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IF~もしもカール君が初陣で、予定通りに王国軍に降伏できていたら~

・世界線としては、ビアンカちゃんのヒロインイベントやらが生じてる書籍版前提ですが、web版のみご覧になってる方も特に問題なく読めるかと思います。


・夜中に同じものを一回投稿したはずなんだけど、あれは夢だったんだろうか……


(New)投稿順を整理しました! これは、9章20話のあとに当初あったものを移動させたものです!

 マントイフェル城内、当主執務室。

 この部屋の主となってしまった(・・・・・・・)俺は、茜色に染まりゆく陽光に照らしだされる城下町を眺めていた。


「あなた、もうそろそろ総督閣下がいらっしゃってしまいますよ」

「ああ、ごめんビアンカ。それじゃあ行こうか」


 結婚後も、普段は領主の妻ではなく学究の徒としてローブ姿を好むビアンカも、これから『お客様』を迎えるとあって、ドレス姿だ。

 そんな愛しい妻の言葉に笑顔で返し進もうとするが、正面からそっと飛び込んできた重みに足を止められる。


「やっぱり、まだ悩んでるんですか?」

「……そりゃな。二十年前、初陣を前に戦わずして王国軍に降伏して。だけど結局、すぐに帝国が勝って――」

「大丈夫。あなたは間違ってませんから」


 そう言ってほほ笑むビアンカの笑顔は、不思議と見ているだけで安心感が湧いてくる。


「ビアンカ。お前の夫も、流石に毎回正解をつかみ取ることなんてできないぞ」

「でも、絶対に間違ってはないです。あなたにできる最善を、常に選び取り続けた。二十年前のあの時も、領民たちを見捨ててマイセン辺境伯の招集に応じて軍を動かす方が保身の面から良いことは分かっていた。それでもあなたは、領民たちを守るため城にとどまった。それを間違いなんて、絶対誰にも言わせません。――それこそ、亡くなった先代様や、ギュンターさんにでも、です」

「そうか……ああ、そうだな」


 間違いなく人生一番の大舞台を前に、これまでの人生の半分以上を支え続けてきてくれた最愛の人と共に、一歩を踏み出すのだった。





 マントイフェル城の上階に急遽作られた会食スペースで、俺とビアンカ、それに使用人たちが本日の客人一行を待ち構えていた。

 こんな山奥のど田舎にやってくることのまずないその人物が扉をくぐって現れた時、その緊張は頂点に達する。


「アラン・オブ・ウェセックス新領土総督閣下。本日はお招きに応じて頂き、誠にありがとうございます」

「よく言うよ、マントイフェル男爵。精々が五百に届くかって寡兵で、今も城を囲む二万の軍勢相手に危なげもなく三か月以上も籠城戦をやりとげて、僕自らがマントイフェル城攻めに出張らざるを得なくしたのは君でしょ?」


 面白がるような様子でいう総督閣下に、彼を出迎えてここまで案内してきた息子や二人の娘も含めた、俺とビアンカ以外の全員の顔がこわばる。


『とっておき』でもって、彼を引きずり出すなんてのは、あくまで前提条件だ。

 こんなところで一々つまづいてられるかよ。


「さあ、遠いところをお越しいただきお疲れでしょう。ささやかですが、お食事の用意もしております。こちらへどうぞ」

「……まあ、お楽しみは後に取っておこうか」


 何事もなかったかのように発される俺の言葉に、総督閣下が乗ってくれてまずは一安心。

 こうして、こちらの人員と総督閣下の随員たちが共に異様な緊張感を発する中、無事に会食は行われることとなった。


 会食は、他愛のない会話と共に順調に進んでいく。

 総督閣下の後ろに控えるメイドが少し気にはなったものの、俺と総督閣下が口を開き、ビアンカが時たま相槌などを挟んで、緊張する残りの者たちがそれぞれの最低限の役割をこなす。

 そうして、こんなど田舎で用意できる精一杯の食事が続々と運ばれ、デザートもそろそろ終えようかという頃のことだ。


「本当に、帝国貴族も、かの『聖女』様も、情けない限りだね。臆病者だとか、無能だとか、ここまで僕を引きずり出してみせて、堂々と振る舞ってみせる人間を、よくもまあ冷遇できたものだよ」

「私などにはもったいなきお言葉、誠にありがとうございます」

「それにさ、『アレ』だよ」


 これまでにこやかに会話に付き合ってくれていた総督閣下の表情が一気に真剣なものに変わる。


「『アレ』ですか?」

「うん。ここについて早々さ、将兵たちが口々に言うんだよ。『マントイフェル家は、地上に太陽を落としてみせた』って」

「ほほう。太陽、と」

「もう日も落ちた。そろそろ見せてくれるんだろう? そのために、ここまで仕込んできたんだろう、君は?」


 総督閣下の言う通りだ。

 おもむろに立ち上がり、総督閣下にもこちらへと来るようにといざなって、部屋からバルコニーへと出ると、その他の者たちもついてくる。

 そう、この時のために、バルコニーへ出れば城下をよく見渡せるこの部屋を会食場所に選んだのだから。


 満月と星々の光に満ちた空間で、問いかける。


「さて、総督閣下。貴殿の将兵らは、我らが太陽を落としたと考えていると」

「ああ。おかげで、包囲軍の士気はお世辞にもいいとは言えない。それは、守将たる君もよく分かってるだろう?」

「ええ。ただ、残念ながら我らは太陽を落とすことはかないませんでした」

「ほう。それで? それなら君は、一体何をして見せたんだい?」


 深呼吸を一つ。

 ビアンカが小さくうなずいたのを確認し、一世一代の言葉を放つ。


「我らが落としてみせたのは、万物を育む恵みの太陽にあらず!」


 指を鳴らすと同時、月明かりも星明りも消し飛ばす、強烈な光が城下から放たれた。


「自在に空を駆け、意のままに荒れ狂い、その一撃により破壊をもたらす雷なり!」


 王国側の人間が絶句する。

 きっと、総督閣下と共に来たばかりで誰もが攻城戦には参加しておらず、現物を見るのが初めてだからだろう。

 こっちの人間だって、初めて見た時はみんな同じような反応だったし。


 そうしてたっぷりと絶句する総督閣下一行は、しばらく経って、ようやく総督閣下が絞り出すように口を開いた。


「君はこれを雷だと言った」

「ええ。もちろん、ただ光るだけだなんてつまらないことは言いません。他にも色々とございます。きっと、総督閣下のこれからの戦いにおいても、大きな助けになるかと。それこそ、外も――『内』も」

「『内』、ね」

「失礼ながら、御父上のアルベマール公爵が亡くなられた後、総督閣下は確実にお二人の兄上方と争わざるをえない。でしょう? 自らアルベマール家の家督に興味がないと表明して周囲が信じるには、対帝国戦争で圧倒的な活躍をなされすぎた。それこそ、切り取った旧帝国領に三十代半ばの圧倒的若さで総督として任じられるほどに」


 推測に過ぎないが、古今東西、それこそ世界が違えどどこにでも吐いて捨てるほどあっただろう『物語』に、総督閣下はひとしきり大笑いをした後で、口を開く。


「なるほど、風評なんて本当にアテにならないものだ。それで、君の義理の兄は聖女エレーナの右腕だろう? 君自身の初陣からくる汚名を晴らすために、義兄を通じて彼女にこの『秘術』を献上する道もあったろう?」

「そもそも、我が家の悪評は、私が生まれる前、水晶宮事件などというくだらない悲劇から付きまとうもの。初陣の件は、それに止めを刺した程度のものです。そんな程度のものにこだわる必要性は感じられません。それに――」

「それに?」

「『聖女』などと教会に持ち上げられた『敗残者』に、今更何の価値がありましょう」

「ほう、敗残者とは手厳しい。現に、我が王国は、彼女の軍事的手腕の前に、戦場では多くの敗北を重ねているのだがね」

「ええ、彼女と互角に戦う総督閣下を除いては、ですが」

「持ち上げてくれても、何も出ないよ」


 そう面白そうに言う総督閣下は、俺の言葉がお世辞などとはまったく思っていないのだろう。

 この場の目的は最低限果たせたことを確信し、答え合わせのために口を開く。


「そもそも聖女様は、三大派閥相手に圧倒的に不利な立場からの始まりでした。確かに、常識的な範囲で、常識的な手段をもって、常識的に素晴らしい戦果を積み重ねてきましたが、そんなものでは全く足りない。だからこそ、先の帝位継承戦争において、彼女は帝位継承権を放棄し、帝国の将であると同時に『聖女』などという教会の駒として生き残ることしかできなかった。もう、手遅れです」

「そうか、よく分かった。――カレン!」

「はっ」


 総督閣下が声をかけると、ずっとそばに控えていたメイドが鞘に納められている短剣を差し出す。


「マントイフェル家は、皇帝に直接仕える家だし、家格として今後は国王陛下にお仕えしてもらうこととなる。そしてこれは、我がウェセックス伯爵家の家紋が入った短剣だ。この意味が分かるな?」

「ええ、『我が君』。ありがたく頂戴いたします」


 王国に仕えるのみならず、総督閣下個人にも仕える。

 ――ああ、望むところだ。


「さて、僕のことはまだ手遅れじゃないと、歓心を買う意味があると思ってくれている君の忠誠に対し、褒賞を与えねばならないな。ふむ……うん、確かこの隣のズデスレンはかつてマントイフェル家のものだったとか。だったら、ズデスレンを与えよう。ああ、しばらくは兵力五千に一通りの攻城兵器も預ける。『あとはご自由にどうぞ』」


 ズデスレンは、まだ帝国側の拠点だ。

 要は、戦力は貸してやるから自力で切り取ってこい。お手並み拝見だ、ってとこか。

 いきなり我が家の十倍以上の戦力を貸してもらえるとか、破格すぎて震えてきやがる。


 だが、まだこれで終わりではなかった。


「それと、そこにいる君の跡継ぎな息子は、まだ独身だったか。それで、そろそろ成人だったかな」

「はい」

「うん。うちの二番目の娘を嫁に出す。よろしく頼むよ」

「はっ……は?」


 思わぬ言葉に、思わず呆けた言葉が出る。

 いや、俺に限らず、ビアンカも、当の息子も、みんなが唖然としていた。


 ただ一人、してやったりって顔をしている総督閣下以外は。


「君としては、あわよくば君の娘のどちらかを僕の側室にでもって思ってたんでしょ? でも、残念ながら、そういうのは間に合ってるんだ」


 ここで総督閣下はちらりとカレンと呼ばれていたメイドを見て、何事もなかったかのように言葉を続ける。


「とはいえ、君はぜひ欲しい。それこそ、自分の娘を嫁がせてても、だ。――いくら君に悪評があろうと、これだけの後ろ盾があれば、これまでの敵国陣営の中でもなんとかなるだろう? いや、これだけやるんだから、僕の判断が間違いじゃなかったと証明してくれ。期待以上を期待しているよ」

「……ええ、あなたの望む以上の高みをもご覧にいれてみせましょう」


 そうして俺は、アラン・オブ・ウェセックス新領土総督のもとで、マントイフェル家の復興に向けて全力を尽くすこととなった。

 おじいさま、ギュンター。二人が生きている間には見せることができなかったけど、きっと、このチャンスは掴んで見せるから。


 ――決意を前に震える俺の手を包む、ビアンカの両手の暖かさだけがやけにはっきりと感じられた、そんな運命の夜のことだった。





・以上、思いついたからにはやってみたかった作者の自己満足でお送りしました。

 書籍版をご覧になられていない方で、ビアンカちゃんヒロインイベントとか、カール君の初陣前の苦悩など気になった方も、そうでない方も、この機会に書籍版もご購入いただければと思います。かなりの書下ろしをつけているので、web版をご覧になった方にも楽しんでいただけるかと思います。


・なお、エレーナ様はカール君がいないことで短編版に近いハードモードなので、親衛隊の戦力のみでコツコツ賊討伐を繰り返してた辺りでフィーネも、ハンナも、その他親衛隊の大半を失ってガンギマリ方向に闇覚醒済み。


・近いうちに本編の方も投稿予定です。

 あと、前々から気分転換に書き溜めていた長編も8月中になろうに出そうかなと思ってるので、そちらもよろしくお願いします。


・【おまけ】この世界線でのカール君後世人物評


カール・フォン・マントイフェル(生没年不明)


帝国貴族の生まれであるが、後の『蹂躙王』アランに見いだされる。

妻のビアンカと共に、電気文明の開祖、火器の発明者といった技術開発の功績で特に有名であるが、政治や軍事においてもいくつもの大きな功績を残す。

政治面においては、アルベマール家の家督問題から生じ大規模な内戦への発展が不可避と見られていた『アルベマール動乱』を拡大前に速やかに解決することで周辺国の介入を防ぎ、加えて後のアラン即位の布石を打ったことが、カールの功績とされている。

軍事面においても、『アルベマール動乱』の翌年、『バーニーシュタットの戦い』において、常勝ならずとも無敗を誇っていた聖女エレーナ率いる軍勢に勝利し、エレーナやその右腕でありカールの義理の兄でもあった当時のゴーテ子爵らなど、主要な将の多くを討ち取った。このことで、当時帝国西方の守護を行っていたマイセン辺境伯の管轄区(現在の王国領マントイフェル州にあたる)における王国の支配を確立した。

その後、ゴーテ子爵に嫁いでいた実の姉とその子らを引き取り、ゴーテ子爵の喪に服するとして家督を息子に譲って10年近くに渡り歴史の表舞台から姿を消す。しかし、アランの即位に際して勅命により呼び戻され、かねてからカールが陳情を行っていたゴーテ子爵の遺児を当主としてのゴーテ子爵家再建に加え、マントイフェル家の辺境伯家への陞爵により旧マイセン辺境伯の管轄区の支配権を認められ、カール自身は王都にて陸軍参謀総長、王国宰相など政戦両略における要職をいくつも歴任した。

なお、マントイフェル辺境伯家は現在も王国貴族であるが、カールが終生帝国風の名乗りを改めなかったことから、現在においても帝国風の命名や名乗りを行っている。

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