第二話 ~魔女っ娘(?)たちの昼下がり~
「やあ、ビアンカ! ちょっとお茶でもしようじゃないか!」
「……」
昼下がりのエレーナ元帥府。
その元帥府とエレーナ直卒師団の後方業務を一手に統括するビアンカの執務室に、ナターリエが訪れていた。
突然の来訪に、書類に埋もれるビアンカは疲れたように目を向けるだけで、お世辞にも歓迎している雰囲気ではない。
しかし、そんな学生時代の後輩の様子を意に介することもなく、ナターリエは手慣れた様子で戸棚から茶器やお湯を沸かすための魔道具を取り出すと、慣れた様子で二人分のお茶の準備を済ませ、来客用のソファへと腰かけた。
「ほら、君もこっちへ来なよ、ビアンカ」
「あのですね先輩。実戦部隊である直卒師団の副参謀長ってのは、平時には暇かもしれませんがね。ウチは平時だからって暇になったりなんてしないんですよ。暇つぶしなら、よそでやってください」
「失礼な。これは、仕事だよ。『参謀長代行』として、改めてご挨拶にってね」
不機嫌さを隠そうともしないビアンカの発言に返ってきた答えを聞いて、彼女はあきらめたように大きなため息を一つ。
仕事を中断し、ナターリエに向かい合うように対面のソファに腰かけた。
「てか先輩。嬉しいのは分かりますけど、その幸せオーラを少しは控えてくれませんか? かなりウザいんですけど」
「嬉しい? 幸せ? いやいや、何を言ってるんだい? 今ボクは、重責に打ち震えているだけだよ。なんせ、参謀長代行だからね」
「ふーん」
ビアンカにすれば、恩人から、その恩人の職務を直々に任されて浮かれ倒しているようにしか見えなかったが、深く追求することはなかった。
追及したところで、ロクなことにならないだろうことが目に見えていたからである。
「そういえば、今回はカール様が領地に戻って、いつ頃戻ってくるか予想がつかないから正式に代行を置くことにしたって聞いたんだけど、カール様のこと知ってたかい?」
「まあ、そりゃあ。これでも私、マントイフェル男爵家の家臣ってことになってますから。事情も含めて聞いてますよ。私は帝都に残りますけど」
「そりゃそうだろうね。――だったら、カール様に頼るなら今のうちじゃないのかい? 君の実家のことは」
場に静寂が広がる。
先に口を開いたのは、眉間にわずかなしわを作ったビアンカだった。
「……やっぱり、聞きつけてたんですね」
「そりゃね。ボク自身は特に魔法学院と深く関わりのある家柄でもないけど、今でも仲良くしてる後輩たちの中には、いろんな家柄の人たちがいるからね。ま、君の実家のデルディ家ほど、深く関わりのある家柄はいないけど」
悠然と紅茶に口をつけるナターリエに対し、ビアンカはまた口をつぐむ。
どこか迷いの見える様子に、ナターリエはさらに口を開いた。
「次期の理事や学長選考だとか、不祥事だとか、色々と厄介なことになってて、君の両親も大変らしいとは聞いてるよ。真っ黒な思惑が交差してることもね。でも、下手をすれば学院開闢以来の名家がいくつか吹っ飛ぶかもしれない緊張状態とは言うけどさ、所詮は学院内って狭い世界の話だ。カール様に助力を仰げば、どうにかしてくれるんじゃないのかい? 今カール様が帝都を離れれば、手遅れになる」
「……私は――私は、カール様を『信用』しています」
絞り出すようなビアンカの言葉は、その内容とは裏腹に、苦し気な、悩みをはらんだものだった。
「きっと、カール様に頼めば、私の実家も、両親も、どっちも助けてくれると思います」
「じゃあ、なんで相談しないんだい? 私的な問題で、手を煩わせたくないとか?」
「……怖いんです」
「怖い?」
思いもしない回答に、ナターリエは思わず聞き返した。
ビアンカは、小さく一つうなずくと、言葉を続ける。
「学院は、悪いところも良いところも、色々あります。私は、それを全部含めて、あの場所が好きなんです。でも、カール様は、きっとそんな全部を吹っ飛ばしてしまう。あの人は、『戦い』となれば、常識も容赦もない人ですから。そうだと『信用』してます」
「なるほどねぇ……僕としては、それでも、悪いようにはしないと思うけどね。僕は、カール様のことを『信頼』してるからね」
「確かに、先輩や、先輩のお父さんを助けてくれたこともありますし、カール様が悪い人じゃないことは分かってます。でも、私は、先輩ほどの心境には至れません……」
そう沈み込むビアンカに対し、ナターリエは晴れやかな笑みを浮かべる。
それは、深い悩みの末にこの結論を導き出したのだろう後輩の暗い雰囲気を晴らすため、あえて行われたことは明らかだった。
「君がそう決めたなら、それでいいと思うよ。ま、僕にとっては何か直接関係あるわけじゃないしね。当事者がそう思うんなら、そうなんだろうさ」
「先輩……」
「で、カール様に頼らないとして、君自身は何かするのかい?」
「いえ。もう、私は外の人間ですし、半端に首を突っ込むのは逆効果になりかねないですし」
「そうか。まあ、デルディ家も長年、名家の地位を守ってきた家だ。きっと、自力で何とかするさ。それと、気が変わって何か動くなら、ボクにも声をかけてくれ。君と違って、戦わないときは比較的暇だし。何より、それくらいには『信頼』されてるってうぬぼれてもいいだろう?」
そうしてナターリエは、手元に残ったお茶を飲み干すと、退出していった。
「……ありがとうございます」
誰もいなくなった部屋でそんなつぶやきがなされた後、ビアンカは残りの書類を片付けるために執務机へと戻るのだった。
残念ながら、ビアンカちゃんに対して、誰かさんのフラグがたりなかった模様




