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第四話 ~暗中を行く~

「お前ら動くな! マントイフェル男爵家の名において、この倉庫及びその周辺一帯の捜索差押えを行う。抵抗するものは問答無用で殺すからそのつもりでな」


 ズデスレン郊外の倉庫街の一角でのこと。

 俺は、おじいさまから借り受けた領軍が、倉庫の正面扉を粉砕して突入した後に続いて倉庫内に悠々と歩いて入り、冒頭のセリフを読み上げたってわけだ。


「そのセリフ、突入するたびに毎回言ってますけど、もう必要ないんじゃないですか? カール様」

「いやまあ、様式美ってやつだよ、フィーネ。うん」


 とはいえ、俺の護衛としてついてくるフィーネの言い分も分からんでもない。

 中はすでに、正面の突入に合わせて窓やら裏口やらからも突入した領軍によって、ロクな抵抗もせずに制圧された連中しかおらず、誰も俺の口上など聞いていないのだ。


「さてと。じゃあ、とりあえずは裏口から突入したオットーと合流するか。頼むぞ?」

「はい、お任せください」


 そうしてフィーネを伴い、事のほぼ終わった倉庫内を進んでいく。

 フィーネの方をちらりと伺うが、普段と変わった様子はない。


「カール様、何か?」

「いや……何でもない」


 あの日、彼女の実家に泊まった日のことを気にしているようには見えない。

 ……まあ、あれからもう三十日以上が経つんだ。俺がいつまでも気にしすぎなんだろうな。


 そうして奥に進み、二階に上がってすぐ、目的の人物を見つけた。


「オットー、ご苦労。――ああ、また・・か」

「これは、カール様。――ええ、また・・です」


 ため息を吐くオットーの近くには、大量の灰と、わずかばかりの燃え残りの書類がある。


「たぶん、前みたいにフェイク情報なんだろうが、一応、お前の方で燃え残りの解析を頼む。捕まえた連中の取り調べの方は、今回はうちの領地の官憲の方に投げておくから」

「了解いたしました。後ほど、報告書にまとめて提出させていただきます」


 ベルディット準男爵の情報に基づいて、幸福薬を流通させているロッシーノ一家の拠点と思われる場所に突入するのはもう十七回目だ。

 まあ、最初の方は一斉摘発を目指して複数個所に同時に兵を送ったのもそれぞれ一回ってカウントしてるから日数のわりに回数が多いわけだが、そのすべてがほとんど同じ結果だったのは計算外だった。


 幸福薬の差押えには成功する、構成員も毎回二十から三十人程度は捕まえられる、と言えば順調に見える。

 だが、ブツは抑えてもその先に繋がるような物証はなし。それどころか、燃えゆく書類を何とか火を消して確保できたと喜べば、分析した結果出てきた情報がフェイクで、裏取りに無駄な人手を使わされる。

 捕まえた連中とて末端も末端で、ロクな情報も持ってないような奴らばかり。おそらく、本当に使い捨てのような奴らばかりで、向こうにすれば多少補充が面倒くらいの損害しかないだろう。


 結果、これだけ摘発してるにも関わらず、現在の幸福薬の摘発件数から推計する推定流通量は、わずかばかり減った程度という、完全に労力に見合っていないものだった。


「というわけで、だ。そろそろアプローチを変えていかないといけないんと思うんだ」


 オットーが書類の燃え残りを見つけた部屋にて、俺にオットー、フィーネの三人で古ぼけた椅子に座って机を囲む。

 そうして始めた臨時会議は、俺のセリフに渋い顔をする二人という構図で始まった。


「いやいや、俺、そんな変なこと言ったか?」

「だって、おっしゃってるのは、前にもおっしゃられたフーニィの放蕩ほうとう貴族のたまり場のことですよね? こういう反応になって当然かと」


 フィーネが呆れたようにそう言うが、俺からすればそういう反応をする二人の方が変だと思うんだけどなぁ……。


「二人ともさ。相手方の手際からして、普通に流通拠点を潰していっても同じことの繰り返しになるだけだ。だったら、アプローチを変えるべきだ。ベルディット準男爵の情報にあった、かの自由都市フーニィにある放蕩貴族どものたまり場になってる会員制クラブでの幸福薬の流通。西方諸侯が最近まで貧乏だったって言っても、多くの家は、一族の問題児を体よく厄介払いするために遊ぶ金を出すくらいの余裕はあった。そうして目に付く楽しいことはやりつくした奴らに幸福薬の中毒性は新鮮だろうし、ロッシーノ一家としてもそういう上客とのつながりは欲しいはずだろ?」

「確かにカール様のおっしゃるとおり、そこを突けば、今までと別方向からの成果が得られる可能性は高いでしょう。相手が仮にも貴族になる以上、貧民相手のように末端の人間に簡単に投げるわけにもいかない以上、それなりの地位の人間も捕まえやすいでしょうし」

「じゃあ、何が不満なんだ、オットー?」

「方法です。そこに入るには、少なくとも貴族でないといけない。準男爵家の娘であるフィーネ殿の家格で、付き添いとして入るのがようやく認められる程度。そして、自分の名前で店に入れるような家格の方にそう簡単に頼めるようなことでない以上――」

「俺が行くしかないだろう?」


 そこで、二人そろってため息を吐かれた。

 そうして、今度はフィーネが口を開く。


「カール様は、そもそも幸福薬の摘発の最前線に居るんです。そんな人がのこのこ出向いたところで、警戒されるか、逆に返り討ちに会うだけでは?」

「いや、むしろ、最前線に居るからこそだ。だからこそ、俺ならば、今のタイミングでの接触に理由がつけられる。――だろ? オットー」


 話を振れば、苦虫をかみつぶしたような顔で黙り込んだ後、しぶしぶと言った様子で口が開かれた。


「……以前ご報告させていただいたとおり、ロッシーノ一家そのものは新興ということでほとんど情報が集まっていませんが、そのトップであるカルロ・ロッシーノについては、出身母体であるモンペリーノ一家の幹部時代の情報が簡単に集まりました」


 曰く、野心家であり、上に行くためなら同じ一家の人間ですら平然と潰す。

 曰く、従順な部下をかわいがりはするものの、基本的には冷酷で尊大で粗暴な人間。

 曰く、常に自らを大きく見せたがり、服やら宝石やら家やら女やら、とにかく自らを着飾ることにはお金をいくらでもつぎ込む。


「と、オットーが集めてきた敵さんの大将の人物像がそんな感じで、今の奴は『貴族様』、それも我がことながら有名どころ相手に裏をかいて翻弄してと、『勝利』してるわけだ。それはもう気分がいいだろうさ。――だからこそ、『敗者』である俺が動くことに意味が出る」


 ここまで説明したところで、フィーネは不服そうながらも合理性を理解したのか、これ以上口出しはしてこなさそうな様子だ。

 だが、オットーの方は、何か言いたげで、でも言うべきなのかを迷っているような煮え切らない様子だった。


「オットー、言いたいことがあるならさっさと言っとけ。言いよどむ理由があるなら、それも合わせて報告してくれれば、そこまで踏まえて検討するから」


 そう言ってもしばらくは悩んでいたが、最後には意を決したのか、ついに口を開いた。


「確証はありません。それこそ、私の勘、程度の根拠しかありません。それをまずはご留意いただきたい」

「分かった。で、何を感じたんだ、オットー?」

「……今回のやり口は、我らが帝国の中央諜報部のものである可能性が高いかと」


 なるほど。そりゃ、明確な根拠なく簡単に言えるわけがないわ。

 『もしも』程度で出すには、問題が大きすぎる。


「確認したいんだが、具体的にどういう点にその『勘』は働いたんだ?」

「やり口です。諜報といっても、それぞれがノウハウの共有などしない以上、組織ごとの癖というものはどうしても出てきます。それが、私の古巣のものと似通っていた、というだけのこと。ただ、本当にそうだとしても、現役なのか、私のようにすでに追い出された者なのかという問題もあります」

「確認だが、カルロ・ロッシーノやその側近の中に、帝国の諜報部の関係者がいる可能性は?」

「カルロ・ロッシーノ自身は、祖父の代からモンペリーノ一家の幹部だったこともあり、その親族含めて可能性は低いかと。ただ、部下とまでなると、マフィアは基本的に秘密主義なこともあって、すべてを把握できるわけでもないのでなんとも……」


 こりゃまた、随分と面倒なことになってきたなぁ……。


「組織の看板は南洋連合系、手口は我らが帝国系。ロッシーノ一家が派手に動いて西方が乱れれば、一番直接に得をするのは王国で、北の連合王国も隣の大国が乱れればつけ入るすきもできることから動機がなくはない。――つまりは、周辺の大国のどこの思惑が絡んでてもおかしくはないってわけだ」


 俺のまとめに、二人の顔がこわばり、そのまま頭を抱える。


「さて、幸福薬を巡る思惑は随分と政治的なものであることが強く推察されるようになった以上、これを放置して好き勝手やらせるわけには余計に行かなくなったわけだ。――大丈夫、これはあくまで捜査だ。殺し合いをしに行くんじゃないんだぜ?」


 その後、俺の方針に大筋で異議が出ることはなかった。





今更ながらTwitterを始めました

https://twitter.com/U29545903

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― 新着の感想 ―
[一言] 裏で暗躍する敵なんてエレーナ様が頭から煙出す案件だしなぁ
[一言] ・・・皇女から文句来ない?自分も暴れさせろって
[良い点]  いかにも暗闘といった雰囲気を醸し出してきて実に良いと思います。 [気になる点]  ここで切り札を切らないのはちょっと……個人戦最強の戦士にて身分的にはどこに行こうと自由という便利な人材が…
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