間章最終話 ~老将の里帰り~
お久しぶりです(震え声)
前回投稿から色々と思わぬ方向に社会が変わってしまいましたが、何とか元気にやっているので投稿再開です。
「「「「「「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」」」」」」
「……う、うむ」
マントイフェル男爵領において、その次期当主であるカールの手腕により近年すさまじい勢いで成長を続ける、湖に面した街ズデスレン。
その政庁のほど近くに与えられた自らの屋敷の門をくぐったギュンターは、屋敷までずらりと並び、一糸乱れぬ動きで自らを迎えるメイドたちに圧倒されていた。
それでも、屋敷の主としての威厳を損なうまいと精一杯威厳を見せながら歩を進めたギュンターは、屋敷の扉をくぐったところで迎えてくれた妻の顔を見て、ようやく落ち着くことが出来た。
「お帰りなさい、あなた」
「ああ。帰ったよ、ミア」
そんな会話をしながらも、持っていた旅の荷物や外套やらをメイドたちが自然に受け取っていく様子は敢えて意識の外に追いやりつつ、ギュンターは妻に続いて屋敷内を歩いていく。
そして、たどり着いた部屋にて妻と二人きりになったところで、ギュンターはようやく大きく息をついた。
そうしてソファに腰かけるギュンターに、ミアはお茶の用意をしながら声をかけた。
「あら、あなた。やっぱり、帝都からの長旅で疲れました?」
「いや、それはそうだが……あれはなんだ? 我が家の使用人など、3人しかいなかったと記憶しているんだが?」
「そりゃ、昔のマントイフェル城下のお屋敷や、こっちに来た当初の政庁暮らしならそれでいいんでしょうけど。このお屋敷、こんなおばあちゃんの一人暮らしには大きすぎるくらいに立派なんですもの。少なくとも、五十人はメイドを常駐させないと、維持すらできませんよ」
「五十!? いや、そんなにどうやって給金を出している!?」
とてもじゃないが、自分の給金では賄いきれないであろう人数に戦慄するギュンター。
ミアは、ギュンターの分のお茶を出した後、自らの分をもって、その向かいのソファに腰かけて口を開く。
「まったく……あなた、自分が領主様から頂く給金が、文字通り『桁違い』になったことすら知らなかったの?」
「……すまん」
「本当に、カール様のことが大事なのはわかりますけど、もう少し妻や家のことも気にかけてくださいね」
拗ねたように言う妻の言葉に、ギュンターは何も言えなかった。
給金は全部自由に使ってもいいから家のことは任せた、なんて妻に言い残して帝都に行って以来、忙しい合間を縫っての文通くらいはなんとかやっていたが、そこでは主に日常生活の話しか出てきていなかった。
今思えば、帝都でも仕事漬けの自分を思いやって、あえて仕事に繋がる話題は避けてたのだろう。
マントイフェル家の正式な通知として、給金の支給の通知は帝都まで来ていたものの、エレーナ師団の副連隊長としての多忙さや、ギュンター自身は副連隊長として中央からもらえる給金で十分すぎる生活が出来ていたこともあり、まともに確認していなかった。
そして、妻が拗ねていることに対しての非があることが分かっているがゆえに、どうしたものかとギュンターが悩んでいると、ミアが急におかしそうに笑いだした。
「えっと、ミア……?」
「ごめんなさい。でも、おかしくて……ふふ。帝都からこちらのことまで気にかけろなんて無茶を言われて、そこまで申し訳なさそうにするのがあなたらしいわ。我が家にとっても、マントイフェル家や、もっというなら西方諸侯全体にとって、今が大事なことは分かっているもの。もう少し、どーんと構えててくれてもいいのよ?」
「……苦労をかけるな」
そうして、気付けば二人で笑い合っていた。
久々の夫婦水入らずに気が休まっていたギュンターであったが、続いて放たれた言葉に表情が再度固まることとなった。
「それで、何かお仕事で悩みでもあるの?」
「……どうして分かった?」
「分かってないわ。ただ、何か悩みがありますって顔をしていて、一番ありそうなのは仕事かしらって思ったまでよ」
にっこり笑みを浮かべる妻を見て、ギュンターは思わず頭をかく。
そして、精一杯隠したつもりだったが通じなかったことを悟ったギュンターは、諦めて口を開いた。
「悩み、というには贅沢だという自覚はあるんだがな――帝都で、エレーナ殿下の師団の副連隊長職を賜ったことは知っているだろう?」
「ええ」
「中央軍の副連隊長と言っても、事実上はカール様に代わって連隊長としての仕事を任されている。約三千人の兵員すべての管理を、だ。領主様でも、最近の領軍の大規模拡張を経て、ようやく二千だ。私は、自らの仕える主君よりも多くの兵を任されていることになる。しかも、最近、カール様が入れ込んでいる新兵器が形になってきたとかで、本格的な運用が始まったら、試験部隊の指揮官を頼むなどと言われてな……」
「あら、いいことじゃない。おめでとう、あなた」
「いいことなものか。こんな田舎貴族の端くれが、老齢になってから、経験もないような大軍の指揮を任せられ、しかも、見たことも聞いたこともないような武器の運用法を確立せよなどと……。それこそ、今やカール様は、もっと若く優秀な人物をいくらでも取り立てられる身分だ。この老骨に無理をさせるのも、ほどほどにしてほしいのだが……」
「確かに、カール様は色々とできる身分になったんでしょうけど、それでも、やっぱりあなたのことを信頼してくれているのよ。だって、カール様からしたら、小さいころから一番近くにいた大人で、一番いろんなことを教えてくれた人ですもの。その努力や熱意が伝わったからこそ、じゃないの?」
「分かっている。だがそれでも、その信頼にこたえるのが大変なのは変わらんさ」
そう言いながら困ったように笑うギュンターの顔を見て、ミアは自らの夫を心配する必要はないと確信した。
なぜならその顔は、確かに大変そうではありつつも、充実したものに見えたからだ。
マントイフェル家にズデスレンが返ってくる前の、絶望とともに悩んでいたころとは別人のようだった。
そうして夫婦の時間を過ごしていると、窓の外がにわかに騒がしくなってきた。
「あら、何かあったのかしら?」
気になったミアが窓の外を見てみると、大通りを馬車列が進んでいくところが見えた。
「ああ、エレーナ殿下のところの親衛隊長のご実家の迎えだな。カール様と親衛隊長のフィーネ殿を迎えに来たんだ」
「迎えに? どうしてまた?」
「仕事だ。私も、カール様がズデスレンに戻ってくるまでに、色々と準備をしておかねばならん」
いつの間にか、ギュンターの顔つきが変わっていた。
優しい夫の顔から、今を時めくカール・フォン・マントイフェルの右腕ギュンターの顔へ。
その鋭い眼光を向けられたミアは、自分が滅多に見ることのない夫の顔に年甲斐もなくどぎまぎしつつ、そこから紡がれる言葉を黙って聞いていた。
「なあ、ミア。最近ズデスレンを中心に流通しているらしい、『幸福薬』という薬を聞いたことはあるか?」
久々の投稿再開に、名前しか出ない主人公がいるらしい。
次回の新章からちゃんとカール君視点なので、今回はご勘弁を……




