この後の流れを確認して、退店することに。

 そのまま、徒歩で今日の本命へと足を進める。


「あー、にしても夜風が気持ちいいな。湖の目の前だからか風がひんやりしてて、酒で火照ったところにちょうどいいな」

「そうですね。実際、さっきのお店は湖沿いの絶景も売りみたいでしたからね。今日は暗かったのでよく見えませんでしたが、ランチやティータイムはそれを目当てに通い詰める人もいるとか」

「そこまでか。それはぜひ見てみたかったな」

「じゃあ、せっかくなので、今度はランチにでも来ましょうか? ――また、一緒に」

「そうだな。この事件が全部終わったら、帝都に帰る前にまた来るのもいいな」

「本当ですか? 約束ですよ?」

「ああ」


 そうこうしていると、ついに目的地にたどり着く。

 入り口はガタイの良い男たちが4人ばかりたむろしており、そのうちの一人に呼び止められた。


「ここから先は、会員か、会員からの紹介を受けた者以外は立ち入り禁止となっております」


 言い方だけは取り繕っても、まったく隠しきれていない不躾ぶしつけな視線に、出そうになるため息をぐっとこらえる。

 本当に、さっきまでのいい気分が台無しだ。


「紹介状はここに。本人は諸事情でいないけど、彼の会員証を預かってきた。それに、話は通ってるはずだよ?」


 本人は、これを手配してくれたマイセン辺境伯曰く「連れて行っても余計なリスクを増やすだけ」とのことで、案内役もかねて連れていく案には消極的だった。

 まあ、放蕩貴族の溜まり場に出入りしてるような奴だし、人柄も能力も色々とお察しってとこだ。


「……それでは、まずは受付へどうぞ」


 そうこうしていると、店内へと消えた男が戻ってきて、促されるままに店内へ。

 受付で一枚物の申込書のようなものに必要事項を記入すると、会員証と一緒に2つの仮面を渡される。


「当店では、皆様に世俗のしがらみを捨てて楽しんでいただくため、仮面を外したり、他者の仮面を外す行為は禁止となっております。こちら、破られると今後一切のご入店をお断りさせていただくこともございますので、ご注意ください」


 紙でも口頭でも、他の説明は一切なく、言われるままに仮面をつけて、受付横の扉をくぐる。


「うわっ……」

「ふぅ……」


 そして、扉の先の薄暗いホール内では、たばこに酒に甘ったるいお香か何か、それに嗅いだこともない怪しげな何かが混ざり合ったような何とも言えないにおいが充満し、仮面をつけた男女の様々な声が響き渡る。

 一目で確信した。

 こんなところに好き好んで出入りする奴は、そりゃ潜入捜査に連れて行きたくないわ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらず自分の価値を世間の評価を理解していないなぁw まぁそれでこそとも言えますが しかしこの場を離れたら頭痛が起きそうな場所ですね。常用したりすると抜け出せなくなりそう
[一言] フィーネがグイグイ来るなぁ いつぞやの女子会が効いてるなw
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