IF~もしもカール君が初陣で、予定通りに王国軍に降伏できていたら②~
9章途中で投稿したIFを移動させた告知がてら、おまけで作ったものです!
一部ご要望があり、どうしても書きたくなったIFでのエレーナ様とカール君のお話。
「ゴドフリー殿。やはり、アラン総督閣下の右腕であるあなたが降伏勧告などに同行して下さらずとも……。聖女エレーナは、すでに親衛隊数十名以外に兵はありませんが、それでも敵地ですよ?」
「何をおっしゃる、カール殿。それを言えば、総督府特別顧問官のあなたが行うことでもありませんよ。それに、我ながら、総督閣下と並んで武力で言えば総督府で最強との自負があります。あまり数で刺激したくないとのご希望を叶えるならば、私が護衛につくのが順当というもの」
――まあ、武人として、エレーナ殿に戦場の外で一度会ってみたいというのもあるのですが。
そう言って笑う全身鎧の男に、俺は苦笑いで返す。
思い返せば、初陣から二十五年。アラン総督閣下の部下となってからは五年が経っていた。
特にこの五年は、内政に軍事に宮廷政治にと、とにかく何でも押し付けられ、必死にこなしているうちに『特別顧問官』なる、よく分からん肩書を与えられていた。
まあ、俺としては自らの肩書について、『雑用係』との違いをいまだに見いだせていなかったりする。
そうこうしていれば、見えてくるのは小さくみすぼらしい、一応は小さな砦を名乗る建築物。
ダービーシュタット湖畔からの一連の戦いで手勢のほとんどを失い、わずかな親衛隊員と共に聖女エレーナが立てこもる場所。
俺がアラン総督から預けられた三万の軍勢に包囲され、敗北必至な彼女たちに降伏を促すために歩を進めている。
そうして城門が見えてきたころ、音を立てて開いた向こうには、久しく会っていなかった一人の女性が立っていた。
「やあ、ヒルダ。叔父として、君が無事でよかったよ!」
「マントイフェル特別顧問官殿、お待ちしておりました。聖女親衛隊の隊長を務めます、このヒルデガルド・フォン・ゴーテが、聖女様のもとへとご案内させていただきます」
「おや? 確か、今の親衛隊長はクォーツェン家の――」
「戦場において、上位指揮官が戦死した場合、指揮権は継承されます。それだけのことです」
姪っ子に冷たい対応をされて凹む俺を尻目に、これ以上会話する気はないと、歩き出すヒルダ。
五年前までは「おじさま、おじさま!」なんて笑顔で寄ってきてくれたんだけどな、と『裏切り』の代償を前にとぼとぼ歩けば、ゴドフリー殿の何とも言えない憐みの視線が。
何とか表面上だけでも切り替えて歩けば、ついにお目当ての人物と会うことが出来た。
「やあ、特別顧問官殿。こうして言葉を交わすのは、二十年ぶりだな」
「ええ、聖女様。お久しぶりでございます」
互いに、無難に挨拶を済ませれば、次はゴドフリー殿があいさつをする。
「聖女様、こうして戦場の外ではお初にお目にかかる」
「ああ、ゴドフリー殿。去年私が負わせたわき腹の傷は、もう大丈夫ですかな?」
「いやぁ、あのようなかすり傷、お気になさるほどのものではありませんので」
「そうなのですか。なに、わき腹のあたりを庇うような歩き方をされていたので、まだ治りきってはないないのかと。なにせ、かなり深く刺した気がするもので」
「そうでしたかな? そんな大したものではございませんでしたがなぁ」
「そうですか。何せ、戦傷など負ったことがないもので。そういうことはよく分からないのですよ」
「「ハッハッハッハッハッ!」」
そんなしょうもない舌戦を経て、固く握手する二人。
武人ってのは、こういうものなのかね?
「それでは特別顧問官殿、こちらへ。話はそちらで聞かせていただく」
そんな聖女様のお言葉を受け、ゴドフリー殿は軽食の用意された待合スペースへ残り、俺は個室へと連れられる。
エレーナ様の座る側にのみワイングラスが置かれた部屋は、広さのわりに殺風景であり、おそらくは長年使われていなかった指揮官執務室か何かだったのかと思われる。
そして扉が閉まり、部屋に二人きりになった瞬間、俺は迷わず片膝をついた。
「お久しぶりです、エレーナ殿下! 二十年ぶりでございます……!」
「殿下はよせ、カール。今の私は、皇位継承権も、皇女の肩書も捨てたのだ」
「それでも、私にとっては殿下は殿下です! 二十年前、あなたのお言葉があったからこそ、私はここまで頑張ってきたのですから!」
二十年前、俺が初陣で戦わずして降伏してから悪評が付きまとい、何をしてもバカにされていたころ。
当時すでにエレーナ『殿下』の右腕だった、義兄であるゴーテ子爵経由で、対王国戦の作戦案を上奏する機会があった。
エレーナ殿下は認めてくれて、軍議にもあげてくれたが、投機的過ぎると叩かれ、さらに発案者が功績がないどころか悪評持ちの俺と知れてとどめを刺された。
「あの時、私はあなたの言葉に救われた。「お前は間違いなく優秀だ。私にとって必要な人材だ。だから、私のところまで這い上がってこい。私も全力で引き上げるから」と。それまでどうせ無駄だと頑張ることを諦めていましたが、その言葉を胸に、ここまで頑張ってきました!」
「それは、私の思ったことを言ったまでだ。そして、今回の戦いで、私の目が正しかったことが証明されたしな。――今回の戦争、ウェセックス総督軍全体の動きを描いたのも、その通りに動かしたのもお前だろう?」
事実、エレーナ様の指摘する通りだった。
だが、俺より上位者も多くいる中でよそ者の俺が抜擢されたなんて事実は外には漏れていないはずだが、どうして知れたのかと驚いていれば、してやったりと笑みを浮かべるエレーナ様が居た。
「ウェセックス総督はな、本人の性格や、戦況を変えたいときの前線でのとっさの判断は突拍子もないことをやりだすが、あれで堅実だ。戦略を練るに際しては、オーソドックスに、確実に数ですりつぶすような方法を選ぶ。特に数に勝るならば、それが一番隙がないからな」
「だが!」と言葉を続けるエレーナ様は、そこで声のトーンが一つ上がる。
興奮しているのは明らかだった。
「今回はどうだ? 総督自ら率いる八万の主力は、私の率いる五万の迎撃軍を無視して奥地へと進撃。退路など知らんとばかりに、こちらの中央からの援軍六万へと向かっていく。一方、私の軍勢へは、つかず離れずでお前の率いる三万の軍勢がやってくる。選択肢は、そちらの総督直下の軍勢を追わざるを得なかった」
「ええ、援軍を見捨てるのは、中央との関係からしても、単純に数からしてもあり得ない。それは大前提でした」
「そうだ。そちらの連携が乱れれば、総督直下の軍勢を挟み撃ちにするなり、先にお前の軍勢を打ち破るなり、いずれかをすればこちらが勝てた。そして、普通、敵国の奥地でその連携を取り続けるなど出来ん。最後には、自らの軍勢の位置すら誤認させてみせたお前にバーニーシュタット湖畔へと陣取らざるを得ないように誘導され、朝霧と共に三万の奇襲を受けた我が軍は、数で上回りながら一方的な惨敗を喫した」
「そこは、総督府の方々が優秀でしたから」
「そういう問題ではないさ。名将なら、思い付きはしてもそんな無用なリスクはとらない。凡将なら、こんな常識外れを考えもしない。愚将であれば、安易に飛びついて破綻する。だが、思い付き、実行してみせたお前は、まさに天才といえるのだろう。――二十年前、常に数において劣勢な戦いを強いられていた私がほれ込み、欲した才だ」
嬉しかった。
この人にこうして見いだされ、今の俺がある。だが――
「私は、それでもあなたを選ばなかった。選べなかった。申し訳ございません!」
「お前は、貴族家の当主として極めて正しい選択をした。二十年前ならともかく、帝位継承権を失い、教会の犬として何とか一勢力を維持するのがやっとの五年前の私は、すでにどうしようもなかった。手遅れになる前にお前を引き立てられなかった、私の力不足だ」
「そんなことは……!」
「ある。私はバカだが、長年政治の世界に身を置いて、多少はマシな馬鹿になった。それくらいは分かるさ」
もう、言葉が出なかった。
理屈で正しいと分かっても、感情が納得できない。
もしかすれば、あの初陣の戦いでもっと違う選択をしていれば、今とは違った未来があったのではないかと、そんな後悔ばかりが沸き上がってくる。
「……さて、『特別顧問官』殿。降伏の話であるが、事ここに至っては仕方あるまい。生き残った親衛隊員たちの身の安全は保障していただきたい」
「もちろんです。そして、それはあなたも同じことです、『聖女』様」
「どういう意味だ?」
「言葉通りです。あなたの身の安全も保障させていただく。なので、降伏いただきたい」
その言葉を伝えると、エレーナ様は一瞬呆けた後に大笑いをした。
それがひと段落したころ、真剣な表情の俺に話しかけてきた。
「それはそれは、面白い冗談だ。私は派手に戦いすぎた。生け捕りとなれば、公開処刑以外の末路があると思うのか?」
「聖女でも、元皇女でもない、ただの女性として生きて頂けるように手配はしております。身代わりとなる死体も用意しました。あなたは十分に戦ったのです! どうか、これからは一人の女性としての幸せを!」
「それは、お前の独断か?」
「総督閣下にも許しは得ております」
「で、ウェセックス総督は、他に何か言ってなかったか?」
その言葉を聞き、俺は説得の失敗を確信した。
そして、正直に答える。
「……総督閣下は、此度の提案をお許しくださいました。ただ同時に、『きっと聖女様は乗ってこないよ』と」
「そういうことだ。すまんな」
そうして結果が変わることはないと分かっていても納得できない俺に、追撃のようにエレーナ様の言葉が降りかかる。
「……それに、少しばかり長く待たせた友人たちが居てな。たったの二十五年かそこらで追いかけてくるなと怒られるだろうが、何とか平謝りで許してもらうことにするよ」
そこで話は終わった。
退室時、ワインに口をつけたエレーナ様の発した「いつもより苦いな」との言葉が、やけに耳に残った。
そして部屋の外では、親衛隊長のヒルダが迎えてくれた。
「特別顧問官殿、ゴドフリー殿のところまでお送りさせていただきます」
「ああ、頼むよ」
不安そうな顔で歩み始める彼女に声をかけたのは、身内の情からくるとっさのものだったのだろう。
「聖女様の遺体を辱めるようなことはしない。『こういう結果』となった場合には、あえて丁重に扱うことで広報戦略に使うと、総督閣下のお許しは得ているからな」
「そうですか」
そんなヒルダの返答と共に、さっきまで居た部屋の中から、女性が一人崩れ落ちたような音がした。
「それと、義兄上は――お前の父は、最期まで帝国貴族として何ら恥じることのない生きざまだった」
「そうですか」
わずかに感情が漏れるも、必死に取り繕った言葉だけを発したヒルダに連れられ、今度こそ歩き始める。
「おじさま、ありがとうございます」
風に乗ってそんな言葉が聞こえてきた気もしたが、あまりにも小さなものだったのではっきりとは分からなかった。
結局、ゴドフリーさんと合流するまで、何の言葉を交わすこともなかった。
IFはここで一区切りとし、次からは次章に向けての間章です。
本筋関係のお話もちりばめつつ、カール君以外のキャラのあれこれに触れる予定です。
ソフィア殿下、ビアンカ、ギュンター一家、あたりは考えてますが、後はどうするかなぁ……
あ、あと、こっちのIF世界線の300年後を舞台にした転生チートものを新シリーズとして投稿しました。
https://ncode.syosetu.com/n3591fw/
IFの300年後だけあって、別にちょこ転見てなくても問題ないけど、知ってればそれはそれで楽しめるようにはなる予定です!
なお、チート持ちのバケモノを暴れさせたい欲で始めたはずが、プロローグがなぜかあんなことに……
まあ、プロット上は当初の趣旨は達成されるはずなんで何とかなるでしょ(楽観)