第二十一話 ~戦争と政治~
帝都は軍務省内にある大会議室。
そこでは、先の王国遠征に参加したエレーナ様含めた四人の皇子皇女を筆頭に、後方における軍政・戦略から前線指揮まで、それぞれの部署を預かっていた軍の高官たち五十人ほどが集まっていた。
そして、王国遠征の総括という名の政争の場は、開始早々に大荒れだった。
「――というわけであり、参謀本部としては、王国領奥深くまで進軍し、その経済力や軍事力に大きな痛手を与えた今回の遠征は、これまで以上に王国の力を削ぐことで我が国の政略・戦略上の優位を確立したものであり、その意味で言えば成功であったと――」
「成功? 成功だと!?」
中央軍の参謀本部に所属する参謀の冒頭の説明を遮り、椅子を蹴とばす勢いで立ち上がると、場の注目が一気に俺に集まった。
エレーナ閥からこの会議に参加できたのは、別動隊指揮官だったエレーナ様と、参謀長としてその職務を補佐する責任者だった俺だけ。
そんな『敵だらけ』の状況で、構わず口を開く。
「今回の遠征前、王国は風前の灯火であった。直近の二度の我が国への侵略に対し、いずれもエレーナ殿下が侵略軍を再起不能なまでにうち砕いてきたことで、王の威信は低下し、それを支えるべき主要・中堅貴族たちは多くが当主や重臣を失ってその職務を果たしえない状況。それこそ、放っておけば、いずれ自壊してもおかしくない状況だった」
三大派閥系の皇族や将官たちは苦々しげな様子を隠しもしないものの、その他の派閥の出身者を含め、俺の発言に口を出してはこない。
「それがどうだ? 我らが本隊は、敵にまんまと奥地へと誘い込まれ、想定以上の速度で広がる支配地域を管理しきれずに、急流を船で下って後背へと回り込んだ王国軍の別動隊に指揮系統も補給線も良いように荒らしまわられた挙句、決戦で完膚なきまでに敗北する始末。皇子や皇女が合わせて三人も出陣し、それぞれに精鋭部隊を率いながら、何とか壊滅寸前の部隊と一緒に逃げ出すのが精一杯。それも、唯一部隊の八割以上を生還させてみせたライツェン男爵の殿での奮闘があってのものだ。これを、どうすれば成功などと言えるのか!」
俺の一喝に、大きな反応はない。
反応と言えるものは、非三大派閥系の軍務省高官の次の言葉だけだった。
「確かに、今の発言には聞くべきところが何もなかったとは言わぬが、エレーナ殿下も別動隊指揮官として、遠征の責を負う身。特に、二か月に及ぶウェセックス城の攻囲において、攻略の糸口もつかめなかったと聞く」
「そうだな。本隊は、現実に各地の防衛拠点を次々と攻め落としてみせたことは事実であるし、そのことで経済・軍事両面で王国に大きな損害を与えたのも事実。それを全く無視するのはどうだろうか」
三大派閥系の将官も乗っかって、ここぞとばかりに反論してくる。
向こうの立場からすればそう言うしかないのだろうか、はいそうですかと納得できるわけがない。
再反論のために俺が口を開こうとする中、ほとんどの者たちは表情を変えずに静かに成り行きを見守っているのだが、その中で、呆れたような表情のライツェン男爵だけがやけに印象に残った。
「敵の策に乗せられ、拠点を攻め落と『させられた』ことを功績などと言うか! 当初の仕事通りに陽動をやり切った我々は、本隊の無様な逃走のお蔭で取り残されて全滅しかねない状況だった! 私自身が囮になり、エレーナ殿下が命を懸けての逆撃を行ったことでなんとか追撃を免れはしたが、振り切るのがあと一日遅ければ、王国の増援が間に合い、逃げることもできなくなるところだったのだぞ!」
ここで机を叩いたところ、それまで黙っていたエレーナ様が、手で俺を制し、代わって座ったまま口を開いた。
「お前たちの失態で私は死にかけたわけだ。で、このケジメのため、『首狩り皇女』にいくつの首を差し出すのだ?」
殺気を隠そうともしないエレーナ様の言葉に、場の少なくない者たちが顔を青くし震えあがった。
「ソフィア殿下、遅れて申し訳ございません。予定よりも、遠征の総括が長引いてしまいまして」
「いえ、お仕事ですもの。忙しい中で来ていただけでも十分ですわ」
遠征の総括終了後、すぐにエレーナ様と別れた俺は、宮城内のテラスでお茶を楽しむソフィア殿下のところへと訪れていた。
恐れ多いことに、殿下自ら入れてくれたお茶をいただき、使用人すらも居ない、本当に二人きりでの『報告会』が始まった。
「それで、結論はどうなりましたか?」
「軍務大臣や陸軍参謀総長ら以下、軍務省と中央軍参謀本部の幹部陣が総退陣。昇進、解任、新任など、軍内人事はかなり大きく動くでしょうが、それ以上の責任追及はなし。――事前の打ち合わせ通りです」
「まあ、無事に済んでよかったわ。ちょうど、軍の新しい人事案を預かってきましたの。うちのポスト数も『合意通り』でしたわ。ご確認くださいな」
渡された封筒から書類を取り出し、ざっと目を通す。
軍務大臣や陸軍参謀総長の両トップこそ三大派閥系だが、その下を支える幹部陣は、非三大派閥系の比率が二割ほどから四割ほどに大きく増えている。
なお、戦史研究部長さんも、しれっと留任してやがるな。
最近はエレーナ閥と呼ばれることの方が多い西方派閥の諸侯も、わずかなりとも幹部陣に席を得て、中堅クラスの席にもそれなりの数が入り込めた。
まあ、エレーナ殿下の影響力が直接に大きくなることを望まない三大派閥と、とにかく三大派閥の力を削ぐことを最優先した俺たちの思惑をすり合わせた結果、どちらにも属さない中小派閥に多くのポストが割り振られることとなった。
そして、調整のために必要な面談を組み、影響力拡大を餌に中小派閥をも丸め込んで話をまとめる道筋をつけたのが、目の前で優雅にお茶を楽しむソフィア殿下だ。
「あら、そうそう。前に話にあった軍外での各省庁でのエレーナ閥への割り当てポストの候補だそうですわ。どれが欲しいか、マイセン辺境伯らとも相談の上、私を経由して返答ということでよろしいかしら?」
「ええ、お願いします」
そうして、また別の封筒を預かる。
本当に、今回のことで、一気にこの人が怖くなった。
中小派閥に三大派閥にと、欲しいところとのつながりをことごとく持ってきてくれるのだ。
確かに、会えたからといって、それだけでどんな無茶も通るなんて甘いものじゃない。今回の結果も、ギリギリの交渉を繰り返した果てに、ようやくまとまったものだ。
それでも、そもそも話を聞いてもらえる人脈や、様々な要望についてどの人と話をつければいいのかを、肩書に限らず人間関係や家同士の関係なども含めて分析して教えてくれたからこそ、短期間に決着をつけられたのは間違いない。
加えて言えば、三大派閥の責任を深く追求しない代わりに今後のためにポストを求めた俺たちと、エレーナ閥の影響力拡大を危惧して渋る三大派閥側との対立に、中小派閥のポストを増やして両者の着地点を提示し、実際に中小派閥の人らを巻き込んで合意を作るなど、実際の交渉においても力強いことこの上なかった。
――だからこそ、エレーナ様でない誰かの利益のために立ち回るかもしれない危険性が、より高まったとも言えてしまうんだけどな。
「それでは、私はこれで失礼します」
「あら、そういえば、この後はエレーナ様と待ち合わせでしたわね」
「はは……殿下は、本当に何でもご存じでいらっしゃる」
「何でも、は知りませんわ。――あの子相手には、小難しい理論よりも、それが何であれ正直な思いをそのままぶつける方が効果的、なんてことはきっとあなたの方がよく分かっているのでしょうね」
そう言って笑みを浮かべる殿下に見送られ、その場を立ち去る。
撤退戦の後、今日のために忙しかったこともあり、エレーナ様を泣かせてしまった件の決着を何もつけていないのだ。
だから、ここで話をつけないとな。
・前話のIFをどうするか(短編で投稿しなおし、プロローグの前に移す、など)は、また考えます。
・あと、本作の書籍化作業や執筆の傍らに気分転換がてら作っていた新作『チートを持って転生した先は、現代日本でした』の投稿も始めました。
現代日本から現代日本への日常系転生物です。
よければ、そちらもご覧ください。




